伶は悠良に向かって親指を立て、わざと真面目な口調で言った。
「いや?むしろ今の方が偉いよ。自尊心はあった方がいい」
その真剣そうな顔と裏腹に、喉の奥から漏れる抑えきれないくぐもった笑い声に、悠良は思わず苦笑いした。
褒められてるのか、それとも皮肉られてるのか、判別がつかない。
彼女は努めて明るく手を振った。
「では、先に失礼します」
歩き出そうと足を出しかけたそのとき、何かに引っ張られる感覚がして、彼女は足を止めた。
二度ほど引いても足が動かず、不思議に思って下を見た。
犬がスカートの裾をくわえていた。
悠良は困惑して伶に問いかけた。
「......これ、どういう意味?」
「たぶん......名残惜しいんじゃないか?」
伶の口元がゆるんだ。
この犬、空気が読めるじゃないか。
悠良の目に映るその犬は、さっきよりずっと柔らかい目をしていて、水を湛えた瞳でこちらを見つめてくる。
まるで情に厚い男のようだった。
とはいえ、さすがに彼女もこの猛々しい生き物と正面からやり合う度胸はない。
何度か試してみてもダメで、ついに伶に助けを求めた。
「ちょっと......引き離してくれない?」
伶は腕を組み、芝居でも見ているかのように傍観したまま、困ったように言った。
「無理だな。こいつ、ちょっと反骨精神あるからな。無理に引き離そうとすればするほど、逆に離さない。こいつと交渉する方をおすすめするよ」
「交渉って......」
悠良は一瞬固まってから、ようやく意味が分かって口を開いた。
「犬相手に何を交渉すればいいんですか」
「『今度おやつ持ってくるから、離してください』とか?」
伶は真顔で、犬の機嫌の取り方を教え始めた。
悠良は心の中でわかっていた。
今日が伶のところに来る最後の日だ。
もう二度と来ないし、犬にエサを持ってくるなんてあり得ない。
っていうか、伶の方が本物の犬に似てる。
とはいえ、ここを早く出たい一心で、悠良は仕方なく腰をかがめ、犬に向かって宥めるように言った。
「お願い、離して?あとでお肉、持ってくるから。豚肉......ソーセージはどう?」
犬がそれを聞き取ったのかどうかは分からないが、尻尾を振りながらうるうるした目で彼女を見つめてきた。
悠良は一瞬、この犬は食べ物を欲しがってるんじゃなくて、自分自身を食