葬儀屋の息子 涼川 蛍は、ある日謎の組織にデスゲームとして監禁される。富豪の狂乱として観覧される中、どんどん猟奇的なものへと加速する。 更にゲームマスター ルキは早々に蛍のサイコパスを見抜いていたが、蛍には人に言っていない犯行が存在する事を知らない。傾いたまま続いていく関係の二人のサイコパス。 数多くのサイコパスを飼い慣らしてきたルキと少年猟奇殺人犯の蛍。 果たしてどちらが本当のサイコパスなのか。
View More海岸沿いの田舎町。
その小さな商店街の端にひっそり佇む個人葬儀屋。 まだ早朝だが、一人の少年が始発電車を目指して家を出た。 黒髪に白シャツ、濃紺のスラックス。どこにでもあるデザインの学生服。切れ長の眼差しが、既にギラついた太陽を眩しそうに見上げる。痩せ型で色白な印象の男子高校生だ。「おっはよう ! 」
待ち伏せしていたかの様に道の反対側から声を掛けられる。
「……なんだよ……眠いからほっといてくれ……」
「知ってるよ。昨日の夕方来た方でしょ ? 私も今日は帰ったら花の方やんないといけないんだ」
そう言い、少女は振り返る。
葬儀屋の少年 涼川 蛍は、浮かない面持ちで歩き出す少女を見下ろす。
彼女は幼馴染の古川 香澄。生花店の一人娘で、蛍の斎場の契約生花店である。 同じ高校の制服で、ショートカットのくせ毛がふわふわと揺れる。昨日の夕刻、御遺体を受け入れることになり、今は葬儀場の準備中だ。涼川葬儀屋はホールと事務所、そして自宅や通夜会場も全て別棟で建ててある。蛍の自宅は父親と二人暮らし。少し寂しいくらい広い家だ。
「おばさん困ってない ? かなり安くしてくれてるみたいだけど」
「う、ううん ? そんなことないと思う !
確かに流行りの花は高く売れるけど、こんな田舎じゃ何時でも売れるわけじゃないしね。安定してるのは蛍ちゃんの家のおかげだよ」短髪の女子高生と長めの黒い前髪の蛍。
二人とも兄妹のように姿形が似ているが、性格は真逆だった。香澄は底抜けに明るく外交的な上に擦れていない。蛍は香澄の言葉に察するものがあったが、あえて口には出さない。「絶対違うと思う」
個人の葬儀屋はピンキリだが、やはり経営者の人柄次第で客数は変わる。値段と規模だけなら大手の方が強いだろうが、個人店はどれだけ希望を叶えられるかや、故人の家の事情にどれだけ足を使えるかがかかってくる。
故にクチコミや町の人間の利用者が多い。 特に涼川葬儀屋では近年、特殊な葬儀や奇抜な葬儀を請け負う事も増えてきた。「流行りの花でお葬式をお願いしてくる人もいるし。葬式に菊を使ってる方が俺の家じゃ最早珍しいよ」
「えー ? まだまだ菊は現役だよ。でもほら、大きい葬儀屋さんは造花も増えてるしね。
ま……いいじゃん ? 持ちつ持たれつ〜みたいな ? そりゃあ、私だってお隣のチーズケーキ専門店のお姉さんとか、斜め向かいのマッチョ坦々麺のお店の子に生まれたかったですぅ〜。 ま、ま、ま ! お互い頑張ろうぜ〜 ! 」「……あ〜……うるせぇって……」
二人、最寄りの西湊駅へ向かう。
三駅先は海が見える観光地だ。朝市場や甘味処、海鮮食堂、旅館が建ち並び、裏手は住宅地とショッピングモール。田舎特有の『土地だけはいくらでもあるので』という広い敷地区画。その中に、蛍と香澄が通う日々野高校もある。「見て、蛍ちゃん。あの山も崩すんだってさ。裏の旅館がリニューアルするから土地を買ったって……海が見えないじゃない ? 新しくしたらオーシャンビューになるね」
「わざわざあった自然を崩すなら、移転すりゃいいのにな」
「うーん……。そうだけどさぁ。駅前のビルも古くなって来てるし……あれ ? 」
香澄が突然足を止める。
