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エチカ
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Novels by エチカ

没落した薔薇は、碧夜の星になる

没落した薔薇は、碧夜の星になる

ラヴェルは、ローゼン公爵家の嫡子として何不自由ない生活を送っていた。しかしある夜、そのすべてが崩れ落ちる。 禁書の紛失事件の犯人として罪を着せられ、 さらに誘拐事件に巻き込まれた末、彼は海へと突き落とされる。 彼を救ったのは、一目見た瞬間に運命を感じさせる男——ジェイドだった。 ラヴェルは正体を隠し、ジェイドの“女”として生きることを選ぶ。 しかし、やがて辿り着く真実はあまりにも残酷だった。 ラヴェルを絶望の淵へ突き落としたのは——全てジェイドだった。 復讐と愛欲が絡み合い、繭のように彼を縛る中で、ラヴェルは蝶として羽ばたくのか、それとも仇敵とともに深淵へ堕ちていくのか。
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Chapter: 小さな星
「少し休んだらどうだ? ベル」 書斎で契約書や決裁書類に目を通していたラヴェルの元に、ジェイドがお茶を持って現れる。「ここまでやっておきたくて」「じゃあ、それは私が後でやろう」 書類を手から取られて「あ」とラヴェルは不満そうに見た。「夫を構うのが妻の仕事だ」「仕事をしている時の夫は、妻を構わないのに?」「だからこうして今、構ってる」「勝手な人ね」 ラヴェルはそう言いつつも、ジェイドの持って来たお茶を手に取り、ほぅっと息を吐く。 確かに、こうやってお茶を飲んだのもいつ以来だろうか。 思い出せないほど、ここ最近は忙しかった。「散歩にでも行かないか? ベル」 そう言われて窓の外を見ると、一番暑い時間を通り越し、涼しい風が草花を揺らしている。「そうね……気持ちよさそうなお天気だわ」「君に見せたいものがある」 屋敷から連れ出されるのかと思ったら、ジェイドは件の洞窟へ続く道を降りて行く。「あの……ジェイド?」 こんな昼間から? そう問いかけようとしたラヴェルに、ジェイドは「この奥だ」といつもの洞窟を、もっと奥まで進む。 しっとりとしたあの甘い香りに包まれたそこは、岩肌が湿り、いつも湧いている“魔女の秘薬”のせいで汗ばむくらい温かい。 まだ陽の落ち切らない時間だというのに、ここは夜空を映したように薄暗く、碧い星が瞬く世界。 滑らないようにと手を取られ、ラヴェルも慎重に足元を見ながら進む。「奥に何かあるの?」 薄暗い洞窟に一筋の光が見え、向こう側に出口があるのだと気付いた。 人の足で踏み固められたような階段を上り、地上へと出る。 そこは、ジェイドが連行された時、リ
Last Updated: 2026-08-09
Chapter: 渇望
 深く口付け、必死に応えようとするラヴェルの顔を愛おしげに眺める。 性急に着衣を脱がし、コルセットの紐を解く。 ジェイドは自分には自制心があると自負していた。 だが、ラヴェルが皇太子の婚約者になると言い出したあの時、その理性はもう既に切れていたのかもしれない。 この美しい宝石を、他の男が抱くなどと許せる事では無かった。 だから、国がどうなろうと知った事ではないと、無謀な策に出た――。 内戦になって、血が流れた所でラヴェルがこの手に戻るならそれで良かったのだ。「ジェイドッ……待って……息が……」 そう言われてジェイドは一旦離れたが、言葉もなく彼の肌へと手を伸ばす。「あっ……」 小さく咲いた肉蕾を指先で転がし、首筋へと舌を這わせる。 甘美なラヴェルの吐息交じりの声が、ジェイドの欲を昂らせていく。「ラヴィ……」 耳元でそう囁くと、ラヴェルは肢体を撓らせ喘ぐ。 