その言葉に、静華の目はたちまち赤くなった。必死に俯き、感情を抑えようと努める。
「もういいの。私が馬鹿だっただけ。野崎が本当に誰にも肩入れせず、真実を見てくれるなんて、甘い夢を見ていたのよ」
今となっては、その考えがいかに愚かで滑稽だったかを思い知らされる。
人は元来感情的な生き物だ。ましてや、りんは胤道が生涯をかけて愛する女性。それだけで、犬一匹の命や、取るに足りない真相など、比べるまでもないことだった。
その時、不意に外で車のエンジンが止まる音がした。
胤道が帰ってきた?
静華は三郎に尋ねた。
「今、何時?」
「午後三時です」
この時間なら、胤道はまだ会社にいるはず。何をしに帰ってきたのだろう?
考える間もなく、胤道が玄関に姿を現した。静華と三郎が一緒に立っているのを見て、その眉が微かにひそめられた。
三郎は察して、二言三言残して出て行った。静華は頭が割れるように痛み、台所へ向かい、そこにある頭痛薬を飲もうとした。
だが、台所に着いた途端、胤道の足音がついてきた。
彼の放つオーラは強烈で、たとえ口を開かず、姿が見えなくとも、ただそばにいるだけで肌が粟立つようだった。
「俺が嫌なら逃げるのか?」
胤道の声には感情の起伏がほとんどなく、いつも通りの冷ややかさだった。りんに接する時だけ、稀に見る優しさが現れるのだ。
静華は目を伏せ、手探りで一番左の棚を開けながら説明した。
「ううん、起きたばかりで少し頭が痛いから、頭痛薬を取りに来たの」
「何も食べていないのか?」
「ええ」
静華は淡々と応え、薬瓶を見つけた。蓋を開け、薬を出す前に、その手から薬瓶が奪われた。
胤道は手に持っていた箱を彼女に手渡した。
「頭痛薬を飲む前に、これを食べろ。空腹だろう」
「これは何?」
ずしりと重い。何か食べ物が包まれているようだった。
胤道は何食わぬ顔で視線を逸らした。
「開ければわかる」
これは彼が昼の十二時から二時間も並んで手に入れたものだった。静華が好きだったと、覚えていたからだ。
静華はわけがわからなかったが、それでも手探りで包みを開け、中から取り出した。口元へ運んだ途端、鼻をつく肉でんぶと甘ったるい匂いが襲ってきた。
あのねっとりとした感覚に、静華は思わずえずいた。
胤道の顔色がみるみる険しくなる。
「どうした?」