駅前の古ホテルの前。地元の人間や観光客、同じ高校の制服の人間が入り交じり、全員が上を見て騒いでいる。「……え ? ……うぁ……あれ ! 」
視線の先にはホテルの屋上のフェンスを背に、下を見つめる女性が風に飛ばされそうになりながら立っていた。
「け、蛍ちゃん……やだ…… ! ど、どうしよう ! 」
「見ない方がいい。ここにいろよ」
蛍は香澄にそう言い残すと、すぐさま現場へかけつける。
通行人がバタバタと慌てふためく。「警察に連絡は ? 」
「したけど、ありゃ間に合わんぞ ! 」
「駄目だ。あの姉ちゃん、本当に飛ぶぞ ! なんか、無いのか !? シーツとかマットとか !! 」
蟻の行列がパニックを起こすような騒ぎの中、蛍だけがジッと上を見つめる。
二十代前半ほどの女だ。気に入った服を最後に選んだのか、初夏にしては分厚い白のワンピース姿だった。左手の袖の一部が鮮血で染まっている。リストカットで死にきれず、貧血の中フラフラとやっとの思いで柵を乗り越えたという所だろう。「おーい !! 早まるなぁ〜 ! 」
駅から駅員や警察官もようやく駆けつけたが、遅かった。
────ハラリと軽く、風に飛ばされるように────女はその身を投げた。
蛍はその瞬間手を広げて、触れるような仕草をする。
「蝶だ。白い蝶が飛んだ……綺麗だ……」
ゴッ !!
鈍い音がして、同時にズチャーッ !! っと脳漿がアスファルト一面に弾け飛ぶ。
「ひっ ! 」
「うぎゃぁぁぁっ !! 」
「うぉえぇえ !! 」
完全即死の割れ脳の女体。四肢は有り得ぬ方向へ関節が曲がっている。
蛍は飛び散った脳を見下ろしながら、静かに過去を思い出していた 。□□□□□□□
今から十二年前。
「蛍。怖がらずに来てご覧」
父親の重明が幼い蛍を呼ぶ。
「……」
「大丈夫。血なんか出てないよ。
お母さんは明日、納棺だ」父親の泣き腫らした分厚い瞼が、妻をジッと見つめる。
蛍はゆっくりと近付く。
「手を握ってあげて」
蛍が母親の額に手を当てると、驚く程冷たかった。
その日は三十度を越える猛暑だったし、エアコンも効いていたが、想像とは全く別の感触だった事に驚いた。肌の質感にベタつきがなくサラリとしていて、まるで冷蔵庫から取り出したばかりの豚肉のようにひんやりとしていた。「ママ……」
しかし、あまりの心地良さに蛍は母親の頬に自らの頬を擦り寄せる。
それを見て、父親は泣いていた。 だが、すぐに異変を感じた。「これ、気持ちいい ! 」
息子の蛍はなんの悲しみも感じていないように見えて……。蛍が布団を捲り、ほかの部位も同じかと確認しようとする。
その蛍の手を重明はグッと握る。「支度は済んでるんだ。荒らしては駄目だよ。それに事故の傷跡をお前に見せたくない」
「なんで ? なんでママの傷を見ちゃいけないの ? 」
蛍は手を引いたが、この時わずか四歳。
重明はこの瞬間から、普段大人しく何にも興味を持たない大人しい性格の蛍の、なにか良くない片鱗を垣間見た気がした。「もう綺麗にしてあるからだ。お化粧もしてあるし、母さんだってお前に傷なんか見て欲しくないさ」
自分の子供に限ってそんなことは無い。
だが家業とはいえ幼い頃から人の生死を見せるのは……教育として不味かったのだろうか、と悩んでしまった。それからも他の御遺体が来る度、蛍の奇行は続いた。極めつけは飼い犬が居なくなった事だ。
父 重明は未だ蛍をどうすればいいのか悩んでいた。蛍に隠れて育児の専門書を初めて読んだが、妻の本棚には趣味嗜好の変わった子供を躾ける方法と言うのは……役に立つようなものはなかった。
父親の観察。それを蛍も気付いていた。
自分の内にある、なにか得体の知れないモノはどんどん大きくなっていく。だが父親の目が鬱陶しい。高校に入学してからは、葬儀があっても、直接遺体と関わらない仕事の手伝いをしていた。自分でも何故自分が人と違うのか分からなかった。
