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綾雅(りょうが)
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Novels by 綾雅(りょうが)

年下夫は妻の訛りが愛おしい ~ただしヤンデレ風味~

年下夫は妻の訛りが愛おしい ~ただしヤンデレ風味~

 隣国の王族と政略結婚した王女アンネマリー。夫になる王弟殿下とは、歳の差が十二歳……もう息子なのでは? それでも愛らしい夫に満足するアンネマリーですが、まさかの言葉の壁が……どうやら彼女に言語を手ほどきした教師が地方出身者だったようで? 時折出るスラングで意思疎通に勘違いが発生しても、年下夫の深い愛情に溺れています。※ただしヤンデレ風味 途中で政略結婚の意味すら変わってしまう。アンネマリーも予想外のびっくり展開あり  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
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Chapter: 10.寝室での会話は秘密がいっぱい
 私の想像通り、寝室の反対側はシリル様の部屋が広がっていた。執務室を兼ねた書斎やクローゼットも揃っている。お風呂などの隣にあった小部屋について尋ねたら、侍女の控え室だと教えてもらった。 女主人が部屋で過ごす間、控えている場所らしい。棚には本のほか、茶葉やティーカップを揃える人もいるのだとか。なるほどと納得した。だから扉は作らなかったのね。それに、一人分のスペースしかなかった。 ラーラに使ってもらおう。自国では、侍女は壁際に立って待つ。でも座って待ってもいいなら、楽だと思うの。ラーラに後で話しておこう。「それで、なんだけど」 巨大なベッドの端と端に腰掛け、私達は目を合わさず会話をしていた。向き合ったら照れてしまうわ。言いづらいこともあるし……。「はい」「このベッドで一緒に寝ることになる、のは……平気?」「何も問題ございません」 もしかして、初夜に寝ちゃったことを気に病んでいるのかしら。だったら、気にしなくていいと伝えるべき? 触れないのが正解かも。迷いながら振り返れば、シリル様と視線が合った。「その……神殿での夜のことは、なぜか僕達がうまくいったと伝わっていて……そのままにしてもらえると助かる」「承知しました。微笑んで受け流すように致しますね」 男児だもの、初夜に花嫁に手を出さなかったなんて。噂になったら面目が立たない。私だって、年下夫に見向きもされないおばさん扱いされたくなかった。お互いに利益しかないわ。「私もそのほうが良いと思います」「うん、ではそうしてくれ」 王族らしい話し方だけれど、やっぱり子供ね。柔らかく聞こえるし、内容が愛らしいわ。「今日のことなのですが……その……衣装合わせの際に、ディーお義姉様にソベリ語で応対してしまいまして」「はっ?! え! 何か言ってた?」 すごい勢いでベッドに乗り上げるから、離れているのにのけぞってしまった。恐る恐る、ディーお義姉様の提案を口にする。ソベリ語を話せないし、聞こえないフリで情報を引き出すんですって。「ああ、うん。なるほど……その言い訳……言い回しは思いつかなかったな」 言い訳、と言いませんでした? 他に何か理由があるのかしら。こてりと首を傾げた私が「言い訳?」と繰り返したら、困ったように眉尻が下がった。 歳の差があるシリル様は恋愛相手ではないけれど、やっぱり顔がいい。王族って
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 09.ディーお義姉様にバレちゃった
