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宵更カシ
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Novels by 宵更カシ

豪華客船で棄てられた社長令嬢の私が、海を統べる剛腕御曹司(幼馴染)に溺愛されています

豪華客船で棄てられた社長令嬢の私が、海を統べる剛腕御曹司(幼馴染)に溺愛されています

大海原を往く豪華客船……その真ん中で、私は棄てられた。 婚約者の純と日野内グループが主催するクルーズに参加していた香織だったが、突然起こった経営する会社の株の大暴落で失墜してしまう。 そして船から大海原へと放り出された彼女を見つめていたのは、元婚約者の彼とその隣に居座る令嬢『田沢湖 海未』だった。 冷たい海と絶え間ない孤独。しかし悲しみと憎しみに震える彼女に光が差し込む。 「取り戻してみせる。会社も幸せも」 ※ブックマーク、コメント、レビュー、いいねが創作の励みになりますのでぜひ!
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Chapter: 第63話 欲しかった言葉
プロポーズの言葉はまだ無いけれど。 薬指に嵌めた指輪は、確かな意味を示してる。 でも・・・・・・と私はベッドから起き上がって口にした。 「彼の口から聞きたい」 二度目の精密検査で、 「もう大丈夫でしょう。退院です」 怪我の度合いがそこまで大きくなかったからか、一週間程度の入院で済んだ。 これで仕事に戻れる。 でもその前に、慎太郎に聞かなくちゃいけないと思った。 指輪を渡すだけだなんてあまりに寂しい。 「本社へお願いします」 私は運転手に告げると最初は困惑していたが、 「慎太郎に会いたいの」 伝えて納得してもらえると、サムズアップまでしてくれた。 「香織?!」 社長室に入ると、慎太郎のあたふたした声が聞こえてくる。 直行してきたことがそんなに意外なんだろうか? 「体はもう大丈夫なのかい?」 「うん。異常ないって」 「そっかぁ」と、彼は胸を撫で下ろしていた。 「それでね」 と私は切り出して、左の薬指を押さえる。 言うんだ。しっかり。 「この指輪の意味なんだけど、慎太郎の言葉で聞きたいの!」 流れる雲が一瞬、止まったように思えた。 私の言葉に沈黙して、言い掛けようとしたときだった。 「ごめん香織。その言葉、少しだけ待ってくれないかな」 「え?」 その返事に、私はめまいがしてしまった。 だって指輪を渡されて、言葉は待って欲しいなんて分からなかったからだ。 「違うの? 私と結婚しようって」 「違くない。でも、まだなんだ」 どういう意味・・・・・・。 私は拳を握ってしまっていた。 それは欲しい言葉を言ってくれない怒りなのか。 本当の意味を知りたいじれったさなのか。 「ねぇ・・・・・・言ってよ」 自分でも駄々をこねてるっていうのは分かってる。 でも、でもでもでも。 私は社長室を飛び出してしまった。 「香織っ!」 追おうとする慎太郎だが、その背中は見守るしかなかったんだろう。 社長室からは出てこず。 私はロビーの裏の方で一人、泣いてしまった。 なんで、こんなに強欲になってしまったんだろうか。 慎太郎が私の事を好きでいるっていうことが、そうさせてしまったんだろうか。 早く欲しいと願ってしまう。 一週
Last Updated: 2026-09-01
Chapter: 第62話 必然
目覚めると白い天井が視界一面に広がる。 清潔感の溢れる一人用の個室。 そして感じたのは、慎太郎の温かい手。 「慎ちゃん?」 マスク越しに籠もる声で、彼も気づく。 「痛いところはない? 大丈夫?」 慌てる声色を私は飛び起きようとする。 けれど全身に痛みが走った。 「寝てるままで良いよ」 「何があったの?」 「それが」 私が尋ねると、慎太郎は苦悶の表情を浮かべた。 酷く回って、壁にぶつかったのは覚えてる。 「赤ちゃんは?!」 大声を出してしまい、また背中に激痛が走った。 「無事だよ。香織が丈夫だったおかげだ」 「良かった・・・・・・」 安堵のため息が漏れる。 もし死んでしまっていたら、耐えられなかったと思う。 すると病室の扉が開いて、 「お目覚めになりましたか」 「あぁ。