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いふや坂えみし
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Novels by いふや坂えみし

僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編

僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編

友人に誘われて入部した演劇研究会で、渡辺浩二は演劇にのめり込む。 演劇を通して成長していく姿を丹念に描いていく青春小説。 「僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 入学編」 の続編になります。
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Chapter: 第三話
 七月、初の期末試験が近づく。未知の専門科目に戸惑う僕に、先輩の久美子さんたちから「過去問のネットワーク」という大学特有の攻略法を伝授された。部室では就活スーツのポリスさんが人気漫画のセリフで「さらば」と去り、留年危機のブラザーさんや、夢を追うシュンさんの将来が語られるなど、四年の先輩たちの学生生活の終わりと現実が交錯していた。 試験本番、僕は過去問を頼りに論述問題に挑むが、唯一、数学だけは絶望的だった。最初から理解を諦め、授業中の「寝ていないふり」を極めていた僕は、白紙に近い答案を前に来年は先輩に話を聞いて選択する授業をきちんと考えて決めようと誓った。手応えのないまま「優・良・可・不可」の評価に委ねる試験期間を終え、長い夏休みへと足を踏み出した。 大学生活最初の夏休み。宿題のない完全な自由を前に、僕は携帯電話を手に入れる資金を作るため、アルバイト探しを開始した。当初は気楽に考えていたが、初めて書く履歴書の「志望動機」や「長所」といった項目に、自分を見つめ直す難しさを痛感する。最初に挑んだ古本屋の面接では、本好きをアピールするも不採用。続く回転寿司店では、店長がバックヤードで女性と不適切なほど密着しているという衝撃的な光景を目の当たりにする。その無節操な姿に呆れた僕は、投げやりな態度で面接に臨み、当然の結果として不採用となった。世の中の不透明な人間関係に辟易しつつも、彼は生活圏内にある「コンビニ24」への応募を決める。 五度目の面接で採用を勝ち取った僕は、期待と緊張を胸に初出勤を迎えた。渡された赤い制服に「研修中」のバッジをつけ、先輩店員の篠原からレジ打ちや接客、品出しの基礎を学ぶ。特に印象的だったのは、単なる作業ではない「商品の見せ方」だった。品数が減った弁当棚を上段にまとめることで、売れ残り感を消し、充実感を演出する「フェイスアップ」の技法は、効率を重んじてきた僕にとって新鮮な驚きだった。また、立ち読み客を掃除でさりげなく移動させる手法を教わった際には、いまでも「立ち読みをする側」の自分を思い出し、苦笑する場面もあった。 研修期間中、慣れないレジ操作や検品作業に追われながらも、僕は着実に仕事を覚えていく。一時間の労働が「パン十個分」の価値に換算されるという労働の重みを実感し、無駄遣いを自制する自律心も芽生え始めていた。一ヶ月が過ぎ、ついに手にした初給料
Last Updated: 2026-01-30
Chapter: 第二話
 本番当日、僕は授業中も落ち着かないほどの高揚感に包まれていた。昼休みの部室では、同期の松本(ガジン)が実は二浪の成人だと知り驚愕する。平穏な日常を望んでいたはずの僕だったが、何が起こるかわからない日常の交流が心地よく感じられるほど、部は僕にとって大切な居場所になっていた。本番直前、僕は気恥ずかしさを抱えつつも、同じ一年生の橋本さんを「裕子ちゃん」と名前で呼ぶ。そんな甘酸っぱいやり取りや、舞台裏での佐々木先輩の手伝いを通じ、僕は本番前の高揚感に浮かされて授業をサボり、自分の時間を舞台に捧げることを決める。 迎えた開演。僕はサイドスポット操作という重責を担い、暗闇の中でスタンバイする。上演された演目「the end of the world」は、学生時代に演劇を共にした三人の男女が、卒業後に直面する現実と悲劇を描いたものだ。家業の倒産と借金に苦しみ自殺を選んだ芝浦(ブラザーさん)と、彼を演劇の世界へ呼び戻したことに罪悪感を抱く小山(金八さん)、自殺の兆候に気づくことができなかった笹田(久美子さん)そして、亡き兄の遺志を継ごうとするカズマ(骨折さん)の熱演が、観客の心を激しく揺さぶる。