 翌日は朝から忙しかった。お披露目は数日後、夜会の形で用意されている。その夜会で着用するドレスの試着から始まった。仮縫いまで済んでいたドレスを、大急ぎで調整する。「こちらをもう少し詰めて。そこは緩めていいわ」 お針子達が大忙しで、デザイナーの指示に従って動く。ここまでは普通な気がするのに、ディーお義姉様が指揮しているのは、なぜかしら? 「あら当然よ、私がデザインしたの」 趣味の一環だというけれど、すごく綺麗なドレスだわ。体に沿う形だけれど、下品ではない。腰のところから巻き付く形で裾までフリルが繋がる。それがまるで魚のヒレのようなの。すごく自然で、見た目より動きやすい。 思いつく限りの賛辞を並べたら、ディーお義姉様は嬉しそうに微笑む。このドレスと色や素材を対にして、シリル様の衣装も仕立てたそうよ。ソールズベリー王国では、何か大きな行事があるたびに衣装を仕立てる。 母国ヴァイセンブルクでは、季節ごとに仕立てるのが主流だった。定期的に作るから、色などを家族で被らないようにしたり、逆に似せて揃えたり。直前に慌てずに済むよう、お飾りも一緒に手配するのが一般的なの。 毎回、何か行事があるたびに呼ばれるなら、お針子達も大変ね。そう思っていたら、彼や彼女達はお城の専属だった。侍女や騎士など、城で働く人の服を一手に引き受けているらしい。直しもあるでしょうから、一年中安定して仕事があるのね。 違いに感心していると、ディーお義姉様が突然、ソベリ語で指示を出した。『そこは、もっと下……そう、この辺りがいいわ』 飾りのビーズの取り付け場所みたい。仮縫いドレスを私に合わせ、考えている。今の位置より、この辺がいいんじゃないかしら。思った言葉がぽろりと溢れでた。『そっだら、ごごでえんでねが?』 胸元を指差して口から溢れたソベリ語に、慌てて手で覆った。いけない、ディーお義姉様に釣られたわ。これはシリル様に叱られてしまう。『……、いいわね、そうしましょう。仕上げて頂戴』 ディーお義姉様の指示で、ドレスが片付けられる。私は下着姿のまま、動けずにいた。後ろのラーラはおろおろしている。部屋着を私に被せようとして、動かない私に眉尻を下げた。腕を差し出し、袖を通す。 手際よくワンピースを着たところで、ディーお義姉様が振り返った。『ソベリ語、話せるのね?』『は、はいぃ……ただ、
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 08.親しくさせていただきます
 謁見の間では、一般的な王族同士のご挨拶が交わされる。半ば言葉や仕草が決まっているから、無作法もなく終えた。ほっとしたところで、お義姉様に当たる王妃殿下に誘われる。「こちらでお茶でもいかが? せっかくですもの、仲良く過ごしたいわ」 砕けた口調になったことから、私的なお誘いと判断する。断るのは簡単だけれど、ここは従うのが正解ね。今の「お茶でもいかが?」は後ろに「お前に断る権利などないけれど」が潜んでいると思うの。「光栄です、王妃殿下」 微笑んだ途端、隣で腕を組むシリル様が口を挟んだ。「義姉上、僕も同行します」 えっと……そんなに危険はないはずよ? 私も一国の王女でしたから、それなりに対応できます。でも夫の同伴を断る新婦もおかしいかしら。「ではどうぞ」 考えている間に、促されて話が進んだ。驚いたことに、国王陛下もご一緒なのね。心配なさらなくても、王妃殿下に危害を加えることはありませんのに。 控え室なのか、豪華だけれど落ち着いた部屋に通される。家具は応接用のローテーブルやソファー、飾り棚がすこし。食器の入った棚が角にあり、その隣は本がびっしり。書斎と居間を足して割ったような感じね。「アンネマリー姫、隣にお座りになって!」 先ほど謁見の間で公的な顔をしていた時は、落ち着いた雰囲気だった。王妃殿下は少女のようにはしゃぎ、ご自分が座った隣を手で叩く。従うべき?「義姉上、マリーは僕の妻です」 むっとした口調でシリル様が頬を膨らませる。