丁度良い細道、香織にも聞かせてあげて」 「かしこまりました」 軽い会釈をして入ってきた細道は、何やら気難しい顔で寄ってきた。 「事故・・・・・・いいえ、これは事件ですか。その原因が分かりました」 (事件?) 彼の言葉に引っ掛かる。 私の記憶では対向車や運転操作にミスはなかった。 車も普通に走っていたし、ブレーキが利かなかったなどということもない。 事件と言えるほどの出来事かと言われると違う。 けれど、細道が取り出したポリ袋の中身は、その引っ掛かりを消す決定的な証拠であった。 銅色の潰れた金属。 「これは弾丸だ」 「弾丸・・・・・・?!」 「タイヤにめり込んでいました。事故を起こした場所からも、車が狙撃されたと考えて良いでしょう」 狙撃? 弾丸? じゃあ、あの事故は偶然じゃなかったってこと? 「事故は意図的に起こされたということです」 「なるほど。諦める気はないと・・・・・・そういうことだな」 「はい」 淡々と細道は言う。 体が強張って動かない。 でも、口は動く。 私の命を奪うことにここまで執着されては、どこへ逃げても逃れられない。 震えていた手を見て、必死に力を込めて止める。 逃げても逃げられないなら、立ち向かうしかない。 「慎太郎・・・・・・」 「なんだい?」 彼の瞳は真っ直ぐで、私のは揺れている。 きっと、
Last Updated: 2026-08-31
Chapter: 第61 話 掻き立てられた『願い』
翌朝。 慎太郎の顔色がパッと輝いていたのを目にして、 「何か、良いことあった?」 思わず聞いてしまう。 「分かる?」 「なんだかご機嫌だもん。分かるよ」 「実はあったんだ昨日。香織が帰った後にね」 素直に答えてくれるけど、 「へぇ。聞いても良い?」 「それは秘密」 何があったのかまでは、誤魔化されてしまう。 (気になるけど・・・・・・) その笑顔を壊したくなかった。 「そのうち分かるよ香織」 そう言って、頬にキスをした。 会社につくと、私たちを待つように来客があった。 「やぁ慎太郎君」 ソファで小さく手を振ったのは立花さんだった。 (この人、ずっとここに出入りしてるけど、お仕事は大丈夫なんだろうか) と、少し余計な事を考えてしまい、首を振った。 「今日来た訳なんだが」 コーヒーが運ばれてきて、立花さんがそう切り出す。 「最初に二人へプレゼントがあるんだ」 「プレゼント?」 私と慎太郎が顔を見合わすと、 「持ってきてくれ」 と、紙袋を持った細道がその中身を出す。 「これって」 「結婚祝いを渡そうと思ってね」 「でもベビー用品って気が早くないですか?」 思わず尋ねてしまう。 けれど立花さんは首を傾げて、 「え? もしかして僕、少し早とちりしちゃってたかい?」 「いいえ。香織のお腹には赤ちゃんがいるんです。全然早くなんてないですよ」 フォローする慎太郎と訝る私。 なぜ、この人は知ってたんだろう。 「先日、レストランであったときの食事でなんとなくそうだろうとは思ってたよ。だからこれにした」 「やっぱり立花さんには敵わないや」 「競ってるわけじゃないさ。経験則だよ」 鋭い洞察力に、邪推してしまったことを反省した。 それから他愛のない雑談を少しして、商談は纏まった。 「また来るよ」 キザに社長室を出て行く彼に、深々とお辞儀する。 「バレてたみたいだね」 「うん」 多分、あのときだ。 サラダしか食べてなかったのを見て、気づいたんだろうと思う。 さりげなく見られていたと思うと、怖くもあるけど。 「ああいうところが、成功の秘訣なのかも」 突き抜けた才能というのは、正しく使えば人の役に立つ。
Last Updated: 2026-08-31
Chapter: 第60話 告白
