Chapter: 10.仲間と共に 八本軒への路地を曲がると、ただひたすらに薄暗く佇む店の看板が見えた。紫麻は小さく溜息をついて帰る。 陽はまだまだ上がったばかり。 本当なら今頃、ワイドショーを見ながら紫煙を燻らせ新聞に目を通している時間だ。 しかし、今日テレビをつけたら恐らく砂北で起きた二つの殺人事件の報道で玲と真子の宇佐美母子が取り沙汰されるだろう。 紫麻としても観たいものではなかった。 玲に関しては干渉はしない。子供を襲う程理性がない訳でなく、真子に関しては玲がいるためだと言い聞かせる。 本来は弱肉強食の海の中で過ごして期間もある神の化身である。我が子を救うために他者を攻撃するのは普通のことなのだと思えてならなかった。 人の世界には法律やモラルがあるそれがある以上、言い訳は通用しない。 更に宇佐美 真子の犯行は自分の娘の一連の流れを知っての行動だ。 本人にとっては喰われて消えてしまいたいと思うような日々が待っているかもしれない。 どちらにせよ、紫麻は海希と顔を合わせるのが憂鬱だった。 赤い看板の下、飾り木枠のある引き戸に手をかけると、厨房の灯りがついていることに気づく。 ガララ…… ! 「紫麻さん ! おかえりなさい ! 」 中で海希が包丁を片手に仕込み作業をしていた。「海希……大丈夫なのか ? 」「紫麻さんこそ。大遅刻ですよ !? 今日もお客さん多いですよ、きっと。 先日来たお客さんが一気にSNSに拡散してました」 カウンターの端には相変わらず鹿野が陣取り、既に出来上がっている有様。そして海希のそばには一人きり、和食屋の調理服を着た背の大きなタトゥーだらけの男が立っていた。「海希さん。また雑になってるよ。最初の玉ねぎと見比べてご覧」「あ、確かに……」「何十個も剥いてると感覚が鈍るけど、お客様が一個目と今手に持っている玉ねぎを二食注文されたら、テーブルの上で一目瞭然になるから。刻む料理ならいいけどね」「はい ! リュウさん、分かりやすいです ! 」 仕込み作業を手伝っているのは向かいの寿司職人、リュウだった。 リュウは紫麻の前まで来るとコック帽を脱ぐ。スキンヘッドの汗を清潔なタオルで拭い、海希を振り返ってから笑顔を見せる。「朝来たら不安そうで。紫麻さんが今日はいるかどうか分かんないって聞いて。 味付けをする事は出来ないけど
Last Updated: 2026-02-04
Chapter: 9.動機と終焉「保育園の時からずっと…… ! ずっとですよ !? 」 薄暗い取り調べ室の中で、玲とは違い宇佐美はとても感情的だった。「何度も親御さんに御子息が園でいじめをしている旨を伝えるように、先生にはお願いしてたんです。 でも先生たちも保育園側で解決します、の一点張りで。結局、今の今までいじめは続いてしまった ! 」 聴取を取っていた鏡見と柊はなんとも言えない気分で聞き続けた。「転校すればいい、引っ越せばいいって簡単に思うでしょう !? 保育園に入れるのも大変なんです。待機児童にしてしまったら次に入園できるのはいつか……。入園してもらわなきゃ仕事に影響が……。稼がなくちゃ暮らしていけない。自営業で再就職という訳にもいかない。 たった一つ ! いじめがあるってだけで、わたしも玲も変わってしまった ! 玲が不登校にならなければ ! あんな凶悪犯と関わり合いにならんかったのに ! 」 一通り吠えると、宇佐美はその後俯いて泣き始める。嗚咽を上げながら、はぁはぁと口で酸素を取り込んでいる姿はなんとも哀れで、何故にこんな事が起きてしまったのかと鏡見と柊も心を苛まれそうになる。「玲さんが戸崎と知り合ったのを、知っていましたか ? 」 宇佐美は否定も肯定もせず、手ぐしで長い髪を整える素振りをする。落ち着こうと必死に歯を食いしばる。「大人の男性の声だな、とは思っていました。 ある日、不安に思って、玲が出掛けた日にタブレットを見たんです。パスワードも安易で……すぐ開きました」「そこで何を見たんです ? 」「……犯行スケジュールです。 玲は……戸崎にいいように使われている感じで……。主に誘拐の際に声をかける役を……。戸崎のメッセージをずっと辿って行ったら、最初は玲を誘い出していたんです。でも、玲はそれをすぐ感じると&
Last Updated: 2026-02-03
Chapter: 8.最後の一人「う、うわぁぁぁっ !! 」「夕非くん、迎えに来たよ」 夕非が感じたのは、宇佐美 真子が平均的な顔立ちで、自分の母親と変わりのない年代の女性に見える事の恐怖だ。 いかにもな殺人犯ではなく、街のどこにいてもおかしくない普通の雰囲気の女なのだ。「さ、家に帰ろうか」 しかし言動はやはり違和感がある。 そもそも夕非は宇佐美を知らなかった。だが、その顔は玲と限りなく似ている。きっと玲が大人になったらこんな顔になるのだろうと思うくらいだ。「お、お母さんが迎えに来るので……」「来ないよ ? 」「え ? 」「お母さんは、もう来ないよ ? 」 夕非の母親は専業主婦で特に今日も大きな予定はなかったはずだ。「学校がお母さんに連絡したので、お母さんが迎えに来ます」「車、タイヤパンクしてるから来ないよ ? 」「……」 確信に変わる。 この女はこの瞬間を待っていたのだ。しかしおかしい。学校に来てから保健室に夕非が来る事は知らなかったはずだ。夕非ですら突発的な行動だったのだから。「僕に、何か用ですか ? 」「うん。そう」 そう言うと、宇佐美は青色のリボンと、もう一つ何か手に握った物を夕非に見せる。 カシュッ ! 淡い朱色のマッチの炎。 見た瞬間、気付いた。 匂いだ。 宇佐美が保健室に来てから、消毒液の匂いを上回って何か鼻につく異臭。 灯油だ。 宇佐美はリボンと一緒にバッグからビショビショに濡れたバスタオルを夕非に投げつけた。「はい。あげる ! 」「うわ ! 」「じゃあ、さよなら」 落ちる。 宇佐美の手から、火のついたマッチの灯火が。 宇佐美もずぶ濡れだが微動だにしない。 自身もここで終わるつもりで来たのだ。 放り投げ
