ほかの女性だったら、きっと伶のその挑発的な態度と低く響くいい声に一瞬で骨抜きにされただろう。
でも、それは自分には絶対にありえないことだった。
悠良にはそれなりの自覚がある。
もし今ここで調子に乗せられてしまったら、後で必ず盛大にからかわれるに違いない。
伶は趣味が悪い。
普通の人間が気軽に近づいていい相手じゃなかった。
悠良は今日返信がきたときのことを思い出し、無理やり体を支えながらぎこちなく笑みを浮かべる。
「最近は忙しいって、寒河江さん言ってたじゃないですか」
伶はタバコケースから一本取り出し、くわえたままぼんやりと答えた。
「確かに忙しいよ。でもちょっと用事があって出てきたら、運悪くかわいそうなやつに出くわしただけだ」
悠良はもう呼吸が苦しくてたまらなかった。
顔色どころか唇まで真っ白になっている。
そのまま乾いた笑みを浮かべた。
「またお願いすることになるけど......病院まで送っていただけますか?それか救急車呼んでくれてもいいです。気を失っても放っておいていいから」
その声は驚くほど冷静だった。
伶は気だるそうに目を向けると、小さく笑った。
「それ、俺に罠を仕掛けるてる?後で俺がネットで炎上するように?」
悠良はぎゅっと唇を引き結び、否定した。
「そんなつもりはありません」
今こんな状態で伶に罠を仕掛ける気力なんてあるはずもないし、それに頭の切れるこの男を罠にかけるなんて、自分には到底できるはずもない。
そう言った矢先、悠良は足に力が入らなくなり、するりと崩れ落ちた。
その瞬間、伶が素早く腰に手を回して体を支えた。
悠良は必死に目を開け、伶の輪郭のはっきりした顔を見上げた。
今日の彼は黒いマウンテンパーカーを着ていて、一層鋭さが増して見えた。
伶は口角を引き上げると、低い声で言った。
「また一つ貸しができたな」
そのまま体を抱え上げ、助手席に乗せようとしたとき、悠良はふと声をかけた。
「寒河江さん......噂の話だと、この車、普通の人は乗せないんですか?」
伶は笑みをこぼした。
「そうだけど?もしかして、そのせいで乗るのが怖くなった?」
「ええ」
悠良は迷いなく答えた。
どんな理由にせよ、自分が白川社の社員であろうと、史弥の妻であろうと、伶とこれ以上関わるべきじゃなかった。
後でまた変