ジェイドはその呼名に、ラヴェルが特別に反応する事を知っている。 期待に屹立したラヴェルの息子は、熱を持って白い蜜が滲み出ていた。 その様子を見ながらも、ジェイドはその肉塊に触れることはせず、双果の陰で花開こうとしている場所へと指を宛がう。「んぅっ……」 指先が入っただけで、ラヴェルは息をつめ、腰を上げる。 久しぶりだからか、そこは狭く硬い蕾のように指を押し出してくる。「力を抜いて、ラヴィ」「あっ……」 指を推し進めると、熱いくらいの肉壁がうねる。 雨に濡れた様な蕾が少しずつ開き、水音が跳ねると、指先が奥へ奥へと誘われた。 指を増やし、中の蜜壺を擦り上げ、ラヴェルの声は次第に掠れて行く。 強すぎる快感に「待って」を連呼するラヴェル。 ジェイドはその
Last Updated: 2026-08-09
Chapter: 衝動
 片手を上げてジェイドを見た。「連れて行って、ジェイド」 その場にいた貴族達はデルメールという名のせいで、ジェイドとはせいぜい親戚くらいに思っている。「喜んで」 ラヴェルはジェイドに掴まれた手をしっかりと握り返した。 振り向く事無く会場を後にしたラヴェルは、人目のない柱の陰に着いた時、ジェイドを強く引き寄せる。 言葉は必要なかった。 見つめ合い、繋がれた手の温もりだけで、一度は離れる事を決意した心が溶ける。 抱きしめられ、ラヴェルもジェイドの背中に回した腕に力を込めた。 どうしてこの男と離れられると思ったのか。 今となっては分からない程に、ラヴェルの心中は彼の香りに包まれている。「ごめんなさい、ジェイド……」「何を謝っている?」「私、貴方を……」「私がお前を諦めると思ったか?」 そう問われて、ラヴェルは顔を上げ、ジェイドを見遣った。 城門の外で地下の者達が押し寄せてくれなければ、今頃――。 自分で決めた事とは言え、その先は孤独で寂しい日々が待っていた事だろう。「言っただろう? 誰が相手でも諦めるつもりはないと……」 未だに城門に集まった民の声は響いている。 その声を微かに聞きながら、ラヴェルはジェイドの唇に自らの唇を寄せた。 触れるだけの、柔らかな口付け。「私が貴方を選んだのよ。もうどこにも行かないわ」 自分を置いて行く――そう言っていたジェイドの顔が忘れられなかった。 首を絞められた時の息苦しさも、あの時の胸の痛みも、生涯忘れる事はないだろう。 あの時の喪失感。 それがあるからこそ、この男と共に生きようと思える。「皆の所へ行こう」
Last Updated: 2026-08-08
Chapter: 愛の為に
「ナハト! 城門を封鎖しろ! 指揮はお前に任せる!」「かしこまりました。一班、城門へ! 二班はこの大広間の外を固めろ! 賓客の方々を守れ!」 会場の隅で事の成り行きを見ていたセルジオの指示に従って、兵士達が動き出す。 皇太子は大広間から出る兵士達の背中に、声をかけた。「首謀者を捕らえたら連れて来い!」 それを聞いてラヴェルは、グッと奥歯を噛み締める。 途端、思い出した。 自分で決めろ――ジェイドの声が、耳を掠めて行く。 最後には「自分で選べ」と言われ続けていた。 今、ここで、その意図を理解するなんて――。 そう思ったラヴェルは、もう一度、夜境石のネックレスに触れた。「殿下……いえ、新王ファルマ陛下」「……何だ? ベル」「彼らの目的が私なら、私は喜んで彼らの元へ参りましょう」 ラヴェルはそう言って低く腰を折り、首を垂れて見せた。「何を言っている。彼らの要求に応じては……」「陛下、民なくして王は務まりません。私は、この国の為、この身を捧げて貴方様のお役に立ちたく思います」「ベル……」「愛すべきは私ではないのです。民を愛さない王は、嫌われますよ」 ラヴェルはそう言いながら、フォルツ少佐へと視線を遣る。 フォルツ少佐は動揺し、あからさまに視線を逸らした。 セルジオから貰った切り札の使いどころは、ここしかない。「何の、話を……している……?」 ファルマも同じように動揺を隠しきれず、言葉が途切れ、震えていた。「愛し合った者同士が、共にいられるわけではないと、ご自身がよくご存じのはずです。陛下」 ファルマが下位貴族であるフォルツ少佐を傍に置くと決めた時、かなり我を貫き通したらしい。 そこに疑問
