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神木セイユ
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Novels by 神木セイユ

黒と白の重音

黒と白の重音

人間界に初めて来た世間知らずのヴァンパイア 霧香。唯一制限の許された音魔法でバンド活動を開始 ! しかし、結成後すぐにヴァンパイアである事がバレてしまい、ギタリストで引きこもりのサイ、デリカシー無し男のドラマーのケイと契約する事に。 地獄で定められているヴァンパイアの契約者制度は五人。メンタル補佐から護衛まで多種多様。更に同居が義務 ! ヴァンパイア×ミュージック×スパダリ
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Chapter: 16.紅梅 - 3
「元々一緒に住んでたんだよね ? 」「うん。音楽関係者に間貸ししていいよって言われてたし、一応誰を呼ぶかはママに言うしね」 既に蓮と同居していた事実をぶち込む。「なんかさ〜。イケメンじゃん ? 前も言ったけどさぁ。好きになっちゃうとか、無いのっ !? 」「無いよ〜。 っていうか、お手伝いさんもいるし、全くの一人暮らしでは無いじゃん。 蓮は会話とかなくて割と部屋に引きこもってるから。だって普段はAngel blessのメンバーといて、他は黒ノ森楽器店で働いてるじゃん ? 一緒に住んでても、廊下ですら会わないんだよねぇ」「会わねぇんかい ! えぇぇ ? じゃあほんと、居るなぁってだけぇ ? 」「そんなもんだよ。わたしも配信部屋でひたすら投稿と生配信だし。 あ、でも。さすがに猫飼う時は相談したけどね。ほら、アレルギーとかあったら飼えないしさ」「そうなんだ〜。 ところで、蓮とハランはAngel blessは続けるの ? 」「うん。もちろん。楽器店と三足の草鞋を履くよ。 ここの加入の話は、京介から経由で聞いたのね ? 「行ってくれば」って話貰って。そして俺も即OKだった ! あはは」 ハランが左隣の霧香を見て微笑む。「だってさ。霧ちゃんと生活して、音楽もやれるって最高じゃん ? 」『最高』を断言である。 これにはヤラセと分かっていても、あまりの恥ずかしさに霧香は手でパタパタと顔を仰ぐ。「いやいや、でも……。 わたしたち、ゴシックをメインにやって行こうと思ってるんです。 そしてこの配信がアップロードされる頃には、五曲あげる予定なんだけど。 ひとつはゴシック・ロック、ゴシック・パンク、和ロック風ビジュアル・ロックって感じで。わたしはチェロとベースどちらもやるし、サイはバイオリンにも行くんで、是非聴いてみて下さいね。 激しいのも静かなのもやるんで、ご期待下さい」 全くハランへの返
Last Updated: 2025-09-25
Chapter: 15.紅梅 - 2
 動画撮影、当日。 朝食の皿が下がった所で、彩が切り出す。「これから撮影に入るから。カットはなるべく入れたくない。実写の編集めんどくさいんだ。余計な失言はなるべくしないでくれ。 大まかな流れはここに書いて来た」 そう言ってコピー用紙を全員に配る。 恵也が受け取ってブツブツ読み上げる。「食堂で俺とサイがキリと撮って、メンバー紹介して……俺の部屋紹介で猫 ? なにこれ、猫ってだけ書かれても分かんねぇよ 」「あの黒猫写真の一件を一度鎮火させたい。 シャドウ、申し訳ないがこの時だけ猫に戻ってくれないか ? 」 シャドウはキッチンで牛乳を飲んでいたが怪訝な顔で彩を見る。「俺をペット扱いしないでくれ」「そんな気ない。 家中映して、飼ってると公言してる猫がどこにもいなかったら『外飼してるんじゃないか』とか変な噂が出るかもしれない。ペットのマナーは叩かれやすいんだ。悪徳な人間はお前がよく理解していると思う」「そういう事か。 異論ない。うむ。霧香がそんな言われ方をするのは望まん。協力しよう」「それに人型のシャドウも撮りたい。これだけの食事や屋敷の清掃をやってくれる事に、俺たち全員は感謝すべきだ」「そうだね。賛成」「朝、こんなちゃんと食う生活久しぶり」「すげぇバランスも取れてるもんな」 これには全員一致で頷く。「じゃあ、シャドウ君。ケイの部屋で待機して、無理やりケイが抱っこしようとするのを、シャー !! バリバリって引っ掻いていいよ」「ほう」「ほう……じゃねぇよ ! だったら、一緒に猫カフェに引取りに行ったレンレンに懐くって絵面の方が普通じゃないの !? 」「ケイなら多少引っ掻かれても絆創膏が似合いそうだし、撮れ高的にケイで行こう」「これだから動画配信者はぁぁぁ」 シャドウは牛乳を飲んだグラスを洗い、猫型に戻