香織が帰った後。 僕は田沢湖財閥、日野内グループの資料を読み漁った。 するとそんなデスクに一本の電話が入ってくる。 「どうした細道」 「受付に来客なんですが」 彼は少し困ったような声色をしていた。 午後に来客の予定はないし、アポ無しで来るなど失礼にも程がある。 「丁重に追い返してくれ」 「そうしたいんですが、先代の日野内社長がお出ででして」 驚いて思わず声量が大きくなる。 「すぐに案内してくれ」 掌を返すようだったが、そんな些事はどうでも良い。 僕は姿見の前でネクタイを直して、つま先から頭を念入りにチェックする。 (香織のお父さんに会うんだ・・・・・・ちゃんとしなきゃ!) 大きく深呼吸をして、僕は出迎えた。 「十年ぶりくらいですか」 僕はパッと笑顔を咲かせて出迎える。 香織の父『日野内 宗二』と堅い握手を交わす。 「娘がお世話になっております」 そう言って深々と頭を下げていた。 「頭を上げてくださいよ。むしろ僕がお世話になっている方で・・・・・・コーヒーでもいかがですか?」 応接用のソファに手招きして、僕たちは正対した。 「それで、本日はどのような御用で」 「特にこれと言ってではないんだが、香織が気になりましてね」 「申し訳ありません。香織・・・・・・日野内さんは、もう帰られまして」 「そうでしたか・・・・・・押し掛けて申し訳ない」 「いえいえ!」 心配する気持ちは痛いほど分かる。 香織の意志を無視しては話せないと、ぐっと堪えていた。 (ちゃんと終わるまでは会えない・・・・・・か) でも、この人は香織のお父さんなんだ。 命かながら助かった娘の事を聞く権利はある。 いつもなら即決即断できるのに、迷いが心を揺さぶる。 「心配ですよね」 「えぇ・・・・・・」 「元気に働いていますよ。僕も凄く助かっていますし」 「香織は・・・・・・」 言い掛けてハタと、宗二は言い淀む。 「なんでもおっしゃってください。お応えできるかもしれませんし」 「いいえ。あの子は、私を恨んでいるんじゃないかと考えてしまい」 なるほど、と僕は得心した。 「私は何もできなかった。娘に会社を継がせたのも、半ば一線から退きたいって気持ちもありました
Last Updated: 2026-08-30
Chapter: 第59話 コンフリクト
そのお願いに頷けなかった。 信じていないわけじゃない。 役に立つって分かってる。 全てを終わらせる為。 でも、それでも。 「ごめんなさい」 彼に深々とお辞儀をして謝る。 逡巡していた。 田沢湖 羽海の前に出ることが。 「少し、考えさせて欲しい」 私は苦い顔をして言う。 きっと慎太郎は困ってしまうだろうと思った。 でも彼は、 「ううん。ゆっくり考えて欲しい」 私にも、これが田沢湖 羽海の意志を挫くには最良だと考えていた。 けれど同時に恐怖が背筋を伝っている。 私はそのまま社長室を出て、一人レストランへ向かった。 カウンターの席で、サラダを頬張りながら、 「どうしたら、良いんだろう」 ぼやいてしまう。 今まで、慎太郎のお願いには無条件で頷いてきたはず。 なのにこれだけは譲れない。 私は、私自身が大切なのだ。 情けない・・・・・・。 慎太郎たちは命を張って、戦ってるのに―― 「やぁ香織君」 不意に声を掛けられて、俯きがちだった顔が上がる。 「立花さん」 「珍しいね。一人なんて」 「ちょっと考え事していて」 そういうと、立花さんの気さくな笑みが曇る。 「喧嘩かい?」 「そういうのじゃないんです。ううん、私自身で喧嘩してるのかも」 自分で言っていて、意味が分からない。 けれど彼は汲み取ったみたいで、 「コンフリクトって奴かな」 「え?」 コンピューターで競合、つまりぶつかり合ってることを意味する言葉だ。 「考えがぶつかり合ってるってことだよ」 確かにそうだ。 心が揺れている。 慎太郎のお願いに応えたい自分と、恐怖で足が竦んでいる自分。 情けないという自責と、立ち向かいたい勇気。 言い得て妙だと思った。 「詳しくは聞かないよ。でも、君には君にしかできないことがあるんじゃないかな」 「私にしかできないこと?」 「あぁ。成すべき事を成す。リスクを背負っても、与えられた使命なら果たすだけ。僕の矜持かなこれは」 この人は察してくれてるかもしれない。 慎太郎が何をしようとしてるのか。 私がどうなってしまうのか。 それで背中を押してくれている。 信じても良い。 今までだってそうだった。
Last Updated: 2026-08-29
Chapter: 第58話 美しき朝と必死さ
