母は余計な言葉が漏れたと気づいたが、こうなってしまっては、もう隠すこともできないと観念した。
「あの頃、綾音が海外に行った時、あなたは死ぬほどの騒ぎだったでしょう?ちょうど雪乃が彼女のお母さんのことで恩返しを申し出てきたから……私が勝手に、あの子が綾音に似ていることに気づいて、あなたの側にいてもらうようお願いしたのよ。
約束では、三年経ったら恩返しは済んだということにして、それでお互いに借りはなしということになっていたの」
最初は確かに契約のようなものだったが、三年間も一緒に暮らしているうちに、母は雪乃のことをすっかり本当の息子の嫁のように思っていた。
けれど雪乃自身は、常にその立場を忘れなかった。彼女はいつだって彼女のことを『奥様』と呼び続けた。
綾音が帰国しないなら、いっそ風真と雪乃をこのまま夫婦として添い遂げさせるのもいいかもしれないと考えていた矢先、運命のいたずらか、ちょうど三年の期限が来た頃に綾音が戻ってきてしまった。
風真は相変わらず綾音に夢中だった。母が対応に困っていると、雪乃の方から離婚を申し出てきたのだ。
それを拒む理由もなく、ただ彼女を送り出すしかなかった。
母の話を最後まで聞いた風真は、体が硬直したようにその場に立ち尽くし、頭の中は真っ白になった。
恩返し?
雪乃が自分の側にいたのは、恩返しのためだと?
では、彼女は一度も自分を愛していなかったのか?
この三年間、彼女が自分に注いだ愛情は何だったのだ?自分のために傷を負い、何度も危険から救い出してくれたあの必死の姿は何だったのか?
あの時の愛に満ちた瞳は、決して偽りなどではなかったはずだ。
本当に、恩返しのためだけに――
命まで差し出せる人なんて、いるのか?
だが、もし本当に愛していたのなら、三年の期限が来た途端に迷わず離婚を選ぶものだろうか?
風真は動揺し、混乱していた。
雪乃――お前は、本当に俺を愛していたのか?
『約束』という言葉を聞いて、彼の中にあったわずかな希望さえ粉々に打ち砕かれてしまった。
混乱、焦燥、そして怒りといった感情が一気に押し寄せ、風真は頭を抱え、今にも崩れ落ちそうになった。
「嘘だ……こんなの絶対に信じない!」
取り乱した息子を目の前にして、母も驚きを隠せない。
風真はいつも冷静で、感情をあらわにすることは滅多になかった。綾