僕は劇の山場、骨折さんが叫ぶ「お前さえいなければよかったんだ!」というセリフに合わせ、無事に寸分違わぬタイミングでサイドスポットを操作することができた。 全五公演は大盛況に終わり、最終日には立ち見が出るほどの熱気に包まれた。鳴り止まない拍手の中で行われたカーテンコール。その光景を照明席から見守っていた僕は、物語が現実を変える瞬間に立ち会い、かつてない達成感を覚える。撤収作業である「バラシ」を経て、非日常から日常へと戻っていくホールを眺めながら、寂しさと共に次への強い期待を抱いていた。 打ち上げの席で、僕は苦いビールを口にし、大人への階段を一段登る。週が明け、寝不足のまま訪れた部室で、部長から十一月の新人公演が一年生主体で行われることを聞かされる。脚本を書きたいと意気込むガジンから「役者をやってみないか」と誘われたとき、あんなに人前に出ることを避けていたはずなのに「やってみてもいいかな」という言葉が自然と漏れた。ガジンの「どっぷり演劇の沼にはまっている」という言葉を、僕は否定しなかった。演劇に出会い、自分の殻を破って新しい世界へ一歩踏み出す勇気を得たような気がしていた。 公演後、演
Last Updated: 2026-01-30
Chapter: 第一話
 僕は高校卒業を間近に控えた二月下旬、父とともに第一志望の聖北学院大学の合格発表へ向かっていた。両親の期待に応えられず私立を志望したことに後ろめたさを感じ、独学で受験勉強を続けてきたが、掲示板に自分の番号を見つけ、深い安堵と喜びを感じた。合格発表の後、入学までの時間を読書に費やし、穏やかな休息を過ごした。四月に入り大学生活が始まると、僕は効率的に単位を取得する計画を立て、広大なキャンパスと自由な校風に解放感を感じていた。僕が心理学科を選んだ理由は、主体性がなく周囲に流されがちな自分を変えたいという切実な願いからだった。 そんな中、講義でたまたま隣り合った松本雅人からサークル見学に誘われる。松本から誘われたのは、極力目立たずに生きていきたい僕が最も避けるべき「演劇研究会」だった。裏方でもいい、という言葉に押されてしぶしぶ見学を決めた僕は、サークル棟の多目的ホールを訪れる。そこで待っていたのは、リズムに合わせてポーズを変えるストップモーション、腹の底から声を出す発声練習だった。慣れないことに戸惑いながらも、やけくそで取り組むうちに僕の心は不思議と高揚していた。 休憩後、来月の本番に向けた真剣な稽古を目の当たりにした僕は、演出家の細かい指示やいままであまり聴いてこなかった洋楽、先輩たちの熱量に圧倒される。かつて学校行事で見た演劇には冷めていたが、物語そのものは嫌いではなかったことを思い出した。帰宅後、心地よい疲労感の中で湯船に浸かりながら、僕は「裏方ならやってみてもいいかもしれない」と、これまでの自分なら選ばなかった新しい選択肢に、静かな期待を抱き始めていた。 僕は迷った末に演劇研究会への入部を決めた。自分でも意外な決断だったが、心理学を学ぶ理由である自分のコントロールという命題が、役の感情を掘り下げる演劇に通じるものがあると感じたからだ。家族の理解も得て、平日の夜遅くまで活動する新しい日常が始まった。大学の授業は一コマ九十分と長く、キリスト教系の大学ならではの必修科目「キリスト教の世界」では、初めて聖書を手に取る。人付き合いが苦手な僕だが、同じ学科の松本(のちにガジンと呼ぶようになった)の存在に助けられ、少しずつ大学生活に馴染んでいった。 数学の授業では、基礎知識の欠如から全く内容が理解できないという挫折を味わいつつも、放課後は部室という新たな居場所に身を置く
Last Updated: 2026-01-30
僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 入学編

僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 入学編

大学一年生の渡辺浩二は流されるままに演劇研究会に入部する。 人生の中で演劇に関わるなんて考えたこともなかった。 けれど一ヶ月後の公演を控えた演劇研究会での活動に徐々にのめり込んでいく。 自分の変化に戸惑いつつ、大学での日々は過ぎていく。
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Chapter: 第四十八話
