ANMELDENエルキュール・ラングレーは魔人でありながら人間の世界に混じって生きる青年だ。人間と魔人は相容れないというのが世界の常識とはいえ、エルキュールは物心ついた時からヒトの社会で暮らしていた。 自らを不純な存在だと捉えていた青年は、やがて一つの邂逅を遂げる。 彼と同じ種族である魔人であり、人の世界に反逆する集団・アマルティアと。 「エルキュールよ、貴様の在り方はそれで正しいといえるのか?」 青年は突きつけられる。自らの矛盾した存在を、そしてそれによって生み出される歪みを。 矛盾を抱えた魔人が紡ぐ、救済と救世のダーク・ファンタジー。
Mehr anzeigen名もなき丘の上。
平時なら静寂に包まれているはずの彼の地は、その夜、溢れかえるほどの人々で埋めつくされていた。たとえばそれは、泣き叫ぶ幼子。
あるいは、子を宥める親。 身を震わせ叫ぶ者たちもいた。反応はそれぞれ異なるが、確かなのは、誰も彼もが一様に悲嘆に明け暮れ、丘の麓で盛る劫火に、果てしのない喪失を重ねていたこと。
この者どもが住んでいた村は、僅か一晩の内に救いようもなく決定的に破壊された。
彼らにとっては最も忌み嫌うべき宿敵によって。「――――」
そんな凄惨たる状況の中で一人。
人々から少し離れたところで佇む青年だけが悲哀と無縁であった。飾らない灰色の髪に、鈍い光沢を放つ琥珀色の瞳。
青年はまるで感情が抜け落ちているかのような虚ろな表情で、周囲の者たちの止めどない慟哭を、彼方で激しく燃え上がる赤を、同じく虚ろな瞳で眺めていた。
もちろんこの場にいる以上、彼もその人々と無関係ではない。
彼は正しく、あの燃える炎の中にあった村に住んでいたし、それで尚こうして人形のように静かであった。
青年が残忍であるからと聞かれればそれは否であるが、青年には血も涙もないと聞かれれば、それは是であった。
矛盾していると思うだろうか。
だが文字通り、青年には血も涙もなかった。
本当に彼の肉体には血が通っておらず、未だ瞬き一つすらしないその瞳から涙が零れることはない。
はっきり言って青年は人間ではなかった。比喩的ではなく、生物学的な意味でだ。 だから、こんな時にどんな感情を拾って、どんな表情を貼り付けて、どのように振る舞えばよいのか、青年には何一つ分からなかった。悲嘆、憤慨、絶望。
短いヒトとしての生活を経て、どれも言葉の上でだけは知っている感情であるが、青年はいまだかつて己の内にそれらを感じたことがなかった。
圧倒的に経験に乏しく、感情を抱くまでに至っていない。
ゆえに青年は、こうして立ち尽くすことしかできないでいたのだ。そんな青年の内情は、もちろん周りの人間に理解できる類の話ではなかった。
無表情に立ち尽くす青年のその姿は、傍から見る人には薄情や冷血という言葉を想起させ、人によっては自分たち住んでいた村が滅んでしまったことを嘲っているようにも見えたかもしれない。
ともあれ、青年の振る舞いは周囲の反感を大いに買い、注目を浴び、やがて怒りの捌け口へとなってしまった。
呆然とする青年に対し、住人の一人であった男の拳が振るわれる。
「っ、お前の……お前のせいだ!! 村が焼かれることになったのも! あいつらがみんな死んじまったのも! お前が、魔獣どもを呼び寄せたからなんだろ!?」
単なる怒りの捌け口としてではなかったようだ。
青年を口悪く謗るこの男は、この幻のように儚い青年こそが、眼下に広がる災厄を招いたものだと見做したようだ。
確かに青年はヒトではないが、傍から見るとヒトとしての形を保っている。
魔獣のように醜く、卑しい本能に塗れた怪物とは程遠い外見。男の主張は、冷静さを欠いたことによる八つ当たりにしか思えないが、彼の暴行を目撃していた周囲の者も、青年自身も、男が指摘したことに異を唱えることはしなかった。
然したる防御もせず、真っ向から振るわれる拳を受けた青年は、空中に弧を描いて吹き飛び、その身体がやがて背中から地面へと叩きつけられる。
大の男の渾身の打撃を喰らっても青年は痛みを感じないのか、やはり無表情に夜空を見上げるばかりだった。
その様子に男はいっそう怒りを滾らせ、男と大差ないほどの恰幅の身体を胸倉を掴んで立ち上がらせると、もう片方の腕を振り上げた。