Last Updated: 2025-09-24
Chapter: 14.紅梅 - 1
 引越しは一日がかりだった為、撮影は次の日に持ち込まれた。 四人分を一日でとなれば当たり前のことだが、意外と持ち込む荷量が多かったのはハランだった。ハランはこれからも今までいたマンションは契約し続ける事を告げていたが、それでも段ボールで部屋の半分が埋まった。 彩は今まで作り溜めた音源をいくつかピックアップし、全員に夕食後に渡した。 コンセプトやチェロの件は蓮と打ち合わせ済みで、ハランも文句無し。そのまま事はスムーズに動き出し、全員楽譜を受け取った。「それで、二人にお願いがあるんだけど」「俺とハランに ? 」「俺たちは……ネット配信をメインで活動する。ステージに立つことは少ないと思う。 ネットで気軽に配信出来るメリットってのがある。 例えば生配信。生配信のコメントなら、コメントしたファンは直接俺たちに言いたいことが伝わってるっていう独特の空間の楽しみ。ファンとの距離感が強いんだ。会ってもいないのに同じテーブルで喋っていると錯覚するくらいに」「うん。俺も蓮も分かってるよ。今まで俺たちがミュージシャンとして活動してきた事とは、根本的に変わるって事だよね ? 」 彩は頷き、別に用意していた用紙を二人に見せる。これは恵也や彩のDMに来ていた『霧香と蓮、もしくは霧香とハランに交際していて欲しい』という、多くの支持を得ている、ファンからきたメッセージのプリントアウトである。 蓮は頬杖を付き溜息をつく。ひと目で不機嫌になるのが分かったが、ハランはメッセージを見てクスクスと笑い足を組み直す。「皆んな、意外な事考えるなぁ〜」「……で ? これがなにか関係あるの ? 」 ここで切り出せる彩もなかなかメンタルが強い。「撮影中、なるべくキリに絡んで欲しい。隙あればキリを奪っていくスタイルで。 最初はこう言う、キリに向かってくる下衆の勘繰りをさせない様にと考えたんだけど……もう、このファンの期待に答えようと思う。 好きなだけ勘繰らせて、なんなら『どっちと付き合っ
Last Updated: 2025-09-23
Chapter: 13.桜鼠 - 3
 大まかの引越しが済んだ。  あの個人宅配のお爺さんの息子は運送会社を引き継いでいて、引越し業はしていなくても好意で引越し手伝いをしてくれた。本業が心配になるレベルで何時でも対応してくれる。「親父から面白い楽器運んだって聞いてさ〜」「あぁ。わたしのマシンです。これですよ」 霧香がポストの側でスマホに写ったベースモドキ……命名マシンを見せる。「はえ ? これ楽器ですか ? 」「取り付けてある機材はベースなんですよ」「あー自作楽器ね。ピックアップとコントローラーと弦があれば……音鳴るもんね」 言えない。この人の良さそうなおじさんの、更に人が良さそうなお父様に、このくっそ重い鉄製のマシンを一往復運ばせたなど。「ま、頑張りぃや。  ところで、ここに荷物置きっぱなしでいいの ? ここから上まで距離あるんじゃないの ? 」 郵便ポストの横、林道に積み上がった四人分の荷物。「え、ええ。なんか筋トレしたい奴がいて」「そう。  ところで楽器やっとるっちゅーたら、ライブとかすんの ? お嬢さん美人だもんなぁ」「あ、ありがとうございます。  インスタグラムでKIRIって検索したら出てくると思うんで見てみてくださいね。写真凄く載せてるんで」「ほぉー写真かァ〜」 そこへ恵也がやってくる。「おいちゃん、ありがとうございました。  こちら、四人分の本日の支払いの方印鑑押しましたんで。週末には振込させていただきます」「構わんよぉ〜。それもこんな林の入口でいいんかいな ?  ま、ほぼ何でも屋みたいな運送屋だからね。何時でも声かけてよ。  これ、名刺ね。深夜でも早朝でも重量と大きさ伝えてくれればなんでも運ぶよ。  あ〜、俺何処から来たんだっけ ? 来る時は分かってたのに ! そのうち知ってる道に出るかぁ」 運送屋はそういうと、帰って行った。「さてと。ケイ、人が見てないか確認しててね」「おっけ」