Last Updated: 2026-08-08
Chapter: 沈黙の獣
「ごっ、ご報告いたしますッ! 城門の外に民がっ……」「何事だ? 民がどうしたのだ?」 オルレインの問いかけに、衛兵は息を飲んで「押し寄せていますッ!」と端的に吐き出した。「何だと?」「どこの者か分かりませんが、ベル・デルメールを返せと、皆口々に叫んでおりますッ!」 衛兵の言葉を聞いて、ラヴェルはハッとジェイドを見る。 だが、ジェイドは素知らぬ顔で事態を眺めていた。「何をしている! 早く事態の収拾をっ……」「総出で押さえておりますが、彼らの目的はそこにいらっしゃるベル・デルメール様のようで……」 事態を把握しきれない王は、こちらへと声を張る。「どう言う事だ、ベル・デルメールよ」「存じ上げません。私には何の事か……」 その時、ラヴェルの脳裏に浮かんだのはバロー伯爵領の地下にいるアンドール達だ。 ジェイドはその者達を解放する為にバロー領へ行き、デルメール領で保護する事になっていた。 王家はエルメダの日記もアンドールも民に知られては困る。 それは皇太子も同じ事だった。「まさか地下の者達か……?」 隣で思案している様子の皇太子がそう零す。 闇に紛れているとは言え、リゼルのように一見しても人とそう違いない者もいれば、レヴィンのように人間離れした者もいるだろう。 バロー家で行われていたアンドール政策は、これで隠しきれるものではなくなった。「先導しているのは子供と化け物のようですッ!」 ラヴェルはそれを聞いてリゼルとレヴィンを思い出す。 これに失敗すれば、彼らは投獄。 処刑は免れないだろう。 後方で腕を組み、静観しているジェイドが何を考えているのか。 ラヴェルには全く分からなくなって来ていた。
Last Updated: 2026-08-07
Chapter: 返答
「王陛下が脱げと仰せなら、そのように致しましょう。ですが、一つお願いがございます」「何だ? 申してみよ」「バロー伯爵がダフィーニア様を殿下の婚約者に望んでおられるというのは、私の耳にも入っております。ですので、ダフィーニア様にも同じように脱いで頂ければ、と」 ラヴェルはそう言ってバロー伯爵の方へと振り返る。 その時初めて、その後方にジェイドの姿を見た。 夜を映したマデイラの海に似たシックな衣装を身に纏ったジェイドが、ただ射るようにこっちを見ている。 ラヴェルは意思を確かめるように、首につけた夜境石のネックレスに触れた。「なっ……何をバカな事をっ! 私の娘は穢れてなどおらぬ!」「得体が知れないのはお互い様でございましょう? 伯爵」「小娘がッ! 何と生意気なッ!」「ご自分の娘に出来ない事を、他人の娘には成せと仰るのですか?」「それはそなたが不義を働いた罪ゆえに申しておる事だ!」「ならば、こちらも証人を出しましょうか? そちらのご令嬢が、どのようにしてその噂を広めたのか」 一瞬、会場が騒然となった。 一歩も引かないラヴェルに、バロー伯爵は「証人……」と顔を引き攣らせる。「なっ、何かの間違いよ! ベル様っ……私はそんなっ……」「ダフィーニア様、恨むなら浅はかなご自分をお恨みになって下さいませ」「ベル様は私が殿下の婚約者候補だから、お邪魔なのねっ? そうでしょう? 私は……」「そんな事は望んでいないのに? ですか?」 ラヴェルはそう畳みかける。 ダフィーニアはそれに言葉を飲んだ。 望んでいないと言えば、王妃になる道は途絶えてしまう。「そもそも、私はダフィーニア・バローを婚約者に望んではいない」 そう言い切った皇太子の言葉に、バロー伯爵は分かりやすく唇を噛んで見せた。「