次の日の朝。 ニュースを飾ったのは、私たちの決めた告発だった。 日野内グループの買収から船の爆破、この前の誘拐事件。 一条グループと、その裏にいた『田沢湖 羽海』の存在が明らかにされ、世間はそのことで持ちきりになった。 綱島グループの本社前にも報道陣が集まっていたが、 「申し訳ないが、会見まで待ってくれ」 慎太郎の一言で、車に詰めかけていた記者達が退いた。 「顔を知ってる者も何人かいるね」 知ってるからこそ、下手を打てば危うい。 賢明な人達だ、と私も苦笑する。 「でも、どうして私たちのところにも?」 「香織の話を聞きたいんだよ。君は綺麗だし、優しいから」 私の頬に手を置いて、甘い言葉を投げかけてくる。 けれどその中には、記者達への嫉妬も含んでいるような気がした。 「『僕しか許されないのに』って言うでしょ?」 「バレてた?!」 クスクスと笑う。 だって顔に書いてあるんだもの。 最近、慎太郎の仕草や癖、気持ちが一層分かってきた気がする。 「分かるわよ。私もそうだもの」 「香織も?」 「うん」 だって記者の質問に答えていたら、帰りが遅くなってしまうし、それに―― 「私とお話してほしいから」 甘えるように言う。 私も私で、ここまで変わってしまうとは思ってもみなかった。 「ところで大将。迎えの彼がなんだか困ってるぜ」 運転席の美濃部が愉快そうに言って、私たちは慌てた。 車はとっくに会社の玄関についており、社員の一人がドアを開けようか開けまいか、困惑していた。 「ごめん美濃部! ありがとう」 二人でエレベーターに向かう足取りはちょっとだけ早かった。 「今日の予定だけど」 社長室に着いて、仕事を始めた私たち。 すると扉のノックが遮るように聞こえた。 「入りたまえ」 私は息を呑んで、 「細道っ!」 顔に縫い跡を付けたコンシェルジュが凜とお辞儀をした。 私も慎太郎も掛けよって、手を取る。 「退院したんだな。おめでとう」 「はい。ご迷惑をおかけしました」 「あの、お怪我の具合は?」 「心配ありません。死ななければ、軽いものです」 サイボーグのような台詞に、思わずクスリと来てしまう。 「ですが慎太郎様」 「聞い
Last Updated: 2026-08-28
血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳

血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳

――あなたの血、不味いのよ 夢破れ、絶望に打ちひしがれた少女『七見 光莉』は、高速列車のホームで奇妙な旅烏の吸血鬼『クリスカ・アルタリィ』と運命的な出会いを果たす。 「あなたの街を案内しなさい」  そんな言葉から始まった小さな冒険。それは彼女の命運をも握る真夜中の壮大な旅路になるのだが――?!
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Chapter: いつもと同じ……改札を抜けて
都会の喧騒は私たちを飲み込むように流れていきます。 けれども、一歩一歩離れていくと、まるで自分たちしかいなくなってしまったのではないかと思う、静寂と広大な世界が広がる。 四人で行った北海道の旅路は、まさしくそんな言葉で表現できるようなものでした。 まだ見ぬ時に想いを馳せて、一つ一つの瞬間を思い出に刻む。 盟約から二年経った今も、私たちは変わらずそんな日々を過ごしています。 過ぎ去っていく時は決して戻らない。けれど、心には思い出がしっかりとあって―― 「光莉?」 真夏の昼下がり。 安全確認の放送と新幹線のけたたましい減速、そして行きかう人々の足音。 でもその音が頭の中で掻き消えてしまったように、私はぼーっと思考を止めていました。 「ごめんなさい主様。こんなところで立ち止まってしまって」 「何か考えてた?」 私の考えは主様にはお見通しで、隠す余地すらありません。 正直に白状して、 「少し想いに耽っておりました。主様と出会ったのも、こんな高速列車のホームでしたし」 「あのときは夜だったけどね」 それでも昼間のように煌々と都会の灯りが街を染めていて、とてもきれいだったのを覚えています。 でも同じ景色は二度と見れないと、私は思っています。 こうして主様と出会い、血を交わしたのですもの。 「そろそろ乗りましょう。暑くて死にそうだからさ」 「そうですね。すいません、ぼーっとしてしまって」 「いいのいいの。そうだ。せっかくだし今日もアイス食べましょ。博多までだしゆっくりとさ」 「悪戯はメッですよ」 「わかってるって」 いつもと同じように改札を抜けて。 私たちの旅は今日も始まるのでした―― あとがき  本作を最後まで手に取っていただきまして、ありがとうございます。  宵を更かすと書いてヨフカシって読みます。著者の宵更カシです。  『血がマズすぎて追放され続けた私が吸血姫の眷属になれた訳』は如何でしたでしょうか?  本作は元々、『流れ星ブラッドジャーニー』というタイトルで三年ほど前に執筆され、紆余曲折を経て現在に至ります。  それまでは公募やWEBコンテストでは鳴かず飛ばずでしたが、GoodNovel様に見つけていただきまして連載と相成りました。  そんな事務的かつ、遍歴的なお
