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宵更カシ
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Novels by 宵更カシ

豪華客船で棄てられた社長令嬢の私が、海を統べる剛腕御曹司(幼馴染)に溺愛されています

豪華客船で棄てられた社長令嬢の私が、海を統べる剛腕御曹司(幼馴染)に溺愛されています

大海原を往く豪華客船……その真ん中で、私は棄てられた。 婚約者の純と日野内グループが主催するクルーズに参加していた香織だったが、突然起こった経営する会社の株の大暴落で失墜してしまう。 そして船から大海原へと放り出された彼女を見つめていたのは、元婚約者の彼とその隣に居座る令嬢『田沢湖 海未』だった。 冷たい海と絶え間ない孤独。しかし悲しみと憎しみに震える彼女に光が差し込む。 「取り戻してみせる。会社も幸せも」 ※ブックマーク、コメント、レビュー、いいねが創作の励みになりますのでぜひ!
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Chapter: 第32話 愚か者共
 異様な雰囲気が漂うテーブルに、周りの客達も息を呑んでいる。 震源地は俺と羽海なのだが、悪いのはこいつだ。「慎太郎様なら、あんたみたいに横暴じゃないわ」 とか「仕事も出来るし気遣いも出来る。あんたとは大違い」 だとか、癪に障ることしか言わない。 弱みを握られているとは言え、我慢の限界が来ていたのだ。「香織なら、お前みたいに冷たくはなかったんだろうな」 そうボソリと呟いた時、俺はハッとした。 捨てた女をまだ追いかけてるなど、情けないことは分かっていた。 しかし羽海はまるでその言葉を待っていたかのように放つ。「だったら、行ってきたら良いじゃない」 呆気に取られてしまう。(俺を愛していると言った奴の言葉か?) 背筋が凍りかけるが、「そんなにあの女が良いなら、連れ戻したら良いじゃない」 今度は諭すように言い始める。「私、仕事の出来る人にしか興味ないし、貴方みたいな無能が嫌い。最も、何よりあの女が一番嫌いなの。美しさで人を騙して、仕事も能力もないのに良い思いばっかりしてさ」  反省の色なんて欠片もない。 俺はバンと机を叩き、「もう良い! 悪いがお前とは付き合ってられない! 一条を去ってもらう!」 大声で言う俺に、「良いの? 会社だって上手く行ってないのに私を突き放したりなんかして」「構わないさ! 俺一人でも何とかできるからな!」「へぇ・・・・・・無理なサービス残業を強いた上に、日野内の社員達にはストライキまで起こされた。私ならなんとかできるのになぁ」 羽海の戯言だ、と俺は一蹴する。「それに、もう共犯関係なんだよ?」「あぁ! だがぶちまければ、お前だって無事じゃ済まない」 共犯関係とはそういうことだ。 俺が豚箱に入るなら、お前も道連れにしてやる。 しかし羽海はクスリと笑い、「良いわよ。でも」 彼女の意味深な表情は気掛かりだった。 だが、怒りが収まらない俺はそのままテーブルを後にする。 香織はどこにいる・・・・・・香織。 求めるように探しているうちに、厨房の隙間から長い髪が覗く。(あの後ろ姿・・・・・・変わってないな) 俺は止めるウェイターの身体を押しのけて、厨房へと入っていった。 厨房へ乱入してきたのはまさかの男だった。「おい! お前がこれ作ったのか」 皿を持ってきて、誇らしげにそう聞いてきた。 
Last Updated: 2026-07-17
Chapter: 第31話 二人で作る最高傑作
