Chapter: 正体「なっ……」 誰だ、何だ、何の用だ、と言葉にしたいが口が動かない。「ウォォォ――――ッン」 空に向かってそう吠えた男の声に、ラヴェルは驚きビクッと身を固くする。 ラヴェルはその異様に体躯の大きな男を前に、身動ぎ一つ出来なくなっていた。 ただ怖い物から視線を逸らせない。 その意志だけが、ラヴェルに残っていた。「み、つけた……」 男の大きな手がこちらへと伸びて来て、ラヴェルは座り込んだ木の根を這いずるようにして逃げる。 だが、疲弊し力尽きているラヴェルは、軽々と担がれてしまう。「やっ……! ヤメロッ! 離せッ!」 ラヴェルは残った力を振り絞って、ジタバタと暴れて男から逃れようと藻掻く。 だが、その大きな腕はビクリとも動かず、聞く耳も持たないと言った風だ。「おろせっ! 触るなッ!」 男の肩に担がれて一頻り暴れ、その男の胸に膝蹴りし背中を拳で叩いてみても、まるで壁を殴っているようだ。 当の本人はまるで痛みを感じておらず、こちらの手の方がジンジンと痛む。「だんな、さま……み、つけ、た」 男がそう言ったのを聞いて、ラヴェルは「え?」と振り返る。 無様に担がれた自分の視線の先には、傘も差さずにずぶ濡れになったジェイドが見えた。「はぁっ……はぁっ……レヴィン、降ろして良い」「ん」 レヴィン――? その名前に聞き覚えがある。 そう思ったのも束の間、そっと降ろされたラヴェルは、濡れそぼり息の上がったジェイドを見て、俯いた。 眉根を寄せて肩で息をするジェイドを見て、ラヴェルも顔を歪めた。 ゴロゴロと唸りを上げる空の音に紛れるようにして「すまない」と目を逸らす。
Last Updated: 2026-07-03
Chapter: 何者 オルレイン博士を探そうと、ラヴェルは部屋を出る。 静まり返った古い屋敷に雨の音だけが響いて、少し薄気味悪いくらいだ。 長い廊下の先に炊事場の入り口を見付けて覗き込む。「お呼びですかい、旦那様」「エド、使いを頼まれてくれ」 御者だった男を呼びつけて、オルレインが何か話している。 話し終わったら暇を申し出ようと、壁際に隠れるようにして待った。 博士は小さな手紙らしきものをエドに手渡している。「じゃあ、これを渡せば良いんですかい?」「あぁ、渡して“見つけた。間違いない”と伝えろ」 その博士の言葉を聞いてラヴェルはひゅっと息を飲んだ。 誰に何を伝えようとしているのか? 見つけた、というのが自分の事ならば今、港には王都から調査隊も来ている。 逃げないと――!! 真実は分からない。 オルレイン家は国王派の筆頭貴族の一つ。 犯罪者ラヴェル・ローゼンを見付けたならば、突き出すに違いないのだ。 口の端が震える。 ラヴェルはそっと炊事場の扉の陰から離れ、出入口を探す。 だが、余りウロウロしていては博士に見つかってしまうだろう。 そう考えたラヴェルは案内された部屋まで戻り、その部屋の窓から飛び出した。 地に足をつけた際、傷めた足に激痛が走る。「――ッ!!」 それでも、見つかってはならないという警戒心が、声を嚙み殺した。 左足を引き摺りながら、来た道を戻る。 博士が気付いて追い掛けて来たら、すぐに捕まってしまう。 ラヴェルは焦って足が縺れそうになりながら、痛みに堪え一歩ずつ歩いた。 唯一、男物の服に着替えていたせいで、濡れたドレスの様に重くはないのだけは幸いだった。「はぁっ……はぁっ……」
Last Updated: 2026-07-02
Chapter: 別邸 押しの強いオルレイン博士に、麓の街へ行く前にと小さな屋敷へと連れて行かれる。 小さな庭と貴族の別荘と言うには質素なその屋敷には、使用人の気配さえない。 傍に設えてある|厩《うまや》と雨に濡れる素朴な草花が、よく似合う古い建物だった。「ここは……?」「私の仕事場だ。年季は入っているが、居心地は悪くない」「仕事場……」「あ、そうだ。名乗っていなかったね、私はルアン。ルアン・オルレインと言う。君は?」「あ……ベルですわ」 ラヴェルはデルメールの名を出す事を|憚《はばか》り、敢えてそう答えた。「さぁ、中へ入って少し休むといい」 案内された客間には、小さな本棚とアンティークのテーブル、人気がないせいなのか雨の音が良く響く。 古くても大事にされて来たであろう家具たちが、良い具合に歳を重ねている。 