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: エピローグ3
 心に秘めた想い。 それを解き放ってしまえば、この騒めきは静まって荷が下りるでしょう。 でも、きっと主様の心を深く傷つけてしまいます。 旅は主様が飾ることのないありのままでいられる場。ただの付き人を超え、使用人、ひいては血の盟約を交わした眷属である『七見 光莉』が、感情を介在させるなんて在ってならない。 片側のツインベッドで一人、膝を寄せて座る。 更けていく宵。機関車のいない最後尾車両の展望には帯を引くテールランプの灯り、反射する部屋と曇り顔の私。 いっそ、気持ちをぶちまけてしまって主様の元から去ってしまった方が、いいのかもしれません。「光莉っ!」 手前開きの扉がドンと音を立てました。「ちょ、もう少し丁寧に開けないと」 何度も乗って慣れてしまっていたけど、この列車は世に言う豪華列車なんです。扉や備え付けの物は大切に扱わないと……。 でも主様が普段から出来ていないわけではありません。けど今回のは少し興奮気味な様子だったので勢い余ったのでしょう。「あぁごめんなさい……あとで車掌さんに謝っとかないと。それでさ! 後でロビーカーに来てくれない?」 「ロビーカーにですか? お時間は何時頃が?」 「そうねぇ。夜のうち! あぁでも、あんまり早くても眠くなっちゃうし、遅いと遅いで見応えがないか……じゃあ青函トンネルを抜ける前!」 「凄く大雑把ですね」 「薫が起きてるから、彼女の部屋で寝なさいな! それじゃっ!」 そう言うと主様は静かに扉を閉めて、どこかへ出かけていきました。 後を追おうとしますが、その背中はありません。時計を見やると、ちょうど23時半を回ったところ。 言いつけ通り、私は薫さんの部屋へ直行しました。「クリスカから起こせと頼まれたよ。相変わらず、そそっかしい」 「ご迷惑をお掛けします」 薫さんは「全くだ」と肩を竦ませていました。 けど、顔は満更でも無さそう。「キーボードの音は我慢してくれよ」 カタカタカタ――カタン、コトン。 囁くようなキーボードと線路を打つ車輪に打音。時折、遠くから響く汽笛が私を心地よい眠りに誘います。 列車の声に耳を傾け――「時間だぞー光莉」 終着の声音に私はゆっくりと瞼を開きました。 車窓は相変わらずの宵……かと思いきや、青いライトが等間隔に横切っていきます。「幽霊?」 「何を言って
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: エピローグ2
 食堂車『ステラープレヤデス』。 大阪発→札幌行の寝台列車に連結されている、日本でも数少ない『動くホテルのレストラン』である。 ここでの食事は私にとって特別。けど、それは季節によって変わるメニューや列車の中で食べる料理っていうのが理由じゃない。「一人寂しく考え事するのも良いけど、光莉や薫、美喜恵とこうしてのんびり食事するのも良い。けどその何よりも私のような吸血鬼を包むこの暖かい空間が好きなのよね」 「急にどうしたのよ。感傷に浸っちゃって」 「ううん。ここでお酒を飲んでいると、つい色々考えてしまうのよ」 例えば、光莉の事とか。聞こえるはずのない心の声でぼそりと言う。 けれど美喜恵にはお見通しのようでグラスが空にすると、その声色を拾ってくる。「光莉ちゃんの事かぁ」 「なっ。いっつも見透かしてくる」 「読みやすいのよクリスカは。顔によく出る」 「うっさいわね……最近の光莉、少し元気がないのよ」 「原因は?」 「それがねぇ。主の私になかなか話してくれないの……今まで、私たちの間に秘密なんてなかったのに」 頬杖をつき、ため息を一つ。 光莉が隠し事なんてすることはなかった。何か感じれば真っ先にそれを私へ伝えていたし、粗相や困り事があれば素直に、言葉にしていた。 