 僕は着替えてから店をあとにした。とてもお腹が減った。きのう説明されたが、いまは時給が六三〇円で研修期間が終わったら時給六四〇円になるらしい。今日は二時間働いたので一二六〇円稼いだ。だいたいパン十個分くらいだ。でも携帯電話の契約をしたいので無駄づかいするわけにはいかない。携帯電話の月額利用料はだいたい四千円くらいだ。携帯端末の本体も購入する必要がある。月額利用料に含まれているプランもあるみたいだが、多めに考えておいたほうがいいだろう。 僕は週三日、午後五時から午後十時まで一日五時間働く予定だ。六四〇✕五で三二〇〇円、だいたい月十三日くらいの勤務なので、月四万円くらいの給料になる。まあ、携帯電話代くらいは払うのに問題はなさそうだ。「おかえり。どうだった?」 「うん、疲れた」 「二時間しか働いてないでしょ」 「そうだけど」 「まあ、がんばんなさいよ」 「うん」 帰宅して昼食を食べながら母とそんな会話をした。それから約一ヶ月のあいだで研修を終えた。だいたい仕事のやり方と流れは覚えることができた。 毎月の給料は翌月の上旬に銀行振込される。僕はアルバイト先で店長から給与明細を渡されたので、家に帰ると預金通帳とカードを財布の中に入れて近くのスーパーへいった。入口にATMが設置されているからだ。主婦が二人並んでいたので最後尾につき、早く自分の番にならないかとそわそわして待つ。 待機列が途切れたのでATMの前に行き、一万円だけ引き出す。預金通帳に印字された「コンビニ24 8ガツブンキユウヨ」という文字を見ながらニマニマした。研修期間中はだいたい一日の勤務が二時間とか三時間だったので、最初にもらった給料は二万円にもならなかった。けれどお年玉や小遣い以外で初めて自分で稼いだお金なので嬉しい。あまりむだづかいはできないが、スーパーでふだん買わないお菓子を買って帰った。 自分で使いたいけど、家族に何かプレゼントをしたほうがいいだろうな。初めてだから自分のためだけに使うのはもったいない気がする。お寿司の出前とかなら全員にプレゼントできるな。給料が出た次の日曜日、僕は寿司の出前をとることにした。日曜日のお昼にそのことを両親に伝えた。「いいんだよそんな。自分で使いなさい」 「そうだぞ。自分で働いたお金なんだから」 「いやまあ、初任給とかって親に感謝するものだからさ。
Last Updated: 2026-01-29
Chapter: 第四十七話
 店内に入ると、お客さんは数人いるくらいだった。篠原さんはモニターで込み具合を確認したのかもしれない。いままでレジの機械をじっくり見たことはなかったが、ボタンの多い計算機みたいだ。篠原さんから説明をしながら操作方法を教わる。一度聞いただけでは覚えきれないのでやりながら覚えていくしかなさそうだ。「それじゃ渡辺さん、レジ打ちしてみてください」 「はい」 お客さんが一人レジの前に来てカウンターにかごを置いていた。「いらっしゃいませ。一二〇円が一点、二三八円が一点、五〇円が一点、合計四〇八円のお買い上げになります」 お客さんは財布を取り出して五百円玉を出した。その間にレジ袋をカウンターから取り出して広げる。「五百円お預かりいたします。九二円のお返しになります。ありがとうございました。またお越しくださいませ」 お客さんに一礼する。「基本は大丈夫ですね。あとカウンターの下にはしとスプーンとフォークがあるので、必要そうな商品を買うお客様には確認してください」 「はい」 「それと、よくお客様からたばこないですかって聞かれることが多いんだけど、この店には置いてないです。理由を聞かれたら、近くにタバコ販売店があるからって答えてください」 「そんなルールがあるんですね」 「そうなんです。そこの交差点の向かいにタバコ屋あるのが見えるでしょう?」 「あー、ありますね」 「タバコがほしいお客さんにはあの店を案内してください」 「はい、わかりました」 「他にも、自動販売機が店を出て左に行くとすぐあるので、まあそっちの方が近いですね」 「了解です」 続けて、日付管理について教わった。おにぎり、パン、弁当、サンドイッチなどの食品には賞味期限が印字されている。商品が売れると売れた商品のスペースに隙間が生まれる。それを埋めるために奥の商品を前に出す必要がある。その時に日付を見て期限が近いものを前へ並べる。この仕事をフェイスアップと呼ぶらしい。「弁当のフェイスアップも、食欲を刺激するように工夫するんですよ。例えばそうですね」 篠原さんは弁当の陳列棚の弁当を並べる。全ての棚にいろいろな弁当が一段ずつ並べられた。弁当の数が少ないのでそうなる。「いまの時間帯は朝のラッシュが終わって昼の商品が届いていない状態なので、品数がありません。こんなふうに並べると弁当が少ないよう