Last Updated: 2026-02-01
Chapter: 7.玲の道筋 賀川と鈴木は砂北保育園からおひさま保育園へ赴いていた。 おひさま保育園は砂北駅から随分離れた海沿いの町にある。 砂北保育園に宇佐美 玲が通園していた時の様子を聴きに行ったが、当時の保育士は一人しか残っておらず、更に非常勤の保育士だった。そこから当時の担任の保育士がいるおひさま保育園へ向かったのだ。 おひさま保育園は地形を利用した活発な子供たちに人気な遊び場のあるのが売りで、今も子供たちは自発的に遊んでいる。園長に仕事を頼み、狭い教員室の中で賀川と鈴木は赤木という女性保育士と対面した。「玲ちゃんの事はすごく覚えてるんですよね。わたしが保育士になったばかりで至らないところも多かったし……可哀想なことをしたなって」「可哀想……とは ? 」 賀川の問いに赤木は肩を竦めて頷く。「いじめです。ああいう物は注意しても止まらなくて。年少さんくらいだと素直に聞いてくれるんですけど、年長さんくらいになると言う事を聞くのは一時だけで。 当時はお母様からもよく面談や相談を受けていましたし」「いじめた児童の親御さんは知っていましたか ? 」「基本的に直接は言わないですね。最初はプリントや参観日なんかに、「最近、お友達同士では使っちゃいけない言葉や行動を見かけています」とそれとなく。改善や自覚がない場合は、似たようなニュアンスで、お迎えの時に伝えます」「なんではっきり言わないんですか ? 」「結構どこもそうだったりするんですけど、今は保護者同士がSNSなんかで簡単に繋がってしまうのでトラブルに発展するスピードが早いんです。伝えたその日のうちにいじめられた被害者側のお母様がネットで晒し行為を行ったりしますので」「なるほど……難しいですね」「基本的にはわたしたちが何とか解決に向かわなければなりません。小さな子供たちですから、分かるはずなんです。 けれど、当時のわたしにその余裕はなくて……。結局、玲ちゃんはそのままヒヨコ組を卒業していきました」
Last Updated: 2026-01-29
Chapter: 6.最後の加害者 その日、千葉 夕非は沈んだ顔で登校していた。 周囲にいた保育園時代からの親友たちが次々と姿を消していたからだ。母親は最初の友人が消えた時、「転校した」と言われた。二人目では遂に「いなくなった」のだと聞かされた。三人目でようやくこの一連の流れが犯罪的な被害を受けていることを知った。 砂北保育園から砂南小学校へ進学した者は男女問わず多い。しかし、消えていく生徒は自分の親友ばかりで何が原因か分からない。 次は誰かと騒ぎになり、しばらくリモート授業による対策が取られた。 そんな時、同級生の宇佐美 玲が逮捕された。 罪状は恐らく殺人か──そんな母親たちの噂が子供達にも伝わる。 その時に気付いてしまった。 女児連続殺人と児童連続殺人は別個の事件である、と警察から会見があった。 児童連続殺人とは ? 消えた男児は千葉 夕非の親友のみだった。女児に関しては分からないが、男児は確実に繋がりがあった。 千葉 夕非は殺された男児が『宇佐美 玲』のいじめに関わった者達なのではと徐々に気付き始めたのだ。 いや、本当は心のどこかで気付いていた。「おはよう ! 千葉くん ! 久しぶりだね」 校門に立つ教員の声に身体が強ばる。「……はよう……ございます」 こうなると、大人の誰もが怪しく見えてしまう。 宇佐美 玲本人なら仕方がないが、彼女は既に外界と遮断されている。 やはり警察の言う通り、犯人が別だとしたら……次に狙われるのは自分だ。 重い気分でランドセルをおろす。「宿題やった ? 」 何も知らない隣のクラスメイトが恨めしくなってくる。「どうしたの ? 」「ちょっと……具合悪くて……」「え ? 保健室行く ? 」「&helli
Last Updated: 2026-01-28
Chapter: 5.犯行動機 宇佐美の浴室の灯りが消え、カーテン越しにリビング、やがて寝室に移動するのがアパートの下から見える。「全く……。海希の顔が頭から消えん……。何だこの気持ちは……」 紫麻の青色のドレスの烏が揺れる。スリットから出た美しい肌が、見る見る間に縞模様が浮き出る。 ゆっくりと茂みに入るとドレスをたくし上げる。 ズル……ズル………… 茂みから紫麻の姿が消える──いや、背景と同化した。ゆっくりとアパートの階段を這いずって行く。 その粘膜は横壁を登り、換気の為に開けたバスルームの小さな格子窓に滑り込む。「……っ。〜〜〜…………」 何か宇佐美の独り言が聞こえる。 見えない影は寝室の前まで来ると、一度リビングへ向かった。 リビングは想像より物が散乱していた事だ。引越し前とは思えないが、宇佐美 玲が逮捕された時、ここにも家宅捜索が入ったはずだ。 窓際にダンボール箱が積み上げられてい。触腕で静かに箱を開ける。 中身は玲の服や今まで使用していた学童用具や洋服だ。他の箱はやはり衣服や本など。 リビングからカウンターを越えキッチンへ入る。 その時、カウンターの上に小さなケーキの箱があるのに気付いた。どこにでもあるチェーン店のケーキの箱だ。その箱のリボンの色が青色だった。 ふと思い出す。 砂北児童連続殺人と名称が変わった、男児の被害者の特徴。シルクのハンカチではない青いリボンの証拠。 しかし他に青いリボンは見当たらない。見れば見るほどそれらしく見えてくる。 どれも既製品で宇佐美が故意に揃えた物では無いと、そう思わせるような小さな物なのだ。 恐らく、使用する気でこの部屋に用意された物なのだ。不自然でない程度に。 紫麻はゆっくり寝室に近付くとドアを開けて忍び込む。
