ここから落ちても、二階の時のようにはいかないだろう。
肋骨が数本折れるだけで、退院すればまたピンピンしていられるなんてことはない。この高さから落ちれば、死ぬわけだ。
しかし今、風を感じる静華の心には一片の恐怖もなく、軽々と縁に腰掛け、両脚を宙に投げ出していた。
その瞬間、まるで昔に戻ったかのようだった。スラム街の池で水遊びをしていた頃のような、かつてない喜びと解放感を覚えていた。
医師はやはり異変に気づき、二階から慌てて駆け上がってくると、顔面蒼白になった。
「森さん!早まらないで!早く下りてください!」
「来ないで」
静華は振り返った。髪が風に舞い、その虚ろな眼差しは痛々しいほどだった。
「一歩でも近づいたら、飛び降りるから!」
医師は泣き出しそうだった。ここから足を滑らせでもしたら、神様でも助けられない。
医師は必死に静華を宥めようとした。
「行きません、行きませんから!でも森さん、ここは本当に楽しい場所じゃない。
風が好きなら、私が外に連れて行ってあげます。ここは危なすぎます。もし落ちたらどうするんですか?」
「落ちたらどうするって?」
静華は一瞬呆然としたようだったが、やがて微笑んで答えた。
「死ぬだけよ。でも相沢(あいざわ)先生、私が怖がると思う?こんな風に生きているのが、死んでいるのと何か違う?」
その口調は淡々として落ち着き払い、まるで次の瞬間に飛び降りても、何の恐れもないかのようだった。
相沢春彦(あいざわ はるひこ)はそれを聞いて冷や汗をかき、顔の肉が引きつった。
「森さん、そんな風に考えないでください。この世界には、あなたが大切に思っている人がいるでしょう!」
その言葉が、静華の心を刺した。彼女は涙ながらに笑った。
大切な人?彼女が大切に思っていた人――一人は胤道に未来をめちゃくちゃにされ、もう一人は生きているか死んでいるかも分からない。
今となって、誰を大切にできるというのだろう?
「もう説得しないで。野崎に電話して、すぐに母をここに連れてくるように言って」
静華は冷たい石の縁を撫でながら言った。
「さもなければ、私はここから下りない」
「わ、分かりました!森さん、気を確かに!すぐに野崎様に電話します!」
電話が繋がり、春彦が状況を説明すると、胤道は苦虫を噛み潰したような顔でスピーカーにするよ