Last Updated: 2026-08-07
魔女ドーラの孫(仮)

魔女ドーラの孫(仮)

大罪人 魔女ドーラの孫として慎ましやかに暮らしていたオルタナが ヴィンス・サリバン公爵閣下に犯罪者として捕らえられ 国で起こっている謎の事件に巻き込まれていく。 魔女狩りと称した薬師処刑の歴史を持つドーン王国で 薬学復興に力を入れる王とその側近達。 投薬を悪とする教会派の策略とは――――? 謎の植物が歴史を超えて巻き起こす事件の結末が一人の少年を導いていく。 凡庸Ωのオルタナと執着が過ぎる公爵様の焦れ恋シンデレラストーリー
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Chapter: 夜葡萄の誓い
「それは楽しみだな」「それでも寂しくなったら、ヴィー様もここに来て良いよ」「うん?」「そしたら僕が必ず迎えに来てあげる」 オルタナは甘く揺れる暖炉の火に照らされて火照った頬を、公爵の頬に摺り寄せる。 公爵はそれに応え、強請る様な視線をこちらへ向けた。 見つめられるなんて今更なのに、いつまで経ってもその黒い熱を持った視線に酔いそうになる。「ヴィー様、大好きだよ」 抱きかかえられたオルタナは、伺うようにして公爵に唇を寄せる。 触れる様な優しい口付けの後、濡らす様にして下唇を食み、舌で味わう。 公爵の舌が肉片の隙間を伺うようにして歯列を舐めると、オルタナはゆっくりと口を開き公爵の舌を迎え入れる。 吐息が漏れる程の甘い口付けの後、公爵は思い出したかのように傍にある荷袋に手を伸ばした。「義父上から預かったものがある」「父さんから……?」 そう言って公爵が荷袋から出したのは、件の“母のショール”だ。「これ……母さんの……?」「お前に持っていて欲しいそうだ」「父さんが持っていれば良いのに……」「オーリィ、立って貰えるか?」 そう言って両腕を鷲掴みにした公爵に、半ば強引に立たされたオルタナは、その意味を察する事が出来ずに小首を傾げる。「何……?」 公爵はその持って来た“母のショール”を肩から掛けてくれて、跪いた。「ちゃんと言ってなかったと思ってな」「んんっ?」 公爵はそう言ってポケットから小さな箱を取り出す。「これも義父上から譲り受けた。加工して使えと」 その小さな箱を開いて見せた公爵は、仰ぎ見る様にしてこちらを伺っている。  箱の中には黒いカボションカ
Last Updated: 2026-09-15
Chapter: 黒髪の子
「ま、またそんな呼び方してっ……オルガノ小隊長は仕事で……」「本当なら屋敷に閉じ込めてやりたいくらいだ」「ちょっ……閉じ込めるって……」 やはり、ウケイと公爵は少し似ている。「……そんな事をすればお前に嫌われる。だからしない」 そう言った公爵が抱きしめる腕にグッと力を入れる。 肩越しに顔を埋めた公爵の声が、少し疲れているように聞こえた。「ごめんね、ヴィー様……」「何を謝っている?」「さ、寂しかった……のかなって……」 自惚れているかもしれないけれど、そう感じてしまう。「親子の時間を邪魔するつもりはないが……そうだな、寂しかったのかもしれん」「かもって……」「オブライアンから母上の今わの際にあった出来事を聞いた」 公爵はそう言ってポツリポツリと前王妃である母上の最期について、新たに知った事を話し出した。 アルバの存在が明らかになってから、オブライアンから公爵に打ち明けられた事があったらしい。 前王妃が鬼籍に入る少し前、ケルメスが見舞いと称して王妃を訪ねて来た事があったそうだ。 その際、人払いを命じられてオブライアンは部屋の外で待つしかなかった。「ケルメスが去った後、母上は父上に裏切られたと泣き喚いたらしい」 だがオブライアンは、ケルメスとの会話の内容を聞いていない。 その上、情緒不安定な前王妃は|譫言《うわごと》の様に妄想に基づく発言が増えて