Last Updated: 2026-01-27
Chapter: 後書き&参考文献参考文献 +診断名 サイコパス(ロバートDヘア) +図解 眠れなくなるほど面白い 犯罪心理学(越智啓太) +図解 サイコパスの話(名越康文) +面白いほどよくわかる 犯罪心理学(高橋良彰) +死体と話す NY死体調査官が見た5000の死(バーバラ・ブッチャー) +大事件ゆっくり解説 様https://youtube.com/@incident_of_yukkuri_commentary?si=vNLHW1NF77Z8ymWEここまで読んで下さった読者様及び支えてくださった担当様に感謝致します。完結に出来て寂しい反面、ケイとルキはまだまだあのままでいて欲しい気持ちが強かったのでラストはあんな感じで集結しました。サイコパスを書くにあたり多方面から情報を取り入れ、中でも強く影響を受けたものを上記に記述させていただきますm(*_ _)mそれでは(・ω・)ノシ
Last Updated: 2025-09-29
Chapter: game - END. 二人のサイコパス 2ルキはMの仕事の大半を引き継いだ。ゲームマスターをしている暇は無くなったという訳だ。「以前言ってたろ ? 俺のゲームは直接殺しが出来ないからつまらないって」しかし、蛍は悩みもせず一蹴した。「言ったけど、案外あんたのも悪くなかったかな。Mのが殺せるルールだったじゃん。でも、あれになんの意味があるのか疑問に思っちゃった。俺は自分で殺れればいいんだ」そして悩み込む。「でも……そうだね。俺も顔を売りたい訳じゃないし……。取材も椿希に丸投げしようかな」「狩り場を変えればいいのに」「嫌だね。狩りの為に生活を変えるなんて」「湊周辺じゃ限界だ。歴代のシリアルキラーだって一つの町に留まり続けない奴も多い。大事なのは、免許と車を手にするタイミング、そして使用する日と犯行日時だ。前に言ったろ ? 俺のゴーストに乗った……中野の時、車で下見に来れたのは良かったって」「……まぁ、便利なアイテムではあるけれど……」「無免許で捕まっちゃ仕方ないし、車もそれなりの物に乗るといい。検問で中から死体が出てきたなんてことがあったら……」「あるし」「ん ? 」車好きのルキは御託を並べたい。だが蛍はそこまでこだわりが無い上に、ルキの車の趣味が悪いことを知っている。「うちに『それなりに高級で俺が乗って、死体を入れててもおかしくない車』あるから」勘づいた結々花がブフッと吹き出す。「え ? どういう事 ? 」「アッハハハ ! そりゃ高級でしょうよ ! 」ガチャ !そこへ美果がやってきた。「香澄ちゃん両親帰りました。なんの話し ? 」「美果ちゃん、ケイ君の家で『高級で死体が乗っててもおかしくない車』ってなーんだ ? 」「……
Last Updated: 2025-09-28
Chapter: game - END. 二人のサイコパス 1ガシャッ …… !蛍はVRゴーグルを放り投げる様に外した。「……」内線電話を握ると結々花にかける。「すぐに応接間に通して ! なんで入れたんだよ ! 」『〜〜〜っ ! ……っ ! 』結々花は反抗的な割にルキには逆らわない。今回もルキの方が無理にフィールドへ入ってきたんだろう。 それにしても、第一ゲームの加害者と実行犯、被害者遺族が揃うとは恐ろしい事だ。そばにいた美果が不安そうにする。「大丈夫 ? 」「……案内、代わりやって。香澄の両親、まだ見学してるから」「わかったわ。 本当に大丈夫 ? 」「うん。ごめん美果」事業立ち上げから、蛍は少々丸くなった。 美果を気遣うのもそうだが、世渡りの必要性。それには今のままの性格ではやっていけないと。幸い椿希がやる事全て詐欺の塊だが、愛想だけは妙にいいのだからこれほどモデルに相応しいものはいない。少なくとも自分以外を、内か外か選別する程度には。以前は自己以外全てが外だったのだから大きな進歩である。 蛍はエレベーターで一階へ向かう。ポーン♪「あ ! スミス !! 」扉が開くと、丁度スミスが横切った瞬間だった。「なんで今日ルキが来たんだよ ! 止めてよ、そういうの ! 困る ! 」「蛍さん !! いや、あの……結々花に許可は頂いて……一応真面目に見学という事で……」「真面目に見学ぅ〜 ? 」「ルキ様はMの墓標を建てませんでしたからね。真理さんの事も考え、てここを見たいと……」「え ? あぁ、そういうこと ? 」そうなれば話は別だ。 真理自身が来てくれれば希望を叶えられるが、なかなか死ぬ為の準備を生きてるうちに始める……というのはまだまだ根強い文化とまではいかない現状。「予約してくれれば良かったのに。なんで今日の朝言わなかったんだろ」「今日の……朝…… ? ルキ様は真理様の御自宅へいたはず……あ
Last Updated: 2025-09-27