可愛い、指で|突《つつ》きたい!「やれやれ、そこは私の席ではないのか? シンディー」 王妃殿下はシンディー様、国王陛下のお名前は……確か。「意地悪言わないで! クリフ。綺麗な義妹が出来たんだもの。仲良くしたいじゃない。着飾ったり、一緒に過ごしたり、楽しみにしていたのよ」 そうそう、クリストファー様だったわ。普段はクリス様と略すのね。「マリーは僕と座るよね?」「一晩独占したんだから、今くらい譲ってくれてもいいじゃないの。アル」 シリル様が「アル」? ファーストネームの「アリスター」から来ているのかしら。「シンディー、新婚に無理を言ってはいけないよ」 当然のように手を引かれてソファーの前に来たものの、王妃殿下の視線が気になり座りづらい。国王陛下が隣に座って、王妃殿下の隣を埋めてくれた。唇を尖らせる王妃殿下はと
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 07.お世辞でも嬉しくなるわ
 母国で人気のあるふんわりしたスカートを選んだ。ところが着用してから失敗に気づく。中に骨を組むから、隣に並ぶ人に身長が必要なの。でも骨を抜いたら、裾がぺたりと落ちるわ。長くなって引きずってしまう。「お待たせするけれど、着替えましょう」「こうしてはいかがでしょう」 ラーラの機転で、骨を数本抜いた。スカートの膨らみがやや抑えられ、代わりに隣に人が立って近づくことが可能よ。デザインは変更になったけれど、それでもおかしくないし。何より軽くて動きやすいわ。 鏡の前でくるりと回り、問題ないと判断して微笑んだ。お礼を言って、化粧や髪飾りも頼む。手際よく準備するラーラの前に座り、宝飾品から指輪を拾い上げた。綺麗な黒真珠が中央に、その周囲を薄いピンクの珊瑚が飾る。 我が国の王族は、赤毛に金色かかった琥珀の瞳が特徴よ。ソールズベリー王国は黒髪が多く、青い瞳ばかり生まれる。この宝石の色は、両国の特徴を備えていると思うの。友好関係を築こうとするなら、歩み寄りの姿勢を見せることは大切よね。 同じデザインの首飾りも取り出し、準備しておいた。化粧が終わってからつけないと、粉が付いてしまうわ。手際よく化粧を行うラーラに任せ、目を閉じたり開いたり。あっという間に、それなりの美女が出来上がった。 お姉様のほうがお綺麗だから、すっごい美女ではないけれど。見苦しくなければいいわ。王侯貴族は、綺麗だったり美しかったりする人が、結びついて生まれる。当然、遺伝の法則として美男美女ばかりよ。もちろん、やや綺麗だったり、ものすごく美人だったり。多少の差は生じるけれど。 確認して、首飾りを当てた。ラーラが後ろの金具を留める。夜のドレスと違い、胸元が大きく開くデザインではない。お姉様は豊かに波打つ赤毛だけれど、私はやや色が金髪がかって明るい。オレンジに近い赤だった。ストレートの髪をくるりと巻いて、真珠の髪飾りで留めた。「大丈夫かしら」「とてもお綺麗です」 いつものやり取りね。クローゼットの中に身支度を整えるスペースがあり、助かったわ。ここなら外部の人に見られる心配がないもの。準備を終えて立ち上がり、困惑する。「ねえ、あの狭い扉から出られるかしら」 書斎から繋がる扉は、細長かった。ドレスの幅が引っかかるのでは? 首を傾げる私に、ラーラが廊下側の壁を示す。よく見たら、扉があるじゃない。白っぽい壁
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 06.驚くほど立派なお部屋だわ
