Masuk【愛するお父様、お兄様たちへ。リリアは愛する人と遠くへ行きます、探さないでください……本当にごめんなさい。でも私は耐えられません。】 なんて手紙が妹の部屋に置かれていたのは、隣国の皇帝陛下へ嫁入りする当日。この縁談が破談になればレグルス王国にはもう後がない―― レグルス王国の第二王子であり王国騎士団の一人であるロレインは妹のリリアに変装して、獣人が頂点に君臨する隣国に嫁ぐことになり……!? 果たしてロレインはリリアとして役目を果たすことができるのか――? 「狼の嗅覚をあまり舐めないほうがいいですよ、リリア……いや、ロレイン殿」 ――詰んだっぽいです、俺。 ※後天的オメガバース設定あり ※作中の獣人→ケモ耳
Lihat lebih banyak【愛するお父様、お兄様たちへ。リリアは愛する人と遠くへ行きます、探さないでください……本当にごめんなさい。でも私は耐えられません。】
目に入れても痛くないほど可愛がってきた一歳違いの妹、リリア・ローズマリー・レグルス。学生時代に読んだロマンス小説のヒロインが、こんな手紙を置いて愛する人と駆け落ちするようなものを読んだ時に、ロレイン・エマニュエル・レグルスはこう思った。
自分の家族と絶縁してでも愛する人がいるというのはすごいことだし、誰かを本気で愛したことがない自分にとっては羨ましいな、と。
でも、自分の妹がそうなったら話は別。しかも、タイミングが最悪すぎるではないかとロレインは額に手を当てて項垂れた。
「………弟よ」
「嫌です、兄上」 「兄上はまだ何も言ってないが」 「あなたが言いそうなことは大体予想がついてますよ! 何年兄弟やってると思ってるんですか!」 「お前がもう23だからなぁ……23年の付き合いだ」 「真面目に返さんでいいですッ」リリアの部屋で一緒に置き手紙を眺めているロレインの兄、ヴェストール・アレクサンダー・レグルスは顎に手を当てて難しい顔をしている。ただ、ロレインにはその兄が何を考えているのかが手に取るように分かった。
「……今日が何の日か分かってるよな、ロレイン」
「リリアがアストライア帝国に嫁入りをする日、ですが……」 「でも肝心のリリアが手紙を置いていなくなったわけだ」 「見りゃ分かります」 「この感じだと、まぁ、駆け落ちと言っていいだろうな」 「……ですね」 「というわけで、アストライア帝国に嫁入りする嫁がいなくなったわけだが」 「兄上が言いたいことは分かっていますが、無理ですよ」 「うちの弟は、王国一の美人と謳われるリリアに劣らない美形だと兄上は思っているんだよな」 「……だから、さすがに無理ですってば!」ヴェストールが言いたいのは『お前がリリアに変装してアストライア帝国に予定通り嫁いでくれ』ということだ。
「俺は騎士ですよ!? 確かに見た目はリリアと似てますし体も細いですけど、体のゴツさでバレますって!」
「お前なら大丈夫だ、ロレイン。騎士だもの」 「兄上ッ!」 「お前が言いたいことは分かるが、考えてみてくれ、ロレイン。アストライア帝国との縁談がなくなれば、レグルス王国はヴァルモン魔国からの侵略待ったなしだ」 「そ、それは、そうですけど……」 「アストライア帝国と同盟を結ばない限り、レグルス王国は滅びる。そうだろう?」王国が滅びると言われては、ロレインは何も言えずに口をつぐんだ。この最悪な状況をどう打開したらいいのか、アストライア帝国に嫁入りしなくてもいいほどの最善策が瞬時に浮かべば、そもそもこの縁談の話は進まなかっただろう。
「お前がどうにかこうにかアストライア帝国の皇帝を騙してる間、離縁されても大丈夫なように何か策を考えるし、リリアの捜索もして説得してみるから!」
父である国王陛下は床に臥せっていて、国王の代わりを第一王子であるヴェストールが行っているため、彼は連日連夜あまり眠れておらず目の下には濃いクマを作っている。そんな兄に頭を下げられ床に額をつけてまで懇願するヴェストールの姿を見ると、ロレインは噛み締めた奥歯がギリっと鈍い音を立てた。