ただ何か、ほんの僅か、違和感があった。「ここには女性用の着替えはないな……暖炉を入れ……いや、使えたかな?」 まるで独り言の様にそう言いながら暖炉の奥を覗いている。「あの、オルレイン様……どうか、お構いなく……」「いや、でも君っ……」 振り返った博士の顔に、|煤《すす》がついている。「ふっ……オルレイン様、お顔に煤が」「あっ、え……」 顔を袖で拭ってオルレインは「あぁ……」と残念そうな声を上げる。 人の良さそうな博士の人となりに、ラヴェルは少しホッと胸を撫で下ろした。 男だとは気づかれていない様だし、ここからなら街まですぐそこだ。 歩いてでもそう遠くはない。 着替えの代わりに、と出された男物のシャツとスラックスを受け取り、お茶を淹れて来ると部屋を出る博士を見送る。 流石に男物を着るのは拙い。 でも
Last Updated: 2026-07-01
Chapter: 濡れた決意 小雨が降る中、屋敷の敷地内出るだけで、ドレスが重さを増してくる。 裾が汚れない様に持ち上げてみるが、傘を持って来られなかったのは痛手だった。 リゼルに気付かれる前に、出来るだけ屋敷から離れないといけない。 その焦りが足を急かし、少しずつ強まる雨がその行く手を阻む様に向かって来る。 ラヴェルは一先ず麓に見える街を目指して歩き続けるが、|泥濘《ぬかるみ》に足を取られてよろめく。「あっ……」 濡れたドレスの裾が足に纏わりついて危うくこけそうになり、傍にあった木に手を伸ばした。 だが足首があらぬ方向にぐりっと曲がり、激痛が走る。「いっ……た……」 思い切って出て来たは良いものの、街に辿り着く事さえ出来ない。 自分の無力さが足の痛みを酷くする。 痛みを堪えて眉根を寄せ、大きな溜息を吐いた。 木陰で雨は凌げているが、このまま麓に降りるのも簡単ではない。 屋敷に戻れば全身びしょぬれで隠し通せるはずもなかった。「何やってるんだろうな……」 頬に張り付いた髪が口に入るのを、うっとおしく指で払う。 街へ下りたとて、どうやってセルジオを探せばいいのかも分からない。 港付近へ行けばジェイドに遭遇する可能性だってある。 あの日以来、ジェイドとは真面に会話もしていない。 屋敷を出たと知られれば、今度こそ愛想をつかされて追い出されるかもしれないというのに――。 いやでも、真実を知らなければあの屋敷で安心して眠れる日は来ない。 そんな事を呆然と考えていると、遠くから馬車の蹄の音が聞こえて来て、ラヴェルは顔を上げた。 段々と近づいて来るその馬車に、|一縷《いちる》の望みをかけ、飛び出した。 こちらの存在を認めた御者が、驚き、手綱を引いて馬車を停める。 甲高い馬の嘶きの後、驚いた御者が「そんな所で何してる!
Last Updated: 2026-06-30
Chapter: 失言 あの日から数日、悪天候が続きジェイドは屋敷を留守にしている。 荒れた港の復興や、怪我人、行方不明の漁師などの対応で帰って来れないらしい。「リゼル、今日もジェイドはいないの?」 着替えを済ませたラヴェルは、窓際の席に腰掛けリゼルが淹れてくれるお茶を待った。 与えられている部屋から見える庭は、重い雲の影を湛えて薄暗く、陰鬱な影が部屋を覆っている。 数日顔を見ていないだけで、あの時の不安がより一層濃く、重く、胎の内に沈む様だった。「今晩、お戻りになると聞いております」「そう……」 淡い湯気を立てるティーカップを口元へ運び、ラヴェルは大きなため息を吐いた。 時間が経つ毎に、謎は絡まり続ける。 王家に売る為――そう考えると、長い時間をかけて戸籍まで偽り女装させる事に、意味はない様に思える。 海に漂着した犯罪者が、自分にとっての仇ならば、そのまま突き出せばいい話だ。 だが、ジェイドは怨恨の片鱗を見せた事など一度もない。「どうかなさいましたか?」「ねぇ、リゼル……もし、仮にリゼルの家族を窮地に陥れた人間がいたら、リゼルならどうする?」「……それは、ベル様ご自身のお話ですか?」 そう聞かれてラヴェルは「いや、」と言いかけたが、自分自身もその立場にいるのは事実だ。 リゼルに主人であるジェイドとのやり取りを詳しく話す事は憚られる。 それゆえの例え話ではあるが、そう誤解されても仕方ない。「そうね……」「もし仮に、私が家族に手を出されたならば……」「ならば?」「罪を犯してでも、その者を許しはしません」「……そう、ね」 リゼルのその言葉に、ラヴェルはぐっと奥歯を噛み締めた。 来ているドレスの胸元を抑え、気付かれない様に窓の外へ視線を投げる。