Last Updated: 2025-09-22
Chapter: 12.桜鼠 - 2
「やば……。途中バイオリン落とすかと思った」「無茶な事するから……」「だって前奏だけギターソロだったから」「でも、こういう曲いいね。クラシックが母体になってるのと、バリバリロックなのに間奏はバイオリンとチェロが主体なの新鮮」「バンドでバイオリンってどうなのって気はしてたけど、すげぇ体力奪われる。気持ちいい」 もう一度三人でテーブル席に戻る。  霧香は先程のチェロとドレスの写真をインスタにアップロードする。  彩はSNSで告知。 『近日中 重大発表あります』  庭を眺めながら、恵也がぼんやりと口にする。「ゴシックバンドで『ゲソ』ってネーミングどうなの ? 」「「……」」「和風じゃん ! コミックバンドじゃん !  もっとカッコイイのとか耽美なのにしようぜ ! せめてロックなの……」「そういうセンス無いんだよな」「歌詞は書けんのに ? キリは ? 」「え !? うーん…… 。か、感染地帯とか ? 」「いる !! 感染では無いけど有名な地帯いる !!  もっと無いのか !? 」「えぇ ??? じゃあ……バイオリンとマシンで、バイオマシン…… 」「『汚染』から離れろ !  サイはなんか出せよ ! 候補 ! 」「……人外S。ジンガイズ……」「人間辞めましたって !? 自己紹介しろなんて言ってない !  じゃあ、取り敢えず保留な !?」 □□□□□□ そして迎えた六時半。  朝食が並んだリビングで、ハランの笑みがビキビキに引き攣っていた。  その向かいで、何事も無いかのようにパンをちぎって口に運ぶ蓮が居る。「えーと……。いつ来てたのお前……」「昨日。夜」 ぶっきらぼうに答える蓮に、ハランが深くため息を着く。「あっそ。  そう言えば、明日有給取ったろ ? 引越しか ? 」
Last Updated: 2025-09-21
Chapter: 11.桜鼠 - 1
 恵也は朝方五時に起床すると、住宅地を二週ランニングし、庭で筋トレをするのが日課になった。 その日は、昨晩出掛けたはずの霧香が今はスタジオに彩といるのが見えて安心する。 見慣れないものに興味が湧いた恵也は、筋トレを中断し、スタジオへ向かった。「おはよう」「ケイ、丁度良かった。これが終わったらミーティングしたいんだ」「はあ。いいけど。これって……」 霧香が応接間から持ってきたアンティークチェアにドレス風の衣装を着て座っていた。 黒地のシャープなスリット入りのドレスに真っ青な青い薔薇とリボンが付いた大人っぽい雰囲気だ。 そして霧香が抱えているのは、あのガラスのチェロだった。「指板は持ったままで、顔を寄せて……もっと左手に唇つけて。右手はピッチングの形で」 カシャ !「インスタ用 ? 」「そう。なんならPVにも使いたいな。はぁ〜装飾楽器はテンション上がる」「へぇ〜。これアクリル ? 」「ガラスだよ。蓮から貰ったって」「うえぇぇっ !? あ、昨日か !! うぇ〜いレンレンやるじゃ〜ん」 霧香は恥ずかい気持ちを隠すように意地でも澄まし顔を貫こうとするが、二人からは丸わかりだ。「何がよ。別に、契約者も出来たしってお祝いに貰っただけだし」「いやいや、超すげぇじゃん、いくらすんのこれー。やべぇ〜。 そのドレスも ? 」「このドレスはシャドウがミシンとキリの着てない服を持ってきてくれて……」「お前が作ったの !? 」「……最高。最新式のミシン最高。昔のも味があっていいけど、スペックが違う。なんでも縫えるし刺繍も出来るし……ハマりそう」「もう……ハマってんじゃん」「このチェロも弾かせて見たけど、音も悪くない。
Last Updated: 2025-09-20
PSYCHO-w

PSYCHO-w