試食会は思ってた以上の盛り上がりを見せていた。 「お願いします」 次々とやってくる料理のオーダーは焦燥感を煽る。 けれど焦れば、火加減を間違えてしまう。 こんな狭間で戦う料理人の気持ちを思うと、毎日の食事に絶え間ない感謝が浮かんでくる。 (慎ちゃんは私になら出来るって言ってたけど・・・・・・) 量が途方もなく、とても終わりが見えない。 「交代しましょうか?」 そう願い出るシェフもいる。 でも慎ちゃんが私に任せた仕事なのだ。 「お気遣いありがとう。でも、私にやらせて欲しい」 彼とてプロ。本社の『クイーンパーチ』で腕を振るうのだから上澄みの一流だ。 私にそこまでの技量や実力はない。 頼れるのは感覚だけ。 「このマグロは、私がやります」 他の誰にも任せられない。 「何か手伝えることがあったら、言ってくださいね」 そして火入れが終わったマグロのコンフィを皿に盛り付ける。 「上がりました!」 ウェイターに渡して、また次へ―― 「香織」 私の肩をゆったりと包む手があった。 「忙しそうだね」 「思ってた以上に。ビックリよ」 厨房の端で遠くから眺める慎ちゃんに苦笑した。 「お客さんの反応、すっごく良いよ。特にこのマグロが」 「本当?」 まさかとは思った。 でも、疑うよりも証拠をと言い、慎ちゃんが各テーブルに用意していたアンケートを見せる。 ――この料理を海上で食べれることを楽しみにしています――アイザック・フネシュキー 「フネシュキーって、あのデザイナーの?」 名前を聞いて驚嘆してしまう。 フネシュキーと言えば、数多の工業品を手掛けてきたデザイナーだ。 美食家としても有名で、その彼がこのアンケートを直筆で書いて置いていった。 「今回のデザインコンペに彼は参加してないからね。まさにお忍びで来て、何も言わずに帰ったって感じ」 嬉しいを通り越して、現実味が無くなっていく。 「香織って、やっぱり凄いね」 「ううん。慎ちゃんのおかげ。ありがとう」 こんな機会を用意してくれた慎ちゃんが全ての発端で、私がこのレシピを作ったわけじゃない。 精一杯の感謝を込めて、私はゆっくりと唇を近づけていく。 「香織?」 「・・・・・・ありがとう」
Last Updated: 2026-07-16
Chapter: 第30話 解き放つ本心
 グランガルフ試食会。 綱島 慎太郎がプロデュースする高級海上レストランで、その料理が採算も度外視の値段で味わえる。 噂は瞬く間に広がって、本社前に朝から並ぶ人まで現れていた。「これは、ちょっと想定外」 慎ちゃんの困り顔に私も同感だ。 多くの人々を満足させられるだろうか。 緊張で強張る表情。少し怖い顔をしているのは自覚があった。「緊張してる?」「うん。これだけ多くの人が詰めかけたから、上手くやれるか不安になってきた」「大丈夫だよ。香織のレシピで僕たちが感動したんだから」 そっと慎ちゃんの手が頭を撫でる。「きっと、みんなも喜んでくれるよ」 私はその手をそっと頬に持ってきて、「慎ちゃんは、どうしてここまでしてくれるの?」 ふと変な事を聞いてしまう。 客船から追い出された私を助け、それから綱島グループの一員としての地位をくれた。 普通なら、きっと他の人達のように見下してると思うのに、「昔、勇気をくれたから・・・・・・っていうのは、恥ずかしいのを誤魔化してたかな」 照れ笑みを浮かべて、彼は言う。「あのときから、ずっと好きだったんだ。香織のこと」「え?」「綺麗で正しくて、誰にでも立ち向かっていきそうな勇気があって。そのかっこよさに憧れてた反面、僕を気に掛けてくれたり、優しくしてくれるところが好きだったんだ」 私は、何か思い違いをしていたのかもしれない。 子供の頃は何にでも立ち向かっていけると思っていたし、日野内の社長だったときも怖いものなんてなかった。 皆が私の仕事を高く評価して、社員たちの信頼を勝ち取っていたからだ。 けれど失った後は、起こること全てに怖くなっていたのだ。 人の優しさや愛が、たまらなく怖かった。 やがて、自分自身の存在というのにも向いていた。 私なんかが・・・・・・地位もない私が、彼の隣に居て。「ごめんなさい」「謝ることはないよ。香織?」 気づけば、頬を涙が伝っていた。「私なんかで良いのかなってずっと考えてた。慎ちゃんにはもっと相応しい人がいるんじゃないかって」 押し殺していたものが全部溶け出していくように思えた。 彼の一途な瞳を見て、「ううん。僕の隣は、ずっと好きだった香織じゃなきゃダメなんだ」 そう言って私たちは抱きしめ合った。「しゃちょー。そろそろ時間・・・・・・っす」 抱え
