Chapter: 第6章:2視線に気がついたシルヴァンは魔王との握手を終えると、ロレインの元へと歩み寄ってくる。その表情は普段の皇帝としての威厳ではなく、一人の男性としての優しさに満ちている気がした。「ロレイン……」「陛下……」「俺からお願いがあります」シルヴァンがロレインの前に立ち、その手を取った。「これからどうか、俺の側にいてください。皇后として、愛する人として、そして俺の番として」「シルヴァン様……」シルヴァンの言葉にロレインの瞳には涙が溜まる。でも、今後のことを考えると本当に自分が側にいてもいいのか悩み、すぐに返事をすることができなかった。「でも、俺は男で、本物の皇后ではありません。それに、今までずっと男だというのを隠し、国民を騙してきた身です……」「それはこれから、俺たちの行動で信頼関係を構築していったらいいんです。あなたはきっと、愛される皇后になります」「陛下……」「確かに始まりはダミアンの策略だったかもしれません。しかし、俺があなたを愛していることに偽りはありません。あなたがいなければ、俺は本当にダミアンの駒になっていたでしょう」ロレインの手をぎゅっと握りしめるシルヴァンの手はとても温かくて安心した。この体温を手放すのは、とても惜しい。もしもロレインがアストライア帝国に留まらずレグルス王国に帰ることを望んだ後、シルヴァンはきっと違う人を皇后に迎えるだろう。そう思うと、言いようのない不安と嫉妬心がふつふつと湧き上がってきた。「……ロレイン、お前の気持ちはよく分かった」「兄上?」「シルヴァン陛下、弟をよろしくお願いいたします」ヴェストールがシルヴァンに向かって深々と頭を下げた。「リリアの身代わりとして嫌々この役目を引き受けてくれたので、弟が望むなら連れて帰ろうと思っていました。ですが、これほど深い愛で結ばれているなら、兄として安心です
Huling Na-update: 2025-08-04
Chapter: 第6章:1応接間の扉を開けると、そこには想像していた恐ろしい魔王の姿はなかった。代わりに、落ち着いた雰囲気の綺麗な顔立ちの青年が立っていた。深い紫色のローブを纏い、頭上には小さな角が生えているものの、その表情は穏やかで知的だった。「シルヴァン皇帝陛下、そして……」魔王ガルバトロクスがロレインを見て、少し困惑したような表情を浮かべた。「ロレイン・エマニュエル・レグルス王子。会談を始める前にお伝えしたいことがあります」「何でしょうか?」「リリア・ローズマリー・レグルス王女のことです」魔王の言葉にロレインの眉がぴくりと動く。ちらりとシルヴァンを見ると、彼はひとつ大きく頷いた。「……リリア王女のこと、とは?」「王女は愛する者と駆け落ちした、という置き手紙を残しておりませんでしたか?」「それをどこで……」ロレインはそう言ったが、別段驚くことでもないのかもしれない。なんせ、ダミアンは最初からロレインの正体を知っていたので、リリアが駆け落ちしたことを魔王が知っているのは当然と言えば当然だ。ただ、彼は難しそうな顔をして額に手を当てて溜め息をついた。「実はリリア王女殿下は、駆け落ちなどしておりません。ダミアンによって誘拐され、我が国に囚われていたのです」「誘拐……!?」「駆け落ちの置き手紙も、ダミアンが偽装したものでした。そして……ヴァルモン魔国がレグルス王国に侵攻しようとしていたことも、全てダミアンの策略だったのです」「えっ?」魔王の口から語られる事実にロレインもシルヴァンも素っ頓狂な声が出てしまう。リリアは駆け落ちしたわけではなくヴァルモン魔国に囚われていて、レグルス王国への侵攻も全てダミアンの企みだと言ったのだ。「我が国の領土拡張政策、近隣諸国への脅威……全てダミアンが私を操って行わせていたのです」「操っていた、というのは…
Huling Na-update: 2025-08-03