Last Updated: 2026-09-14
Chapter: マヴェロの森
「そう怪訝そうな顔をするな、オーリィ」「だって、いっつも僕だけ知らないんだもん。今日だって王陛下や婆ちゃん達まで来るって知らなかった……」「お前のその拗ねた顔が見たくて、止められんのだ」 公爵は馬車の中で向かい合って悪びれもなくそう言って笑う。  オルタナは更に口をへの字に曲げて顔を逸らした。 楽しそうにこちらを見て月夜の青白い光を内包したその眸に、心臓が跳ねる。 いちいち甘い言葉で誤魔化して! 滴る様な色香をもう十分に知っている。  なのに、いつまで経ってもオルタナの若い心臓は跳ねる事を止められない。 もっと歳を重ねたら、こんな風に忙しなく緊張する事も無くなるのだろうか?  なんて、自分の未熟な心臓を恨めしく思う。 ◇◇◇ そう遠くない距離を走って来たかのように思えたが、車窓の外は暗く民家も見当たらない。 緩く上り坂を上っているし、そこが街中ではない事くらい分かる。 この雪の降る中、森へと馬車を走らせている様に見えてオルタナは不安になって公爵を問い正した。「ヴィー様、もしかしてマヴェロの森に行こうとしてる?」「あぁ」「こんな天気のこんな時間に?」 マヴェロの森は来春に夜葡萄の再生地となる森で、特に深い森だ。 酷く吹雪いているわけでは無いが、雪は降り続けている。  森の天気は変わりやすい。  こんな時間に夜会帰りの様な軽装備で行けば、危険極まりなく野宿するにも場所が限られてくる。「大丈夫だ。お前を連れて危ない所に行くわけがないだろう?」「それは分かってるけど……」 雪山の恐ろしさを知らない公爵が、この天気を舐めているとしたら話は別だ。 そんな不安を余所に、馬車は深い森の少し開けた所でガタンと大きな音を立てて停まる。 馬車を牽いて来たスーランが扉を開け降り
Last Updated: 2026-09-13
Chapter: 道
 そう話に割り込んだのは祖母のドーラだった。「彼本人に選ばせるのはいかがでしょう? もし、彼が種枯らしを飲んででも普通に生活したいと言うのであれば、私が育てましょう」「オピスッ……」「半分はエヴィ様の子なんだ。侍女の私が育てるのが筋と言うもの」「しかしっ……」「私が主人を一人で行かせなければ、こんな事にはならなかった。罪滅ぼしをさせてくれ」「お前は平気なのか……? あの子を認められるのか……」「相変わらず朴念仁だよ。エヴィ様があの子を孕んで産むまで、命を絶たなかったのは何故だと思う……そう考えると、あの子を無碍には出来んよ」 凌辱され望まない相手との子供を孕んだと知った時、母エヴレカは命を絶とうと思った事はなかっただろうか。 ただでさえ自分の身に置き換えれば、公爵以外の者と性交したという事実だけで死にたくなるだろう。 宿った命を殺せなかった。 きっと母――エヴレカと言う人は、そう言う優しい人だったのだ。「ウケイ……ごめんなさい。私はいつでも貴方を困らせる」「ラティ様……」「でも、私はウケイがいたからここにいる。あの子にも道を用意してあげて」「父さん、婆ちゃんが面倒見てくれるなら安心じゃない……?」「オルタナ……お前まで」 何が正しいのかは未だに分からない。 後に殺しておけば良かったなんて結果に、ならないとは言えない。 それでも、可能性があるのならそちらに賭ける方が良い。「せっかくの祝いの席を湿っぽくして申し訳ない。レンスター少佐」「いえ、お気になさらず……ウケイ殿」「陛下、ラティ様、この件に関しては両陛下の判断にお任せします。今後、私に何か意見を求める必要はありません。求められても判断しかねます故……」「あい、分かった」「ありがとう、ウケイ」 背の高いウケイの腰に纏わりつく
Last Updated: 2026-09-12
Chapter: 導く者