Chapter: game - END.PSYCHO - we.4『と、ここまで進化した最新の墓標はいかがでしょうか ? 今回は展示という事で込みの価格が表示されていると思いますが、普段は無いですよ〜。まさか売り物じゃあるまいしねぇ ? 』『ははは』 結局、客前でトークするのは椿希の役目になってしまった。 蛍も最初こそ無愛想にしていたが、途端その技術が必要と理解すると、すぐに吸収していった。 だが今日は突然の来訪者が顔を出した。 それにより、客人に合わせメタバース霊園を見るようになったのだ。『凄いね。現代的だ』『ええ。それに、あんな小さかった蛍君がこんなに立派になるなんて ! 嬉しい……』 アポ無しでたまたま飛び込んできた夫婦。 商店街で花屋を営む、涼川葬儀屋の契約生花店の二人だ。 つまり──香澄の両親だった。 回線を三人だけにし、蛍が対応していた。『俺も驚きました。 その……聞くに聞けなくて。お墓の場所とか……』『そうよね。葬儀は蛍君のところでしたけれど、その後どうしても……。納骨するのが寂しくて今まで……』 香澄の死後。 両親は四十九日、百か日を過ぎても娘の死を受け入れられなかった。四十九日の法事は重明が取り仕切り、するだけの事はしたが、納骨には至らず参列者にテンプレ通りの挨拶を述べるだけで精一杯だった。 香澄の骨壷はずっとダイニングで共に食事の際にも置かれ続け、就寝の時も両親が寝室へ運んでいた。 その後、蛍の知る通り、花は毎日学校へ持たせ誰かに飾らせ、自分たちは香澄の死の真相を探り続けた。 転機はMの提示した湊駅周辺でのゲームだった。『他にもここを検討してる人、沢山いてね〜』『そうそう。被害者の会でよく話題に上がるのよ』 蛍の起こしたテロと椎名、久岡、そして真理の無差別殺人事件。 これにより墓が急激に売れる始末。中でも、未だ墓地を持たず尻込みしているのが、子供を亡くした家庭だった。 その混乱の中、香澄より幼くして亡くなった多くの命。それを見るうち、両親の中で香澄の死は今回の騒動の一端だったのではないかと心の整理が付いたのだ。 子の多くは集合住宅の飲水やプールの給水で亡くなった。 酷いテロの混乱を目の当たりにして、急激に冷静になったのかもしれない。 それを引き起こしたのが蛍だとも知らず。『パソコンから画像だけでも見れ
Last Updated: 2025-09-26
Chapter: game - END. PSYCHO - we 3 残された蛍と結々花は無言のまま。 ポンっと音が鳴り、エレベーターの扉が開く。 最上階ルームはエレベーターから直接、一歩踏み出すとワンフロアを贅沢に使ったゲストルームだ。霊園だとは思えない温かみがありながら、どこか近代的な造り。 結々花はガラス屋根を見上げながら、つい先日この場で行われたショーに関して呟く。「まさか先日、この天井に人がぶら下がってたとは……今日のお客様は知る由もないわね……」「だってダリの最後の晩餐は、いるじゃん。上に。半裸の人」「んー。絵ってあんまり興味無いし、ダリが最後の晩餐描いてたのも知らなかったわ。 あの日、ケイ君がぶら下げ始めた時、観覧者から凄い歓声が上がったわよね」「……客の声なんてオフになってるから聴いてないよ」「美果ちゃんはどうして、ダリの最後の晩餐をここのモチーフにしたのかしら ? だって一応、最初は海玄寺の宗派を受け入れる方針だったじゃない ? 仏門に関する絵じゃないんだ〜って思ったわ」「そう言えば美果は ? 」「来てるわよ。聞いてみよっか」 結々花は半分暇を持て余し、意味無く美果にコールする。数分後、倉庫から美果が飛んできた。「ごめんごめん。つい夢中になっちゃってて」「卒業制作上手くいってる ? 」「すっごい便利 ! まさか秘書室という名のアトリエが貰えるなんて ! 」 美果は結局、涼川葬儀屋へ就職となった。結々花がマンション墓地やスポンサー等との橋渡しなど、重明とあまり関わらない日陰の部分に暗躍するのと違い、美果ははっきり葬儀屋で外へ発信できる人材として存在する予定だ。 このマンション霊園の概ねのデザインもそうだが、位牌や仏壇、ペット用のメモリアルグッズなどを手掛けることで、合法的にこの場にアトリエを持てているのだ。「ただ絵を描いてただけなのに、今は小さい仏壇や神棚を考えて、小物作って、内装をデザインして、宗教も勉強して……人生分からないわ。本当に」「わたしもキャリアを捨てて悪の手先になるなんて思って無かったんだけどねぇ〜」 美果も結々花もぼんやりとガラス越しに朝日を浴びる。 □□□□□□ 第四ゲーム終了時──それは蛍が椿希とコンテナ船へ到着してからの話に遡る。「真理さんは ? 」 コンテナ船の最下部。 会議室のような縦長のコンテナの中、蛍と椿希が並べられた椅子
Last Updated: 2025-09-25
Chapter: game - END . PSYCHO - we.2 ドンドン、ドンドンドンドン !! 「けーい、けいけいけい〜 ! 起きてるー ? 」「うるさいな !! いるよ !! 」「うぉ、今日は元気 ……あ」 椿希は蛍が開けた玄関の隙間から、ルキの靴をみて納得する。「うん。そっかぁー。俺お邪魔かぁ〜」「別に。もう出るよ」「あ、椿希君。入りなよ」「ルキさん早よーっす。じゃあ、お邪魔します」「え、いや。俺の部屋なのに、なんであんたらで完結してんの ? 」 蛍が騒ぎ立てる中、椿希はルキに通されると、まっすぐコレクション棚へ向かう。「うぉ〜、今日もあんね。Mの首〜。こういうのって、キメェけど慣れてくると見ちゃうよね〜」「……」 椿希は蛍に向き直ると、さも当然の如く炬燵に潜り込む「なぁ、こないだあのマンション墓地でゲームしたろ ? あれなんだったの ? 」 蛍と第3ゲームに出た椿希が墓地を経営すると聞き付けた烏達は、少しの興味を示してきた。稼ぐ金など烏からすれば微々たるものだが、死者が絡むと合っては何やら期待が大きいようだった。 そこで、ルキが景気付けにデモンストレーションとして蛍にショーをさせた。 内容は第一回目の人体アートと同じルール。 