 離宮のお部屋は、すでに滞在準備が整っていた。王宮の侍女達は有能なのね。感心しながらお部屋を見て回る。入り口の正面に応接セット、扉はないけれど隣室にベッドがあった。寝室なのだけれど、ここはもう一つ扉がある。 おそらく、夫になったシリル様のお部屋に繋がっているわ。お父様達のお部屋もそうだったもの。ただ、ヴァイセンブルクの王宮では、寝室の扉があったのよね。首を傾げたものの、慣習の違いでしょうと理解した。 寝室には大きなベッドがあり……なぜ部屋の中央なのかしら。一辺くらい壁に接しているわよね? ど真ん中に置かれ、壁から離れている。よくわからないけれど、別に不自由はないからいいわ。頭の方角は壁に付いていたら、部屋が広く感じられるでしょうね。 自室へ戻れば、左側の手前にアーチ状にくり抜かれた壁がある。中には小さめの部屋があった。窓がなく、壁に向かって机が備え付けられている。正面が棚になっているから、作業用? ラーラも後ろで首を傾げた。「初めて見る造りでございますね」「ええ、本を読むなら静かでいいかも」「書斎はあちらにございましたし、暗いところで本を読むのは疲れます」 違う目的の部屋かもしれない。後でシリル様に聞いてみよう。自室へ戻って隣の扉を開ければ、トイレやお風呂があった。書斎はどこかしら。尋ねたら、ラーラが一つの扉を示した。「こちらでした」「あら、広いのね」 壁一面に本が並ぶ部屋は、窓からの光が差し込んで明るい。扉の先は少し通路になっていて、隠し部屋みたいに感じられた。この通路の幅が、お風呂やトイレの奥行きと同じみたい。歩数で数えて、頭の中に見取り図を描いた。「クローゼットは?」「こちらのようです」 書斎の奥、本棚の影にやや細長い扉がある。案内されて入れば、広いクローゼットがあった。書斎と同じくらいある。お母様のクローゼットでも、こんなに広くないわ。ぽかんと口を開けて見まわし、慌てて手で隠した。はしたない。「すごく広いのね」「ドレスをトルソーで飾るようですね」 大量のトルソーがあるので、ドレスの形が崩れないよう飾っておくみたい。ヴァイセンベルクは潰して吊るしていたから、その違いで広いのね。振り返れば、書斎側の壁に小さな引き出しがびっしりと並んでいた。 本棚と背合わせで、お飾りを入れる棚がある。髪飾りやベルト、ショールなども細かく分けて収
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 05.首の包帯が見えちゃったかも
 首元の包帯が気になるので、きっちり隠せる襟の高いドレスを選んだ。ガラスを割って切り傷なんて、子供みたいで恥ずかしいんだもの。 神殿は質素倹約の建前を使い、やや物足りない朝食を用意した。パンに野菜や肉を挟んだ軽食よ。ソースがとにかく美味しくて、ラーラがこっそり材料を聞きに行った。また作ってもらえると嬉しいわ。 大神官様達にご挨拶をして、お式の翌日には帰宅するのがルールだ。神々の御許で結ばれるのは、幸せなことよ。ただ、この儀式にはお金がかかる。寄付金という形で、ある程度の金額を納めるの。そのため神殿奥の部屋を使えるのは、王侯貴族や裕福な商人くらいだった。 平民は少し離れた場所に立つ、神官達の宿舎の一角を使用する。こちらは寄付金がリーズナブルで、穀物などの物納も受け付けるらしい。そちらにも泊まった新婚夫婦がいたようで、おめでとうの声が飛んできた。『ああ、ありがとう』 さすがに慣れておられるのか、シリル様は笑顔で応じている。自国の民に対してはソベリ語なのね。では私も!『あんが……っ』 あんがとなぁ、の途中で口を塞がれた。シリル様の手、温かいのね。「僕との約束を破るの? 他の人に聞かせたらダメと言ったよね」 そうだった! はっとして何度も頷く。満足そうにシリル様が手を離してくれた。私は苦しくなかったけれど、押さえる手が震えていたのよね。いま確認した感じでは、目一杯背伸びしていた? やだ、可愛い。「助けてくれて、ありがとうございます。シリル様」「い、いや……」 白い肌がぽっと赤くなる。シリル様の肌は私より白いかも。すぐ赤くなるから、日焼け注意ね。姉は肌が白くて、よく真っ赤になっていた。思い出しながら、シリル様と手を繋いだ。「あなた方も、おめでとう。