葬儀屋の息子 涼川 蛍は、ある日謎の組織にデスゲームとして監禁される。富豪の狂乱として観覧される中、どんどん猟奇的なものへと加速する。 更にゲームマスター ルキは早々に蛍のサイコパスを見抜いていたが、蛍には人に言っていない犯行が存在する事を知らない。傾いたまま続いていく関係の二人のサイコパス。 数多くのサイコパスを飼い慣らしてきたルキと少年猟奇殺人犯の蛍。 果たしてどちらが本当のサイコパスなのか。
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Chapter: game - ED. PSYCHO - we 3
 残された蛍と結々花は無言のまま。 ポンっと音が鳴り、エレベーターの扉が開く。 最上階ルームはエレベーターから直接、一歩踏み出すとワンフロアを贅沢に使ったゲストルームだ。霊園だとは思えない温かみがありながら、どこか近代的な造り。 結々花はガラス屋根を見上げながら、つい先日この場で行われたショーに関して呟く。「まさか先日、この天井に人がぶら下がってたとは……今日のお客様は知る由もないわね……」「だってダリの最後の晩餐は、いるじゃん。上に。半裸の人」「んー。絵ってあんまり興味無いし、ダリが最後の晩餐描いてたのも知らなかったわ。 あの日、ケイ君がぶら下げ始めた時、観覧者から凄い歓声が上がったわよね」「……客の声なんてオフになってるから聴いてないよ」「美果ちゃんはどうして、ダリの最後の晩餐をここのモチーフにしたのかしら ? だって一応、最初は海玄寺の宗派を受け入れる方針だったじゃない ? 仏門に関する絵じゃないんだ〜って思ったわ」「そう言えば美果は ? 」「来てるわよ。聞いてみよっか」 結々花は半分暇を持て余し、意味無く美果にコールする。数分後、倉庫から美果が飛んできた。「ごめんごめん。つい夢中になっちゃってて」「卒業制作上手くいってる ? 」「すっごい便利 ! まさか秘書室という名のアトリエが貰えるなんて ! 」 美果は結局、涼川葬儀屋へ就職となった。結々花がマンション墓地やスポンサー等との橋渡しなど、重明とあまり関わらない日陰の部分に暗躍するのと違い、美果ははっきり葬儀屋で外へ発信できる人材として存在する予定だ。 このマンション霊園の概ねのデザインもそうだが、位牌や仏壇、ペット用のメモリアルグッズなどを手掛けることで、合法的にこの場にアトリエを持てているのだ。「ただ絵を描いてただけなのに、今は小さい仏壇や神棚を考えて、小物作って、内装をデザインして、宗教も勉強して……人生分からないわ
Last Updated: 2025-09-25
Chapter: game - ED . PSYCHO - we.2
 ドンドン、ドンドンドンドン !!「けーい、けいけいけい〜 ! 起きてるー ? 」「うるさいな !! いるよ !! 」「うぉ、今日は元気 ……あ」 椿希は蛍が開けた玄関の隙間から、ルキの靴をみて納得する。「うん。そっかぁー。俺お邪魔かぁ〜」「別に。もう出るよ」「あ、椿希君。入りなよ」「ルキさん早よーっす。じゃあ、お邪魔します」「え、いや。俺の部屋なのに、なんであんたらで完結してんの ? 」 蛍が騒ぎ立てる中、椿希はルキに通されると、まっすぐコレクション棚へ向かう。「うぉ〜、今日もあんね。Mの首〜。こういうのって、キメェけど慣れてくると見ちゃうよね〜」「……」 椿希は蛍に向き直ると、さも当然の如く炬燵に潜り込む「なぁ、こないだあのマンション墓地でゲームしたろ ? あれなんだったの ? 」 蛍と第3ゲームに出た椿希が墓地を経営すると聞き付けた烏達は、少しの興味を示してきた。稼ぐ金など烏からすれば微々たるものだが、死者が絡むと合っては何やら期待が大きいようだった。  そこで、ルキが景気付けにデモンストレーションとして蛍にショーをさせた。 内容は第一回目の人体アートと同じルール。  そして場所は蛍と椿希が建てたマンション墓地の最上階。 ガラス屋根で光に満ち溢れた空間。遺族がエントランスで指定したキーを打つと、位牌が最上階ルームに排出されて、墓参りすることが可能なのである。 そしてそのビルのイメージデザインを手掛けたのが美果だ。「死体並べてるだけにしか見えなかった。あれ、何がよかったの〜 ? 」 不貞腐れている椿希の作品は最下位だった。意外な事に、椿希は殺すことは出来ても、遺体が苦手らしく全く使い物にならなかった。これから海玄寺の業務を継ぐかもというのに、蛍もルキも一抹の不安を覚えるが、葬式で見るような遺体と違うのは言うまでもない。蛍がズレているだけなのだ。「ケイは最初に参加した時、ダビンチの最後の晩餐を