そして場所は蛍と椿希が建てたマンション墓地の最上階。 ガラス屋根で光に満ち溢れた空間。遺族がエントランスで指定したキーを打つと、位牌が最上階ルームに排出されて、墓参りすることが可能なのである。 そしてそのビルのイメージデザインを手掛けたのが美果だ。「死体並べてるだけにしか見えなかった。あれ、何がよかったの〜 ? 」 不貞腐れている椿希の作品は最下位だった。意外な事に、椿希は殺すことは出来ても、遺体が苦手らしく全く使い物にならなかった。これから海玄寺の業務を継ぐかもというのに、蛍もルキも一抹の不安を覚えるが、葬式で見るような遺体と違うのは言うまでもない。蛍がズレているだけなのだ。「ケイは最初に参加した時、ダビンチの最後の晩餐をモチーフにしたんだ」「…… ??? じゃあ今回は ? 」「今回も最後の晩餐をやったってわけ。一回目を知ってる観覧者からすると、今回は伏線あって、更に完成されたなー……って感じかな。そう言う見世物だったんだよ」「最後の晩餐って……あんなんだったっけ ? もっとテーブルで飯とか並んでなかった ? 」「そうそう。レオナルド
Last Updated: 2025-09-24
Chapter: 96.エピローグ -2「セロのやつ、酒場に行ったきり帰って来ねぇぜ ? 」 あちゃ。 今回ステージを貸してくれた店主や店員さん、皆んな男性だったもんなぁ。 女性と違って、相変わらず相手が男性だとセロ自ら懐く。「なんでその半分が女性に向けらんないのかなぁ〜 ? 」「はは。セロらしいじゃん」「飲まされてないといいけど……」「……一昨日はマジで……一口でぶっ倒れたからな」「わたしもびっくり 。そう言えば、リコもアルコールはダメだったな」「体質も変わるもんなんだな」「そうみたい」「これ、運ぶぜ ? 」 カイは衣装の入った箱をヒョイと持ち上げると、宿を出る。「レイとエルとさぁ、なんか喋った ? 」 もう、またデリカシーバグってるし。「話したけど……」「なんて ? 意外と二人とも機嫌いいし、なんでなん ? もっとギスギスパーティになるかと思ってた」「なんでと言われてもねぇ。 というか、あんたこそマイペース。シエルでさえ何かしらに気を使ってる」「何かって ? 」「新しいメンバーとか」「セロはなんか無害だし分かりやすくねぇ ? レイの方が謎なんだけど」「じゃあ、そのレイとわたしが昔馴染みだった件は ? 」「恋人を昔馴染みで片付けてるあたり、問題ないべって思うわ」「エルとレイの契約とか……仲間として」「レイがエルの魂取るって死後だろ ? そんときゃ、俺らもヨボヨボ爺さんって事だよなぁ〜。 アレ ? じゃあ、お前とレイって不老不死 !? マジで !? 狡ぃ〜 !! 」 もう聞くのやめよ。「俺らは俺らだし、なんも変わんないし、変わりたくもないね」「……それは言えてるね」 □□□□
Last Updated: 2025-09-07
Chapter: 95.エピローグ -1「ボウガンは久しぶり。まぁ矢を魔法で出すわけだし、何も変わらないんだけどね」 茂みの中、わたしはスコープを覗いたままひたすら変化の無い切り出った岩壁を見つめる。 場所はプラムから北。 わたしが遭難した山脈で、丁度雪山の村と反対斜面にある栄えた氷の町。「いつもの魔銃とは飛距離が違うし。我慢だな」 隣ではレイが同じく双眼鏡を覗きながら周囲を警戒する。「今回はマーキング付けるだけだし。そんな難易度高い依頼じゃないからね。 それにしても、まさかゴルドラとシルドラの番を飛竜一族が欲しがるなんて……」「奴らだってヴァイオレット大陸にいた最古の一族だ。恐ろしいもんだね、お互いにな」 魔王が追い出した先住民。 その飛竜一族が例の夫婦ドラゴンを飼い慣らす為に引き取る事で話が付いた。「そんな簡単なら最初から声かければ良かったのに」「馬鹿。野生のドラゴンだ。連中だってそう簡単に使役出来るわけじゃないんだよ」「ふーん」「……」 ああ、いつまでも会話が辿り着かない。 話したいのはこんな話じゃないのに。 二人きりになるチャンス……みんなでいるとなかなか無いし、今ちゃんと話さなきゃ。「レイ……あのさ。旅に出て、わたしが自由になってからでも…………過去の事を話してくれれば良かったのに……」 レイは双眼鏡から顔を離すと、無言で空を見上げた。「なんて ? 『俺、魔王だよ』って ? 違うだろ ? 『元彼だよ』の方だよな ? 」 ハッキリすぎる。 恥ずかしすぎて顔見れない。 でも、そう。その話。ってか、何最初の。「魔王だよ 」 ? 知らねぇよって ! もう !「わっ ! 」 急にバサッと音を立ててレイが防寒布をわたしに
Last Updated: 2025-09-06
Chapter: 94.アナタと「リラ ! 」 今度は年下組か。「おめぇ、ちゃんと休めよ ! 」「大丈夫大丈夫。もう平気だし、エルとレイも鬱陶しそうだから振り切って来たの。 酒場の集計結果、もう見た ? 」「ま、まだだよ。僕たちも今来たところ。セロは関係者だから、僕らここから張り出されるのを見るしかないし」 キヨさん、随分張り切って作ってくれたのね。新村長就任の時のパーティレベルで飾り付けされてるわたしとセロの名前。そして、リコの名前も。「お前、セロんとこ行くの」「うん。一緒にくる ? 」「え……邪魔じゃねぇの ? 」「別に」「ちょっとカイ……」「行く行く ! 裏口って特別感あるよなぁー ! 」 カイとシエルを連れて酒場の裏へ回る。「リラさん ? リコさん ? 」 キヨさんが不思議そうにわたしに声をかけてくる。「リラよ。表のボード見たわ。凄いわね」「張り切っちゃった ! わたし、大工になろうかと長年迷っていて……でも、踏ん切りがついたの ! 」「そうなの !? 一大決心ね。 ん〜確かに。あれだけ出来るんだもの、きっといい大工になるんだろうなぁ。 ねぇ、セロいる ? 」「あ、います。でも貯蔵庫が気に入ったのか、全然出てこなくて」「静かな所好きだからね」「俺らやっぱり外で集計見るわ。行くぞ、シエル」「ここまで来て !? だったら3点 ! いや、気付いただけでも4点 !? 」「シエルさん、大人なんですね」「カイがデリカシー無しの馬鹿なんですよ、キヨさん」 酒場の厨房を通り抜け、貯蔵庫のむしろを捲る。「セロ」「……リラ…… ! 」「ごめ