幸せになってくださいね」 微笑んで、ヴァイス語で挨拶する。顔を見合わせて一礼する様子から、話せないけれど聞き取れるのだと判断した。頭を上げた彼らの視線が、首筋に向かう。包帯、見えちゃってるのかしら。気になるが、人前で直すのもおかしいし。 ここは笑顔で切り抜けよう。いくつかの新婚夫婦に、母国語で話しかけながら通り抜けた。迎えにきた馬車に乗り込み、首元に触れる。包帯は……出てないわね。動いた時に、ちらちらしちゃったかも。「しばらく離宮暮らしになる。公爵の地位を賜ることが決まっていて、新居は建設中なんだ」
Last Updated: 2025-11-11
わたくしは何も存じません

わたくしは何も存じません

『今回』は大切にする? そもそも『前回』を存じませんので結構です!  冤罪による凄惨な死を与えられた、アードラー王国の公爵令嬢ガブリエルは、死の間際に女神に祈った。願いを聞き届けた女神アルティナは、世界へやり直しを命じる。  目覚めた人々は、過去の過ちを悔いて言動を改めた。  守ろうとする周囲、取り込もうと画策する王家。ロイスナー公爵家は独立を選び、記憶を持たない娘の幸せを模索する。  ハッピーエンド確定(ロイスナー公爵家側) 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ #愚か者の自業自得 #独立後はほのぼの #やり直し #女神の慈悲 #群像劇
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Chapter: 24.王都脱出の荷馬車の後ろも長い列
 がたごとと揺れる馬車は乗り心地が悪い。荷馬車なのだから当然だが、護衛の騎士が気遣う視線を寄越した。ロイスナー公爵家王都邸の執事を務めるブルーノは、今日二回目の休憩を指示した。荷馬車には、王都邸から運び出した様々な品物が載っている。 貴金属類は主の馬車で出発した。残された荷物が、数十台の荷馬車となって連なる。その後ろに、王都を逃げてきた一団がいた。休憩のたびに、ブルーノは馬車や使用人の状況を確認しに回る。騎士の一人が同行した。故障個所や不具合があれば、申告するよう命じていく。 青空は白い雲がいくつか浮かび、それでも雨の降る様子はない。この分なら、領地に入るまで天候は持ちそうだ。あと三日もあれば、領地の端に到達するだろう。そこから先は、路面が改善される。 街道自体は国の管轄でも、実際に管理するのはそれぞれの領主だった。そのため領主の裁量次第で、路面状態が変わる。雨で|轍《わだち》が出来ても放置する領主もいれば、丁寧に舗装して草刈りまで行う領主もいた。その差で、進行速度が大きく変わる。 王都から公爵領までの間に、三人の領主がいた。王都に近い子爵家はきちんと整備をしており、大雨の後に小石を撒くなど対策が成されている。侯爵家と伯爵家は、街道に手を加えることはなかった。ただ領地を横切るだけの道と認識しているらしい。 この街道を整えるだけで、商人の行き来が増えて領地が潤うというのに。主人であるヨーゼフの采配を見て知るブルーノは、やれやれと首を横に振った。王都から離れるほど、道が悪くなっていく。先月の大雨の影響で、轍は深く車輪を取られて滑る状況だった。「こちらの車輪は、もう限界です」 大きな穴に落ちたのか、歪んで木が割れていた。荷馬車の車輪は木製が多く、割れると修復できずに交換となる。後ろに機材や交換用具を積んだ荷馬車がいるため、職人が大急ぎで作業に入った。休憩時間は予定より長くなるだろう。ならば食事を取らせるか。「各自、交代しながら食事を済ませてくれ。次の町は止まらずに通過する」 ブルーノの指示で、侍女がお茶の支度を始める。一般的な旅の食事は、干して乾燥させた肉や魚、野菜を煮るスープとパンのみだ。お茶を配り始めたことで、使用人達も
Last Updated: 2025-11-12