Last Updated: 2026-01-29
Chapter: 第四十六話
 二日後。僕は朝七時すぎに目が覚めた。一応バイトの時間に寝坊したらいけないので目覚ましをかけていたが、それよりも早く目覚めた。「おはよう」 「おはよう、早いね」 母が朝食の準備をしている。父はその奥でヒゲをそっている。「うん、なんか起きた」 「浩ちゃん今日何時だっけ?」 「十時だよ。お父さんおはよう」 「おはよう。早いな」 父はT字かみそりを持ったまま振り向いた。口の周りにシェービングフォームがついている。朝食の準備ができるまで僕は新聞を読むことにした。居間のテレビではNHKのニュースが流れている。僕の家ではいつも朝はニュースだ。 新聞を読んでいると、ドタドタと哲ちゃんが階段をおりてきた。一番上の兄で、名前は哲也だ。「あんた、間に合うのかい?もっと早く起きなさいよ」 「大丈夫、間に合う」 台所でいつものように哲ちゃんが母に怒られている。父はすでに朝食を食べ始めていた。僕も立ち上がって手を洗いにいく。「浩ちゃん、淳ちゃん起こしてきて」 「ん」 次男の淳ちゃんはまだ寝ていた。いつものことだ。僕は手を洗ってからのろのろと階段を上がり、淳ちゃんに声をかける。それからごはんを食べ始めると、母も食卓についた。「淳ちゃん起きてた?」 「起きたよ」 少しすると淳ちゃんがおりてきて、父と哲ちゃんは食事を終えた。職場は違うが、二人とも同じバスに乗って出勤する。僕も朝食を食べ終わってテレビを見ていると、すぐにバイトの時間になった。 自転車をこいで三十分、コンビニ24地下鉄北二十条駅前店に到着する。コンビニの中へ入り、僕より少し年上の女性店員に声をかける。「おはようございます、今日からここで働かせていただくことになりました、渡辺浩二です」 「おはようございます、よろしくお願いします。それじゃあ、ついてきてください」 僕は女性店員のあとに続く。「店長、新人の渡辺さんがいらっしゃいました」 「はい。ああ、渡辺さん。おはようございます」 「おはようございます、本日からよろしくお願いします」 「ええ、よろしくお願いします。じゃあ、まずこれですね。制服を貸し出しますので、汚れてきたら洗濯して使ってください」 店長から制服を二着渡された。見覚えのある赤い制服だった。コンビニ24のロゴマークが入っている。「あと名札ですね」 安全ピンのついた透明
Last Updated: 2026-01-29
Chapter: 第四十五話
「どうも、よろしくお願いします。店長の斉木です」 店長は小太りで長めのスポーツ刈りをした三十代くらいのメガネをかけた男性だった。「渡辺浩二と申します。よろしくお願いします」 何回か面接を受けるうちに慣れてきたのかもしれない。それほど極端に緊張したりせず、受け答えすることができるようになっていた。けれどそれは家の近くのコンビニで面接を受けたときもそうだった。とくに気になるところもなく面接を終えたが、受かるかどうかわからない。落ちたことしかないので自信なんてなかった。 面接の四日後にコンビニから電話が来た。「先日は面接お疲れさまでした。店長の斉木です。面接の結果ですが、採用させていただきたいと思います」 うれしくて少し興奮した。「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」「雇用契約を結びたいので、今日もし暇なら来ていただきたいんですけど、大丈夫ですか?」「はい、大丈夫です」「いつごろ都合いいですか?」「いつでも大丈夫です」「そうですか。じゃあ、午後一時すぎくらいにシャチハタ以外の認印を持ってきてもらえますか?」「はい、わかりました」「それで、雇用契約書に保護者のサインも必要なので、それを書いてもらってまた今日か明日持ってきてください」「はい」「それで、初日の勤務なんですが、明後日の午前中とか大丈夫ですか」「はい、大丈夫です」「そうですか。それじゃあ、明後日の十時から、靴はスニーカー、ズボンはジーパンで来てください」「はい、わかりました。ありがとうございます」 あー、よかった。これで夏休みを無駄にしなくてすむ。スニーカーもジーパンもあるのでとくに用意しなければならないものはない。「お母さん、アルバイト決まったよ」「そう、おめでとう」「うんありがとう」「今日の午後一時すぎに雇用契約結んで、明後日から勤務だって」「そう。じゃあ、早めにお昼の準備しなきゃね」「ありがとう」 僕は階段を上がり、今日は家にいる二番目
