伶は背を向けて電話に出ていたが、その通話内容は悠良の耳にもしっかりと届いていた。
電話の相手は年配の男性で、その声からは否応なく威圧感がにじみ出ていた。
悠良は、伶のような性格の男を抑え込める人間など、この世にいないと思っていた。
伶は低く一言、「後で戻る」と答えた。
だが相手は苛立ったように言い返す。
「すぐに戻ってこいと言っただろう!」
伶はそのまま電話を切った。
気まずい空気を察して、悠良は自分から話しかけた。
「自分でタクシー呼んで帰ります」
「ああ」
伶はそっけなく頷いただけで、すぐに車のドアを開け、後ろ姿だけを残して去っていった。
悠良は少し呆然とした。
タクシーぐらい呼んでくれるかと思っていたのに。
まぁ、伶のような男に紳士的な振る舞いを期待するほうが間違っていた。
本当、思いやりのない人!
悠良は自分でスマホを取り出してタクシーを呼び、車に乗ってからふと自分の服がどこかで黒く汚れているのに気づいた。
家に着くとすぐ部屋に戻り、クローゼットを開けて着替えようとした。
シャツを一枚手に取ったとき、ふと香水の匂いがした。
その瞬間、電話越しに玉巳が「由良さんの服が好き」「同じものを買って」と言っていたことを思い出した。
玉巳のことは嫌いではないけれど。
自分の服を他人が勝手に着るなんて、どうしても気持ち悪い。
どの服を触られたのか、もう分からない。
だったら全部処分してしまおう。
そう思って悠良は袋を取り出し、クローゼットの中の服を全部詰め込んだ。
ちょうどその袋を持って外に出ようとしたとき、帰宅した史弥と鉢合わせた。
彼は大きな袋を持った悠良を見て、不思議そうに指を差した。
[それは?]
「いらない服」
悠良は淡々と答える。
史弥はそれ以上何も聞かなかった。
女が服を処分するなんて、よくあることだ。
悠良がエレベーターのボタンを押すと、史弥は部屋に戻り、着替えをしようとクローゼットを開けた。
するとそこには、悠良の服が一枚も残っていなかった。
彼の眉間に皺が寄る。
あの服は、すべて自分が選んで買ってやったものだった。
普段はもったいないからと大切に着ていたはずなのに。
なぜ捨てた。
悠良が戻ってきたとき、史弥は彼女に近づき、その手を取って、視線を落としながら静かに尋ねた。
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