Chapter: 23.あの子の耳に入れないでくれ
 アードルフから事前に聞いていたこともあり、主だった使用人達は『前回』を知っていた。記憶を持つ者は全体に少なく、覚えている内容も処刑のことは抜けている。こちらでの日常が突然途切れ、女神の言葉を聞いて知った。その後、新しく戻った人生を歩み始めた感じだろうか。 状況がわからぬまでも、ケヴィンやカールも『前回』の存在は知っていた。あの時期、二人は領地にいた。公爵家と父の話を聞き、馬を駆っていたところで記憶が途切れている。おそらく間に合わないまま、途中で女神が介入したのだろう。そう結論付けた。「つまり、記憶の有無だけでなく……内容も個々に違うのか」 ヨーゼフが唸るように呟く。アードルフは、判明している事実を手帳に書き記した。いずれ、彼の手帳が役立つ日が来る。今はまだ穴だらけのパズルも、すべてのピースが埋まる日を信じるしかなかった。女神の想いや考えを、人が推し量ること自体が|不遜《ふそん》なのだから。「まず承知しておいてもらいたい。ガブリエルだけが記憶を持たない。まだ話す時期ではないが、親である私かミヒャエラから説明するつもりだ。それまであの子の耳に入れないでくれ」「承知いたしました」 代表してアードルフが答える。『前回』に関する記憶の共有をした使用人達の幾人かが、ここで涙を零した。本邸の侍女頭アブリルもその一人だ。孫のように愛し見守るお嬢様が、罪人扱いされて処刑された。さぞ怖かっただろうと泣いたのは、つい数日前だ。アブリルには、やり直した記憶が残っていた。 罪状や処刑についての詳しい記憶はなく、屋敷の廊下を歩いていて立ち止まったところでやり直しとなった。女神の言葉は届いている。だから大事なお嬢様が恐ろしい目に遭ったことは承知していた。その記憶を持っていないことは、お嬢様への恩情なのではないか。アブリルはそう捉えた。 女神アルティナ様は、お嬢様を助けて下さった。あの愛らしい笑顔が曇らないよう、恐ろしい記憶を消したのだ。手を組んで祈りを捧げた。もう一度お嬢様に仕えることができる幸運と、公爵家の皆様が無事であることへの感謝を祈りに込める。王都邸の侍女長イレネも、隣で手を組んで祈っていた。「小公爵様は、記憶をお持ちなのですか?」
Last Updated: 2025-11-12
Chapter: 22.変わっていないことが嬉しい
 叔父や騎士団一行が「帰りたい」と叫んでいた頃、何も知らないロイスナー公爵家は穏やかな日常を取り戻していた。 王都から帰った翌日は宣言通り、お昼過ぎまでしっかりと休む予定だ。楽な寝台馬車でも、街道で揺られる移動は体力を消耗する。同行した侍女達も二日間の休暇を与えられた。王都邸から本邸へ戻れば、侍女の手は足りている。交代で休暇を取っても、支障なかった。 家令アードルフは、公爵夫人ミヒャエラから宝飾品を受け取る。二人で開いて中を確認し、頷き合って専用の部屋へ片づけられた。欠品がないか確認する作業は、信頼の上で成り立つ。万が一の紛失や盗難があった際、事前の作業一つで使用人を疑わずに済むのだ。 普段使いする装飾品は、各自の部屋へ運ばれる。ガブリエルの部屋もそのまま残されていた。王太子の婚約者に決まってから、一度も戻れなかった部屋。懐かしさに「うわぁ、久しぶりだわ。変わってない」とガブリエルの目が輝く。 数年のことなのに、高さが合わなくなった机や椅子が擽ったい。「セシリオに言って、手配してもらいましょう」 ミヒャエラの提案に、ガブリエルは素直に頷いた。新しい家具ではなく、この家具を手直ししてほしいと伝える。以前は特に思い入れのなかった机も、不思議と大切に思えた。「あなたがそうしたいなら構わないわ」 受け入れたミヒャエラに、ガブリエルは満面の笑みで応える。隣にある自室で着替えたラファエルが合流し、笑いながらベッドに飛び込んだ。