Last Updated: 2026-01-28
Chapter: 第四十四話
 アルバイト情報誌をめくっていると、コンビニ店員の募集が多い。時給はだいたい六三〇円でほぼ最低時給だが、人が足りていないので募集しているのだろう。もうコンビニでいいかな。時給が安いってことは仕事も楽なのかもしれない。コンビニなら家の近くにもどこにでもたくさんある。 家から歩いて十分ほどの距離にあるコンビニで運よく店員を募集していたので応募してみたが、不採用だった。面接した結果、採用したいというレベルではなかったのかもしれないし、それともふだんから少年漫画誌を立ち読みしているからかもしれない。顔を覚えられていて迷惑客と思われ、というかまあ、迷惑客でしかないわけだが。コンビニの商品は割高だからあまり買わない。だから敬遠された可能性はある。実際のところは定かではないけれど。 早いところ働き始めなければ夏休みが終わってしまう。もう十日以上たってしまった。僕が夏休み中していたことと言えば小説や漫画を読んでいるかアニメを見ているかしかしていない。それはそれで不満ではないのだけれど。だけどこれからわりと居酒屋に行ったりカラオケに行ったりお金を使う機会は増えていく気がする。なにより携帯電話がほしい。すこし焦りを感じ始めていた。 僕は大学へ通うとき、自転車で三十分くらいのところにある地下鉄まで行く。その地下鉄駅の近くにあるコンビニで店員を募集していたので、そこへ面接の応募をした。そのコンビニはふだん僕が使っている地下鉄の入口から少しだけ離れていたので、ほとんど入ったことはないはずだ。ふだんはコンビニの前を自転車で通り過ぎているだけだったので、そこにあることは知っていた。 四日後、そのコンビニへ面接を受けに来た。モップがけをしていた店員に、面接に来たことを伝えると、店員はレジカウンターの奥にある扉の向こうへ入っていきすぐに戻ってきた。「お待たせしました。こちらから入ってください」 僕は店員の後へ続き、レジとは反対側にある冷凍庫の近くにあるドアを抜ける。中に入ると狭い通路に棚が設置してあり、棚にはいろいろなお菓子の段ボールが収納されていた。通路の奥にまたドアがあり、そこに入ると小さな事務室になっていた。「面接の方をお連れしました」 店員は事務室の奥にいた男
Last Updated: 2026-01-28
Chapter: 第四十三話
 三日後。自転車で寿司屋へ向かう。約束していた時間の十分くらい前に着き、店の中へ入る。いまは営業時間外らしく、客はいない。一人だけ午後の開店準備をしているらしい店員がいたので、面接に来たことを伝えると、バックヤードの方を示された。「店長は奥にいるので、入って待っててください」「はい、ありがとうございます。失礼します」 僕はバックヤードに入って中の通路を進む。奥にドアのない部屋の入口があり、光がもれていた。「失礼します、面接に来ました」 僕が声をかけて中に入ると、店長らしき中年男性のひざの上に、僕よりは年上の若い女性が座って密着していた。女性は僕に笑いかけ、ひらひらと手を振る。「……」「まだ時間じゃねえ!外で待ってろ!」「……失礼しました」 あまり人から怒鳴られたことがないので驚いたが、店長の人格には問題があるな。ええと、愛人か何かだろうか?僕はバックヤードの入口付近まで戻った。これは落ちたな、というよりここで働きたくないな。履歴書渡さずにもう帰りたい。というか、本当にこんなことがあるんだな。珍しいものを見た。 数分後、ひざの上に乗っていた女性が薄笑いを浮かべながら僕を呼びに来た。僕は事務室に入って座る。「言われるまで座んじゃねえよ、非常識だな」「あーはい、すいません」 全然気持ちがこもらない謝罪をする。勤務中にいちゃついてる人に常識をとやかく言われたくない。ひざの上なら勝手に座ってもいいのだろうか。気持ち悪いので座りたくないが。「じゃ、面接始めます」「はい」「志望動機は?」「はい、家から近いのと、時給がわりと高いからです」 なんだろう、ぜんぜん緊張しない。受かる気がまったくないからだろうな。早く面接終わらないかな。どうせ向こうも採用する気ないんだろうし。「それだけ?」「それだけです」「……長所と短所教えて」「長所は倫理観が高いところで、短所は正直すぎるところですね」
Last Updated: 2026-01-27
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