 あの小さな家にウケイが引越してきた際に、オルタナも片付けの手伝いに行った。  その時、屋根裏部屋の物置から“母のショール”が出て来たのだ。 いわゆる夜の国で言う所の“嫁入り道具”である。  それは、番であるウケイや同族の皆が糸を染めて、侍女であった祖母が編んだものだった。「オピスに叱られながら私も編んだよ」 ウケイはそう言って懐かしそうにそのショールを広げて見せた。「父さんも編んだの?」「少しだけな。殆どはオピスが作ってくれた」「どうやって作るの?」「こうやって指で編むんだ」 少し太めの柔らかい毛糸を指で編むその技術は、寒い夜の国ならではの技法なのだとか。 道具が無くても作れる上に、指を動かしている事で指先が凍える事もない。 最初こそ教えて欲しいと頼んだのは、父親との時間を過ごす言い訳だったのかもしれない。  でもいつも公爵との事でお世話になったノエルとミレーに、何かしたかったのも嘘じゃなかった。「俺も糸を染めたのは初めてだった」 そう言った公爵に、ミレーが驚いた様に聞き返す。「ヴィー様もやって下さったのですか?」「お前達の縁者として、俺がやらないでどうする」「ちゃんと出来ました? 団長。染料とか扱った事無いでしょうに」「それはお前も人の事は言えんだろう? ノエル。案外面白かったぞ。兄上も義姉上と一緒にやってくれたんだぞ」「えっ⁉ 陛下までっ?」 驚いたノエルがそう言ってぎこちなく王陛下へと視線を寄こすと、王陛下はにっこりと笑って答える。「ラティに教えて貰ってな。なかなか楽しい作業だったぞ」「ありがとうございます! 皆様も、本当に……」 そう言って頭を下げる二人に、皆が温かい拍手を送る。 両陛下はその姿を見て「この場を借りて」
Last Updated: 2026-09-11
Chapter: 狭間色
「半年前にドーラ殿から薬を貰った際に、こう言われたのです。騎士である事と命を授かる事、どちらが大事かよく考えてごらん、と。騎士を辞めて、子に恵まれれば悔いはありませんし、子が出来なかったとしても、オルタナ様のお傍にお仕えして、いづれご懐妊された時、一緒にお子を育てる事が出来たら幸せだな、と」「ミレー……」「ウケイ殿からも講師のお誘いがありましたし」「ホント、うちの家族がごめんなさい……自分勝手な人達ばっかりで」「ふふっ、いいえ。全てはオルタナ様と、ドーラ殿のお陰です」「僕は何もしてないよ……」「それでも、オルタナ様がヴィー様と出会いご縁が無ければ、きっと私がドーラ殿に出会うご縁もなかったでしょうから」「そうなの。オルティって不思議よね。|縁《えにし》を繋いでしまう力があるのよ」「んぇっ⁉ 何それ、ラティ……」「きっとエヴレカ様から授かった力なのだわ」「母さんから……?」「だって、ここにいる皆はエヴレカ様に呼ばれて集まった様なものだもの。オルティがそれを繋いでくれたから、こうして皆で笑い合っていられる」 王妃に母に呼ばれたのだと言われて、そうなのかもしれないと、思う。 母と得体の知れない植物がアウルムの修道院のあの冷たい無縁墓地の泥の中から見つかった。  あの事が無ければ、父が生きている事も知る事はなかったかもしれない。  王族に連なる方々とこうして肩を並べて同じ時間を過ごすなんて、夢でさえ見る事は無かっただろう。 何より祖母はまだ北の時計塔に捕らわれ、公爵が殺人犯だと触れ回ってあの家から連れ出してくれなければ、本当に罪人として裁かれていた可能性だって否めないのだ。「母さんに感謝しないと……」 そう呟いたオルタナに、王妃もミレーも言葉なく微笑みで返す。 ふっと視線を感じて顔を上げると、公爵と目が合った。 こちらへ来いと言われている様で、オルタナは王妃とミレーに断って素直に公爵の傍へと歩み寄る。
Last Updated: 2026-09-10
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