Last Updated: 2026-06-29
Chapter: 碧い決意 ジェイドは自室に戻ってまず、上着を脱ぎシャツの第一ボタンをはずして、寝台に腰掛けた。「はぁ……」 前屈みになり、項垂れるようにして息を吐く。 この連日忙し過ぎた挙句、帰って来てラヴェルに詰め寄られたのだ。 確かにデルメール家の過去を知れば、そう思っても仕方がない事ではある。「王家に売る……か……」 行き場を無くし、自分にしか頼れない様に時間をかけて仕向けて来た。 一年以上かけてベルと言う存在を作り上げ、この世界からラヴェル・ローゼンを消し去る。 それは半ば成功していると思っていたのに――。 不安になった彼に、それは違うというのは簡単だ。 だがそれを言わなかったのは彼自身から「信じる」と言わせたかったからだ。 本来、幼い頃から手の届かない宝石のような人だった。 王家に次ぐ高位貴族の嫡男で、男爵位でありながら幼馴染として過ごせたのは親の関係性があったからだ。 そうでなければ、小さな港を抱えた辺境の地をもつ下級貴族となんて、遠すぎて交わる事など無い。 最初に出会った時、可憐な少女かと見紛う程の美しさだった事を覚えている。 忙しい親、広い屋敷、放置された子供の相手として抜擢されたのが自分だった。 しっかりしている様で脆く、儚いようで割と強い。 凛とした人を寄せ付けない佇まいに、最初の頃はとても気を遣った覚えがある。「デルメール家のジェイドと申します。何なりとお申し付けを」 幼馴染と言え、同等ではない。 少年だったジェイドにも、その認識はあった。「ジェイド……」 美しいブランデーのような瞳に、夕陽に焼けた薔薇のような赤い髪。 薄い花弁のような彼の口から零れた自分の名が、特別なものに思えた。「ジェイドは一緒に居てくれる?」
Last Updated: 2026-06-28
Chapter: 効かない薬「名を名乗れ」「……る、あど」 拙くそう答えた大佐を見てその男は、目を見開いて驚いたような顔でこちらを振り返る。「感謝致します、王妃陛下と……オルタナ様。初めまして、特警のエルダーと申します。会話が出来るなんて、驚きです」「後は俺達に任せろ」「じゃあ頼んだわよ、ノエル。お二人共、行きましょう」 ミレーに促され、ノエルとエルダーを残して鉄扉の外へと出る。 二人の姿が鉄扉に阻まれ見えなくなった後、ガゴンと大きな音を立ててミレーが外から鍵をかけた。 オルタナは何も言わず王妃と顔を見合わせ、無言のまま手を握り合う。 足早に石造りの地下の廊下を出口まで急ぐ。 ミレーが「ちょっ……」と慌てて付いて来て、何か言いたげだったが構わずに早歩きで外へと逃げる。「ちょっと⁉ お二人共、どうしたんですっ?」 外へと通じる階段を息を切らして駆け上がり、晴れた空の下へと飛び出した。「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」「やったわねっ……オル、ティ……」「大、せいこ……だね、ラッ……ティ……」 正直、怖過ぎた。 心臓が早鐘を打っている。 それは王妃も同じだったらしく、二人で手を繋いだまま見合って息を整えた。 訳が分からないまま着いて来たミレーが、首を傾げてこちらを伺う。「大丈夫ですか? お二人共……」「うん、平気。ありがとね、ミレー。付き合ってく
Last Updated: 2026-07-04
Chapter: 墓前の鳥薬 大佐に言葉の意味が伝わっているのかは定かじゃないが、今だけは気圧されている場合ではない。「この度、薬学博士号を持った王妃様の協力を経てこの薬を再現するに至った。古の屈強な兵士達が、小鳥の様に囀る様になると言う“墓前の|鳥薬《ちょうやく》”と呼ばれたものだ。お前も軍人なら耳にした事くらいはあるだろう?」 “墓前の鳥薬” 古文書の中で最も古い記録のある自白剤の一つで、生きている時は滅多に鳴かぬのに、死ぬ前になると美しい声で謳う|夜鳴鳥《よなきどり》に準えてそう呼ばれたと言われている。 