その毛むくじゃらの感触に、悠良は全身の産毛が逆立つほど驚き、思わずソファから跳ね上がった。そして反射的に伶の服の裾を掴んでしまう。
「寒河江さん......」
自分の犬をなんとかしてください!
伶はまぶたを少しだけ持ち上げ、気だるそうに言った。
「撫でてほしいだけだろ」
悠良は思わず口を開いた。
「......ほんとに?私の肉が目当てなんじゃなくて?」
どうにもこの犬、今にも飛びかかってきそうで怖い。
伶はコーヒーを半分ほど飲み、ソファにゆったりと背を預けながら言った。
「確かに肉食だ」
その一言で、悠良はビクッとなってソファの隅へと体を縮こませた。
伶は彼女を横目でちらりと見てから、淡々と続けた。
「が、人肉は食わないよ。何をそんなに怯えてる」
悠良は彼が人をからかうのが好きなことは分かっていたが、それでもこんな大型犬となればやっぱり怖い。
さっさと本題を済ませて帰りたかった。
「とりあえずオアシスの件、先に話しませんか?前回お渡ししたプラン、どうですか?」
「プラン自体は問題ない。ただ君は、本当に史弥にバレない自信あるのか?」
伶は眉間を指で揉みながら、やや疲れた様子で尋ねた。
悠良は深く息を吸い込み、落ち着いた声で答える。
「バレても構いません。権利を確保した時点で、私は白川社を辞めます」
その言葉に、伶は彼女を一瞥した。
「筋は通ってるな」
悠良はすでに全てを計算していた。
「だから寒河江さんも、余計な心配はいりません。すべての責任は私が引き受けますから」
「つまり、史弥と正面から決着をつける気だな」
伶は、少し彼女を甘く見ていた自分に気づく。
最初は、ただ母親の遺言を果たすためだけに動いているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
今の彼女は、子どもの頃よりもずっと思慮深く、冷静で落ち着いていた。
そのことは、史弥が彼女に与えてきたものが、決して「幸せ」ではなかったことを物語っていた。
彼女の瞳には、もう光はない。
ただ静けさと冷徹さが残っている。
悠良は、自分の個人的なことを伶に多く語りたくはなかった。
この男は聡すぎる。
少しの情報からでも、核心を突き止めてしまう。
彼女が雲城を離れる計画は、誰にも話していない。
親友の葉でさえも。
そう、史弥に見つからないために。
「