「別に。ただ面倒事を避けたいだけ。寒河江さんは誤解されるのが怖くないんですか?」
悠良はそう言って素早く脇に身を引き、階上へ目を向けた。
「上で隠すから」
彼女は伶の返事も待たず、そのまま階段を上って行った。
伶は止めようとせず、ただ唇を弧にしながら軽く笑った。
「まるで俺たちが不倫してるみたいじゃないか」
悠良の足が一瞬止まる。
確かに、ちょっとそれっぽい。
でも仕方がない。
史弥は以前から彼女と伶の関係を疑っていた。
今、彼女が伶の家にいるところを見られたら、誰だって勘ぐるに決まってる。
史弥が家に入ってきたとき、ちょうど二階の部屋の扉が素早く閉じられ、何かの影が中に滑り込むのが見えた。
あまりにも一瞬だったため、顔までは見えなかったが。
女であることだけは確かだった。
伶、女と付き合い始めたのか?
女なら女で、それを隠す理由があるのか。
恐らく伶は自分の登場を歓迎していないのだろう。
眉を僅かに寄せて、黙って自分にコーヒーを注ぐ。
「何しに来た」
さっきまで怒り心頭だった史弥も、伶のそれ以上に険しい顔を見るなり、思わず怒気が引いてしまう。
咳払い一つ。
「先日、広斗が悠良に薬を盛った時、助けたのは寒河江社長だと聞きた。でも、なぜその時、彼女をすぐ病院に連れて行かなかった?」
伶はコーヒーを注ぐ手を止め、猛禽のような目つきでじっと史弥を見た。
「俺を問い詰めてるのか?」
その視線に晒され、史弥の心臓が僅かに震えた。
だが、この件だけは曖昧にできない。
「今、外ではいろんな噂が出回ってる。だから確かめたい。あの夜、悠良は西垣に薬を盛られた。お前たちの間で......」
伶はコーヒーを注ぎ終えると、カップをテーブルに置いた。
落ち着いた声だったが、広いリビングにその音は妙に響いた。
場の空気が一気に沈む。
伶は目元を少し上げ、史弥が言いにくくて濁した部分をあっさり口にした。
「要するに、俺と小林さんが寝たかどうか、あるいは俺が彼女に何かしたかどうかってことか」
史弥は黙ったままだったが、否定しない=肯定。
先日はあまりにも急な状況で、しかも悠良の様子もひどかったため、そこまで頭が回らなかった。
だが最近、悠良と伶の距離が妙に近い。
もともと知り合いですらなかったはずなのに。
伶は煙草の箱から一本