「もうやめて……! やめてください……!」
そして同じように拳が下ろされるだろう、そう誰もが思った刹那のこと、高く上げられたその腕を横から飛び出てきた女性が遮る。
紫紺の髪を靡かせる、妙齢の婦人であった。
「誤解です、きっと誤解なんです! この子がそのように酷い事をするはずがありません!」
「ぐっ、リ、リゼットさん……放してくれよ! 誤解だって言われてもなあ、俺は見たんだよ! 村が襲われる直前、こいつが魔人の姿をしていたところをなあ! それから魔獣どもが一斉に現れやがったのは、こいつの魔素に惹かれたか……もしくはグルだったからに違いねえだろ!?」
躊躇ったのは一瞬で、男は女性の華奢の手を乱暴に振り払う。
勢いのままにその場にへたり込む女性に、男は鋭く告げる。
「それに、あんたはこいつの正体を知っていながら俺たちに教えなかった。そればかりかこいつを匿い、人間だと見なして家族ごっこに興じていたんだ! そのあんたに俺を止める権利なんてねえ!!」
吐き捨てるような叫びと共に、男は青年が来ていた服を胸元の部分から強引に裂いた。
より露わになる喉、首筋、そして――。
「あ……」
「ははっ! あんたがこいつをやけに隠したがっていたからおかしいと思っちゃいたが……まさか本当に魔人だったとはなあ!! おい、皆見てみろよ! こいつの胸のあたりにあるモノ、魔獣に付いてるモンとそっくりだぜ!」
露わになった青年の胸元は、部分的には人間の肌と大差ないが、所々に漆黒に光る痣のようなものが見られ、まるで継ぎ接ぎのぬいぐるみのような奇怪な印象があった。
それだけなら、まだ火傷か何かだと言い逃れることもできようが、問題はそこに止まらない。
胸元の中心部、一際強い光を放つそこには、透き通るような黒で形成された塊が鎮座していた。
胸に石が埋め込まれているかのようなそれは、もちろんヒトの身体には存在しない器官。
黒い半透明の塊は、人間で言うところの心臓のような動きで明滅を繰り返しており、青年の非人間性をこの上なく残酷な形で周囲の者へと曝した。そしてその決定的な露出により、それまで虚ろだった青年の顔に初めて変化が生じた。
誰にも見せてはいけないといわれていたモノ。この世界の敵であるという証。
それが明るみに出てしまった事実は、劫火に耐える青年の心すらも揺るがしたようだった。
「ひっ……やっぱり本物の魔人……!?」
「なんという邪悪な光じゃ……!」
「彼の言葉は本当だったのか……気味が悪い……」
周りにいた元住民たちは青年の露出した胸元を見ると、忌々しく眉を歪めて各々が強い不快感を示した。
その声を耳にした青年の顔に、微かに悲しみのような表情が宿る。
周りからの共感と、青年の鉄の面に傷をつけたことに満足した男は、青年の方を見て冷笑を浮かべた。
「見ろよ、この反応! お前はたまたま運が良かっただけだが、所詮は魔獣どもと同じで俺らの敵なんだよ! おら、同類なんだろ? 俺たちの村を焼いた責任をとってもらおうか? いいよな? お前らバケモノが最初に奪ったんだ、なにも間違っちゃねえよなあ!?」
男は青年を殴り飛ばし、刃物を懐から取り出す。
たとえ無抵抗であっても、刃物で魔物を殺すことは難しい。
しかし何百何千と傷を付ければ、それも決して不可能ではないことで。
憤怒と狂気に塗れた瞳の彼にとって、それはきっと容易く行えることで。
周りの者たちも男を止める素振りを見せなかった。
恨みの籠った目で地に伏した青年を睨みつける者もいれば、あまつさえその行為を煽る者もいた。「魔人風情が人間の皮をかぶっていた上、俺たちの近くでのうのうと暮らしていたとはなあ……ああ、虫唾が走るぜ。まったく、存在が許されないゴミは駆除しないとなぁ……!?」
その声をよりいっそう冷たいものに変え、男はじりじりと青年との距離を詰めるが――。
「お、お兄ちゃんはバケモノでもゴミでもない!!」
またしても、青年を庇うように小さな影が割って入った。
先ほどの婦人によく似た容貌の少女である。
あどけなさが残るその顔は涙でくしゃくしゃになり、堰を切ったようにでたその声は怒りと恐怖に震えていた。脚に宿るは今にも折れそうなほどに脆く、今まで何一つ声を上げなかったのも頷けるほどに怯えている。
