Chapter: アルメリア班 Ⅱ あの駄犬は|本物《ばか》だったらしい。 全て裏目に出て、この醜態だ。「……ヴィー、落ち着け」「落ち着いている。お前は早くクスニューの立ち入り許可を貰って来い」「いや、目が座ってんだよ」「そうだな。今お前の上官はすこぶる機嫌が悪い。さて、どうする? 優秀な側近よ」「行ってきまぁす」 入れ替わる様にしてミレーが帰って来る。 ミレーは、こっちを見て目を丸くした。「……何で怒ってんですか? 団長」「見ろ」 口を開くのも忌々しく、ヴィンスはウケイからの報告書をミレーに渡した。「はぁあああ? どゆこと?」「知るか。許可が下り次第、出るぞ」「当たり前でしょう。すぐにアートの準備してきます」「あぁ、頼む。それと、ナタリーに鴉を飛ばせ。ウケイ殿の所へ向かわせろ」「了解。団長、顔! 怖いですよ」「煩い、早く行け」 ヴィンスは待っている白髭鴉に返事を書いて、左足の金具に括りつける。 やはり傍に置いておけば良かった。 あの新雪のような白い肌に他の者が触ったと聞くだけで、こうも苛立つものだろうかと、舌を打つ。 しかもラカンや教会と繋がりのある者がオルタナの傍にいると言うだけで、気が急いて仕方がない。 ヴィンスはローブを被り厩舎へと向かう。 ウケイが“顔のない猫”のダブルタップを手紙に書いて来たという事は、ちゃんと警戒しているという意味だろう。 大丈夫。まだ、こちらに分がある。「おや、本当に青筋立てている」「……兄上、暇なんですか?」 クスニューの森の立ち入り許可を貰いに行ったノエルにくっついて、王陛下がそこに立っていた。「いやぁ、ヴィーがキレてるとノエルが言うもんで顔を見に来てやったぞ」
Last Updated: 2026-05-20
Chapter: アルメリア班 アウルム班が出発し、王都アルメリアに残った公爵達も情報収集に奔走し、教会側への潜入の為、あらゆる手段を講じていた。「団長! 拙い事になったかも知れません」 特警の詰所の扉が壊れるんじゃないかと言う勢いで、外出していたノエルが飛び込んで来た。「どうした? ノエル」「城下で商会などを当たっていたのですが……」 そう前置きしたノエルは、教会に潜入出来そうな商会を探している最中にとある商人から“モリガンのカタアシ商会を使え”と勧められたと言う。「カタアシ商会の荷馬車が定期的に教会に入って行くのを目撃した、と」「カタアシ商会……つまり、あのスーランとか言うオーリィの幼馴染か?」「厳密に言えば会頭はその父親のアラベルで、どうやらこの男、ラカンの元密偵の可能性がある」「元密偵だと?」「ラカンの“顔のない猫”の話は聞いた事があるだろう?」「あの、キマイラ部隊のか?」 その昔ラカンの“顔のない猫”と呼ばれた優れた密偵が、ある時を境に姿を消した――そんな話を、子供の頃に聞いていた。 ラカン特殊部隊――キマイラ 彼らは敵国の要人などを暗殺、拉致、拷問する特殊部隊で、ラカンのグレンダラフ王の心臓と言われている部隊だ。 そんな暗部でも寝物語に聞くほどに有名なのが“顔のない猫”なのだ。 その話が本当だとしたら、モリガンにずっと潜伏していたと言う事になる。「団長、スーランとか言う奴は今、オルタナ達と一緒だろう?」 スーランを連れて来たのはナタリーだ。 あの疑り深い義弟が何の調べもなしにスーランを連れて来るとは思えなかったが、もしあの親子が教会に加担しているのだとしたら、オルタナを拉致、最悪殺される可能性がある。 この数日で軍内部には“サリバン公爵が魔女ドーラの孫を寵愛している”と言う噂を故意に流した。 サリバン家の代名詞とも言えるメ
Last Updated: 2026-05-19
Chapter: クスニューの森 Ⅹ バイカダの汁を患部に塗って、暫く時間を置く。 その間にウケイが持っていた萱のような形をした、薄くて細い刃物を炙って準備していた。 肌を刃物の先で突いても反応がない事を確認した上で、一気に切開し弾を取り出す。 苦渋の表情を見せたファージは猿轡の隙間から唸り声を漏らした。 鮮やかな手裁きでそこまでの処置を終わらせたウケイは、またあの白い巻物を出して来て、患部をグルグルと撒いて締め上げた。「今夜は熱が出るでしょうから、このままここで休ませましょう」「良かった……間に合って……」「私達も少し休みましょう。夕刻前には小隊が到着するはずですから」「はい」 湯浴みさせて貰い、別室で仮眠もとらせて貰った。 足りているとは言えないが、少しスッキリしている。 公爵から持たされた貴族風のシャツとスラックスに着替え、ウケイから貰ったローブを羽織る。 ノエルとミレーから貰った小刀を腰に帯剣した。 鏡の前には、首飾りを付け髪を短く切った見慣れない自分がいる。 大きなメラス石を見て、急に公爵が恋しくなった。 まだ数日しか離れていないと言うのに。 あの大きな手で梳かれた髪はもうない。 それが、とても寂しく思えた。「しっかりしろ。これからなんだから」 部屋の窓を影が横切る。 修道院の緊急連絡用の|白髭鴉《しらひげからす》が飛び去って行く。 きっとウケイが特警宛てに飛ばしたものだろう。 小隊が到着する前に、敷地のあらゆる所から例の植物を採取する。 王都に持ち帰ってウケイが開発したと言う血液に反応する薬剤を使って、この植物が人体を介して育っているかを調べる為だ。 小隊が炭を持って到着し、無縁墓地での作業が開始された。 アウルム駐屯兵団の彼らには、サリバン公爵から“無縁墓地の地質改善作業”と伝えられている。 念
