Chapter: 序章 第十話「大蛇魔獣シュガール」 ローブに身を包んだ男を逃してしまった苛立ちをぶつけるように、エルキュールは正面に構える大蛇魔獣――シュガールを睨みつける。 その鋭い視線に触発されたのか、緋色と黒色の鱗と紫の魔素質に彩られた体を大きく伸ばし、シュガールは大きく口を開けて威嚇した。 伸びた体はこの広い部屋の半分を占領し、開かれた口腔は人間を容易く丸呑みできるくらいに大きく見える。 正直言って、今まで戦ってきた魔獣が赤子に見えるほどの威圧感だった。 男の扱いからしても、そこらの魔獣と比べてもかなりの力を持っているのは明白である。 しかし、数の不利からかシュガールは慎重に二人の出方を窺い、攻めてくる様子は見られない。「へっ、魔獣にしちゃあ知恵が回るみてえだが……無駄だぜ!」 対して二人には悠長にしている暇などなかった。決着を早めるために積極的に攻める必要がある。 もちろんグレンもそのことを理解しており、銃大剣を振りかぶり果敢にシュガールに飛び込んだ。「ガアッ!」 脳天を砕く勢いで振るわれた炎の剣に、シュガールはあろうことかそのまま頭突きで抵抗した。 その頭部は相当な強度を持っているようで、振るわれた剣とぶつかり合って膠着し火花を散らした。 グレンの一撃は相手に効果的なダメージは与えられなかったが、全く問題はなかった。 ――その両者の横を抜け、大蛇の後ろに回り込む黒い影があったから。「――エンハンス」 シュガールの体の強度では普通に攻撃しても意味はないだろう、エルキュールは火属性魔法を武器に付与してその巨大な尾を切り落とそうと、ハルバードを薙いだ。 その斬撃は狙い通りにシュガールの尾に命中したが、傷は浅くたちまち回復されてしまう。やはり、魔獣に致命傷を与えるにはコアを狙うほかないないようだ。 エルキュールは急いでコアの位置を探そうとするが、大蛇の外面にはそれらしきものは確認できない。「シャアァァ!」「――っ」 傷をつけられたシュガールは怒り狂い、まるで地団駄を踏む子供のように暴れて尻尾でエルキュールに攻撃を繰り出した。地面を這うような急襲を空中に跳んで回避する。 そうして後ろの敵を振り払った大蛇は、立て続けに膠着状態にあった正面の相手を頭で押しやった。「ちっ、イカれたパワーだな……」 シュガールの急な反撃をなんとか受け流したグレンだったが、その姿勢は崩れてし
Última atualização: 2026-04-02
Chapter: 序章 第九話「予定外の逢着」 遺跡の祭壇部屋の前にて、グレンの提案に同意しようとしたエルキュールの言葉を奥から発せられた声が遮った。 奥にいるのはあの人影のみ。つまり、あの人物がエルキュールらに向けて言葉を発したことは明白だった。 動きを悟られないよう十分な距離をとっていたつもりだったが、こちらの動きが知られていたらしい。 突然声をかけられたことで声を発しそうになるが、二人は何とか息を殺し相手への警戒を強めた。「ふむ、静観……か。――悪くない選択だ。尾行の腕前はもう少し磨いた方がいいと思うがね」 ローブを纏っているので外見を知ることはできないが、声質は男性のもののようだ。低く力強い声に硬い口調、そのいずれもが聞く者に威圧感を与える。 その男は祭壇の方を見ながらもエルキュールらを冷静に分析していた。背中に目がついているのだろうか、この男は。 いずれにせよ、その様子からは男が只者ではないことが窺い知れる。迂闊に近づけばどうなるか分かったものではない。二人は消極的な対応をせざるを得なかった。「おや、尚も続けるとは……随分と私のことを高く評価してくれているようだな。……まあ、ここで相対するのは予定にはなかったことだ、向かって来ないのならそれで構わない。その調子で、これからヌールの街に起こる災厄も静観していてくれたまえ」「……どういう意味だ?」 男の発した言葉の内容に、エルキュールは聞き返さずにはいられなかった。 『ヌールの街に起こる災厄』、なぜそれが起こるとこの男に分かるのか。その問いの答えに至る前に、エルキュールは部屋の奥の方で闇の魔素が集約していくのを感じた。 男が魔法を放出しようとしているのだ。この魔素の流れ、エルキュールにも馴染み深い――その魔法の名はゲート。二つの空間を繋ぐ闇魔法だ。「……! そうはさせない!」 男はこの場から離脱しようとしている、そのことにいち早く気付いたエルキュールは意を決して部屋の中に飛び出し――「ダークレイピア!」 ゲートで移動しようとしていた男に目がけて攻撃した。 しかし、その攻撃は彼に届く寸前、不思議なことに何かに弾かれるが如く軌道を変え壁に突き刺さった。「な……」 闇魔法の衝撃により壁の一部が崩れ、周りに掛けられていた燭台も砕け散り破片が吹き飛ぶ。「……甘いな。魔法はこう放つのだ――ダークレイピア」「これは……!?」
