藤堂グループ本社ビル1階駐車場。
藤堂沢はエンジンを切り、車内で少し考えてから、九条薫に電話をかけた。
九条薫は電話に出なかった。
藤堂沢はそれ以上電話をかけず、革張りのシートにもたれかかり、静かにタバコに火をつけた。
九条薫は怒っているのだろう。
昨夜の乱暴な行為のせいだろうか?それとも、夜中に出て行ったせいだろうか......田中秘書との電話は、九条薫にも聞こえていただろう。
藤堂沢は携帯電話を片手に、彼女にメッセージを送ろうか迷っていた。
彼女をなだめるべきだろうか?
しかし、その考えはすぐに消えた。
それは愛し合っている夫婦がするものだ。彼と九条薫には似合わない。彼は九条薫を愛したことはない。過去も、今も......そして、未来もない。
携帯電話をしまうと、田中秘書が来て、彼の車のドアを開けた。
一睡もしていないのに、田中秘書は元気そうだった。
彼女は仕事熱心で、藤堂沢はその点を評価していた。そうでなければ、彼女が度を越した行動を取った後も、そばに置いておくことはなかっただろう。
エレベーターに乗り込むと、田中秘書は今日の予定を報告し始めた。
藤堂沢は彼女の言葉を遮った。
彼は落ち着いた口調で言った。「木曜日の夜は空けておけ。朝日グループの伊藤社長夫人がパーティーを開く。俺に同行しろ。衣装代は会社持ちだ。朝日グループのプロジェクトがどれほど重要か、分かっているだろうな?失敗は許されないぞ」
しばらくして、田中秘書は我に返った。
彼女は信じられないという顔で、「社長、私が......伊藤夫人のパーティーに......社長とご一緒するのですか?」と尋ねた。
「何か問題でも?」
「いいえ!何も!」
田中秘書は慌てて否定し、冷静な口調で言った。「社長、ご安心ください。当日は、私が社長の役に立てるよう、精一杯頑張ります。必ず、あのプロジェクトを落札させます」
藤堂沢は何も言わず、エレベーターを降りた。
エレベーターの中で。
田中秘書は鏡を見ながら身だしなみを整えた。
彼女は鏡に映る自分の姿を見ながら、思った。伊藤夫人主催のパーティーのような重要な席には、本来なら妻を同伴するものだ。なのに、社長は自分を連れて行くということは、彼にとって自分の方が大切だということではないだろうか?
やはり、九条薫を高く評価しすぎたようだ。