Last Updated: 2026-07-15
Chapter: 第29話 風雲の幕開け
綱島グループの本社ホール。 急遽、催されたコンペのために社員達がせっせと準備を始めている。 「社長が急に言うからー」 高梨は泣き目でぼやきながら、パイプ椅子を並べていた。 「ごめんよ高梨君。僕も手伝うから」 「私もやります」 慎ちゃんの後に続こうとするけど、 「香織は休んでてよ。出張前に色々と頑張って貰ってたからさ。後は僕たちに任せて」 そう言って私を端の席に座らせてしまう。 彼なりの気遣いなのは分かってる。 でも任せっきりなんて私にはとてもできない。 これじゃ、慎ちゃんの役に立ててるのか分からない―― 「香織は本当に意外な案を持ってきてくれる。今回のだって」 「でもうちの船っすよね? 見知らぬ人達、それも酒が入った人達に決めさせるなんて」 高梨と話す声が聞こえてくる。 彼の言うとおり、コンペの方法は無謀すぎるかもしれない。 もしかしたら、私の失敗を気にさせないという慎ちゃんの計らいかも。 そう思うと、あまりの荒唐無稽さに自分を笑いたくなってしまう。 「高梨君。実際にご利用されるのは、誰だか分かるかい?」 「そりゃ、会社の重役とか接待で使う人もいるし、観光で訪れた人、海外のセレブ達も注目していますから。だけどこの辺はビジネス街だし、感性がとても違いすぎやしませんか?」 「甘い。虫歯になりそうなくらい甘いよ高梨君」 冗談を交えつつも、遠目に見る慎ちゃんは至って真面目だった。 「君は歩く人々や車に乗っている人々を見て、誰が会社の重役か判断できるかい?」 「いいえ。俺みたいにラフな格好で社用車使わない人間もいますし、この辺りを歩いている人は、みんなビジネスマンだから区別はつかないっす。あぁそうか」 高梨は小槌を打つ。 「そう。つまりこれは顧客になると思う人々から直接聞く方法さ。とりわけ、もうお忍びで来ようとしてる人間か何人かいるみたいだけど」 「なるほど考えましたね。その発想はなかった」 お客様の気持ちはお客様から直接聞くほかない。 想像することも大事だし、それを数値や統計で見ることも必要になるけど。 (気持ちはやっぱり直接よね) そう思いながらも、私は慎ちゃんに自分もこのモヤモヤや想いを伝えきれていないことに気づかされてしまう。 愛してるという言葉に、まだキチンとした返事
Last Updated: 2026-07-14
Chapter: 第28話 慎太郎の苦手なもの
「しっかりと断っておけと言っておいたはずだ!」 蛍光灯に照らされる会議室で怒号が飛んだ。「申し訳ありません」 奏は深々と頭を下げるが、「お前は主人の命令すら聞けないのか? えぇ!」「綱島グループとは以前とも取引があり、無碍にするのは」「そんなことは聞いとらん! 聞けるのか、聞けないのか。どっちなんだ?」「いいえ。聞けます。すいません」 大曲 九郎はソファにどしりと腰を掛け、タバコに火をつけた。 怒鳴る男は好かない。横暴な振る舞いをする男はもっと好かない。 本当ならば頭すら下げたくない。 だが、遜らなければ私の立場が危うい。 今やこの男は今や実質的な社長である。「おい。こっちに来い」 だから、来いと言われれば傍に行くし、ここから消えろと言われれば消える。 不当解雇が出来ない分、職は無くならないが、「もっとだ。ほれ」 肩を抱き寄せ、胸に手が伸びる。 こんな屈辱に耐えなければならないのならば、死んだ方がマシにすら思える。 セクハラを告発したところで、この男に逆らったことが知れればどの道、路頭に迷うことになるのだから。 奏はそう思いながらも、感情を押し殺して耐える。「しかし、あの男も大概バカだ」 煙を吹かしながら、大曲 九郎は嫌みったらしく言う。「うちの娘と結婚していれば、今頃はもっと会社を大きく出来たというのに。そうは思わないか? 