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Chapter: 序章 第八話「導」 魔獣が落とした石片を手掛かりに、二人は北に位置する遺跡を目指す。周りはもはや開けた平原ではなく、木々が茂る林である。 鬱蒼とした木々で空が覆われ、視界が悪い。閉鎖的なその環境は人間の手が介入していないため、魔獣が住みついているようだ。 途中、何回か魔獣に襲われることもあったが、その度に二人は連携しこれを撃退していった。 ところが、その回数が十に差し迫った頃――「だーーっ!! 流石に数が多すぎねえか!? どうなってんだ、さっきからよ!」 立て続けに魔獣に襲われ、ついに我慢できなくなったグレンが叫んだ。その赤い髪は彼の苛立ちを表すかのように見える。「なあ、エルキュール。この辺はいつもこんな感じなのか?」「さあ、普段は遺跡の方には行かないから分からないが……確かにこの数は異常だ。それに――」 エルキュールはつい先ほど撃退した魔獣らを見下ろした。「遺跡に向かうにつれて、術式の刻まれた魔獣の数が増えている……これが偶然とは思えない」「……つまりアタリってことか」 落ち着きを取り戻したグレンは倒した魔獣の素材を採取した。先ほどまで怒っていた人間とは思えないくらい抜け目がない。 平原を出発してからかなり時間がたっており、直に陽も落ち始めるだろう。「ああ、時間はかかったがもう少しだ」 前に目を向けると木々の隙間から遺跡の石壁が見える。目的地はすぐそこだった。 エルキュールは先を行こうとしたが――「おい、ちょっと待て。これを見ろ」 それを手で制し、グレンは足元を示した。彼に倣って足元を見ると、何か足跡のようなものが見えた。「足跡だ、それも魔獣のものじゃない……人の足跡だぜ、これは」 こんなところに人間の足跡が残っている事実。それはエルキュールにある想像をもたらした。「術式の魔獣が大量にいるだけでなく人型の足跡まで……いよいよ怪しくなってきたな……慎重に進もう」 この先にアマルティアに繋がる手掛かりがあるかもしれない。二人を気を引き締めて遺跡への道を目指した。 木々に囲まれた林を抜けると開けた空間に出た。それまでは木の間に隠れ一部しか見えていなかった遺跡の全貌も露わになっている。 その石の外壁は、ところどころ崩落したり損傷していたりする箇所があり、苔も生えている。そして――「……おい、あれを見てみろよ」 グレンが小声で示した先には遺
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Chapter: 序章 第七話「初めての共闘」 グレンの宿代を賄うため、二人は平原を歩き魔獣を探していた。ヌールの門付近から移動して少し経った頃だが、辺りを見回しても魔獣の影すら見えない。 魔獣がいなくては換金用の素材も手に入らない。思うようにいかない状況に、グレンは苛立ちを隠せなかった。「この辺にはいねえみたいだな……ったく、普段は魔獣なんてそこら中に湧いてやがるってのに」「ここ一帯の魔獣は、既に俺が討伐してしまったからな……」 エルキュールは毎日の日課として魔獣を狩っているが、今回はそのことが仇になってしまったようだ。「クソ……この調子じゃ結構時間がかかりそうだな……ん? お、そうだ――」 怠そうに愚痴を吐いていたグレンだったが、何かを思いついたように表情を綻ばせるとエルキュールの方を見た。「なあエルキュール、金は無理でもお前が狩った魔獣の素材があれば、少しばかり譲ってくれねえか? 」「……結局物乞いじゃないか。それに、もう今日の分はもうすべて換金してしまったんだ」 妙案を思い付いたかのような顔に、エルキュールは一瞬期待を寄せたが大した案ではなかった。金も素材も無償で他人にくれてやるほど、エルキュールは優しくはない。「あー……じゃあ、アレだ、魔法はどうだ。ほら、あの……遠くの様子をみたりするヤツだ……何だっけなあ……」「ビジョンのことか? 悪いが、光の上級魔法なんて俺には扱えない。闇魔法なら多少の心得があるが、他の属性は少ししか使えないんだ」 簡単にグレンは言うが、上級魔法やその上の特級魔法のような難解な魔法は魔術師などの限られたものにしか扱えない。 ヌール広場にあるビジョンを発動する魔動鏡はもちろん、その他の魔動機械も優秀な魔法技師の存在があって初めて成立するのだ。 特にエルキュールは光属性の魔法はあまり得意ではなかった。あまり専門的には知らないが、個人によって魔法の適性はまちまちで、エルキュールの場合は闇と対極の光属性の適性が欠けていた。「心配しなくても、もう少し先に行った平原になら嫌というほど魔獣と出会えるだろう」「ホントかぁ?」 信用しきれていない様子であるが、エルキュールにひとまず納得したグレンは彼の後を歩き続ける。 その言葉はすぐに現実のものとなった。「おっ、いたいた……なあ、あの兎型魔獣なんかどうだ?」 エルキュールが狩りを行っている場所から、より先
Última atualização: 2026-04-02