けれど、ここ一か月くらいだろうか。列車の終着に降りたときの表情が変わっていた。 それも俯きがちな浮かばない顔だ。体調が悪いのかと思って覗き込んだこともあった。「疲れてるのかもと思って、一週間くらいお休みしたこともあったのよ」 「あら珍しいわね。クリスカが同じ場所に留まるなんて。私じゃなかったら、きっと雪でも降るのかって慌てちゃう」 「……実際、泊まったホテルの支配人が雪かき用のスコップ用意してたの見て、ちょっとツッコミそうになったわ。日本海側だったしってそんなことは良いのよ! まぁでも、ここへ来る間際の列車でもそんな感じだったのよね。悟りを開いたって言えばそれまでなんでしょうけど……どう思う?」 うーん、と美喜恵は右手を頬へ置いた。「もしかしたら、何かやりたいことでも見つけたんじゃないかしら」 「やりたいこと?」 「そうそう。例えば、列車の車掌さんとか」 それは確かにあるかもしれない、と私は納得してしまう。 二年の旅を通じて、自分なりに目指したいものができた――とても
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: エピローグ1
 トワイライト――黄昏は鮮烈な青い星空に移ろい行く。 幾多の長いトンネルを抜けた列車は、『金沢』『富山』と過ぎていき、シャワーを浴び終わったところで新津駅に到着します。 ゆったりと心地よく減速する客車の車窓に、フォーマルなスーツ風のジャケットを羽織る薫さんと紫の着物をキッチリと着こなした美喜恵さんが目に入りました。 時刻は19時過ぎ。二年ぶりの再会に二人用スイート個室の窓越しから小さく手を振ってしまいます。「久しぶり」 「寂しかったんじゃないクリスカ?」 「あのねぇ。もう一人じゃないのよ?」 肩を竦ませた|ご主人《クリスカ》様が、私を横目で指すと、「ふふっ私以上に好いているんじゃない? ちょっとヤキモチ、妬いても良い?」 「勝手になさい。二人の部屋は三番と四番。あぁ、ディナーはもう済ませちゃったわよ。食堂車は行かない」 「えぇー冷たーい! なんてね」 「あっそ……くふふ。ケーキくらいなら入るわよ。行く?」「行く行く!」と美喜恵さんは子供っぽい仕草で応じ、主様と声色を揃えて笑ってしました。「二人揃うと、そそっかしいな」 「主様らしいです。旅先でも色んな人にあんな調子でお話されていて。つい二年前の出来事が嘘のよう」 朝日で輝く吸血姫の姿に魅せられたあの朝から今まで、主様はすっかり良くなっています。 しかしタイムリミット寸前の盟約の反動は多く、最初の一か月は血に慣れるまで屋敷を出ないようにと、掛かりつけのお医者様に言いつけられていました。 その間はお屋敷でお世話をしていたのですが、「光莉! 旅に出るわよ!」 一週間ほどでじっとしていられなくなったのです。「だめですよ主様。お医者様からも言われておりますでしょう。一か月はここで安静にと」 「私の体が大丈夫だと言ってるもの平気よ! それに光莉の血だもの。ずっと食べさせてもらってたから」 私や先輩使用人さんたちの制止も振り切って、旅に出る支度を始めていたのでした。「一度決めたら、梃子でも曲がらないの」 「私も止めたんですが……ごめんなさい!」 時に主様の暴走を止めるのも使用人の仕事だと、両親は言っておりました。私は使用人長に深々と頭を下げて、許しを請います。「あなたのせいじゃないわ。でもご主人様の体は心配よねぇ……」 そう仰ると先輩は口角を人差し指でなぞりながら訝ります。
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: 第五十六話 吸血鬼のセレナーデ
 カタンコトン。ロビーカーの温もりと柔らかい生地に身体を任せっきりの私は軽やかな客車の足音で眼を覚まし、首筋を滞留する快楽の余韻に浸りながらも丸まった兎が驚き跳ねるように立ち上がりました。「良い寝顔。よく眠れた?」 「あ、あああ主様ぁー」 泣きつくように胸へ飛び込みます。平らで冷たくて一気に眠気を覚ます最強のアイテム。「怖い夢でも見たのかそうかー」 記憶が蘇っただけで悪夢ではないです。けど、ちょっぴり安心感を得たいというのは少なからずあった感情でした。 だって辿ってきたレールが本当に実在したのかどうか、不安になってしまったんですもの。