広島の港町、春の陽射しが瀬戸内海を穏やかに照らす朝。佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、下関での沙羅との対話を終え、広島の市場に足を踏み入れた。
九州を巡り、中国地方へ旅を進めた宗太郎は、博多を拠点に各地で評を広め、偽名を使い江戸での暗殺未遂を逃れていた。山口で弟子・太郎が刺客・鉄蔵に命を奪われ、沙羅の協力で藤十郎の暗殺計画が一旦中止となった。黒崎藤十郎と松葉屋の藤兵衛の陰謀が遠くで響きつつ、宗太郎は新たな味を探求する旅を続ける。
市場は牡蠣の磯の香りと新鮮な魚介の匂いで賑わう。漁師たちが瀬戸内の恵みを並べ、商人や旅人で活気が溢れる。宗太郎は市場を歩きながら、沙羅のことを気にかけていた。沙羅が藤十郎に立ち向かう決意を示したものの、藤十郎の監視が続く可能性を案じていた。
「沙羅…そなたは本当に藤十郎を抑えられるのか。太郎の死を無駄にせぬよう、俺も前に進む。」
宗太郎は呟き、市場の奥へ進んだ。すると、古びた暖簾が目に止まった。暖簾には「瀬戸」と書かれ、風に揺れる姿がどこか懐かしさを誘う。宗太郎は暖簾をくぐり、店内へ入った。
店内は木の香りが漂い、静かな雰囲気が広がる。カウンターの向こうには、17歳の優しそうな若い女性店員が立っていた。彼女は宗太郎を見ると、穏やかな笑顔で迎え入れた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですね。ようこそ、瀬戸へ。」
宗太郎はカウンターに腰を下ろし、女性店員に目を向けた。彼女は名を鮎子といい、広島の漁師の娘だった。鮎子は宗太郎の顔をじっと見て、目を輝かせた。
「もしかして…佐藤宗次さんですか? 九州で評を書いてる方ですよね! 父から聞いてます。博多や下関で有名な…。」
宗太郎は少し驚きつつ、頷いた。
「その通りだ。俺は佐藤宗次。そなた、よく知っているな。」
鮎子は嬉しそうに笑い、店の奥へ向かって声をかけた。
「父さん! 宗次さんが来たよ! ほら、前に話してた評の名人!」
奥から40代の亭主、辰