柊」 奏は戸惑いながらも、「そう思います。本当に、愚かだと思います」 正反対の思いを抱きながら、私は頷く。 端から見ても、あの二人は恋人だとハッキリ分かった。「あんな金にならない小娘なんかと付き合いおって。本当に腹が立つ。不祥事で一条に乗っ取られた無能と」 それを聞いた奏は呆然としてしまった。 ふと、買収の話が出た時を思い出した。 なんでもない、平日の昼下がり。 社長の口から出た事を。(弱みを握られたって社長は言ってたけど)「こんな時間に掛けてくるなと言っただろう!」 スマホが鳴ると、大曲 九郎は邪魔するなと言わんばかりに電話口で怒鳴る。 しかし向こうの言葉を聞くや口角が上がっていくのが分かった。「ほう。コンペか。なるほど」  私たちの提案は不発に終わってしまった。 一週間ほど、JMNの柊さんには交渉を取り付けようとしたが、「もう、終わった話ですので」 その言
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: 第27話 乱入と闘志
「これはこれは、『大曲 九郎』様ではありませんか。あなたもこちらへ?」「少し野暮用でね。そこを通ったら、なにやら気になるお話をされていたものでつい」 入ってきたのは、見せつけるようなビール腹の中年。 大曲造船の現会長。小町の父親である。「あぁそちらが例の」「秘書の日野内です」 一礼して顔を上げると、軽蔑の目線が飛んでいる。「小町から色々聞いているよ。なんでも、没落した社長令嬢が慎太郎君を誑かしてるとね」 そして厭らしく身体を一周すると、「ようやく納得が行ったよ。まぁ慎太郎君の慧眼を狂わすのも無理はない。しかしねぇ慎太郎君、付き合う相手は選んだ方が良い」 私が苦笑すると、「何がおかしい?」「確かに、香織の美しさと優しさは僕の慧眼を狂わすね」 慎ちゃんもどこか笑っていたが、「しかし、貴方の娘さんほど幼くない」「なんだと?!」「ここへ来る直前、アポも無しで娘さんが来ましたよ。追い返しましたけどね。それに」 慎ちゃんは肩に私を寄せて、「香織は僕の幼馴染みだ。婚約も交わしたね」 驚きつつも、私は慎ちゃんをマジマジと見る。「仕事の話を続けたいので・・・・・・細道」「かしこまりました。大曲様、本日はお引き取り願いたい」 『大曲 九郎』の顔は沸騰したように真っ赤だった。(わかりやすい人ね) しかし深呼吸を一つして、奏の横へどっしりと座り始めた。「あぁ・・・・・・だが、私も混ざらなければならないな。なんせ、ここの役員になったんだからな」「役員に?」 私が奴の顔を見ると、得意げに奏の髪を撫でて、「いやぁ屈指の大企業『JMN』の株を買い占めるのは大変だった」 と掻いてもない額の汗を拭き始めた。 大曲造船がここを買収する話など聞いたことがないし、情報も入ってきていない。「この計画も、勿論のことながら役員会議で承認されなければ進められない。だよな柊」 奏がコクリと頷く。 その表情は窓の方を向いていて見えないが、「せっかくのお話でしたが、実現は厳しいと思われます」 消え入るような声音で話す。 慎ちゃんに耳打ちしようとするけど、彼の顔は至って平静であった。「そうですか。では持ち帰って検討していただければ、と思います」「いやぁ悪かったねぇ。都会からこんなど田舎まで来て貰って」「いえいえ。では」 そのまま、私たちはJM
Last Updated: 2026-07-13
血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳

血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳

――あなたの血、不味いのよ 夢破れ、絶望に打ちひしがれた少女『七見 光莉』は、高速列車のホームで奇妙な旅烏の吸血鬼『クリスカ・アルタリィ』と運命的な出会いを果たす。 「あなたの街を案内しなさい」  そんな言葉から始まった小さな冒険。それは彼女の命運をも握る真夜中の壮大な旅路になるのだが――?!
