「君を空港まで送るように社長に言われた」エレベーターのドアが開いた瞬間、ボディーガードはとわこと共に中へ入った。
「別に送ってもらわなくていい!」彼女はきっぱりと拒絶する。
「何を俺に当たってるんだ?」ボディーガードは苛立ちをあらわにした。「俺はただ、社長に言われた任務を果たしてるだけだ」
彼の険しい顔つきを見て、とわこは喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
やっぱりおかしい。直感が、何か異常を感じ取っていた。
「彼、他に何か言ってなかった?」とわこは声を落として尋ねた。
「まずはその涙を拭けよ。そんな泣き顔を見てると、イライラしてくる」ボディーガードは不機嫌そうに返した。
とわこは手でさっと涙をぬぐい、質問を続ける。「彼、誰かに脅されてるんじゃない?」
「そこまでは知らない。ただ俺に言ったのは『できるだけ早くとわこを空港に送れ』ってことだけだ」
「......」
「俺の知ってる限り、社長はおそらくここが危険だと察知したんだ。それで君と喧嘩して、君を先に逃がすための演技をしたんだろう」
ボディーガードは、自分の分析を語ればとわこが感動して、「彼と一緒に残る!」と言い出すと思っていた。
彼の目には、とわこは義理堅く、命を惜しまぬタイプの女性に見えていたからだ。
だからこそ、社長もあそこまで入れ込んでいたのだろう。
だが、彼女はただ黙って、呆けたようにしていた。
「おい、何考えてるんだ?」肘で彼女を軽く突きながら言う。「さっきの話、聞いてたか?何か反応してくれよ!」
とわこは深く息を吸い、真剣な顔で言った。「エレベーター降りたら、やっぱり泣き続けてたほうがいいと思う?」
「は?」
「もし、誰かが止めに来たら困るでしょ?私がまだ取り乱してるように見せた方が、相手に疑われずに済むと思うの」とわこは真顔でボディーガードに向き直り、協力を仰ぐように言った。
ボディーガードは言葉を失った。
今まで数々の修羅場をくぐり抜けてきたが、こんなにも本気で演技をする女は初めてだ。
ついさっきまで本気で泣いてた女とは、まるで別人。
今では冷静に脱出計画を練っている。この女、奏が危険に晒されてるかもしれないのに、全く気にしてないのか!?
ボディーガードは一瞬、とわこに幻滅した。
社長があれほど心を尽くしたのに、まるで情なんて持ち合わせてないじゃないか