到着した日の夜は、家族だけで食事をした。「ずっと、こうしたかったの」「ええ、知っていたわ。ごめんなさいね」 王太子妃教育で、毎日大変だった。年下のラファエルに合わせて、母ミヒャエラは食事を済ませてしまう。遅くに帰ってきた娘と、父ヨーゼフが食卓を囲んだ。従兄のケヴィンが同席することもあったが、家族四人が揃うことはない。 ガブリエルはそれが悲しかった。好きでもない相手、それも自分を嫌って意地悪をする人と婚約している事実も。将来そんな相手と暮らすことになる現実も。すべてが嫌でたまらない。訴えてどうにかなる問題ではないと知っていたから、我慢していただけ。
Last Updated: 2025-11-12
Chapter: 21.適材適所、使える人材は余らせない
 財務大臣ボルマン子爵が亡くなった。そのニュースが王都に広がり、民は暴動による死傷者ではないと知って胸を撫で下ろす。もし貴族が騒動に巻き込まれて亡くなったなら、誰かが罪を背負うことになる。家族にまで咎が及ぶ可能性もあったのだ。 慎重に行動するべきだ。民の中で、静かにその意識は共有された。「国王陛下、申し訳ないが……働いていただきたい」 いろいろ悩んだ結果、バーレ伯爵は一番簡単で確実な解決方法を選んだ。人手が足りないなら、監禁中の有能な方々に手を貸してもらえばいい。逃げる様子はないし、下手に閉じ込めると今度は暗殺される。状況が混沌としすぎて、手に負えないのが正直な感想だった。「承知した」 グスタフ王は本来、|蒙昧愚鈍《もうまいぐどん》な王ではない。忙しさに押されて確認を怠ったが、減税や施策を次々と打ち出し、宰相とともに国を動かしてきた。暗殺犯の捜索に専念したいと言われれば、それ以外の業務を引き受ける。 本来、騎士団の仕事に国の運営は含まれないのだから。バーレ伯爵に能力が足りないのではなく、知識と能力、適性の観点から適材適所の状態に戻るだけだ。「ヤン、過去の資料を遡るぞ! 我らの施策を捻じ曲げた輩をあぶり出せ」「かしこまりました。聞きましたか? 各部署の書類を集めてください」 グスタフ王の号令で、宰相ヤンが動き出す。各大臣達も部下に命令を出した。一年ずつ遡り、どこで中抜きが始まったかを探る。それと同時に、晩餐会が行われる食堂を執務室として利用した。 財務大臣ボルマン子爵の暗殺があったのだ。全員が同じ部屋に集まり、飲食も監視し合うのが安全への鍵となる。今までの執務室は個々に与えられていたため、騎士同伴で書類や道具を取りに向かった。その間に食堂のテーブルなどの配置が変更される。 使いやすいよう長テーブルを作業用に使い、長時間の机仕事に合わせて高さを調整した。そのうえで椅子も交換される。他の部屋から運ばれたソファーは休憩用に、棚がないため書類を積むテーブルも持ち込まれた。 着々と準備が進む中、大臣達が部下と書類を伴って戻る。すぐさま確認作業に取り掛かった。監視というより護衛に兵士を
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 20.被害者が出てからでは遅いのに
 翌朝の王宮に、悲鳴が響いた。駆けつけた騎士カルロスは、開いた扉の中で血を吐いて倒れる男を見つける。その手前に立つ青ざめた侍女が、悲鳴の主だろう。その足元はびしょ濡れで、ひっくり返った洗面器やタオルが落ちていた。「失礼する!」 声を掛けて入室し、倒れた男の首に指を当てる。脈を確認するまでもなく、白い肌は硬直を始めていた。客間が並ぶこの一角は、王や宰相、大臣などの重要人物を隔離している。形は監禁だが、扉に鍵は掛けなかった。 同じ廊下に接する客間を使用することで、監視の人員を省いたのだ。騎士団副官アンテス子爵の判断だった。廊下の端と端に騎士が立てば、外からの侵入経路は窓だけだ。窓の下に二人配置することで、侵入を防いだ。監禁というより、重要人物の保護が目的だった。 