Last Updated: 2025-09-05
Chapter: 93.決意「……」 あれ…… ? わたし寝ちゃってた…… ? ベッドから起きて直ぐに壁に付いた鏡に目が行く。酷い顔。冷やせば良かった。これ、今日は部屋から出れなくない ?「リコ……」 あの子がいないのが普通だった。 自分の意識がハッキリして気が付いたら、あの子がいた。 わたしは白い部屋にボンヤリと浮いている様な感覚……漂ってたみたいな。時間と共に、視界や聴覚が途切れ途切れに共有してきた。でもそれは限定的な状況下でだけ。リコに戦闘が必要になった時だけ。 もしわたしが今、歌う必要が出たら ? リコがでてくる ? 答えがNOなのは自分でわかってる。 DIVAストーンがわたしに反応してるもの。「海の城 ブルーリア……」 平和な国だった。 王だけじゃない。皆がわたしを受け入れてくれた。 ヴァイオレット大陸に近いって事もあったのかもしれない。船乗りが魔物に助けられたりという前例のある海域だった。「レイ……」 彼がグリージオにいるのは知っていたのにグリージオと不仲な国にいたのも運が悪ったわね……。 レイとは……ちゃんと向き合わないといけない。 けれど、その前にエルにも事情を知って貰わないと。レイはその辺をどう考えてるんだろう。 何よりセロも。 もうセロにはわたしと一緒にいる理由がない。リコはわたしが奪ってしまった。 でも、どうして…… ? ──セロと別れたくない。 リコが執着した理由が今ならよく分かる。 演奏中の深い深呼吸、息使い。 弦とわたしにしか向かない視線。
Last Updated: 2025-09-04
Chapter: 92.迷子「リラ」 目を覚ますと、シエルがわたしを不安そうに覗き込んでた。「シエル。わたし…… ! 」 どうすればいいの !? レイはわたしの過去の恋人だった。 エルは契約通りなら、死後魂をレイにとられる。 セロは……リコと旅を始めたのに。 今、わたしの内のリコの気配は完全に消えた。「……っ」 涙が止まらない。 自分が何に泣いているかも分からない。「リラ、この部屋を使って。今日はゆっくり休んで」 シエルがわたしをベッドまで誘導する。「記憶に感情が……追いつかない…… ! リコが……いなくなった…… ! 」「そっか……。 キツい魔術だからね。食事は宿の人に頼んで運んで貰う。ゆっくり休んで」 □□「シエル。リラは ? 」 レイの部屋に戻ったシエルを見て、全員が目を丸くする。「……無理に記憶を引き摺り出すようなものだからね。相当消耗してる。休ませてあげて」 そう言い終えるとシエルはすぐに気付いた。「あれ、セロは ? 」「あいつは酒場の方の集計結果に顔出してるよ」「……そう。ちょっと行ってくる」「急ぎの話しか ? 」 ベッドに座っていたレイがシエルを見上げる。 この時──リラには伝えていないが、術者のシエルにも全てリラの追体験が視えている。「……うん。ちょっとね」 レイが今回過敏に反応するのは当然の事だ。 自分の編成隊まで送って来たリラの失踪騒動。 レイの契約もリラの存在あってこそ確立するもの
Last Updated: 2025-09-03
Chapter: 91.わたしのリコ見たことある城に歩いた事のある庭園……。「グリージオ王、お呼びでしょうか ? 」場面が飛んだ。王都 グリージオ。……これは、エルの記憶ね。今より若い……十代後半くらい ? 一緒にいるのが父親、先代のグリージオ王……こんな風貌だったのね……。でも、なんだか……いえ、エルと似てるせいよね。会ったことは無いはず……。「はぁ……階段は一番こたえる。エルンスト、座りなさい」「はい」二人は城内へ戻り、長い廊下を歩くと二階の一室に入った。ここは王の自室ね。 ベッドもあるし。プライベートな空間だわ。エルが椅子に座るとグリージオ王は考え込むように口を開く。「わたしの病もこれまでだ。床に伏せる前に言い残した事があってな」「そんな……世界中から医療に長けた者たちが志願してグリージオへ来ています」「まぁ、それはそれで良いのだが。エルンスト、地下牢の女と懇意にしているようだな」「……っ。それは……あの、好奇心でして……」「子供の頃も、忠告したはずだ。あの女の歌は聞かんようにと」「……あれが誰で、何故あの場にいるのか……書物で確認しましたが、肝心の彼女の……何故グリージオの城内で管理されているのか。それについては何も……。どうして記録がないのでしょうか ? 元からですか ? それともその部分だけ誰かが…… !? 」「落ち着きなさい。女王 DIVAについての記述は、わたしが子供の頃から無かった。しかしあの女がここへ来たのが六
Last Updated: 2025-09-02