Last Updated: 2025-09-24
Chapter: game - ED. PSYCHO - we.1
「やめ……う……ぁ……」 木の幹に拘束された手首が真っ黒に腫れ上がる。全裸にされ、一方的な暴力を浴びた後だった。ゴムを外す音が響き「これは証拠隠滅される」と言う復讐すら許されない絶望の中。自分を犯した少年が、鞄を開けた。縛られた女は足を広げたまま、顔を逸らし、全ての行為が終わった後に生きていることだけを願う。ジッパーが開き、何やら器具を取り出し始めた少年の持つ物体が、凶器なのか撮影なのかと更なる恐怖を覚えた。 まだ日が昇る前。日課のウォーキング中だった彼女は、挨拶してきた高校生姿の蛍に微笑み、会釈を返しただけだった。 倒れ込んだ笹薮の中、落ち葉に広がるおびただしい血液。女の腕や足首には無数の注射針が刺さり、故意に瀉血させられていた。その中でも一層太い針はチューブ状で、足首の骨に埋まる程深く差し込まれていた。 家から数キロ。程良く息が上がってきた頃だ。この仕打ちは心臓自らが血液の排出を促すようだ。どんどん冷える身体の感覚に、突然ジリ……っと言う音と共に焦げた臭いが漂う。「っ……あ…… ! グッ !! がっ !! や、やめ !! 」 蛍は女を殴りつけると、取り上げた免許証をもう一度確認する。そして彼女の下腹部に型を付けた熱線を押し当てる。細い動線は皮膚を簡単に焼き、ズブズブと脂肪の中へ埋まっていく。波形の二重線。女の生年月日は一月三十一日。水瓶座だった。「うぅ……ふ……ふっ……うぅ…………」 突如降りかかった暴力に、涙が止まらない。何故襲われたのかも分からず、何をしたら助かるのかも分からない。見ず知らずの少年の行動に、激しくパニックを起こし続けている。 パパパッ !!「ンギャァァッ !! ……クッ……あぁ…… ! 」
Last Updated: 2025-09-23
Chapter: 46.汚れた手
「さ、離れて」 西湊の山奥。 高い金属塀に囲まれたスクラップ業者。そのほとんどが古いストーブや錆びた自転車。解体し、磨いて使えるものは転売する。しかしほとんどは死を迎える為に連れてこられた金属たち。 その中に蛍が乗ってきたトラックが乗り入れた。 幌や防護服、薬袋に使った袋は椿希の部下が、焼却炉へ行くことで引き取られた。 剥き出しになったただの平ボディのトラック。「ども、ボス。お会いできて光栄です。汚い場所ですみませんね」 奥のプレハブ小屋から熊のような作業着の男が出てきた。「汚くないですよ〜」「梅乃様ぁ、こういう場所にゃご自身で来られなかったんでねぇ。いやいや、さっき連絡貰ったときゃ驚きましたよ」 作業服の汗のツンとする匂い。 プレハブの横には古い洗濯機と斜めになった洗濯物干し。白いタオルと穴の空いた作業着が何着かかかっている。 不清潔な男では無い。単純に真面目に仕事をしているだけの一般的な男だ。秋とはいえ、まだまだ野外作業は暑い時期だ。滝のような汗をかいている。「これがそのトラックね ? 」「ええ」「任せてくれ。俺なら一日で解体して、例の工場の溶解炉に持ちこめるよ」「俺は焼いちゃった方がいいと言ったんですけど、椿希が……」 男は蛍を見て、ノンノンと指を立てる。「警察ぁ、犯人探しとなったら小さなネジまでこねくり回すから。側を焼いても、証拠隠滅は出来ねぇんだわ」「でも一日でって、出来るんですか ? 」 流石に早すぎるスピードだ。ひき逃げ事件ですら、犯人は証拠隠滅にどれだけの時間を要するかを報道で見ている。蛍は不安に思っていた。「部品の転売や、エンジンの譲渡とかも止めていただきたいんですけど……」 口を挟んだ蛍に、男はニッと笑う。「おいおい。俺を誰だと思ってやがる」「ケイくん心配なぁい。この人、本当に手馴れてるし長年山王寺の証拠隠滅してきた人だよ ?
