寿美はお金を手に取ってもやはり申し訳なさがあり、玉巳に尋ねた。
「玉巳のお金、全部家に使ってるでしょう?本当にありがとう、玉巳。弟が結婚さえすればきっと楽になるわ」
「大丈夫よ、お母さん。当時私の大学費用を出すために弟が早く学校をやめることになったんだもの。弟の方が私より賢いから、もし勉強できてたら私なんかよりきっと稼いでいたわよ」
玉巳は寿美の肩を優しく叩いてなぐさめた。
寿美は鼻をすすり、再び話を戻した。
「とにかく、史弥と早く結婚の話をしなさい。あんなに優秀な男なんて、外には狙ってる女がどれだけいるかわからないわ」
「わかってるわ、お母さん」
玉巳は口ではそう言いながらも、今の史弥に悠良と離婚する気配がまったくないことは自分が一番よくわかっていた。
悠良はただの代用品なんかじゃない。
きっともうとっくに史弥の心に深く入り込んでいて、本人さえ気づいていないだけだろう。
そのころ隣では、史弥が医師との話を終え、寿美に大きな問題がなく、長く入院する必要もないと聞かされてほっとしていた。
別の検査用紙を手に取って診察室から出ようとしたとき、ふと視界に入った病室の中に見覚えのある人影が見えた。
一瞬立ち止まった数秒間で病室にいた悠良と視線が交わり、悠良も呆然とした。
かつて見慣れていたはずのその目は、たった数秒の間にひどくよそよそしく感じられる。
史弥は数秒迷った末に結局病室のドアを開けた。
そして視線を悠良の点滴に向け、ぐるりと辺りを見回すと、
「寒河江社長は?」
と尋ねた。
「もう帰ったわ」
悠良の声は冷たい風のように、かすかに刺すような響きがあった。
史弥は張り詰めていた肩の力をようやく抜き、点滴を指さして言った。
[医者はなんて?]
「肺感染症だって」
史弥は思わず眉をひそめた。
[もうオフィスは換えたはずじゃ?]
その言葉に悠良は笑いたくなった。
あんな埃だらけのオフィスに長くいたから、感染症は一朝一夕で治るわけがない。
どうして、部屋を換えただけで肺がきれいになると思ってるの?
それ以上説明する気にもなれず、たださらりと答えた。
「きっと私の体が弱かっただけよ」
[それならなおさらちゃんと休養を取らないと。このところ忙しくて、かまってやれないかもしれないから、自分で自分の身体を気をつけろよ]
史弥