Chapter: 35.紺鼠 - 3「ハラン、ありがとう」「ゴールドのフレームは青い髪にも似合いそうだね。早くいつものキリちゃんが見たいよ」 家では変装はしていないのだが……。家を出てから、ハランの口振りには何か定型されたような癖がある気がして、霧香はなんだか違和感を感じていた。 その違和感とは、いつも生配信など撮影の時に使われる表の顔と口振り。まるで決められた台本を読むように。「ライブハウスはどこなの ? 」「この先の繁華街の地下にあるんだ。ホワイトミントって所。 音ビルで一番規模が小さいところだよ。あそこは200人入れるかな。ギリギリ200って感じ。 京介に話通してあるからステージの袖の方から見れるよ」「え ! いいの !? 出演者にお邪魔じゃないの !? 」「大丈夫。相手も駆け出しだから、関係者繋がりは寧ろ是非見てくださいのスタンスだよ」「へぇ〜太っ腹だね邪魔にならないようにしなきゃ」「開場まで時間あるし、お昼にしようか。何食べたい ? 」「えっと……。じゃあ、服に臭いとか付かないところがいいのかな ? 舞台袖でも、スタッフさんいっぱいいるだろうし……」「あぁ、なるほど。そうだね。 じゃあ、お蕎麦なんてどう ? 」「あ ! 食べたい ! 家じゃ流石にシャドウくんも蕎麦はコネないしね」「あはは、そりゃそうだね。お蕎麦難しいって聞くし。 でもシャドウ君は本当に働くよねぇ。猫だなんて思えないよ」 タクシーに乗ってからも盛り上がる。「でも料理好きだし、頼めばうどんはコネてくれそうだよね」「シャドウ君のうどんか……力あるからな〜。凄いコシになりそう」「でもわたしコシが強い方が好き ! 」「ほんと ? 俺は鍋とかに入れて二日目のフニフニのうどんが好きだなぁ」「ハラン、顎だけお爺ちゃんなの ? 」「違うよ ! もう〜」
Last Updated: 2026-02-04
Chapter: 34.紺鼠 - 2「わぁ〜 ! め、眼鏡屋さんってキラキラ ! 凄い ! 綺麗 ! アクセサリーみたい ! 」 眼鏡屋は視力の悪い人が買いに行く場所、と思い込んでいた霧香は、美しいショーケースやガラスケースを見て一気に心を奪われた。「綺麗〜……。サングラスってもっと真っ黒で縁も太いんだと思ってた……」 この発言からすると、霧香はガッチリ隙の無いサングラスは好みでは無いのだろう。「変装用にイメージ変えるだけだしね。伊達メガネでもいいと思うけど、カラーレンズなんかどう ? 」 ハランが銀縁で薄茶色のレンズの物を選ぶ。 そっと手に取り、頬を撫でるように霧香へ掛ける。「……眩しくないね……光が遮断される……」 ふと視界にハランがジッと見ているのに気付き、なんだか顔が赤くなる。 眼鏡を選んでいるのだから顔を伺われて当然なものだが、改めてこう眺められると緊張を感じる。「フレームも色んなのがあるよ」 そこでようやく店員が二人に付く。「いらっしゃいませ、星乃眼鏡店へようこそ〜。 本日はサングラスお探しですかぁ ? 」 霧香は反射的にハランの影に隠れる。店員に顔バレしたら……と、警戒したのだが大丈夫なようで安心した。 一方、店員は勿論プロである。誰、どんな有名人がフラッと立ち寄ったとしても、ギャーギャー騒いだりなどしない。「ファンです」「応援してます」くらいはあるかもしれないが、まずは商売だ。今の変装した霧香が噂の看板女性だとも思ってはいない。 当然、ハランは望んで店員を輪に入れる。「彼女にプレゼントしようと思って。普段掛けないんで、軽めの物で可愛いのがいいんですよね」「良いですね ! 形も色々ありますけどフレームが大きいと小顔効果もあって〜。 これなんかはフレームにストーンもあって人気です」「へぇ。やっぱり女性物は煌びやかでいいね
Last Updated: 2026-02-03
Chapter: 33.紺鼠 - 1 九月も半ばを過ぎた頃。 霧香は一人、姿見の前で服を合わせていた。 デート当日だ。 それでもなかなか服は決まらない。その上、中途半端な季節。山に行けば寒いかもしれないが、まだまだ街中は夏日和。 いつもは彩にコーディネートされている霧香だが、インスタや仕事以外とあらば霧香自身にお任せすると言い、最近は介入してこない。 髪をネットに押し込み、黒いウィッグを着用。この時初めてガラス細工のカチューシャを付ける。 ハランはいつも淡い色合いで、フワッとした締め付けの無い服を着ることが多い。それに合わせて、エレガントなグレートーンのロングワンピースとベージュブラウンの薄手の羽織物を選んだ。 レースや小物で可愛らしさをキープしつつ、落ち着いた雰囲気に纏める。めずらしく腕にブレスレットを付け、完成。 マスクをして部屋を出る。「お待たせ」 ハランは既にエントランスの椅子で読書をしていた。 グランドピアノとその椅子しか無かったエントランスだが、最近はここにもソファーを置いた。朝早く来た希星がここでピアノを弾くことがある。土日の目覚まし替わりだが、彩は欠かさずここで迎える。「じゃ、行こうか。 あ……そのカチューシャ。覚えててくれたんだね。使ってるところ見れて嬉しいよ」「うん。今日は絶対つけようって思ってたんだ」「似合ってるよ。髪の色はいつもと違うのに、凄く綺麗だよ」「あ、ありがとう」 玄関を出て、バスに乗る。「キリちゃん、眼鏡とかはしないの ? 」「それなんだけどね。一個も持ってないの。サングラスを買おうと思ったんだけど、全然似合わなそうだし……ネットで見ててもイメージが湧かなくて」「キリちゃんなら、少し色付きの可愛い物でもいいかもね。 そうだ、今から買いに行こうか」「え ? いいの ? ごめん、用意してなかったばっかりに……」「違うよ。特に今日は決まった予定とかない
Last Updated: 2026-02-02