Last Updated: 2025-09-22
Chapter: 45.蠱惑的な闇
「さっきの話。ケイ君のファンって、檻にくっ付いてたオジサンよね ? そんな大富豪なの ? 」「意外かい ? 東北訛りで身なりも庶民的だから目立ってたかな ? 」「あ……いや、そんな意味じゃないけど。町の汚染を支援って、お金の問題だけじゃないでしょ ? 致死量2ミリgの薬物テロで、どう対処するの…… ? 」「まぁ、まずは防護服、洗浄車両の確保と運輸、検査員や職員の派遣、避難所の維持、とにかく莫大な費用。  けれど、一方でフェンタニルの歴史は長い。以前、2002年に対テロリストとしてフェンタニルを特殊部隊が使った事例があるけど、噴霧器でガス状にする必要があった。その場所だって事後処理は通常装備で踏み込める程度だった──らしいよ。  ケイがやってるのはそこまでの脅威ではないと見てる。Mのような被り方をしない限り、道端の鳩もすぐに元気に歩きだす」「……なら……いいけど。さっき路上に倒れてた人達……あの人たちはもう……」 美果が戸惑いを感じるのは無理もない事だ。蛍の犯行とは今までこんな形では無かったはずなのだ。「……ケイくんは真理さんもルキも殺す気はなかったって事よね ? なら、すぐ止めてくれるはず」「ああ。手元にどれだけ残ってるか分からないけど……。  寧ろ、これで一番得をするのがあの二人さ」「 ? 」「葬儀屋と寺……まさか。そんなはずは……。お金の損得で殺しはしないわよ」 美果は蛍に夢など見ていない。犯行手口として納得がいかないのだ。「全く、俺も美果ちゃんも。変わった子に関わっちゃったよね。結々花もさ」「あんたが言う ? 」 呆れるようにため息をつく結々花に、美果が初めて声をかける。「わたしも今、そう思った。ってか、結々花さんがルキに寝返るなんて信じられない。信用出来ないんですけど」「あら、案外警察も信用出来ないのよ ? 」「それは……そうかもしれないけど、今朝までスパイだった人を信じろと言われても」「そういう美果ちゃんも、ケイ君次第でなんでもするでしょ ? どちらかと
Last Updated: 2025-09-19
Chapter: 44.糸引き
 ルキがヘリを飛ばし、真理はライフルのスコープで上空から町を見ていた。「……流石ね……」 思わず呟いたが、その声はヘッドセットを通し全員に共用される。 隣にいた美果も真理からスコープを借りて惨状を目の当たりにした。「この人達……皆んな死ぬの ? 」「どうかしら。フェンタニルだけなら解毒出来るし、一時的な中毒に治まるかしら。……でもルキの言う通り混合物なら……ただでは済まないわね」「……こんなの……ケイ君らしくない……」「殺人にらしいもらしくないもないでしょ」「いいえ、ケイ君は拘りますよ」「それは俺も思った」 会話を聞いていたルキが返した。「けれど今回の件はケイはゲームとして見ていないんじゃないかな」「どういう事 ? 」「スミスが説明した通り、俺と真理さんの命が賭けられるのは事前に知っていたからね。Mは必死にどちらを選ぶのかケイが苦悶する様子を見たかった。勿論、観覧者も。 けれど、これがケイの答えだよ」「無差別テロが ? 」「Mを殺して、組織を炙り出すことさ。こんな騒ぎじゃ二度とこの地に足を踏み入れられない。そうさせないつもりなんだ」「でもそれは死んだMの身柄で話が終わるんじゃないの ? あんたはどうなのよ ? 」 ルキがこのまま蛍から姿を消すとは考えられなかった。「Mとは血縁じゃないし、何も証明がないからね。でもMのビジネスは引き継がれる。 残念ながら、ゲームマスターは続けられないけれど」「ふん。それを聞いて安心したわ」「美果ちゃん、嫌い。すぐ俺をイジメるんだもんな」 ヘリがコンテナターミナルに到着する。普段、働いている作業者は避難済み。 その手配をした人間がヘリを出迎えた。
Last Updated: 2025-09-18
Load of Merodia  記憶喪失の二人

Load of Merodia 記憶喪失の二人

ドラゴン討伐中、空中戦から落ちたリラは、一命を取り留めるも記憶喪失となってしまう。パーティの仲間ともはぐれ、二ヶ月が経過した頃、拾われた村の酒場でステージに立つ『狐弦器』奏者のセロと出会う。リラの中で何かが覚醒し、即興での演奏を披露する事に ! リラの持つ魔法石は歌魔法の使える希少石だったのだ。セロの音色に依存したリラと 、リラの歌声に依存したセロ。 吟遊詩人としてのスタートを切るが、セロは極度の女嫌い。更に旅の資金0 !! 貧乏で純愛な異世界ミュージック︎生活。 更に元のパーティはスパダリ揃いの溺愛系ヒーロー。 リラは記憶のあった頃のメンバーの距離感とセロと旅をしてきた信頼度に悩み、溺れていくことになる。
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Chapter: 96.エピローグ -2
