史弥はただでさえ冴えない顔色をしていたが、今はさらに酷いものとなった。
口元を手で押さえて軽く咳払いすると、その声はかろうじて平静を保っていた。
「玉巳の母を付き添って診てもらいに来ただけだ」
伶は意味ありげに頷き、わざと語尾を伸ばした。
「へえ......」
悠良はきつく目を閉じた。
伶にはそこまで詳しくはないが、それでも彼が相手に一切気を遣わない人間だと分かっていたからだ。
その「へえ」という響きを聞いただけで、もうとんでもないことが起きる予感しかなかった。
案の定、伶は容赦なく追い打ちをかける。
言葉はさながら重たい爆弾となり、史弥に投げつけられた。最後に残った体裁さえ許さない一撃だった。
「自分の奥さんが路上で気絶しかけてるのにほったらかして、初恋の母親に付き添ってるとはな。いい夫じゃないか」
その一言に史弥は顔をこわばらせ、横にいた玉巳でさえその場に凍りついたように顔をこわばらせる。
きつく唇を結び、涙で潤んだ目で玉巳は消え入りそうな声で言った。
「寒河江社長、違うんです......史弥は悪くないんです。私がお願いして母に付き添ってもらっただけで、このタイミングで......」
「石川さん、そこまでだ」
伶はさえぎるように言った。
その口調にはまるで容赦がない。
「その手は俺には通じないし、もう見飽きてる。ただまあ、これはお前たちのプライベートだし、俺には関係ない。診察に来たんだろ?さっさと行った方がいい」
玉巳は泣き出すきっかけさえ奪われ、その場に凍りついたまま立ち尽くした。
どう反応すればいいかわからなくなってしまったのだろう。
伶の性格をよく知る史弥も、これ以上言い争ったところで得策ではないとわかっていた。
仕方なく伶に一度だけ軽く頷き、静かに告げた。
「それじゃあ失礼するよ」
史弥は玉巳と寿美を連れて、悠良が先ほど見かけた診察室に入っていった。
伶は鼻で笑い、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、ゆったりとした足取りで悠良の隣に歩み寄る。
そしてポケットからティッシュの小さな包みを取り出して彼女に差し出した。
「泣くか?」
悠良は鼻をすすり、やっと我に返ったように必死に涙を呑み込んだ。
「泣くほどのことじゃないんです」
「へえ。せっかく出番かと思ったのに、残念だな。食事のときに口を拭くくら