その薬によって自白した兵士はその後、殺されると言う意味も含めて。「人を陥れ国を侵し、仲間を殺した挙句、このような有様になったお前をモリガン伯爵は見限ると仰せだ」 そう言ったオルタナの言葉に、大佐はピタリと動きを止め押し黙る。 隣で黙って見下していた王妃が、静かに口を開いた。「お前が謳わないのならば、モリガン家の為に布かれた箝口令を解こうか」「……だめっ、だめっ……おゆるし……だめっ……」「罪人のお前に指図される覚えはない。箝口令が解かれればモリガン家の威厳は失墜し、お前の父親も家督を譲る事になるだろう。カラザ・エスメラルが飛んで喜びそうな話だ」「カ……ラザ……カラザ……カラザカラザカラザカラザ」 到底正気とは思えないが、会話の単語には反応出来ている。 血走った眼球から湧いて出る涙で石床に染みが出来ていた。 オルタナは冷静に状況を見ながら、次の言葉を選んだ。 この薬を飲ませる事が出来なければ、ここに来た意味はない。「大好きな父上に見捨てられて良いのか? モリガン大国の王族の末裔がとんだ恥晒しだな」「ちち、うえ……ち、ち……ははっ……あーはっはっは……あはっ、ははっ」 顔を上げた大佐の額から、赤黒い狂気の雫が鼻骨を避ける様に二股に分かれ流れ落ちる。
Last Updated: 2026-07-03
Chapter: 威厳「いいえ……それじゃあ、王妃の威厳がなくなるわ」 秒でフラれた……。 震えている小さな手をギュッと握りしめた王妃は、親の仇の様に鉄扉を睨む。 どんな時も王妃である事を求められるこの小さな少女が、鋼の心臓を持っているわけでも、折れない心を持っているわけでもない事を思い知らされる。「帰りは……手、繋いで……」「ん。分かった」「オルティは怖くないの……?」「そうだね……怖くないと言えば嘘になるけど、少し慣れてるかな……」 戦争を経験した軍人が自我を失い、その面倒を看る家族が良く店に来ていた。 人間性を保てなくなった家族を殺す事も出来ず、記憶の中の真面な家族を取り戻す事も出来ず、祖母の香辛料に一縷の望みをかけて訪れるのだ。 モリガンの寒くて薄暗い環境下では閉鎖的な生活を余儀なくされる事も多く、家の中で制御の利かない獣を飼っている様な状況に家族ですら病んでしまう事もある。 時には暴れて手を付けられない等の理由で、こちらから家を訪ねて行く事もあって、オルタナはそう言う光景を何度か見ていた。 些細な破裂音に発狂したり、血を見るだけで泣き喚いて暴れたり、何もない空を見つめて延々と叫んでいたり。 彼らの目前にはそこにない戦時下の惨状がいつまでも広がっている。「モリガンには退役軍人も多いからね……」「そう……」「お二人共、お心の準備は宜しいですか?」「行ける? ラティ」 覚悟を決めた王妃がグッと顔を上げてふぅ――――っと長い息を吐く。「良いわ、開けてちょうだい。ミレー中尉」
Last Updated: 2026-07-02
Chapter: それぞれの場所 茶器の乗ったシルバーのトレイを持って、呆れた様な顔をしている。「お茶に誘っておいてお茶を出さないとは、ラティ様はバカですか?」「なっ、バ、バカって……」「じゃあ、アホですか?」「そっ……そんな風に言わなくても……」「ウケイ、不敬罪だ」「これは失礼致しました、王陛下。この様に気の利かぬ王妃に育てたつもりは無かった故、つい本音が……」「相変わらずウケイ殿は義姉上に手厳しいのだな」「あ、先生……お茶は僕が……」「いいえ、オルタナ。誘ったのはこちらなのですから、座ってなさい」「はぁ……」 さっきまでにこやかだった王妃がむくれている。 それすら意に介さないウケイはその場にいた全員にお茶を給仕すると、その場を去ろうと身を翻す。「ウケイも一緒に……」「いいえ、私は仕事があります故、研究室に戻ります」「……そう」 ウケイはいつもより気が立っている様に見えた。「あぁ、そう言えばウケイがアウルム修道院から鴉を飛ばして知らせてくれた件だが」 そう前置きした王陛下は、ファージ侯爵家は爵位剥奪の元、国外追放となる事を教えてくれた。「証拠は揃ったのですか? 陛下」「お前の腹の虫はこれで収まるか? ウケイ」「陛下、答えになってません」「ウケイ殿、ファージ侯爵家の諸々の悪事に関する証拠は、既に私の手元に」 公爵はそう言って眩しい物でも見る様にウケイを見る。「どうやって手に入れたのです? 夜会での一件はラティ様から伺いましたが、仕事が早すぎやしませんか? 公爵様」「その夜会の間に、駄犬に取りに帰らせました。証言した褒美を与える約束でしたから、杖を作ってやりましてね」「取りに帰らせた……ははっ、なるほど」 何が、