□□□
数分すると、到着した反対線の電車から沢山の人間が降りて駅から出て、騒ぎを聞き付け向かってきた。
そして蛍の周囲に来ると、スマホを取り出し、全員が遺体にカメラを向ける。「やべー !! 本物 ! 」
「うわぁ〜 ! クラスのやつに送ろ〜」
蛍は不愉快に感じ、その場を後にした。
「え……け、蛍ちゃん ! 大丈夫だったの !? 」
「くだらないよな」
「な、何が ? 」
動揺する香澄に対して、蛍はぶっきらぼうに答えて高校へ続く坂へ向かう。
「あぁやってスマホで御遺体を撮ってさ。
何が楽しいんだろうな」「あ、ああ。そうだね。それは本当にそう思うよ」
だが、蛍は自ら現場を見に行った。
つまり野次馬だ。 問題はその動機。 今来た野次馬達と蛍が野次馬しに行ったのは、確実に理由が違う。それを蛍は自分で感じたくない。
父の仕事を継ぐ上で、これは絶対に許されないと理解している。 しかしそれは誘惑するように蛍の脳裏にフォトショットのように焼き付く。 綺麗な肉片。 薔薇のような赤い鮮血と、キャンディのように転がる眼球。蛍の中の魔物がズクズクと蠢くのだった。その日はホームルームが全体集会に変わり、事件現場方面の通学路の子供達は早退となった。
□□□□□
同刻。
女が飛び降りた旅館の監視カメラ。 ハッキングされたそのカメラと、群衆に紛れてスマホ撮影をしていた人間の中に、女の死に関わった者が紛れていた。「では、我々は撤退します」
『はぁい……ご苦労さま』
小さな通信機の相手は、港のクルーザーマリーナの中でシャンパンを口に悪態をつく。
『あのさぁ。同じ人間がいつまでもウロウロしちゃ目立つよ。怪しまれないでくれよ。変に目を付けられちゃ……困るのは君だよ ? 』
「は、はい」
数分後、変装した服装の男達がクルーザーに戻って来た。五人ほどの男達で、すぐに黒服に着替える。
「今回の映像をご覧になりますか ? 」
黒服の一人がジャグジーに移動したボス格の男に声をかけた。
「ん〜そうだね。タブレットちょうだい」
黒服からタブレットを受け取り事の顛末を確認する。
飛び降りた女。彼女はこの者たちに誘拐されただけで、本来は自害の意図など無かった。確実に殺人だったのだ。 旅館の中居に扮した男二人に殴られ、強い鎮静剤を打たれ、やっとこそっとこ屋上のフェンスへ女を連れて行き脅す。 その後は、皆が見た通りだ。 脅迫されて飛び降りたにしても、それ以上に辛い思いをしたことで女性は元々ショック状態だった。 飛び降りるその瞬間を、ボス格の男はズームで女の顔を涼し気に眺める。「薬漬けじゃあ怖い思いはしないで済んだでしょ。いいんじゃない ? 人目に付きすぎたところが問題だなぁ」
この男の名はルキ。少なくともそう呼ばれている。 金髪に緩いパーマヘア。ふわりとした長い髪とは対照的に、顔は恐ろしい程に冷酷な雰囲気の男だ。ふと、群衆の中にいる違和感に気付く。
「へぇ……この子。不思議だな」
戸惑い、逃げ惑う群衆。または急いで救援を求める心優しき通行人。
それに混ざる、蛍の姿に目を止めた。「くく……酷いなぁ〜。君、何しに見に来たの ? それに……野次馬がする顔じゃないよなぁ〜……」
事実、野次馬の中で蛍は一番異質に見えたのだ。
ジッと遺体を見下ろし、その体を観賞するように──微笑み、静かに楽しんでいる。「あ〜。ちょっとさ」
「お呼びでしょうか ? 」
「この画面の子、調べてくれる ? 」
「かしこまりました」
ルキは一口、残りのシャンパンを流し込むと、蛍の動きを追う
「コイツは……臭いねぇ〜。な〜んの臭いだろ ? ん、わかった ! 俺と同じ匂いかぁ〜 ! なんちゃってねぇ〜。はは ! 」
