史弥は拳を固く握りしめたまま、その大柄な身体は微動だにせず、眉間には冷淡な無表情が浮かんでいた。
「寒河江社長もご存じのはず。俺たちの関係上、お前は悠良に手を出すわけにはいかない」
「その台詞は、まず西垣の始末をつけてから言え。それと、お前の醜聞。自分でケリつけろ。俺が爺さんに報告に行く前にな」
白い煙と吐息が混じり合い、ゆらゆらと空へ昇っていく。
伶の眉間には、かすかに苛立ちの色が滲んでいた。
史弥は伶の性格をよく知っていた。
これ以上しつこく食い下がれば、何も得られないと分かっていた。
言うべきことはすべて言った。
そう判断して彼は踵を返した。
だが、伶の低い声が再び背後から響いた。
「俺はお前みたいなクズと違う。既婚者の女には手を出さない。これが俺の一線だ」
その言葉を聞いた瞬間、史弥の強張っていた肩が少し緩んだ。
伶があれだけはっきり言うということは、実際に何もしていない証拠だ。
車はすぐにアパートから走り去った。
伶は軽蔑の眼差しで視線を引き戻し、仰ぎ見るように二階の閉じたドアを見やった。
「もう出ていいよ」
悠良は扉を開け、青ざめた顔で立っていた。
ぎこちない足取りで階段を下りてくる。
伶はちらりと彼女を見て言った。
「全部聞いた?」
「うん」
悠良は機械的にうなずいた。
さっきまで元気そうだった彼女が、今では覇気がなくなっている。
伶はその変わりように、思わず苛立ちを覚えた。
「ずっと聞こえないままでいいのにな」
そんな罵声なんか、聞かなくて済む。
悠良はまさか史弥が自分から伶の元に出向いて、あの夜のことを問い詰めるとは思っていなかった。
そして、伶の言葉はどれも的を射ていて、胸の奥にズシリと刺さった。
史弥が急に来たのは、きっと広斗から何かを聞いたのだろう。
だが、なぜその広斗を問い詰めるより先に、伶を責めに来たのか。
薬を盛ったのは広斗であって、伶ではない。
もし薬を盛られたのが玉巳だったら、史弥は今みたいに軽く済ませただろうか?
......きっとそんなことはない。
悠良の口内には苦味が広がり、まるで崖から落ちたような強烈な虚脱感に襲われた。
それでも、もう以前のようにショックを受けることはなかった。
ただ、可笑しくなっただけだった。
史弥は、どこまでいっても自分の想像を下回