Last Updated: 2026-05-18
Chapter: クスニューの森 Ⅸ 「了解!」「良いですか、オルタナ。出来る限り後方へ、木を狙って投げなさい」「木を?」「木にぶち当たった方が、衝撃が強く飛散します。君は道の右、私は左を狙って行きますよ」「はい、先生」「スーランッ! 走れ――――っ!」「ハッ!!」 ウケイの合図を皮切りに、スーランが手綱を強く弾いた。 荷馬車の速度が上がり、オルタナは持っていた果実を振りかぶって投げる。 腕力がないから思う程遠くへ飛ばず、ウケイの様に上手く木を狙えない。 荷馬車の速度が上がっているから、体の揺れも大きく、油断すると荷台から振り落とされそうで怖かった。 オルタナは見かねたウケイに腰をぐっと引っ張られ、後ろへと引きずり込まれた。「貸しなさい」「すみません……」 言い出したのは自分なのに、イメージした通りには行かないらしい。 それでも、薄暗い森の中で後方の道にヨタヨタと覚束ない足取りの炎狼が出て来て、効いていると思った。「先生、アレ……」「効いてますね。このまま一気に駆け抜けますよ!」 この作戦は時間との勝負だ。 浮遊する睡眠薬と酒の香りが赤鹿に影響してしまえば、こちらの足も止まる。 そうなれば元の木阿弥、兎に角、全速力で逃げ切るしかない。「冷静によく考えました」「いえ……また先生の手をお借りしてしまいました」「誰かの手を借りる事は恥ではありません。そこに強く使える者がいるなら、使いなさい。自分に出来ない事は、出来る者に任せたら良いのです」「はい……」 痺れ薬が切れて来たのか、ファージは呻くような声で苦しそうだ。 出血が続いているので、顔色も蒼白している。「余った果実で、この獣も眠らせてしまいましょう」「ははっ……その方がファ
Last Updated: 2026-05-17
Chapter: クスニューの森 Ⅷ「その為にも、この令息を死なせる訳には行かないのですよ」「……はい」 アウルムまで、どんなに飛ばしても少なくともあと一日はかかるだろう。 こんな状況で野獣の群れにでも出くわしたら、もう悲惨としか言いようがない。「さっきこれを見つけて採って来ました。丁度使えそうです」 そう言ったウケイは「勿体ないですが」と惜し気もなく付け加えた。「凄い。それ……バイカダですか? 初めて見ました」 小さな刺々しい実は血の様な毒々しい赤で、人間が食べれる物ではない。 それにある絶滅危惧種の水蛇が生息する水場にしかバイカダは根付かない。 その為、古文書の中でしかお目に掛かれない代物だ。「正解。その昔、蛇神が好いた女を助ける為に地上に与えたと言う薬草です」「確か解熱や鎮痛に効くと……」「その通り。進める所まで進んだら、これを使って銃弾を取り出しましょう」「ホントに勿体ない……」「でもまぁ、彼が元気になったら採りに行って貰うのも一興。場所は分かってますから」「ははっ……そしたらもう、今度こそ帰って来れないかも」 手の震えが止まっていた。 零れて頬を伝う涙も、バイカダを見て驚いた衝撃でピタリと止まった。 気を紛らわせるよう配慮してくれたウケイのお陰かも知れない。 痺れ薬が効いているファージは、唇一つ動かせないだろう。 けれど会話は聞こえているはずで、辛うじて動く眼球をこちらに向けて何か訴えている。◇◇◇ そろそろ夕暮れかという所で、獣の遠吠えが聞こえた。 ウケイは腰に携えた剣に手を掛け、片膝
Last Updated: 2026-05-16
Chapter: クスニューの森 Ⅶ「さっきの銃声は何事ですかっ?」 誰も口を開けず、三人して黙る。 兎に角、最優先は止血だ。「先生、説明は後でします。まず止血して、この場を離れる必要があります」「……分かりました。彼を荷馬車へ」「はい。スーラン、戻ったらすぐ出発して。血の匂いで獣が集まる前に」「分かった」 荷台に乗ってファージの傷口を診るウケイの隣で、オルタナは腰に付けた巾着から痺れ薬を出してファージの袖に滲み込ませる。「吸って下さい。ファージ様」「な……な、んだ?」「痺れ薬です。感覚が無くなるから、痛みも分らなくなります」 脂汗をかいているファージは、流石に大人しくいう事を聞く様になっていた。 脹脛に一発、膝に一発。 足を止めて、その上で逃げない様に膝関節を破壊する。 心臓に近い腹や胸を撃たない方が、肉の鮮度が落ちにくい。 だから狩人はそうするのだと昔、スーランから教えて貰った。 スーランは自分で森に入って獲物を捕って来るから腕が良い。 でも、自分からファージを引き剥がしてくれれば良かっただけなのに、スーランが何でこんな暴挙に出たのか、オルタナはまだ混乱していた。「膝の銃弾が抜けてない。急いで取らなければ、壊死するかもしれません」「先生、一度馬車を止めますか?」「いえ、止まるのは危険です。このまま進める所まで進みます。オルタナ、何があったのですか?」 全てを話せばスーランが裁かれる事になる。 ファージが貴族である以上、平民のスーランが正当防衛を主張したとしても罪を免れる事はないだろう。 適当な端切れがなく、慌てて探しているとウケイが自分の荷袋を指した。「その中に白い巻物が入っているので、出して」「は、はいっ……」 木の棒に巻かれた
Last Updated: 2026-05-16