Chapter: 第5章:5クラウスの言葉を最後に、応接室に静寂が戻った。クラウスの亡骸、拘束されたダミアン、そして抱き合うシルヴァンとロレイン。陰謀劇の幕切れにふさわしい、重苦しい空気が漂っていた。「陛下、まずは宮廷医を呼びましょう」セレスティアがクラウスの傍らに膝をつき、その瞳を静かに閉じてやった。「それと、ダミアンの身柄を牢獄に移す必要があります」「ああ……頼む」シルヴァンの声は疲労で掠れていた。理性を保ったまま完全変身を成し遂げたとはいえ、その消耗は激しかったのだろう。「シルヴァン様、大丈夫ですか?」ロレインが心配そうにシルヴァンの顔を見上げた。「大丈夫です。それより……あなたが無事で本当によかった」シルヴァンがロレインの頬にそっと触れる。その手は微かに震えていて、ロレインはぎゅっと握りしめた。「俺も……陛下が無事で安心しました」「あなたの声が聞こえていました。『民を守るために授かった力』だと……その言葉があったから、俺は自我を保てたのです」二人が見つめ合っていると、セレスティアが咳払いをした。「お二人とも、申し訳ございませんが、まだやるべきことがあります」セレスティアが魔王ガルバトロクスからの親書を取り出した。「これを読む限り、魔王陛下はダミアンの暴走を知らなかったようです。むしろ、平和的解決を強く望んでおられます」「つまり、交渉のやり直しが可能だということですか?」「はい。ただし、今度は真の代表者との交渉になります。魔王陛下ご自身がこちらに向かっているとのことです」「魔王自らが?」「ダミアンの行為を深くお詫びしたいとのことです。それに……皇帝陛下の完全変身能力について、魔王陛下は大変興味を示しておられます。敵意ではなく、純粋な研究としてですが」「研究……」シルヴァンの表情が曇ったが
Huling Na-update: 2025-08-02
Chapter: 第5章:4「陛下!」セレスティアが血相を変えて飛び込んできた。その後ろには帝国騎士団の騎士たちが続いている。「セレスティア!」シルヴァンの変身が一瞬止まった。ロレインの言葉と、信頼する宮廷魔導師の登場によって、かろうじて理性を保っているようだった。「陛下、その魔法陣から離れてください! 完全変身すれば取り返しがつきません!」「分かっている……だが……!」「まずは私が魔法陣を破壊します!」セレスティアが詠唱を始めると、床に刻まれた魔法陣が不安定に明滅し始めた。「邪魔をするな!」ダミアンが片手でロレインを拘束したまま、もう一方の手で黒い魔法を放った。セレスティアは防御魔法でそれを弾くが、詠唱が中断されてしまう。「くっ……!」「せっかくの楽しみを台無しにしてくれますね」ダミアンがロレインの首筋に鼻を寄せる。その瞬間、ロレインは全身に鳥肌が立った。「やめろ!」シルヴァンの怒りが爆発し、彼は完全に黒き狼の姿になってしまったのだ。牙を剥き出しにし、真紅と琥白の瞳には憎悪が浮かんでいる。まるで『シルヴァン』であることを忘れているような姿に、ロレインはダミアンの腕から逃げようともがいた。「シルヴァン様、だめです! お願いです、止まってください!」ロレインが必死に叫ぶが、愛する人を汚されそうになっている狼の怒りは収まらない。ダミアンに向かって吠えたシルヴァンは真っ黒な毛を逆立てていた。「もう手遅れですね。皇帝陛下は完全に獣となり、私の忠実な駒になるでしょう」ダミアンが勝ち誇ったように笑った時、動けないはずのクラウスが突然動き出した。「貴様……私を騙していたな……」「おや、まだ諦めていませんでしたか」ダミアンが振り返ると、クラウスは憎しみに燃える瞳で睨みつけていた。「私は確かに国を裏切った。だが
Huling Na-update: 2025-08-01