ゴッ !! Mが掴んでいた坂下の首を、床に投げ捨てた。「Foooooooooooo ! 」 Mのパフォーマンスは会場のあちこちで盛り上がりを見せていた。「蛍 ! 今回もおめぇに賭けたぞ ! 勝ったな !! 」「あ。さっきの……ありがとう、おじさん」「おう !! 俺ァまた、お前に賭けるぜ ! 」 単細胞なのか、芯がぶれないのか、この中年男性はマスクからはみ出た目尻をくしゃくしゃにして笑っていた。「またな ! 」 そして最後。 降参した椿希。 Mは鮮血で真っ赤に染まったシャツのまま、椿希を見下ろしていた。 椿希には少しの恐怖の色が見える。しかし泣きわめくことも無く、覚悟を決めて椅子に座る。先程までの軽薄な軽口を叩く子供とは面持ちが違っていることにMが気付く。「面白い。しかし、普段の軽薄な様子は何も、お前に恩恵を齎さないと思うぞ」「う〜ん。わざとではないんですよぉ。子供の頃から口が減らないものでぇ」「なぜここへ ? 」「ルキさんに招待受けて」「入るには金がいったはずだ。どこから出した ? 」「継いだ山王寺グループの中から……」「ルキ、山王寺グループとはなんだ ? 」「マフィアです。半グレからヤクザ崩れの者で構成された組織で、高学歴者が多いのが特徴です。詐欺やマルチ商法が得意で、人前に直接姿を現すタイプの犯罪が生業のようです」「……減らず口は職業病か」 Mがしょうもなさそうに椿希を見る。「まぁ腕は諦めろ、出せ」 そこへ椿希が右腕を差し出す。「ふ……ふはは。お前、正気か ? それともサービスか ? 」「マジでぇ ? すっげー ! 」 Mを騙すことは出来ないのだ。「何 ? 」 美果がぽかんとしている側で、ルキが椿希が使っていたナイフを指差す。「椿希くん。左利きだよ」「えぇ ? あ、本
蛍に立ちはだかった問題。「くっ……」 2.6kgという量。 このウサギの血を抜いたとしても、蛍が普段 食べる食事の量では無いのだ。骨の重さも抜いたところで2kg以下にはならないのだ。 これは椿希と同レベルに辛いゲームになってしまった。更に、思った以上に美果の髪の量も効いていた。 ウサギの内臓は皆が思うより個性的である。 観覧者達も仮面の中の素顔に、思わず眉間に皺を寄せている。 それでも蛍は内容物があるであろう部分は切開せず、そのまま口へ運び、丸呑みしていく。 それにMは気付いたいた。 慣れ。 蛍は食肉加工品以外の肉を食べなれている、慣れを感じる。 長い腸の部分は途中で切ると、剥いだ毛皮を内側にし、包み込んで流していく。スルリと流れるものの、一口が多い。喉に負担がかかってくると、胴体の肉へ味変する。鶏のように弾力のある肉。 その繰り返しだ。 一方、椿希のフォークは完全に止まってしまった。少しの生肉を口にしただけで、普段口にする鳥や豚とは明らかに違う臭み。 内臓と血液だけで時間がかかるほどキツくなる匂い。「 !! ハフフッーーー !! フヘー ! 」 猿轡をされた坂下が「食え ! 」と、椿希に抗議する。「うるさいなぁ……。こんなん……ウプ……あ〜。 そもそも俺ぇ〜。考えたら、伯父さんの腕喰うのも無理だったわ、あははは !! 」「フゴーーーっ !! 」 そんな椿希と坂下の小競り合いの隣、黙々と食べ続ける蛍を観察し続けるM。 その脳内に浮かぶ、一つの疑問と予想。 調査書にはルキと不仲でルキの護衛をしっかり行うという黒服同士の注意書きがあったが、逆なのではないかと。蛍はルキに本当に恨みがあるのだろうか ? 蛍の性質性癖、異常性。望んでゲームに参加し、ルキを誘惑してまで檻に入れ巻き込んだ。 蛍は『ルキに死んで欲しい』の
