彼女はまだ正式に離婚していない。
だが、今の二人の関係からすれば。
あんな言い方はないよ。
玲奈は辰也をエレベーターまで見送った後、足早に階段を上がっていった。
彼女の背中を見送りながら、辰也はしばらくしてようやく視線を戻し、隣にいた自社の中核エンジニアの中井一平(なかい いっぺい)に言った。「ちょっと頼みがあるんだ」
「どうぞ、何でも」
「友人が自然言語処理を本格的に学びたがっていて、今、優秀な先生を探してるんだけど……」
話を聞き終えた一平は、これまでの関係性もあり、断る理由などなかった。
ただ……
彼は少し間を置いて言った。「この分野は得意ですけど、正直なところ、長墨ソフトの湊さんと、今回何度かご一緒した青木さんには敵わないと思ってます。島村さんが本気で友人を助けたいなら、青木さんか湊さんに頼んだ方がいい成果が出るはずです」
一平の言葉を聞いて、辰也はやや驚いた。
彼は大学で金融を学んでいた。
AIの専門知識はない。
だが、一平はその道の専門家だ。
一平は国内で自然言語処理の分野において、トップとまではいかずとも名の通った人物。
だからこそ、智昭もわざわざ藤田総研や藤田グループの技術者ではなく、彼に頼んだのだ。
これまで一平が玲奈を褒めていたことは知っていた。
だが、まさか玲奈がここまで優秀とは思っていなかった。
礼二が何度も皆の前で玲奈を高く評価していたのを思い出し、仕事を通じて玲奈の実力は確かにあると思っていたが、礼二の玲奈に対する私情や誇張もあるのではと、内心では疑っていた。
でも今は……
「島村さん?」
辰也は我に返り、言った。「湊さんと玲奈さんは、その友人と個人的な因縁がある。頼むには向いてないんだ」
「なるほど……」
一平はそれ以上は何も言わなかった。
夜、辰也と一平が個室に着いたときには、優里がすでに来ていた。
一平を見た優里は、とても礼儀正しく接した。
軽く挨拶を交わしたあと、優里はすぐに専門的な話題で一平に質問を始めた。
辰也は黙って横で聞いていた。あまり話に加わることなく、どこか上の空だった。
優里が一息ついたところで辰也に視線を向け、「退屈じゃない?」と笑った。
辰也は我に返って「大丈夫だよ」と答えた。そして「気にせず話してて」と言葉を添えた。
優里は再び笑って、遠慮なく一平との