Chapter: 第5章:3「クラウス卿……」急いできたのだろう、肩で息をしているクラウスを見るダミアンが冷ややかな笑みを浮かべた。「お疲れ様でした。もうあなたの出番はありませんよ」「何を言っている? 我々の計画では……」「計画?」ダミアンが顎に手を当て、宙をぼんやり見つめる。そして何かを思い出したようにパチンッと指を鳴らし、今度はにこっと人懐こい笑みを向けた。「ああ、あの幼稚な人間至上主義の妄想のことですか? 子供が描いた絵本のような題材の」くっくっと喉を鳴らしながら笑うダミアンをクラウスは真っ青な顔をして見つめていて、やはりクラウスはただ利用されていただけなのだなとロレインは確信した。「貴様……まさか……」「はい、その通りです。最初からあなたを利用するだけして、あとは捨てるつもりでした。あなたが提供してくれた帝国内部の情報、皇帝陛下の秘密、軍事機密……全て有効活用させていただきました。感謝しておりますよ」「裏切ったのか……!」「裏切り? とんでもない。最初から対等な関係など結んでいません」クラウスがいつからヴァルモン魔国と手を結んでいたのか定かではないが、シルヴァンとリリアの結婚すら仕組まれていたことなので、ずいぶん前からこの日を計画していたのだろう。ただ、クラウスは完全に嵌められ、計画していた『人間至上主義』の理想郷は一瞬して崩れ去った。「人間ごときが魔王陛下と対等だと思っていたのですか? 身の程知らずにも程がありますね」「人間ごとき……だと?」「そうです。我々魔族にとって、人間も獣人も等しく支配すべき対象でしかありません。あなたが獣人を見下していたように、我々はあなた方全てを見下しているのです」ダミアンは抑揚のない冷たい声でそう言い放ち、ロレインの体には氷のような冷気が付き纏う感触がした。「特に、自分の種
Huling Na-update: 2025-07-31
Chapter: 第5章:2朝の準備を済ませた二人は、食事を済ませた後にシルヴァンの執務室へ向かった。しかし今日は普段と全く違う。クラウスの裏切りを知った今、彼と顔を合わせなければならないのだ。「陛下、大丈夫ですか?」ロレインがシルヴァンの手を握ると、彼の手のひらがいつもより熱いことに気づいた。「少し緊張しています。何年も信頼していた人を演技で騙すなんて……」「わたくしも緊張しています。でも、一緒なら乗り越えられます」執務室の扉を開けると、そこには何食わぬ顔でクラウスが待っていた。いつものように恭しく頭を下げる姿を見て、ロレインは心の中で複雑な気持ちになった。「陛下、皇后陛下、おはようございます」「おはようございます、クラウス」シルヴァンは平静を装って挨拶したが、その声はわずかに硬い。「昨夜はよく眠れましたでしょうか? 本日は重要な決断の日でございますから」「ええ、おかげさまで」ロレインも自然に振る舞おうとしたが、この男が陰で糸を引いていたと思うと、どうしても声が震えてしまう。「皇后陛下、お顔の色が優れないようですが……」クラウスが心配そうな表情を作った。その演技の上手さに、ロレインは背筋が寒くなる。「少し緊張しているだけです。今日の件で、故郷のことが心配で……」「ごもっともです。ヴァルモン魔国からの最終回答は正午でしたね」クラウスが時計を見ながら言った。時計の針が正午を指すにはまだまだ遠いが、この部屋の中にいる全員が緊張しているのがロレインの肌に伝わってきた。「軍の準備は整っております。陛下のご決断をお待ちしている状況です」「そうですね……」シルヴァンが重々しく頷いた時、侍従が慌ただしく駆け込んできた。「陛下! ダミアン外務大臣が緊急面会を求めております!」クラウスの表情が一瞬変わったのを、ロレインは見逃さなかった。ただロレインが不審に思
Huling Na-update: 2025-07-30