「怖い夢じゃないんです。昔のことが蘇ってきて、懐かしんでいたと言いますか、主様は今ここにいるのだと確かめたくて」 二年の月日は高速列車のようにあっという間に過ぎ去りました。旅を続けた主様の雰囲気もちょっぴり大人びましたが、見違えるほど変化があったのは私の方です。 背は主様を優に超えて、薫さんに迫る勢いで伸びました。華奢な体格はそのままで縦に大きくなった感じ。スラっとして凛々しくもなりました。自分で言うのも少し気恥ずかしいですがね。「薫と美喜恵は新津から乗るってさ」 「また遠い所に」 お屋敷での出来事の後日談私と主様は二人と顔を合わせていません。湯楽屋を出てすぐ、薫さんは湯楽屋でいつか語っていた「私と主様を題材にした小説」の原稿執筆を始め、美喜恵さんもそれを後押しする形で三ヶ月ほど残っていたそうです。 タイトルは『ブラッディロードのセレナーデ』。吸血王女の夜曲という意味合いが込められていて、テンポの良い会話劇とラノベ調の軽快な展開で織り成される吸血王女と自分に自信がない少女の物語でした。 私のモデルは勿論後者です。旅する前の自分を振り返ると肴にもなりそうですが、あの頃を懐かしむのはまだ時期尚早でしょう。 話を薫さんに戻しましょう。短くも濃厚な旅路の経験を得た彼女は最強でした。まさに水を得た魚。ゼロから始めたいという要望で新人賞に送り出した彼女の作品は奨励賞という二の舞を踏むような結果でしたが出版から僅か数週間で好評を博して瞬く間に重版。一躍世間の注目を浴び、たった数年でベストセラー作家の仲間入りを果たしたのです。 何時ぞや電話口で私や主様の関与を疑ったみたいですが、大衆の意識を操作できるほどの能力は持ち合
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: 第五十五話 血の盟約
 そして私達は血の盟約を交わしました。 方法は簡単で互いから抜き取った血を輸血するというだけです。互いの血を混ぜ合わせて永遠を誓う。交わせば吸血鬼は太陽への免疫と半永久の命を手にすると、主様が耳元で囁くように言いました。「けれど、急激に変質した血は私達吸血鬼にとっては少し危険なものなの」 私は首を傾げます。 主様の体温が触れ、その色香を吸い込んだ身体はもう自由に動かせません。太い採血用の針で200ccほど血を抜いたのもあるけれど、同性なのに惚れ惚れしてしまう美麗に、今にも理性の箍が外れそうです。 きっと吸血による快楽がそう本能に刻み込んでいるのです。「変化が激しかった故に生じる弊害。それは痛み。急速な変化を遂げた血液は吸血鬼にも多大な負荷を掛ける。耐えられなかったら私は」「わかっています。その時は私も受け入れます」「だからね。一つだけお願いがあるの」「なんでしょう?」「もしね。私が死んでしまったら、この唇にキスをしてほしい」「キス……ですか?」「そうキス」 スキンシップかもと考えましたが、主様の頬は紅潮していました。「美喜恵さんへの片思いはどうしたんです?」「れ、恋愛感情じゃない……わよ」「照れてる。主様照れてる」「意地悪しないの。というか、最後かも知れないからお仕置きしておこうかしら」「えぇ……存分にしてくださいまし」「抵抗しないの?」「はい。もし、これで最後であるなら、喜んで受け入れます。大好きな主様のお仕置き」「……はぁつまんなーい! ヤメよヤメ。百歳迎えた一番最初にしてやる」「そうですね。なんか私もしんみりしたお話をすいません」 主様に笑顔で応えて、私は主様の血を、主様は私の血を注射器で打ち込みます。繋がれた管が透明から赤色に模様を変え、さながら私達を繋ぐ運命の赤い糸のようです。 腕から主様の冷たい血が入り込んでくる。主様を成す肉体の一部が私の物になっていく。その感覚がとても心地良い。 今までの私が消えて、私と主様の一部に書き換わっていく。二人の血が一つになって、互いが互いで居なくなる。けれど怖くはない、そんな不思議な体験が頭に焼かれていく。 そしてふわりとした浮遊感。意識が果てのない何処かへ連れ去られようとしたとき、風船のような私の精神を繋ぎ留めたのは主様の手でした。 繋がれた左手。冷たいけれど暖かい
Last Updated: 2026-07-13
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