「セロのやつ、酒場に行ったきり帰って来ねぇぜ ? 」 あちゃ。 今回ステージを貸してくれた店主や店員さん、皆んな男性だったもんなぁ。 女性と違って、相変わらず相手が男性だとセロ自ら懐く。「なんでその半分が女性に向けらんないのかなぁ〜 ? 」「はは。セロらしいじゃん」「飲まされてないといいけど……」「……一昨日はマジで……一口でぶっ倒れたからな」「わたしもびっくり 。そう言えば、リコもアルコールはダメだったな」「体質も変わるもんなんだな」「そうみたい」「これ、運ぶぜ ? 」 カイは衣装の入った箱をヒョイと持ち上げると、宿を出る。「レイとエルとさぁ、なんか喋った ? 」 もう、またデリカシーバグってるし。「話したけど……」「なんて ? 意外と二人とも機嫌いいし、なんでなん ? もっとギスギスパーティになるかと思ってた」「なんでと言われてもねぇ。 というか、あんたこそマイペース。シエルでさえ何かしらに気を使ってる」「何かって ? 」「新しいメンバーとか」「セロはなんか無害だし分かりやすくねぇ ? レイの方が謎なんだけど」「じゃあ、そのレイとわたしが昔馴染みだった件は ? 」「恋人を昔馴染みで片付けてるあたり、問題ないべって思うわ」「エルとレイの契約とか……仲間として」「レイがエルの魂取るって死後だろ ? そんときゃ、俺らもヨボヨボ爺さんって事だよなぁ〜。 アレ ? じゃあ、お前とレイって不老不死 !? マジで !? 狡ぃ〜 !! 」 もう聞くのやめよ。「俺らは俺らだし、なんも変わんないし、変わりたくもないね」「……それは言えてるね」 □□□□
Last Updated: 2025-09-07
Chapter: 95.エピローグ -1
「ボウガンは久しぶり。まぁ矢を魔法で出すわけだし、何も変わらないんだけどね」 茂みの中、わたしはスコープを覗いたままひたすら変化の無い切り出った岩壁を見つめる。 場所はプラムから北。 わたしが遭難した山脈で、丁度雪山の村と反対斜面にある栄えた氷の町。「いつもの魔銃とは飛距離が違うし。我慢だな」 隣ではレイが同じく双眼鏡を覗きながら周囲を警戒する。「今回はマーキング付けるだけだし。そんな難易度高い依頼じゃないからね。 それにしても、まさかゴルドラとシルドラの番を飛竜一族が欲しがるなんて……」「奴らだってヴァイオレット大陸にいた最古の一族だ。恐ろしいもんだね、お互いにな」 魔王が追い出した先住民。 その飛竜一族が例の夫婦ドラゴンを飼い慣らす為に引き取る事で話が付いた。「そんな簡単なら最初から声かければ良かったのに」「馬鹿。野生のドラゴンだ。連中だってそう簡単に使役出来るわけじゃないんだよ」「ふーん」「……」 ああ、いつまでも会話が辿り着かない。 話したいのはこんな話じゃないのに。 二人きりになるチャンス……みんなでいるとなかなか無いし、今ちゃんと話さなきゃ。「レイ……あのさ。旅に出て、わたしが自由になってからでも…………過去の事を話してくれれば良かったのに……」 レイは双眼鏡から顔を離すと、無言で空を見上げた。「なんて ? 『俺、魔王だよ』って ? 違うだろ ? 『元彼だよ』の方だよな ? 」 ハッキリすぎる。 恥ずかしすぎて顔見れない。 でも、そう。その話。ってか、何最初の。「魔王だよ 」 ? 知らねぇよって ! もう !「わっ ! 」 急にバサッと音を立ててレイが防寒布をわたしに
Last Updated: 2025-09-06
Chapter: 94.アナタと
「リラ ! 」 今度は年下組か。「おめぇ、ちゃんと休めよ ! 」「大丈夫大丈夫。もう平気だし、エルとレイも鬱陶しそうだから振り切って来たの。 酒場の集計結果、もう見た ? 」「ま、まだだよ。僕たちも今来たところ。セロは関係者だから、僕らここから張り出されるのを見るしかないし」 キヨさん、随分張り切って作ってくれたのね。新村長就任の時のパーティレベルで飾り付けされてるわたしとセロの名前。そして、リコの名前も。「お前、セロんとこ行くの」「うん。一緒にくる ? 」「え……邪魔じゃねぇの ? 」「別に」「ちょっとカイ……」「行く行く ! 裏口って特別感あるよなぁー ! 」 カイとシエルを連れて酒場の裏へ回る。「リラさん ? リコさん ? 」 キヨさんが不思議そうにわたしに声をかけてくる。「リラよ。表のボード見たわ。凄いわね」「張り切っちゃった ! わたし、大工になろうかと長年迷っていて……でも、踏ん切りがついたの ! 」「そうなの !? 一大決心ね。 ん〜確かに。あれだけ出来るんだもの、きっといい大工になるんだろうなぁ。 ねぇ、セロいる ? 」「あ、います。でも貯蔵庫が気に入ったのか、全然出てこなくて」「静かな所好きだからね」「俺らやっぱり外で集計見るわ。行くぞ、シエル」「ここまで来て !? だったら3点 ! いや、気付いただけでも4点 !? 」「シエルさん、大人なんですね」「カイがデリカシー無しの馬鹿なんですよ、キヨさん」 酒場の厨房を通り抜け、貯蔵庫のむしろを捲る。「セロ」「……リラ…… ! 」「ごめ