Chapter: 双子の転生者たち 1 俺の人生が一変したのは、16歳の誕生日だった。 その日まで、俺はごく普通の平民として村で暮らしていた。両親を早くに亡くし、教会で育てられた孤児。特別な才能があるわけでもなく、将来は村の職人にでもなるのだろうと思っていた。 だが、運命は俺に全く違う道を用意していた。 その日の朝、いつものように教会の掃除をしていた時だった。突然、激しい頭痛が襲い、俺は床に膝をついた。「セナ、大丈夫か?」 神父様の心配そうな声が聞こえたが、俺の意識は全く違う場所にあった。『セナ、まじでこのゲーム難しくない?』『やばいよね。でもやりごたえある!』『絶対幸せにしてあげたいわ〜』 フラッシュバックのように蘇る記憶。二人でゲームをしていた部屋。隣に座る双子の弟の笑顔。俺の大切な、大切な片割れ。『ベルティア・レイクの幸福』——俺たちが最後にプレイしていたゲーム。悪役令息を幸せにするために、俺たちは何度も何度もチャレンジしていた。『あーっ、これ最後のスチルじゃない!?』『まじだ! これでコンプリート?』『あ、なんか出てきた……隠しルート?』『え! ベルティアと結ばれる人を選ぶことができるって……!』 そして、あの日。雨の日の事故。二人で歩いていた横断歩道で、急に飛び出してきたトラック。俺はセラを庇ったけれど——「あ、ああああ……!」 俺は声にならない叫びを上げていた。思い出した。全部全部思い出した。「セナの瞳が……!」 神父様の驚く声で我に返ると、俺の瞳が金色に輝いているのが教会の窓に映っていた。虹彩が虹色に変化している。 聖なる瞳——それが覚醒したのだ。そして同時に、前世の記憶も蘇った。 俺は『聖なる瞳の幸福』の主人公として、この世界に転生していたのだった。
Huling Na-update: 2025-07-28
Chapter: 番外編:ノア・ムーングレイの告白 5 ベルティアと呪いを解きに行く決意を固めた時、俺の心は覚悟と希望で満ちていた。 実家でルシアナ様から詳細な呪いの話を聞いた時、俺は改めて自分の決意を確認した。どんな困難が待ち受けていても、ベルティアと共に歩んでいく。「レイク家の"呪い"について、殿下と一緒に終わらせに来ました」 ベルティアがそう言った時、俺は懐からルーファス王子の日記を取り出した。俺が抱え続けてきた秘密を、ついに明かす時が来たのだ。「実は、俺の手元にはルーファス王子の日記があり……オメガの魔女の存在を知っていました」 ルシアナ様の驚く顔を見ながら、俺は全てを説明した。いつ日記を見つけたのか、なぜ黙っていたのか、それでもベルティアを諦められなかった理由を。 王座の間で父上に跪いて求婚を懇願した時の決意、ベルティアからの拒絶に耐え続けた日々、そして今ここに至るまでの想いを全て話した。「私は今、王太子のノア・ムーングレイとしてではなく……大切なご子息に結婚を申し込みたいと懇願する、ただの男です」 そう言って頭を下げた時、俺は心の底から真剣だった。王位も地位も関係ない。ただベルティアと一緒にいたいという、一人の男としての想いだった。 夜になり、俺たちは森の泉へと向かった。月明かりに照らされた道を、ベルティアと手を繋いで歩く。彼の手のぬくもりを感じながら、俺は運命の時が近づいていることを実感していた。 泉に着くと、青白く光る水面が赤黒く変色し、人型の影が現れた。『わたくしとルーファスの末裔が揃って訪れるとは一体何事じゃ』 アウラの魂だった。その冷たい声に、俺の背筋は緊張で強張った。だが、ここで怯むわけにはいかない。 ベルティアが勇敢に前に出て挨拶すると、俺も膝をついて頭を下げた。「ノア・ムーングレイと申します。アウラ殿のおっしゃる通り、私はルーファス殿下の末裔です」 その時俺が感じたのは、恐怖よりも深い責任感だった。ルーファス王子が犯した過ちを、俺が償わなければならない。そして今度こそ
Huling Na-update: 2025-07-27