Chapter: 序章 第六話「それぞれの理由」 「よう相棒、二時間ぶりくらいか?」 隣町のニースまで買い物に行くという家族と別れた後、待ち合わせ場所のヌール広場に到着したエルキュールに、声がかけられた。 広場の長椅子の背もたれに寄りかかっていた身体を起こし、グレンはエルキュールに歩み寄る。「相棒……? 俺と君はそこまで親密な仲だったか?」 出会って間もないはずだが過剰に親しげに声をかけたグレンに、エルキュールは余所行きの固い態度で返す。「とはいってもなあ……こっちはまだお前の名前を知らねえんだ。オレがせっかく名乗ってやったのに……つれない奴だ」「……エルキュールだ。確かに名乗らなかったのはこちらが悪かった、謝ろう。ところで魔獣を狩るという話だが、具体的にどこに行くんだ?」 自分だけ名乗っていなかったのは礼節に欠けていた。自身の非礼を詫びつつエルキュールは話を進める。「ああ、そうだな。そんなに遠出するつもりはないぞ。んー、あっちのほうに少し行った原っぱなんかどうだ?」 グレンが指さした方向は、エルキュールが朝の日課として魔獣を狩っている北ヌール平原の方角だった。「わかった。それなら早速行こう」 我先に歩き出したエルキュールを見て、グレンも彼に並ぶように歩いた。「そう言えば、少し聞きたいことがあるんだが……どうして俺に声をかけたんだ?」 道すがら、エルキュールを隣を歩くグレンに尋ねる。いつもなら人に自分から会話を振ることなどないのだが、今日のこれまでの出来事を経て、もう少し人と関わってみようとエルキュールは考えていた。「ハハハ……知りたいか? そりゃ、気になるよなあ? どうして自分が選ばれたのか……何か隠された意図、壮大な陰謀があるんじゃないかってな」 エルキュールにとっては当たり障りのない会話のはずだったが、グレンは回りくどい言い回しで話を大きくする。いちいち狂言を挟まないと会話ができないのか。「別にそこまでは言ってないが」「お前の気持ちは分かってる、みなまで言うな。教えてやろう、お前に声をかけた理由はな――」 エルキュールの言葉を無視して、一瞬間を置いてグレンはにやりと笑う。勿体ぶった彼の態度に、そこまで壮大な理由があるのか、エルキュールは彼の続きの言葉に耳を傾ける。「初めて見たときに感じたんだ、お前こそがオレの相棒にふさわしいってな……これが一目惚れってことか……」 ど
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Chapter: 序章 第五話「鑑定屋にて」 ただ素材の換金に来ただけのはずだったが、妙なことになってしまった。 当初の目的といえば、ただ魔獣の素材を換金しリゼットたちの買い物に役立ててもらうことだったが――「そうだな……マクダウェル家のメイドとして雇ってやってもいいな」「ルイス様、いきなり何をおっしゃっているのですか!?」「フン、別に構わんだろう? ……ああ、能力の事なら心配ないさ。教育を施せばな」「いえ、そういうわけでは……」 どういうことかエルキュールの目の前では、アヤが先客の貴族の青年ルイスにおかしな勧誘をされている。 ルイスに会うのはこれが初めてだったが、彼が口にしたマクダウェルの家名には兼ねてから聞き覚えがあった。「……はあ、マクダウェルというと、あの王国議会の……?」 あまりに横暴な発言を前に、顔に戸惑いを浮かべながら、アヤはルイスに確認する。 とりあえず、当たり障りない会話から始めて平静を取り戻すのが狙いか。「もちろん、そのマクダウェル家だ。ミクシリアの王国議会の一員であるマクダウェル家の長子、それがこのボクだ。――そのボクが誘っているのだ。どうだ、光栄だろう!」 自信たっぷりにルイスは胸を張った。 オルレーヌは王が君臨する国ではあるが、政治には貴族を中心とした議会も参加する。マクダウェル家も王国議会に召集される名家の一つである。 相当な名家であることには違いない。高らかに自慢するルイスの表情は、先ほどもまで店主に怒鳴り散らしていたとは思えないほど、清々しいものである。 しかし、対するアヤの表情は曇っていく。仕方ないことかもしれないが、彼女のルイスへの心証は悪いようだ。「考えてもみたまえ、この街の呑気な連中のことを。日に日に魔獣の脅威が増しているのにも関わらず、相も変わらず危機感がない。ボクたちマクダウェル家を始めとするミクシリア議会が、貴重な騎士たちを防衛のために配属してやってるからこそ、平和に過ごせていることにまるで気が付いていない」 ヌール住人への侮蔑を込めて雄弁に語りだすルイスと対照的に、アヤの顔はどんどん暗くなる。 この街が危機感がないという指摘は分からなくもない。今朝の広場での件のように、首脳が危機感を覚えているのに反し、ここの人々は魔獣についての興味が日に日に薄れているように感じる。 ただ、わざわざそんなことを口にしてもアヤのルイスに対する
Última atualização: 2026-04-02