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Chapter: いつもと同じ……改札を抜けて
都会の喧騒は私たちを飲み込むように流れていきます。 けれども、一歩一歩離れていくと、まるで自分たちしかいなくなってしまったのではないかと思う、静寂と広大な世界が広がる。 四人で行った北海道の旅路は、まさしくそんな言葉で表現できるようなものでした。 まだ見ぬ時に想いを馳せて、一つ一つの瞬間を思い出に刻む。 盟約から二年経った今も、私たちは変わらずそんな日々を過ごしています。 過ぎ去っていく時は決して戻らない。けれど、心には思い出がしっかりとあって―― 「光莉?」 真夏の昼下がり。 安全確認の放送と新幹線のけたたましい減速、そして行きかう人々の足音。 でもその音が頭の中で掻き消えてしまったように、私はぼーっと思考を止めていました。 「ごめんなさい主様。こんなところで立ち止まってしまって」 「何か考えてた?」 私の考えは主様にはお見通しで、隠す余地すらありません。 正直に白状して、 「少し想いに耽っておりました。主様と出会ったのも、こんな高速列車のホームでしたし」 「あのときは夜だったけどね」 それでも昼間のように煌々と都会の灯りが街を染めていて、とてもきれいだったのを覚えています。 でも同じ景色は二度と見れないと、私は思っています。 こうして主様と出会い、血を交わしたのですもの。 「そろそろ乗りましょう。暑くて死にそうだからさ」 「そうですね。すいません、ぼーっとしてしまって」 「いいのいいの。そうだ。せっかくだし今日もアイス食べましょ。博多までだしゆっくりとさ」 「悪戯はメッですよ」 「わかってるって」 いつもと同じように改札を抜けて。 私たちの旅は今日も始まるのでした―― あとがき  本作を最後まで手に取っていただきまして、ありがとうございます。  宵を更かすと書いてヨフカシって読みます。著者の宵更カシです。  『血がマズすぎて追放され続けた私が吸血姫の眷属になれた訳』は如何でしたでしょうか?  本作は元々、『流れ星ブラッドジャーニー』というタイトルで三年ほど前に執筆され、紆余曲折を経て現在に至ります。  それまでは公募やWEBコンテストでは鳴かず飛ばずでしたが、GoodNovel様に見つけていただきまして連載と相成りました。  そんな事務的かつ、遍歴的なお
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: エピローグ3
 心に秘めた想い。 それを解き放ってしまえば、この騒めきは静まって荷が下りるでしょう。 でも、きっと主様の心を深く傷つけてしまいます。 旅は主様が飾ることのないありのままでいられる場。ただの付き人を超え、使用人、ひいては血の盟約を交わした眷属である『七見 光莉』が、感情を介在させるなんて在ってならない。 片側のツインベッドで一人、膝を寄せて座る。 更けていく宵。機関車のいない最後尾車両の展望には帯を引くテールランプの灯り、反射する部屋と曇り顔の私。 いっそ、気持ちをぶちまけてしまって主様の元から去ってしまった方が、いいのかもしれません。「光莉っ!」 手前開きの扉がドンと音を立てました。「ちょ、もう少し丁寧に開けないと」 何度も乗って慣れてしまっていたけど、この列車は世に言う豪華列車なんです。扉や備え付けの物は大切に扱わないと……。 でも主様が普段から出来ていないわけではありません。けど今回のは少し興奮気味な様子だったので勢い余ったのでしょう。「あぁごめんなさい……あとで車掌さんに謝っとかないと。それでさ! 後でロビーカーに来てくれない?」 「ロビーカーにですか? お時間は何時頃が?」 