Chapter: 番外編:ノア・ムーングレイの告白 4 ベルティアに拒絶された後、俺は初めて諦めることを考えた。 彼の口から『パーシヴァル様のことを、好きになってしまったんです』という言葉を聞いた時、俺の世界は完全に崩壊した。10年間積み重ねてきた想いが、一瞬で砕け散った。 その夜から、俺は地獄のような日々を過ごした。 食事も喉を通らず、眠ることもできない。王太子としての務めを果たすのが精一杯で、それ以外の時間はただベルティアのことを考え続けていた。 なぜ俺ではダメなのか。なぜパーシヴァル殿なら良いのか。同じアルファなのに、なぜ俺だけが拒絶されるのか。 答えは分かっていた。俺たちには呪いがある。ベルティアが俺を避けるのは、本能的に危険を察知しているからなのかもしれない。「兄上、このままでは体を壊してしまいます」 ライナスが心配してくれたが、俺には答える気力もなかった。「医師を呼びましょうか?」「いらない」「でも……」「一人にしてくれ」 弟の心配そうな顔を見るのも辛かった。俺のせいで、周りの人間まで心配させている。 このままでは良くないと、この心を捨てるためにもセナ殿との婚約話を進めることにした。もう俺には、それしか道が残されていなかった。ベルティアが他の男を愛している以上、俺が彼に固執する意味はない。「聖なる瞳のセナ殿と婚約する。父上に伝えてくれ」 レオナルドに指示を出した時、彼は困惑した顔をしていた。「殿下、本当によろしいのですか?」「今まで散々小言を言ってきたくせに、今更心配か?」「……差し出がましいことを申しました、お許しください。国王陛下にお伝えします」 セナ殿は優しく、美しく、聖なる瞳という特別な力も持っている。国のためを思えば理想的な相手だった。俺の心がベルティア以外に向かないことを除けば。 でも、10年以上ベルティアのことを想い続けてきた俺のバカな心は、簡単には切り替わらなかった。彼の姿を見かけるたびに胸が痛み、パーシヴァ
Huling Na-update: 2025-07-26
Chapter: 番外編:ノア・ムーングレイの告白 3 17歳になった頃、ついに父上に正式な懇願をした。 もうこれ以上待てない。ベルティアは相変わらず俺を拒絶し続けているが、俺の気持ちは揺るがない。むしろ時間が経つにつれて、彼への想いは強くなる一方だった。 その日、俺は王座の間で父上と二人きりになった時を見計らって、覚悟を決めて跪いた。「父上、どうかベルティア・レイクとの婚約をお許しください」 父上の顔は即座に厳しいものに変わった。「ノア、お前は将来の国王だ。その責任を理解しているのか?」「理解しています。だが、俺にはベルティア以外にありえません」「男爵家の息子だぞ? しかもアルファ同士で子供もできない。国の将来をどう考えているのだ」 俺は深く頭を下げたまま、震える声で答えた。「では、俺は王位を辞退いたします」 その言葉に、王座の間にいた近衛騎士たちまでもが息を呑んだ。「ノア! 何を言っている!」「俺は王になるためにベルティアを諦めるつもりはありません。どちらかを選べと言われるなら、俺は迷わずベルティアを選びます」 立ち上がって父上を真っ直ぐ見つめる。そこに迷いはなかった。「ライナスにも迷惑をかけることになりますが、彼なら立派な王になるでしょう。俺は……俺はベルティアと共に生きることを選びます」 父上は長い沈黙の後、深いため息をついた。「……本気なのだな」「はい。生涯変わることはありません。10年想い続けてきた気持ちです」 俺の決意を見た父上は、しばらく考え込んだ後、条件を出した。「………お前の気持ちは分かった。だが、男爵家との異例の婚約を認めるには条件がある。レイク家の正式な承諾を得ること、そして国民の理解を得られるような方法を見つけることだ」「ありがとうございます、父上!」 俺は心の底から安堵した。これでベルティアに正式に求婚できる。 その日のうちに、俺は正式
Huling Na-update: 2025-07-25