Last Updated: 2026-07-01
Chapter: 悪魔の正体 Ⅱ それに妄想で孕むなんて事が三年も続くだろうか――? そのこと自体が不思議に思えた。 ただ黙って話を聞いていた向かいに座る王妃と目が合う。 その刺さる様な視線が同じ疑念を持っているように見えた。「昔からモリガン伯爵家の家督相続で候補に囁かれているのは、実弟と義弟のどちらかだ。ルアドは体躯の割に承認欲求と劣等感の塊。彼は正直モリガン伯爵の足元にも及ばない。姉を人知れず埋葬し、自分に家督を譲らない父親への反抗があり、そこをケルメスに付け込まれてた可能性がある」 公爵はケルメスは自分の駒になりそうな者を巧みに見分ける才に長けており、真綿で首を絞める様な男だと付け加えた。「ケルメス……悪魔みたいな男だ」「目下一番の敵は、そのケルメス・ドヴァンニ。あの男はこの国の毒だ。その解毒の為にも、ルアドの証言が必要だ。お前の力を貸して欲しい」 公爵はそう言って、しっかりとこちらを見た。「うん。って言うか、今の話を聞いてちょっと気になってる事がある」「何だ?」「僕、ずっと不思議だったんだよね。モリガン軍の上位軍人にまでなった人が、あんな稚拙なやり方で人を殺すかな……」 こちらに罪を着せるつもりであったとしても、ダリスの存在を知らなかったが故に簡単に捕まってしまった。 審議所で見た時は裏切られた事のショックが大きくて、よくよく考える事もしなかったけれど、やはりあの大佐は自分が知っている大佐ではない気がした。 甘いと言われても子供の頃からモリガン大佐を見て来て、裏切られたのは揺るぎない事実だけれど、あんなに短慮で間抜けでは無かったはず。 大佐が姉を助けたい一心で、父親に認められたい一心で、教会から種芥子を手に入れようとし、逆にケルメスに騙される事になったのかもしれない。 昔、祖母が言っていた。 純粋な人ほど、心が染まりやすいのだと。 もし長年の薬の服用が何らかの影響があるとすれ
Last Updated: 2026-06-30
Chapter: 悪魔の正体 温室の中の甘く暖かな空気の中、両陛下と向かい合って座った。 こんなに長閑な空気なのに緊張感が漂って違和感がある。 公爵は珍しく歯切れが悪く言い辛そうに見えるが、オルタナはだただ待って次の言葉を待つしかなかった。 王妃も黙って待つしかない程、深刻な雰囲気を醸し出している。「これから話す事は箝口令が布かれた。だから、兄上の許可が必要だった」「箝口令……」 オルタナはそう返して公爵を見上げた。 この人はいつも願いを叶えようと動いてくれる。 祖母との逢瀬はまだ叶っていないけれど、審議所で顔を見る事は出来た。 色々話して欲しいと言えば、次の潜入班のメンバーも教えてくれた。 言えない事を言えるようにする為、悪態つきながらもだるい体を寝台から引っ張り出し、王陛下の所へ一緒に来てくれる。 そう言う人なのだ。 好きだな。やっぱり、この人が好きだ。「俺が王位継承権を放棄した後……今から十三年程前だが、モリガン伯のご息女が気の病を患われた」「モリガン伯のご息女……?」「お前はまだ幼なかっただろうから、知らなくても不思議じゃない」 そう言った後、公爵は「元々彼女は俺の婚約者候補の一人だった」と付け加えた。「王位継承権を放棄する事が決まった際、モリガン伯の方から婚約者候補から辞退するという申し出があったんだ」「辞退……何故……?」「モリガン伯の狙いは、モリガンの血筋から王妃を輩出する事だったからだ。継承権がない俺と結婚させても意味がなかったんだろう」「サリバン公爵の奥様でも十分だと思いますけど……」 でもそこに雲泥の差があるのは、平民の自分にも理解できる。 一国の王妃と、貴族の妻では天と地ほどの差があり、モリガンと言う国防の要である辺境貴族として力を持っている伯爵の娘がドーン王国の王妃になると言う事は、今以上にモリガンに力を齎す事になっただろう
Last Updated: 2026-06-29