「そうねぇ。夜のうち! あぁでも、あんまり早くても眠くなっちゃうし、遅いと遅いで見応えがないか……じゃあ青函トンネルを抜ける前!」 「凄く大雑把ですね」 「薫が起きてるから、彼女の部屋で寝なさいな! それじゃっ!」 そう言うと主様は静かに扉を閉めて、どこかへ出かけていきました。 後を追おうとしますが、その背中はありません。時計を見やると、ちょうど23時半を回ったところ。 言いつけ通り、私は薫さんの部屋へ直行しました。「クリスカから起こせと頼まれたよ。相変わらず、そそっかしい」 「ご迷惑をお掛けします」 薫さんは「全くだ」と肩を竦ませていました。 けど、顔は満更でも無さそう。「キーボードの音は我慢してくれよ」 カタカタカタ――カタン、コトン。 囁くようなキーボードと線路を打つ車輪に打音。時折、遠くから響く汽笛が私を心地よい眠りに誘います。 列車の声に耳を傾け――「時間だぞー光莉」 終着の声音に私はゆっくりと瞼を開きました。 車窓は相変わらずの宵……かと思いきや、青いライトが等間隔に横切っていきます。「幽霊?」 「何を言って
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: エピローグ2
 食堂車『ステラープレヤデス』。 大阪発→札幌行の寝台列車に連結されている、日本でも数少ない『動くホテルのレストラン』である。 ここでの食事は私にとって特別。けど、それは季節によって変わるメニューや列車の中で食べる料理っていうのが理由じゃない。「一人寂しく考え事するのも良いけど、光莉や薫、美喜恵とこうしてのんびり食事するのも良い。けどその何よりも私のような吸血鬼を包むこの暖かい空間が好きなのよね」 「急にどうしたのよ。感傷に浸っちゃって」 「ううん。ここでお酒を飲んでいると、つい色々考えてしまうのよ」 例えば、光莉の事とか。聞こえるはずのない心の声でぼそりと言う。 けれど美喜恵にはお見通しのようでグラスが空にすると、その声色を拾ってくる。「光莉ちゃんの事かぁ」 「なっ。いっつも見透かしてくる」 「読みやすいのよクリスカは。顔によく出る」 「うっさいわね……最近の光莉、少し元気がないのよ」 「原因は?」 「それがねぇ。主の私になかなか話してくれないの……今まで、私たちの間に秘密なんてなかったのに」 頬杖をつき、ため息を一つ。 光莉が隠し事なんてすることはなかった。何か感じれば真っ先にそれを私へ伝えていたし、粗相や困り事があれば素直に、言葉にしていた。 けれど、ここ一か月くらいだろうか。列車の終着に降りたときの表情が変わっていた。 それも俯きがちな浮かばない顔だ。体調が悪いのかと思って覗き込んだこともあった。「疲れてるのかもと思って、一週間くらいお休みしたこともあったのよ」 「あら珍しいわね。クリスカが同じ場所に留まるなんて。私じゃなかったら、きっと雪でも降るのかって慌てちゃう」 「……実際、泊まったホテルの支配人が雪かき用のスコップ用意してたの見て、ちょっとツッコミそうになったわ。日本海側だったしってそんなことは良いのよ! まぁでも、ここへ来る間際の列車でもそんな感じだったのよね。悟りを開いたって言えばそれまでなんでしょうけど……どう思う?」 うーん、と美喜恵は右手を頬へ置いた。「もしかしたら、何かやりたいことでも見つけたんじゃないかしら」 「やりたいこと?」 「そうそう。例えば、列車の車掌さんとか」 それは確かにあるかもしれない、と私は納得してしまう。 二年の旅を通じて、自分なりに目指したいものができた――とても
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: エピローグ1