カルロスは『前回』の記憶を持たない。同僚や上司から話を聞いただけだ。それでも、騎士団長であるバーレ伯爵が殺されかけた話には憤った。ロイスナー公爵家が処刑された話に涙した。王太子や聖女という女に怒りはあるが、王自身への悪感情はない。 きちんと職務を全うしたはずなのに、身支度用の水とタオルを持った侍女が入った途端の騒ぎに愕然とした。すぐに駆けつけたアンテス子爵が指揮を執り、他の部屋も確認される。「何があったんですか?」 宰相ヤンが不安げに尋ねる。騎士達は濁さず、わかっている事実だけを伝えた。死んだのはボルマン子爵で、まだ調査中だと。安全のために、王を含めた大臣達と一部屋に集まるよう伝えた。「そう、ですね。安全のために同室のほうがいいでしょう」 身支度や寝る際は仕方ないが、起きてから寝るまで。食事の間も出来るだけ同じ部屋にいるほうが、護衛も守りやすい。ヤンが他の大臣を説得し、王が滞在する一番広い客間へと移動を始めた。 この段階になって、ようやく騎士団長バーレ伯爵が到着する。早朝から王都の見回りに出ていたため、騒ぎを知ったのは門へ戻ってからだ。ついでに城門を直す算段をつけた帰りだった。「どういうことだ? ヴィリ」「財務大臣のボルマン子爵が殺害されました。まだはっきりしませんが、毒殺の可能性が高いと思われます」
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 19.自分を含めて全員を疑った
 寛容で民を思いやる主君が、世界にどれだけいるのか。稀有な王に仕える己の幸運に感謝したのは、ほんの数年前だった。忙しく、なかなか休暇も取れない。大量の書類に埋め尽くされた日々だった。それでもグスタフ王に不満はない。 財務大臣として必死に財政をやりくりした。民のための減税に賛成した以上、苦労は望むところだ。これで民が楽になると信じていた。誰もが必死で国に人生を捧げてきたのに、騙されていた? 誰かが民から搾取し、国に嘘をついて金を呑み込んだ。「何を信じたらいいのか……」 もうわからない。押しかけた民衆の姿に嘘はなかった。怒りと憎しみを湛えた眼差し、身支度に金をかける余裕のない切迫振り、厳しい指摘の声。どこで、いつから、何を間違えたのか。財務大臣を務めるボルマン子爵は肩を落とした。 ヤン宰相が話していた『前回』を知らない。記憶にないと表現するのが正しいだろう。ヤンが説明した話に驚き、何も言葉が見つからなかった。公明正大なロイスナー公爵が、家族も含めて処刑された? 公爵令嬢は王太子殿下の婚約者だったはず。 茫然としながら事実を確認するボルマン子爵に、外務大臣を務めるプロイ伯爵が説明を始めた。プロイ伯爵は『前回』の記憶を持っているという。女神様の断罪とやり直しを命じる声、まばゆい光、どちらもボルマン子爵には与えられなかった。「俺は選ばれなかったんだろうな……それもそうか。数字に長けていると思い込み、税を誤魔化された事実を見落としたのだから」 おそらく『前回』も同じ事件が起きたのだろう。それらの罪をロイスナー公爵家に負わせた犯人がいる。この騒動の原因となった人物……王太子殿下ではない。あの方はそれほどの知識も知恵も持たない。そこまで賢ければ、グスタフ王も悩む必要がなかったのだから。ならば、誰だ? 監禁された部屋は、客間が使用された。用意された食事を押しのけ、見つけたペンにインクを吸わせる。一緒に引き出しに用意された便箋に名前を記した。 善悪関係なく、税収に関与できる立場の者を並べる。グスタフ王から始まり、部下の文官まで。ずらりと並んだ名は数十人程度だ。さらに、強要して動かせる立場の強い者を書き連ねた。騎士団長や外務大臣など、普段は
Last Updated: 2025-11-11
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