「き、君はリゼットさんの――」
しかし、たとえ吹けば飛ぶようなその身体でも。
幼き少女のなけなし勇気は、一瞬ではあるが男の歩を止め、青年の命が潰えるのを僅かに遅らせたのだった。
「アヤ、いけない! くっ……もう、こうなったら……!」
その一瞬だけ生まれた空白を、少女の母は見逃さなかった。
地につくばる身体を起こして立ち上がると、狼狽えて動きを止めている男を全力で後ろから突き飛ばす。
「な……クソっ!」
幸い、傍観していた人々と青年たちとの距離は幾らか空いていた。
女性は泣き喚く少女と呆然とする青年の手を急いで取り、その場からから逃れるように丘の上の方へと走り出した。
突然の出来事に、倒れた男も他の者もすぐには反応できない。
気付けば三者の背中は遠くなり、男は逃げていく彼らを苦虫を噛み潰したような表情で見据えた。
「ちっ、クソったれ! バケモノを庇うなんて……あんたらもどうかしちまったんじゃないか!? 逃げるってのなら勝手にしろ、どうせ野垂れ死ぬだろうがな!」
逃げる青年たちの背に男の負け惜しみにも似た声が刺さる。
彼は追ってまで青年を殺すつもりはないようで、青年を恐れていた者たちも、その脱出を見て安堵の表情を浮かべた。
男たちは青年に対する並々ならぬ敵意こそあったが、やはり逃げる彼らを追うものは一人としていなかった。
ここに至るまでに憔悴していたのもあるだろうし、恐ろしい魔人と関わり合いになりたくないと考えたのかもしれない。
もしくはこの夜分に丘を上って逃げても、決して無事には生きられないだろうという侮蔑だろうか。
いずれにしても、今の青年達には僥倖なことであった。
丘を登り、下り、そしてまた上り。そうして男たちの姿が見えなくなったころで、それまで全速力だった青年たちは足を止めた。
意図した動きというよりも、力が無意識に抜けてしまったといったほうがいい。
住処を失い、同じ住民で会った者たちに詰られ、ここまで駆けて。
精神的に疲弊していた彼らは、とにかく休息を渇望していたのだ。
「ここまで来れば、ひとまず大丈夫、かしらね……」
追っ手が来ていないことを確認すると、呼吸を整えつつ母親が笑みを浮かべる。
「お母さん……ぐすっ、わたし……」
それまで堪えていた不安が弾けた少女は母親に思いっきりしがみつく。その目には大粒の涙が溢れ、声もしゃがれている。
「……もう大丈夫よ、アヤ。怖かったわよね……よしよし……」
青年をかばうため、勇気を奮い立たせ男の前に立ちはだかっていたが、その実恐ろしくてたまらなかったのだろう。
再び泣き出してしまった少女の背を、母親の手が優しく慰める。 「――――」 そんな親子の絆を少し離れたところから眺めていた青年の目線が、ふと先ほど衣服を破られた自身の胸元に向けられた。継ぎ接ぎの肌の色と黒く明滅する塊。この状況を招いた元凶。
果たして本当に自分のこれが、魔獣たちを呼び寄せてしまったのか、今の青年には理解できなかった。
しかしこれがなければ、青年があの場にいなければ、あの親子と共にいなければ。
彼女たちがあんなにも傷つき、村を追われることはなかったはずであるのも確かだった。青年の意識に先ほどの男の言葉が蘇る。
「……世界の、敵……生きる場所が、ない……?」
青年の口からたどたどしく声が漏れる。それまで曖昧だった感情が、明確に彼の心に湧き上がる。
「バケモノ、魔人……存在が許されないゴミ……」
「……お兄ちゃん?」
ぶつぶつと呟かれる声に、平静をいくらか取り戻した少女が気づき青年に声をかける。
しかし、その声に反応する余裕が青年にはなかった。
その内にはかつてないほどの負の感情が渦巻いていた。絶望、罪悪感、諦念、疎外感、未知の感情に青年の心は嬲られてゆく。
自分の中の何かが決定的にしまったのを朧気に感じながら、青年はやがてある予感へと至った。
この出来事は自身にとって特別な意味を持つようになるだろうと。
逃れ難い罪として、それを背負ってこれから生きていかなければならないという罰として。
己の自由を奪い、魔人としての立場に縛り付ける軛として。