 トワイライト――黄昏は鮮烈な青い星空に移ろい行く。 幾多の長いトンネルを抜けた列車は、『金沢』『富山』と過ぎていき、シャワーを浴び終わったところで新津駅に到着します。 ゆったりと心地よく減速する客車の車窓に、フォーマルなスーツ風のジャケットを羽織る薫さんと紫の着物をキッチリと着こなした美喜恵さんが目に入りました。 時刻は19時過ぎ。二年ぶりの再会に二人用スイート個室の窓越しから小さく手を振ってしまいます。「久しぶり」 「寂しかったんじゃないクリスカ?」 「あのねぇ。もう一人じゃないのよ?」 肩を竦ませた|ご主人《クリスカ》様が、私を横目で指すと、「ふふっ私以上に好いているんじゃない? ちょっとヤキモチ、妬いても良い?」 「勝手になさい。二人の部屋は三番と四番。あぁ、ディナーはもう済ませちゃったわよ。食堂車は行かない」 「えぇー冷たーい! なんてね」 「あっそ……くふふ。ケーキくらいなら入るわよ。行く?」「行く行く!」と美喜恵さんは子供っぽい仕草で応じ、主様と声色を揃えて笑ってしました。「二人揃うと、そそっかしいな」 「主様らしいです。旅先でも色んな人にあんな調子でお話されていて。つい二年前の出来事が嘘のよう」 朝日で輝く吸血姫の姿に魅せられたあの朝から今まで、主様はすっかり良くなっています。 しかしタイムリミット寸前の盟約の反動は多く、最初の一か月は血に慣れるまで屋敷を出ないようにと、掛かりつけのお医者様に言いつけられていました。 その間はお屋敷でお世話をしていたのですが、「光莉! 旅に出るわよ!」 一週間ほどでじっとしていられなくなったのです。「だめですよ主様。お医者様からも言われておりますでしょう。一か月はここで安静にと」 「私の体が大丈夫だと言ってるもの平気よ! それに光莉の血だもの。ずっと食べさせてもらってたから」 私や先輩使用人さんたちの制止も振り切って、旅に出る支度を始めていたのでした。「一度決めたら、梃子でも曲がらないの」 「私も止めたんですが……ごめんなさい!」 時に主様の暴走を止めるのも使用人の仕事だと、両親は言っておりました。私は使用人長に深々と頭を下げて、許しを請います。「あなたのせいじゃないわ。でもご主人様の体は心配よねぇ……」 そう仰ると先輩は口角を人差し指でなぞりながら訝ります。
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: 第五十六話 吸血鬼のセレナーデ
 カタンコトン。ロビーカーの温もりと柔らかい生地に身体を任せっきりの私は軽やかな客車の足音で眼を覚まし、首筋を滞留する快楽の余韻に浸りながらも丸まった兎が驚き跳ねるように立ち上がりました。「良い寝顔。よく眠れた?」 「あ、あああ主様ぁー」 泣きつくように胸へ飛び込みます。平らで冷たくて一気に眠気を覚ます最強のアイテム。「怖い夢でも見たのかそうかー」 記憶が蘇っただけで悪夢ではないです。けど、ちょっぴり安心感を得たいというのは少なからずあった感情でした。 だって辿ってきたレールが本当に実在したのかどうか、不安になってしまったんですもの。「怖い夢じゃないんです。昔のことが蘇ってきて、懐かしんでいたと言いますか、主様は今ここにいるのだと確かめたくて」 二年の月日は高速列車のようにあっという間に過ぎ去りました。旅を続けた主様の雰囲気もちょっぴり大人びましたが、見違えるほど変化があったのは私の方です。 背は主様を優に超えて、薫さんに迫る勢いで伸びました。華奢な体格はそのままで縦に大きくなった感じ。スラっとして凛々しくもなりました。自分で言うのも少し気恥ずかしいですがね。「薫と美喜恵は新津から乗るってさ」 「また遠い所に」 お屋敷での出来事の後日談私と主様は二人と顔を合わせていません。