蛍の中にある、ほんの少しだけの高揚感。 コレはウサギを殺すことか ? それともルキの腕が失われる事か ? ふと、椿希の方をまた伺う。 耳や生肉は何とか切り分けているようだが、食べにくそうに、何度も水を飲んで苦戦している。 その姿を見て、蛍は本当に自覚してしまった。自分は常人とは違うと。 幼少期……最初のターゲットは人ではなく小動物だった。そしてその血肉を身体に取り込んで来たこと。人間に対象が変化し、最初に手を伸ばしたのは斎場の死人相手だった。やがて──生きた人間に。 自分は本当に異常者なのだと悟ってしまった。「……やるよ、ルキ。なんだっけ ? デート一回 ? デートごときで利き腕のペナルティーか。ご苦労さま。 でも、マジで勝っちゃうから意味ないよ」「ふふ。そう ? 期待してるよ」 蛍はウサギの足を掴み逆さにすると、ペティナイフを首に突き刺す。その首をテーブルから垂らし、吹き出す血をものともせず、手早く胴体の皮を剥いで行く。「おぉー ! 」「あのガキ慣れてやがんな」 観覧者達は蛍の手捌きに唸った。 丸裸になったウサギの死骸。 その腹を捌き、内臓を傷付けず取り出し、そこから食す。 鮮度が命の獣肉は時間が経つほど臭みが増す。胴体は血抜きしつつ、鮮度のいい内臓からかたをつける気だ。 隣の椿希が大きく「オエッ」っと嘔吐いたのが聞こえる。 差し掛かったのは同じくウサギの内臓だ。 胃や腸にはまだまだ内容物が蓄積していた。 しかし蛍のナイフとフォークは止まらない。「マジかよ、けい〜。なんで食えるの〜 ? 」 隣の檻から椿希が蛍の勢いを見て口をへの字に曲げていた。「ウサギの食べ物を考えれば人体に害はないよ」「そういう問題じゃな〜い〜 ! 」「ウサギって自分のウンコも食うじゃん。だから大丈夫じゃない ? 」「え、それってプラス思考になるの ? ウッ、
椿希は勢いよくウサギの背を掴むと、ひっくり返し一撃。心臓があるだろう場所を刺した。 ウサギは鳴かないなんて嘘だ。プキキ ! ともがいて反抗する。 自分と同じ哺乳類とはいえ、素人が正確な心臓の位置を突くのは不可能だ。パタパタともがく手を握り、胸部を滅多刺しににする。「はぁーっ、はぁーっ…… ! 」 テーブルの上に横たわったウサギ。前屈みになり、椿希の表情は先程の軽口を叩いていた人間とは思えないほど大人しく、静かに錯乱していた。 悲しみ。同情。罪悪感。表現は沢山あるだろうが、そのどれもが当てはまる。 まだ、ただの小悪党だ。不要な人間は処分出来ても、女子供は殺せない。椿希はそんな性分だった。 一方、蛍は。 そんな椿希の様子を感じながら、固定されているルキの右腕をチラりと見る。「…… ? ケイ ? 何も心配いらないよ ? 」「別に」「残念だったね。俺を殺すルールは無くなったし、俺の肉も食べれなくなったけどさ。利き腕が無いなんて刃物使いには痛い話だ。十分、今後を考えればハンデだよ。 なにを迷ってるの ? 」 蛍は。食べなければいいのだ。 ペナルティーはルキが受けるのだから。片腕を失うのはルキだけだ。 本来、Mの提示したルールでルキにダメージを与えるなら、これが正攻法。 しかし、蛍は敏感にMという白い男の不気味さを本能で感じていた。「Mが気になる ? 」 ルキが声のトーンを落とす。「ああ。ルール外の事をしたら……躊躇いなく俺もどうにかなるだろ…… ? 」「流石、鋭いね。 でも、ケイ。なにか勘違いしてるといけないから初めに言っておくよ。 俺は幼少期に拾われてからずっと、Mに感謝する毎日を送って来た。彼は幼児を奴隷にして虐げるような男ではないんだ」「ふーん。じゃあ、なんであんたはこの世界に居続けるんだ ? 百戦錬磨のデスゲーム王 ? 結局、あいつ