そうして、この件に端を発する彼らの放浪の旅は、人目を避ける生活は、約五年ものあいだ続くことになった。エルキュールと少女が魔人との戦闘を開始したころ、一方のグレンはその肩にカイルを担ぎ、来た道を急いで引き返していた。 すんでのところで魔獣に襲われていたカイルを救出することに成功したグレンらだったが、運が悪いことに魔人までこの件に噛んでいたのだ。 一般的に魔人は魔獣に比べ知能が高く、その力も強大である。そんな危険極まりない存在との戦闘に、カイルを巻き込むわけには行かなかった。 故にグレンは一刻も早くカイルを連れこの森から離れる必要があった。 それには一秒たりとも無駄にはできない。カイルは一人でこの森に入ったようだったが、起伏のあるこの地形は子供の足で進むには時間がかかる。 ならば多少無理やりにでもカイルを担いでグレン一人の足でさっさと脱出してしまうのが得策ではある。 そうした判断の下、グレンはここまで一心不乱に駆けてきたのだが――「おい、はなせって、もう! いたいんだって、このツンツン頭!」「うるせぇ、ってかツンツンじゃねえ、グレンだ」 それまで沈黙を貫いていたグレンの口から遂に不平の声が上がる。 だがそれも無理からぬことであろう。他人の髪型に対する失礼な物言いもそうだが、先ほどからグレンの肩の上でカイルが暴れるのをやめないのだ。 加えてカイルが手足を動かすたび、グレンの腹やら頭やらにぶつかるものだから、今となってはその打たれた部分に鈍い痛みが走っていた。 こちらは助けに来た側だというのにあまりの仕打ちだった。グレンは打ち付けられた痛みと理不尽さから生じる苛立ちに顔を歪ませた。「ちっとは静かにしろよ。街に着いたらお望み通り放してやるからよ」「それじゃあダメなんだ! このままじゃジェナお姉ちゃんが――」「またそれかよ……ったく」 一向に抵抗を止めないカイルに嘆息する。どうやら魔術師の少女が危険に曝されている現状に我慢ならないようだった。 そういえばカイルはずっと魔術師の名前を口にしていたが、ここにきてようやくグレンはその理由に思い当たった。 クラーク夫妻の話では子供た
魔獣に囲まれていたカイルと魔術師の少女に加勢したエルキュールらの前に現れたのは、人型イブリス――魔人と称される生命体だった。その数は三体であり、それぞれの体表面には深緑の魔素質が浮き出ていた。「なんでこんなとこに魔人がいるんだよ!」 グレンの悲鳴は当然のことで、魔人というのは魔獣に比べて数も少なく、通常ならほとんど遭遇することもない。 その理由には魔人の発生過程が関係している。リーベである人間が魔物による汚染されることで、人間が魔人へと変貌する。現存する魔人はおおよそ汚染によって生まれているため、一般論で考えればここにいる魔人にも元になった人間――オリジナルがいるはずである。 しかし、こんな森の奥にそんな人間がいるものだろうか――「……まさか」「うん、多分……あなたの思った通りだよ」 エルキュールの中に生まれた確信は、その傍らに構えている魔術師の言葉によって裏付けられた。 現れた魔人に共通している要素として、身体の大きさ、魔素質の属性はもちろん、身体に付着している特徴的な金属片があった。 魔人には金属を纏う特徴などない。つまりあの金属片は魔人としての特徴ではなく、人間だったころの特徴であると解釈するべきなのだ。 そして、あの銀色の輝きはエルキュールの目にも新しく、ここのアルトニーの騎士隊が身につけていた甲冑のものと酷似していた。 そこまで考えたところでエルキュールは自身の益体のない想像を止めた。これ以上考察を並べても不快になるだけなのは明らかだった。どちらにせよ、これから為すべきことは決まっている。 エルキュールは手にしていたハルバードを前に構えた。幾度となく魔獣を、同朋を屠ってきた得物である。この武器で今回も同じように斬ってやればいいだけだ。 刃を向けられた魔人はおぞましい雄叫びをあげた。それに伴って辺りに魔力が迸る。オリジナルとなった人間が騎士であることから、その戦闘力は比較的高いと思われる。流石にカイルを守りながらでは厳しいだろう。「……魔人どもは俺が食い止める。二人はカイルを守りながら魔獣に対処してくれ」「え……?