朝からシルヴァンと熱い時間を過ごしたロレインは、ランチの時間に合わせてシェリー夫人たちとのお茶会に参加した。「ごきげんよう、皇后陛下」「一気に寒くなってしまいましたわね」「本当に。こんなに雪が積もるのを見たのは初めてです」暖かい時期は王宮の庭園でお茶をしていた三人だが、今日ばかりは無理がある。王宮内のサロンの一室に集まると、シェリーやエレノアも寒さに縮こまっていた。「獣人の私たちでさえ寒いのですから、皇后陛下は凍えてしまうのでは?」「そんなに細いお体で心配ですわ……」「ええと……俺は一応、男なので……」「性別は関係ございません!」「アストライア帝国の寒期を舐めてはいけませんわ!」「そうではなく、元騎士なのに女性から細いと言われるのは恥ずかしいという意味です!」ロレインは人間なので『小さい』『細い』『薄い』と心配されるのは慣れてきたが、女性から言われるとプライドがへし折られる感覚がするのだ。特にロレインは元騎士というのもあり、男としての体裁が保たれなくなっている気がする。そもそも、アストライア帝国の『皇后』と呼ばれているのでプライドも何もあったものではないかもしれない。それでも、やはりどこか恥ずかしさは拭えないのだ。「あら、あらあら! ロレイン様ったらお可愛らしいわ」「独り占めなさってる皇帝陛下が羨ましいですわね」「も、もう、お二人とも……!」恥ずかしがっているロレインを見て小さく笑っている二人。そんな二人にロレインはむうっと唇を尖らせて抗議してみたが「さらにお可愛らしいですわ!」と言われ、逆効果となった。「そういえば、こちらに向かっている最中に皇帝陛下にお会いしたんですの」「そうだったんですか」「ええ。でも今日は何故だか様子がおかしくて」「悪いものでも食べたのかと思いましたわよね」「今朝は特に具合が悪そうな様子はなかったんですが…
「――うわぁ、一晩ですっかり銀世界だ」獣人だからか体温の高いシルヴァンに抱き締められていたのに、肌に触れる冷たい空気を感じてロレインは起き上がった。何も身に纏っていない上半身に厚めのストールを巻きつけて窓際へ移動すると、そこから一望できる景色は全て真っ白に染まっている。昨夜から降り始めた雪でアストライア帝国が覆われているように見えた。「……そんな格好でいると風邪をひいてしまう」「ん、おはようございます」「おはよう、ロレイン」窓の外を眺めていたロレインを後ろからぎゅっと抱き締めたのは言わずもがなシルヴァンで、ストール越しにも感じる彼の体温にロレインは身を預けた。「こんなに雪が積もるのは初めて見ます」「レグルス王国では?」「降る時期もありましたけど、積もることはほとんどなかったですね。大体が一年中穏やかな気候なので」「そうか……それは素晴らしい。アストライアは暑いか寒いか両極端だからな」「育つ作物も制限されるわけですね」今年の寒い季節に間に合わせるのは無理があるが、今後はこの時期でも色々な作物が育つような施設を作るためにロレインは奔走している。武力だけではなく、レグルス王国で学んだ知識がアストライア帝国で役立っていると実感する毎日だ。「でも、寒い日のほうが好きかもしれません」「なぜ?」「……シルヴァン様にくっつく理由があるから、です」ロレインはくるりと後ろを向き、正面からシルヴァンに抱きつく。ロレインと同じように上半身は何も身につけていないシルヴァンと肌が触れ合い、吸い付く感覚にロレインは「えへへ」と破顔した。「あ、なたという人は……」「お嫌ですか?」「嫌ではないから困るんです」シルヴァンから抱き上げられてキスをされると、唇からもじわじわと甘い熱が広がった。次第に舌が絡み合うと体の火照りを感じ、ロレインは熱い吐息をもらした。「&hell