ルキは一度歯を食いしばってから、笑顔で振り返った。「M。日本へいらしてたのですか ? 」「お前が戻らんからな。……ソレが噂の子供か」「……はい。涼川 蛍です。なかなか見所があります」 そう言うしかない。 再三、Mは顔を出せと言っていたが、全く帰って来る気配のないルキに業を煮やしていた。Mがこんな地方都市まで押しかけてきた理由だ。Mはルキがお気に入りに絡んでる間は、自分の元へ帰らない事を知っている。そして最初にルキがこの田舎町を訪れた理由をMは知っていた。「そうか。見所か。 いいぞ。ゲームはわたしが引き継ぐ。お前が中に入るのだろ ? 命までは取らんルールだそうじゃないか」 ルキは逃げ場を失った。「……はい。勝ちますので、問題ありません」 Mは今度は椿希に目をやると、頷いて見せる。「お前もいいぞ。人員の入れ替えを許可する」「おぉ〜 ! あざっす ! 」 椿希はすぐに檻に入ると、迷いなく檻の中にいた坂下刑事を殴り飛ばした。「ガハッ !! 椿希〜 ! 何すんだよ !! 」「全くもう〜。度胸なしのクソじゃんかぁ〜 ! もう〜 ! もう〜 ! まぁいいや。次は伯父さんがペナルティー組だよ♡」「やめろ ! 俺はもうやらん !! 帰る !! 帰れるって言っただろうがーーーっ !! 」 逃げ惑う坂下を、檻に入ってきた黒服が取り押さえ椅子に拘束する。 蛍は隣の檻の騒ぎを聴きながら、檻に入ろうとしないルキを挑発する。「さぁ。あんたも観念しなよ」「ふふ。それで優位に立ったつもりかい ? 俺は言った通り、百戦錬磨だよ ? 」「負けても勝ってもいいんだ。とりあえず俺、あんたを食えるんだから」「いいさ。付き合うよ。 代償はデート一回だよ。さっきの続き、してもいいんだろ ? 」
一歩も引かない状況。 蛍を言いくるめようと、ルキは慎重に言葉を探す。 そのルキの頬を蛍が突然、鉄格子越しに両手で包んだ。「ケイ ? なにをs……ん」 チュプ……ジュ……。 そのまま数秒──舌を絡ませ、吸い付き、口内をくすぐられる。 唐突なパフォーマンスに、初めは観覧者の中からも困惑の声が上がった。 しかし頬を撫で、背伸びながらルキに顔を寄せる蛍の姿は、なんとも妖艶にどこか恐ろしく見えた。幼い顔付きと不釣り合いな鋭い瞳。ルキを挑発するような素振りだが、完全に殺気立っている獣だ。 更にそれに動じないルキの振る舞いにも驚かされた。ブロンドの前髪がサラりと乱れ、蛍を見詰めるシルバーグレイの瞳に拒絶は無い。 二人の姿はまさに耽美で、思わず全員が見惚れる瞬間だった。「はぁ……ケイっ」 慌てて蛍から距離をとる。このままでは蛍に心を乱されてしまいそうだった。ルキは観覧者達の前で醜態を晒したと、唇を拭い蛍を睨む。「突然何をするかと思ったら……どうしたんだい ? 」 尚も微笑を浮かべ続けるルキの瞳と、蛍の見下した視線が絡む。「ほら。ゲーム……シたくなったろ ? 」「ふっ…… ! ……あははは ! 」 しなやかに腕を組みながら、ルキは蛍の不器用な誘いに大笑いする。しかし本当は全身、総毛立っていた。 不器用ながらも強引に勝負の場へ引き摺り出すつもりだ。何より観覧者達が既にその気なのだ。手ぶらで帰らせることは出来なくなった。 しかし、そうなれば蛍は美果に対してのようには、自分へ手加減はしないだろう。本気で殺しに来るはずだ。観覧者の期待の眼差し。もう引くに引けない所まで来てしまった。 その時、前席から突然手が上がる。「はいは〜い ! それならぁ、坂下刑事のペアを俺にさせて下さ〜い ! 」 坂下 椿希だ。「伯父さん役に立たないし〜。俺がプレイヤー側に立候補したいんすけどぉ、駄目すかぁ ? 」 これにはルキの顔色も豹変する
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