湯楽屋を出てすぐ、薫さんは湯楽屋でいつか語っていた「私と主様を題材にした小説」の原稿執筆を始め、美喜恵さんもそれを後押しする形で三ヶ月ほど残っていたそうです。 タイトルは『ブラッディロードのセレナーデ』。吸血王女の夜曲という意味合いが込められていて、テンポの良い会話劇とラノベ調の軽快な展開で織り成される吸血王女と自分に自信がない少女の物語でした。 私のモデルは勿論後者です。旅する前の自分を振り返ると肴にもなりそうですが、あの頃を懐かしむのはまだ時期尚早でしょう。 話を薫さんに戻しましょう。短くも濃厚な旅路の経験を得た彼女は最強でした。まさに水を得た魚。ゼロから始めたいという要望で新人賞に送り出した彼女の作品は奨励賞という二の舞を踏むような結果でしたが出版から僅か数週間で好評を博して瞬く間に重版。一躍世間の注目を浴び、たった数年でベストセラー作家の仲間入りを果たしたのです。 何時ぞや電話口で私や主様の関与を疑ったみたいですが、大衆の意識を操作できるほどの能力は持ち合
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: 第五十五話 血の盟約
 そして私達は血の盟約を交わしました。 方法は簡単で互いから抜き取った血を輸血するというだけです。互いの血を混ぜ合わせて永遠を誓う。交わせば吸血鬼は太陽への免疫と半永久の命を手にすると、主様が耳元で囁くように言いました。「けれど、急激に変質した血は私達吸血鬼にとっては少し危険なものなの」 私は首を傾げます。 主様の体温が触れ、その色香を吸い込んだ身体はもう自由に動かせません。太い採血用の針で200ccほど血を抜いたのもあるけれど、同性なのに惚れ惚れしてしまう美麗に、今にも理性の箍が外れそうです。 きっと吸血による快楽がそう本能に刻み込んでいるのです。「変化が激しかった故に生じる弊害。それは痛み。急速な変化を遂げた血液は吸血鬼にも多大な負荷を掛ける。耐えられなかったら私は」「わかっています。その時は私も受け入れます」「だからね。一つだけお願いがあるの」「なんでしょう?」「もしね。私が死んでしまったら、この唇にキスをしてほしい」「キス……ですか?」「そうキス」 スキンシップかもと考えましたが、主様の頬は紅潮していました。「美喜恵さんへの片思いはどうしたんです?」「れ、恋愛感情じゃない……わよ」「照れてる。主様照れてる」「意地悪しないの。というか、最後かも知れないからお仕置きしておこうかしら」「えぇ……存分にしてくださいまし」「抵抗しないの?」「はい。もし、これで最後であるなら、喜んで受け入れます。大好きな主様のお仕置き」「……はぁつまんなーい! ヤメよヤメ。百歳迎えた一番最初にしてやる」「そうですね。なんか私もしんみりしたお話をすいません」 主様に笑顔で応えて、私は主様の血を、主様は私の血を注射器で打ち込みます。繋がれた管が透明から赤色に模様を変え、さながら私達を繋ぐ運命の赤い糸のようです。 腕から主様の冷たい血が入り込んでくる。主様を成す肉体の一部が私の物になっていく。その感覚がとても心地良い。 今までの私が消えて、私と主様の一部に書き換わっていく。二人の血が一つになって、互いが互いで居なくなる。けれど怖くはない、そんな不思議な体験が頭に焼かれていく。 そしてふわりとした浮遊感。意識が果てのない何処かへ連れ去られようとしたとき、風船のような私の精神を繋ぎ留めたのは主様の手でした。 繋がれた左手。冷たいけれど暖かい
Last Updated: 2026-07-13
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