「そういえば、人の姿に戻った時もしっかり服を着ているんですね」「ああ、そういう魔法をかけた指輪をつけているから……もっとも、不意に狼の姿になることはほとんどないけれど」「……俺の前でだけですか?」「あなたの姿を一目見たいと思う時には、あの姿になっていることが多いかもしれないな」そう言って笑いながらシルヴァンはロレインに口付ける。少し長い彼の髪の毛が肌に当たるとくすぐったくて、狼の時のようなふわふわの感触を思い出した。「最初に狼の姿でお会いしたときは、監視されているのかとも思いました」「狼に部屋を見られているなんて、怖かっただろう?」「そういうことではなく……知的なお顔をされていたので、何か言いたいことがあるのかなとは思っていたんです」「確かに、言いたいことはあった。あなたの秘密を知っているから、これでおあいこだと」「ふふ。全くわからなかったですよ、もう」最初に狼の姿をしたシルヴァンを見た時、真紅の瞳が彼と似ているなとロレインは思ったものだ。ただ両の目の色が違ったことと、完全に獣化できることを知らなかったので、まさかシルヴァンだとは思いもしなかった。「狼の姿で会いに行く時、ロレインが少しでも窓の外を見てくれたらいいなと期待しながら行くんだ。でも時間が時間だし、きっと眠っているだろうなとも思いながら。それなのにいつもいつも、君は俺に気がついてくれるから不思議だな」「なぜか、眠れない時には陛下が外で見守ってくれているんです。それに気がつくのは、きっと惹かれあっているから……と思いたいです」「愛しいロレイン……あまり、可愛いことを言わないでくれ」「ん……」大きくて広い腕にぎゅうっと抱きしめられ、熱い口付けを交わす。ぬるりと肉厚な舌が入り込んできて、唾液をたっぷりと流し込まれた。ロレインの小さい舌はそのまま食べられてしまうのではなと思うほど強く吸われ、その感覚にぶるりと体が震えた。
「ロレイン様、王宮に戻られてから随分とご機嫌ですね」熱いお湯に浸かり、フィオナにヘッドマッサージをされながらロレインはそう言われた。城下町のレストランで夕食をシルヴァンと済ませた後、少年からもらったピンク色のバラを花瓶に生けながら鼻歌を歌っていた。あの花を見ると嬉しい気持ちになるし、シルヴァンと城下町に出かけた今日という一日がすごく楽しかったのも要因の一つである。城下町の人々にとって二人は皇帝と皇后だっただろうが、お互いにとってはただのシルヴァンとロレインでいられる時間が多かったように思う。新しいシルヴァンの一面を知れたり、ロレインとして本当の姿を見せられたことで肩の荷が降りた。皇帝や国民を騙していた最低な人間と思われるのが怖かったが、ロレインの予想とは裏腹に温かく迎えてくれた全ての人に感謝したい気持ちだ。「今夜は皇帝陛下の寝所をお訪ねしますか?」「いや、陛下は少し仕事があるようでな。今日は久しぶりに自分の部屋で休もうと思う」「そうですか、承知いたしました」本当は夜も一緒にいたかったけれど、仕事があると言われたら仕方がない。残念に思いながらも、久しぶりに一人の部屋で就寝することにした。「……甘えたになったもんだな、俺も」広いベッドに寝転がっても眠れる気がしない。普段なら大きな腕に抱きしめられ、全身を彼に包まれて眠りにつくのだ。その体温を感じられないだけで眠れなくなるだなんて、他の人に知られたら笑われるどころでは済まないだろう。このままベッドに寝転がっていても眠りにつくまで時間がかかりそうなので、せっかくならとロレインは本を読むことにした。アストライア帝国の歴史書などが部屋の本棚に並んでいる。その中から市場でも聞いたこの国の冬季についての文献を手に取り、月明かりが差し込む窓辺に椅子を移動させてパラパラとページをめくった。「かなりの雪が降るなら、積雪の重さに耐えられる施設が必要か……ガラスでは心許ないから魔法付与をしないと厳しいだろうな」文献を読み漁って