佳奈は彼と視線を交わしたのは、ほんの一秒だけだった。すぐに目を逸らし、冷たく言い放つ。
「あなたの告白は受け入れません。無駄な努力はやめてください」
俊介は笑みを浮かべた。
「受け入れるかどうかは、これからの話だよ。夕食を持ってきたから、ちょっと食べて。俺はここで叔父さんのそばにいる」
「結構です」
「俺が君のお父さんに何かすると思ってるの?藤崎弁護士、俺は一流企業の社長だよ、ベッドに寝てる人間に手を出すなんて、そんなちっぽけな男に見える?」
佳奈には、この男が何を考えているのか、まったく見当がつかなかった。
もし彼が浩之とグルなら、どうして今日あれほど公の場で対立したのか。
浩之のプロジェクトに何百億の損失まで与えて。
でももし彼がグルじゃないとしたら……間違いなく黒風会の人間なのに、なぜわざわざ自分に近づこうとするのか。
彼女がその思考に囚われていると、携帯が鳴った。
電話の向こうから、幼い声が響いてきた。
「おばちゃん、どこー?」
この声を聞いた瞬間、俊介はポケットに入れていた両手を思わず握りしめた。
耳が自然と佳奈の方へと傾いていく。
佳奈が微笑む。
「おばちゃんはね、今、おじいちゃんの病室にいるよ。佑くん、まだ寝てないの?」
ベッドの上で足をぶらぶらさせながら、佑くんが言う。
「今日おじいちゃんに会いに行ったけど、おばちゃんいなかったからさ。おばちゃんが僕を恋しがって泣いてるかもって思って、電話してみたの」
「ふふ、確かにおばちゃんは佑くんが恋しくて仕方ないけど、泣いてはないよ」
「おばちゃん、えらいね!じゃあ明日、飴ちゃんあげるね、いい?」
この電話一本で、佳奈の一日の疲れと苛立ちはすべて吹き飛んだ。
美しい顔に、幸せそうな笑みが浮かぶ。
「うん、楽しみにしてる。もう十時過ぎだし、そろそろ寝ないとダメよ」
「おばちゃん、おやすみー」
「おやすみ、佑くん」
電話を切ったとき、佳奈の目は俊介の方へと向いた。彼が盗み聞きしていたのが一目でわかった。
凛々しい眉の間に、抑えきれない笑みが浮かんでいる。
佳奈の瞳に、一瞬呆けたような表情が浮かんだ。
数秒間、彼をじっと見つめたあと、口を開いた。
「田森坊ちゃんは、人の電話を盗み聞きする趣味でもありますか?」
俊介はすぐに姿勢を正し、落ち着いた顔で答える。