伶はまぶた一つ動かさず、まるで広斗の存在など眼中にない。
そんな伶の無反応に、広斗は怒りにまかせてハンドルを思い切り叩きつけた。
「......お前、やるな。どこまで余裕ぶっていられるか!」
広斗はさらにアクセルを踏み込み、命知らずに伶の車を追いかけた。
その表情を見て、悠良は思わず身震いする。
「......あの人、命が惜しくないの?」
すでに広斗の車体はバランスを崩し始めていた。
どれだけ高性能な車でも、限界を超えたスピードでは制御が効かなくなる。
だが、伶の黒く澄んだ瞳には微塵の動揺もなかった。
ちらりと広斗の方に目を向けただけで、まるで全て計算ずくのようだった。
「もう少しだ」
その「もう少し」という言葉の意味はわからなかったが、悠良は直感的に、伶がただの意地でこんな危険なカーチェイスをしているとは思えなかった。
広斗のような短気で無鉄砲な人間ならともかく、伶のように冷静沈着で頭の切れる男が、無駄な賭けに出るはずがない。
と思った矢先、前方で車線が分かれ始めた。
悠良には、それが何の意味を持つのかまだわからなかったが、このままじゃ広斗もブレーキを踏む気配すらなく、むしろどんどんスピードを上げていた。
そんな中、伶がぽつりと言った。
「しっかり掴まれ」
彼の声に、悠良は無意識に手をぎゅっと握りしめ、緊張で思わず口を開く。
「何するつもり?」
「すぐわかる」
次の瞬間、伶は急にブレーキを軽く踏んで減速。
だがまだスピードは十分に早い。
そして。
広斗の車が並んだタイミングを狙って、いきなり左にハンドルを大きく切った。
広斗が反応する暇もなく、伶の車のフロントが斜めになった広斗の車にぶつかり、そのままガードレールへ押しつけた。
「うわっ、クソッ!」
広斗は慌ててブレーキを踏んだが、もう遅かった。
伶は素早くギアを戻し、スムーズに車線へ戻り、そのままアクセルを踏み込み、まるで何事もなかったかのように走り去った。
広斗の目の前に残ったのは、伶の車のテールランプだけだった。
やがて車はスピードを落とし、ハイウェイを降りたところで路肩に停まった。
悠良はすぐさまシートベルトを外し、車外へ飛び出してその場で吐いた。
緊張しすぎて吐かなかったのが奇跡で、少しでもタイミングがズレていれば、確実に伶の車の中で吐いていた