Chapter: 番外編:ノア・ムーングレイの告白 2 ベルティアが王立学園に入学する前年の冬、俺は王宮の古い書庫で運命的な発見をした。 その日は珍しく雪が降っていて、授業が早めに終わったため時間を潰そうと普段は足を向けない書庫に立ち寄ったのだ。埃をかぶった古い書物の間を歩いていると、一冊の革装丁の日記が目に留まった。『ルーファス・ムーングレイ』 表紙に金文字で刻まれた名前を見て、俺は息を呑んだ。ルーファス・ムーングレイ――確か何代も前の国王で、聖なる瞳の令嬢と結婚をした王だと前に勉強した。 そんな人の日記が見つかり何気なく手に取って開いた瞬間、俺の人生は再び激変した。 最初のページには、美しい文字でこう記されていた。『アウラ・レイク――私の愛した人の名前を、ここに記す』 レイクという姓に心臓が跳ね上がった。ベルティアと同じ姓の女性について書かれているのか。好奇心に駆られて読み進めると、そこには俺の知らない王家の歴史が詳細に記されていた。『今日、森の泉で美しい女性と出会った。アウラ・レイク。彼女の瞳は聖なる光を宿し、その微笑みは私の心を一瞬で奪った』 泉での出会い――まるで俺とベルティアの出会いと同じではないか。震える手でページをめくり続けた。『アウラとの愛は日に日に深まっている。だが、私には既にアリシア・ローズウッド公爵令嬢との婚約がある。この身分の違い、この立場の違いがどれほど重いものか』 だんだんと内容は深刻になっていった。アウラが妊娠したこと、それを王家に報告した時の騒動、そして最終的にアリシア嬢が聖なる瞳の力を開花させたことで情勢が一変したことが記されていた。『アウラを捨てることなどできない。だが王家の跡継ぎとして、聖なる瞳を持つアリシア嬢との婚姻を選ばざるを得なかった。私は最低の男だ』 そして、俺が戦慄した記述がそこにあった。『アウラが私に呪いをかけた。レイク家の者と結ばれたムーングレイ家の者は破滅の道を歩むと。彼女の憎悪と絶望が込められたその呪いを、私は甘んじて受け入れよう。それが彼女を裏切った罰なのだから』 その瞬間、俺の世界は暗転し
Huling Na-update: 2025-07-24
Chapter: 番外編:ノア・ムーングレイの告白 1 俺の人生が変わったのは、7歳の夏だった。 もともと体が弱かった俺は異常気象だという暑さのせいで体調を崩し、王都を離れた場所で静養することになった。次期国王として期待されているが、周りからは病弱だと陰口を言われているのも知っている。自分の情けなさに、俺は泉のほとりで項垂れていた。療養のためローズウッド領へ向かう途中、馬車の揺れに耐えられなくなって休息を取ったのだ。 従者たちは俺を心配してくれているが、一人になりたかった。将来国を背負う身でありながら、こんなにも弱い自分が嫌で仕方がなかった。鬱蒼とした森の中、青白く光る泉の前で俺は膝を抱えていた。「ねぇ、どうしたの? 具合が悪いの?」 突然かけられた声に顔を上げた瞬間、俺の世界は一変した。 夏の日差しに照らされたダークブロンドの髪が風に揺れ、澄んだ青い瞳が心配そうに俺を見つめている。まるで絵画から抜け出してきた天使のような少年がそこにいた。 その瞬間、胸の奥で何かが弾けるような感覚を覚えた。これが恋だと理解するには俺はまだ幼すぎたが、確実に、何かが始まったのだと感じた。「待ってて、人を呼んできてあげる!」 慌てて立ち上がろうとする彼を「いいんだ」と止めると、彼は安心したように微笑んで水筒を差し出してくれた。その屈託のない優しさに、俺の心は完全に奪われてしまった。「ここ、涼しいね」 「そうでしょ! 女神様の魔法がかかってるんだよ」 彼――ベルティア・レイクが泉に向かって手を合わせ、俺のために祈りを捧げる姿は本当に女神様のようだった。その純粋な心に触れた時、俺は確信した。この人こそが、俺の生涯の伴侶になる人だと。 わがままを言ってレイク男爵家に数日滞在させてもらった時間は、俺の人生で最も幸せな時間だった。ベルティアと過ごす時間は宝物で、彼の笑顔、声、仕草、全てが愛おしかった。一緒に森を歩き、一緒に食事をし、一緒に本を読んだ。彼は俺を『ノア』と呼んでくれ、身分など関係なく接してくれた。 7歳の俺にとって、それがどれほど貴重なことだったか。王子として生まれた俺は、常に特別扱いされ、距離を置かれて
Huling Na-update: 2025-07-23