Last Updated: 2025-09-05
Chapter: 93.決意
「……」 あれ…… ? わたし寝ちゃってた…… ? ベッドから起きて直ぐに壁に付いた鏡に目が行く。酷い顔。冷やせば良かった。これ、今日は部屋から出れなくない ?「リコ……」 あの子がいないのが普通だった。 自分の意識がハッキリして気が付いたら、あの子がいた。 わたしは白い部屋にボンヤリと浮いている様な感覚……漂ってたみたいな。時間と共に、視界や聴覚が途切れ途切れに共有してきた。でもそれは限定的な状況下でだけ。リコに戦闘が必要になった時だけ。 もしわたしが今、歌う必要が出たら ? リコがでてくる ? 答えがNOなのは自分でわかってる。 DIVAストーンがわたしに反応してるもの。「海の城 ブルーリア……」 平和な国だった。 王だけじゃない。皆がわたしを受け入れてくれた。 ヴァイオレット大陸に近いって事もあったのかもしれない。船乗りが魔物に助けられたりという前例のある海域だった。「レイ……」 彼がグリージオにいるのは知っていたのにグリージオと不仲な国にいたのも運が悪ったわね……。 レイとは……ちゃんと向き合わないといけない。 けれど、その前にエルにも事情を知って貰わないと。レイはその辺をどう考えてるんだろう。 何よりセロも。 もうセロにはわたしと一緒にいる理由がない。リコはわたしが奪ってしまった。 でも、どうして…… ? ──セロと別れたくない。 リコが執着した理由が今ならよく分かる。 演奏中の深い深呼吸、息使い。 弦とわたしにしか向かない視線。 
Last Updated: 2025-09-04
Chapter: 92.迷子
「リラ」 目を覚ますと、シエルがわたしを不安そうに覗き込んでた。「シエル。わたし…… ! 」 どうすればいいの !? レイはわたしの過去の恋人だった。 エルは契約通りなら、死後魂をレイにとられる。 セロは……リコと旅を始めたのに。 今、わたしの内のリコの気配は完全に消えた。「……っ」 涙が止まらない。 自分が何に泣いているかも分からない。「リラ、この部屋を使って。今日はゆっくり休んで」 シエルがわたしをベッドまで誘導する。「記憶に感情が……追いつかない…… ! リコが……いなくなった…… ! 」「そっか……。 キツい魔術だからね。食事は宿の人に頼んで運んで貰う。ゆっくり休んで」 □□「シエル。リラは ? 」 レイの部屋に戻ったシエルを見て、全員が目を丸くする。「……無理に記憶を引き摺り出すようなものだからね。相当消耗してる。休ませてあげて」 そう言い終えるとシエルはすぐに気付いた。「あれ、セロは ? 」「あいつは酒場の方の集計結果に顔出してるよ」「……そう。ちょっと行ってくる」「急ぎの話しか ? 」 ベッドに座っていたレイがシエルを見上げる。 この時──リラには伝えていないが、術者のシエルにも全てリラの追体験が視えている。「……うん。ちょっとね」 レイが今回過敏に反応するのは当然の事だ。 自分の編成隊まで送って来たリラの失踪騒動。 レイの契約もリラの存在あってこそ確立するもの
Last Updated: 2025-09-03
Chapter: 91.わたしのリコ
見たことある城に歩いた事のある庭園……。「グリージオ王、お呼びでしょうか ? 」場面が飛んだ。王都 グリージオ。……これは、エルの記憶ね。今より若い……十代後半くらい ? 一緒にいるのが父親、先代のグリージオ王……こんな風貌だったのね……。でも、なんだか……いえ、エルと似てるせいよね。会ったことは無いはず……。「はぁ……階段は一番こたえる。エルンスト、座りなさい」「はい」二人は城内へ戻り、長い廊下を歩くと二階の一室に入った。ここは王の自室ね。 ベッドもあるし。プライベートな空間だわ。エルが椅子に座るとグリージオ王は考え込むように口を開く。「わたしの病もこれまでだ。床に伏せる前に言い残した事があってな」「そんな……世界中から医療に長けた者たちが志願してグリージオへ来ています」「まぁ、それはそれで良いのだが。エルンスト、地下牢の女と懇意にしているようだな」「……っ。それは……あの、好奇心でして……」「子供の頃も、忠告したはずだ。あの女の歌は聞かんようにと」「……あれが誰で、何故あの場にいるのか……書物で確認しましたが、肝心の彼女の……何故グリージオの城内で管理されているのか。それについては何も……。どうして記録がないのでしょうか ? 元からですか ? それともその部分だけ誰かが…… !? 」「落ち着きなさい。女王 DIVAについての記述は、わたしが子供の頃から無かった。しかしあの女がここへ来たのが六
Last Updated: 2025-09-02
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