Chapter: 32.ウラシマソウ - 5 本日は日曜。蓮もハランも恵也もシフトは空けてある。本来、昨日ホームパーティでガッツリ酒を楽しむつもりでいたからだ。 だがフィルが来たことで、ただの接待になってしまった。 ただでさえ塩っぱい事態だが、更に彩からミーティングとしてスタジオに集められる。「なんの話 ? 」 霧香もポカンとしてボードを見上げる。 そこにはLEMONの大まかなプラットフォームの光景が印刷されて貼られていた。 彩はマジックを手に取ると、以前蓮に話した、LEMONの中の活動内容を話していく。「と言うわけで、日本版LEMONの外周はそれぞれの国のワールドホームがあるから、そこから移動。 どこでもいいよ。LEMONが配信される国なら。CITRUSにはもう話してあるから。 全員考えておいて。もし早く纏まったら、LEMONのプレオープンに各国でライブして、正式オープンには日本版の俺達の屋敷に遊びに来れるようにしたい。 ……とにかくLEMONで名を売りたい。 各国、リーダーのコンセプトには従う事。ただし、音楽や演出の範囲内だ。セクシュアリティな問題や、軽犯罪の……うちはないと思うけど過剰なパフォーマンスとか、その時は俺が口出させて貰う。 十二月まで遊べないから。下積み時代だと思ってガッツリ悩んで」 自曲だけに全振りの霧香が一番の困惑の色を見せた。「お、思い浮かばないよ。わたし、日本しか知らないもん。 ぐ、具体的に……今の話でイメージ出来た人いる ? 」 これに対し、先に話を聞いていた蓮より先に恵也が手を挙げる。「俺はまぁ、アメリカとかかな。国はアジア以外で、演目は和太鼓 !! 全員、和装でさ。派手にやるの。サムライとか忍者みたいなのコスプレして。サムライとか人気じゃん」「あ、それ絶対無難だよ ! 」「確かに人気はある。けれど、LEMONはバーチャルだってことを忘れないで欲しい。侍がガチで好きなアメリカ人が侍のアバターに課金してるか
Last Updated: 2026-01-29
Chapter: 31.ウラシマソウ - 4「ヴァンパイアは人間に近しい悪魔の一種ですしね。実は、人間界に行くヴァンパイアは統括がしっかり天使に報告、許可を取っています。当然です。 天使の許可が無ければ、人間界で鉢合わせする度に戦争になってしまいます」「な、なるほど。天使《おれ》は上司に報告ってくらいで気軽に来れるからなぁ……考えもしなかったな……」 それを聞いていた彩と恵也は、地獄を知らない分ピンと来ていないが、契約者である以上他人事では無い。「その82人はわたしを認識していますか ? 」 霧香の質問に、フィルが頷く。「ええ、ええ。それなんです。 最近突然、霧香さんが人間界で何をしているのか聞かれる機会が増えましてね。 え〜、私たちとしては静かに過ごしていただきたいのですが、音楽活動をするという事ですよね ? 統括から許可がでているので、私たちに止める権限は無いのですが、他の日本に住むヴァンパイアから不安視する声が多くてですね……」「ヴァンパイアである事は必要最低限の人しか知りませんし、わたしが音楽活動するのはそんなに問題なのでしょうか ? 」 フィルは一瞬考え込むと、言葉を選ぶように話始める。「まず、他のヴァンパイア達ですが……ほとんどは人間と結婚されて、その伴侶が亡くなるまで人間界へ定住が決まっている方です」「人間と……結婚……」「色々です。お嫁に来た方も、巨万の富を得ながらも人間の女性を娶った方も……ヴァンパイア領土に来て一緒に生活、とは行きませんので。皆さん慎ましく生活しています。 それでですね、霧香さん。 最近、意味もなくあちこちにブロマイドのような広告看板を乱立しているのはどういう事なのか……と、疑問の声が上がってまして……」 LEMO〜N……。
Last Updated: 2026-01-28
Chapter: 30.ウラシマソウ - 3 そこへインターホンの音が響く。 ハランがリビングに行き、モニターを見る。「……。 レン、なんか、お仲間っぽいけど ? 」 蓮に声をかける。 お仲間。 つまりヴァンパイアという事だが…… ? 花瓶を抱えた霧香が戻って来た。蓮に手招きされ、モニター越しに声をかける。「はい。どちら様でしょうか ? 」『水野 霧香さんで間違いないですか ? 私、第三者委員会の者で、フィルと申します』「す、すぐ。お待ちください ! 」 ドタバタと玄関へ向かう。それに蓮も続いた。 残された希星が彩に聞く。「第三者委員会って、レンのお兄さんより上の人たちだよね ? 」「そう言ってたな確か。王政区の中のってことだから、今来たのもどこかの王族のヴァンパイアなんだろうな」「……こんな時に……タイミング悪いね……」 □ ヴァンパイア王族はトップをディー · ニグラムとし、他の王族も勿論それを支える。以前は統括者を奪ったり奪われたりと内戦もあったが、今は統括者と第三者委員会という二つでバランスがとれている。 第三者委員会の構成は、第一王子を除いて、それぞれの王家の王子と王女で構成される。 現に今、食堂に通されたフィルは第三王子で、獅子の紋章の王家の末っ子である。 子供達を差し出すことで、王同士で諍いが起きにくく、子供側は自分たちの未来に関わる為上手く外交しようとする……ということなのである。 統括も彼らに危害を加えたところで、跡取りでは無い以上、影響を与えられない。その為、不要な殺戮を生まないのだ。 とは言え、箱入りなのは当然なことで……フィルは初めての人間界に緊張していたが、すぐに懐柔された。「これも取り分けましょうか ? 」「お……おい。落ち着いて食えよ…… ? 」 金色の短い猫っ毛と紋章付きの青色のローブ。 フィルは初めて食べる人間界の美食にフォークが止まらなくなってしまったのだ。
Last Updated: 2026-01-27