グレン・ブラッドフォード――カーティス隊長が呼んだその名前をエルキュールは胸中で反芻する。グレンの苗字を尋ねることはなかったため、今になって初めてグレンのフルネームを知ったからというのもある。 が、そのこと以上にエルキュールが気になったのは、グレンがその名を冠しているという事実であった。 ブラッドフォード。先ほどの会話でもあったブラッドフォード騎士裁判所は現ブラッドフォード家当主のヴォルフガング氏の提案で設立された国家機関であり、同氏が裁判長を勤めているというのは広く知れ渡っていることだ。 もちろんそれも大層なものだが、ブラッドフォード家といえばオルレーヌ建国時から大きな力を持っている武家の一つとしても有名だ。その歴代当主は紅炎騎士の称号で呼ばれ、この国の防衛や政治にも携わっている。 養子とはいえ、今まで旅をしてきた連れがそんな大家に連なるものだと知れば、多少驚くのも無理はないことだった。「……ったく、名乗るつもりなんかなかったのによ」 思わぬところで自身のことを明るみに出され、グレンは煩わしそうに呻いた。「あなたがあの家に対してどのような思いを持っておられるかはさておき、この場は是非ともお力をお借りしたいものですねぇ」 グレンの態度を前に、カーティス隊長はその年に相応な柔和な笑みを浮かべた。申し訳なさそうな表情ではあったが、その声は相変わらず強い意志のようなものが混じっており、その年でここの騎士を任せられているのも納得の胆力を感じさせた。「それは分かってる。ま、一応オレが仲介すれば楽に手続きできるとは思うぜ」「ええ、感謝しますよ、グレン卿」 その会話から察するに、グレンの協力によってこのジェイクを正しく裁くように計らうようだ。当の本人はようやくその事実を認識したのか、その顔には絶望の色が広がった。「な……嘘だろ? 待ってくれ、違うんだ、俺は――」「いいえ? 何も違うことなどありませんよ、ジェイク。少なくともあなたが虚偽の理由で任務を放棄しようとした事実は、私を含めたこの場の証言だけでも証明できるでしょうし……そちらのご家族の件の詳細によってはより罪は重くなるや
ヌールからの旅人であることから、アルトニーの騎士詰所を訪ねるよう申し出を受けたエルキュールとグレン。その言葉の通りに赴いた二人だったが、そこで待ち受けていたのはある男の悲痛な叫びであった。 男の放った言葉に、グレンとエルキュールの顔も険しいものに変わった。 ――このままでは息子が……カイルが魔獣に殺されてしまうかもしれないのです……! 魔獣に殺される。あまりにも物騒なその言葉に、それまで入口の方で様子を見守っていたエルキュールも、男たちがいる詰所内の隅の方へ向かう。「それはどういう意味ですか?」 エルキュールが突如として会話に入ってきたことに多少驚いた素振りを見せたが、男は絞りだすように詳しい経緯を語り始めた。 男の名はリチャード・クラーク、傍らにいる女性と少女はそれぞれ彼の妻と娘であり、ここから西にあるガレアで農業を営んでいるらしい。 ここアルトニーへはニースで催されている大市に参加するために一時的に滞在しており、本来ならば一昨日の三日にはヌールへと向かっていたはずだった。「あなた方もご存じかもしれませんがその日は魔獣が大量発生しており、一般人の通行が制限されていたのです」 あの日のことについてはエルキュールもよく知っていた。ヌール・ガレア方面での魔獣の大量発生、当日の該当区間の通行には魔法士などの専門職の同行が必須だったのだ。「まあ、制限の方は然程問題ではなかったのですけどね……本当にあの魔術師さんには頭が上がりません」「魔術師だ? そんなお偉いさんがこの街にいたのかよ」 魔術師という単語にグレンは大仰に反応した。魔法士の上位職である魔術師は数も限られており、優れた魔法技術を持つことから国からも重宝されている。 一介の農商が雇うというのは少し珍しく、エルキュールも意外そうな目で相槌を打った。「いえ、雇ったというより彼女の目的のついでに、といった話でしたが……ともかくこれで何の憂いもなくニースへ、そう思っていたのに」