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小鳥遊梓
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Novel-novel oleh 小鳥遊梓

フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜

フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜

かつて魔法という奇跡があった。 魔法は人智を超越した現象を起こし、栄えた。しかしそれは、人々の技術の発達により神秘性を失っていき、影を潜めるものとなっていた。 時は流れ鉄と電気の時代。 一人の少女がいた。 名前はエメ。白髪という理由で迫害される、意思の希薄な兵士だった。敵国の王を殺したという不可解な罪で左遷されることとなった彼女は、騎士という称号を得て辺境の村を守護する命を受ける。 彼女はそこで様々な想いと、そして自分の愚かさについて知っていく。自分の無知さと後悔、そして贖罪を。 ※髪色に対して差別表現がありますが、決してそれらを助長するものではありません。
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Chapter: episode50 「騎士様」
「……様……」 ふいに誰かの声が聞こえたが、きっとまだ生涯を振り返っているのだろう、と思いうつろに重い頭で聞いていた。声がまるでカルーセルの中に響くように感じる。 少し熱を抱えた頭の中に、途切れ途切れの声が何度も割り込んできて、こんなにも呼びかけられた場面などあっただろうか。なんて思いながらも、醒めてまた眠りに入る手前の状態に身を置く。 だが声は津波のように押し寄せてくる。 これが死というものの間際だというのなら、少ししつこい。もういい加減、連れて行ってくれないだろうか。泥の中を漂うように、意識が徐々に沈んでいく。「……士……様!」 そのたびに誰かが私を呼ぶ。 聞き覚えのある、女性の声。しかし頭が熱病みたいにぼんやりとしていて、具体的に誰の声か考えることが出来ない。「騎士様!」 はっと目が覚めた。初めに目に飛び込んできたのは、不安そうな表情をするロラの顔。それに家の天井。つい先程までこれまでの人生を振り返っていたため、一瞬まだ一昨日の記憶を顧みているのかと思った。夜警から戻り、ロラと少しお喋りをしたあの朝だ。 だが背後に長鎗の彼女の姿が見え、すぐにこれが思い出ではないことを知覚する。「良かった。目覚めましたか、騎士様」 生きている。 何が倒される原因となったかは不明だが、ともかく私は確かにあの場で気を失った。ご丁寧に、振り返ったとて意味のない人生まで見せられたというのに。 思いがけないことに、心臓を鷲掴みにされたような感覚が走る。そしてそのまま破裂してしまいそうな、そんな驚きに打たれて目を見開いた。「生きている、のですか。私は」 ゆっくりと、確認するように言う。「騎士様! 良かった、ホントに……!」 途端に、ロラに抱きしめられた。腕が背中に回り、強くいだき締めてくる。突発的にしては些か長い。どうしてかすすり泣いていて、この抱擁は長引く分だけきっと彼女を安堵させるものだ
Terakhir Diperbarui: 2026-10-13
Chapter: episode49 私
 これは私の記憶の中で、二番目に古い記憶だ。 人は死ぬとき、これまでの人生が脳内を駆け巡るというが、これはそういうことだろうか。 なるほど、と顧みる。 しかし改めて、あまりいい人生ではなかったように思う。 孤児の私を拾ってくれたフルーレ・アヴィアージュは、まだ五歳だった亡霊を捨てた。少年兵として国に放り投げ、それ以降義父とは会っていない。 たくさんの少年兵と同じ兵団に入隊した私を、まず出迎えたのは上官からの暴力である。同じ孤児である少年兵達はまだ無垢で、白髪を虐げる理由を学んでいない。 だが大人は違う。 私を虐げていい歴史を知っている。 初顔合わせで有無言わず顔面を蹴り飛ばされたのは衝撃的だった。突然のことに驚き、私の思考は完全に止まる。少年兵たちはその様子を見て瞠目していたが、上官が声高に理由を述べると、そのときから彼らの私を見る目は侮蔑に変わった。生まれつき身体が頑丈で良かったと思う。でなければ、私は戦場に駆り出される前に死んでいただろう。 後から理解したのだが、それは言い訳に過ぎなかった。 国の黒歴史、白髪。屈辱を受けたのだから、その子は侮蔑してもいいという国からのお達し。実際私がフリストレールにいることなど、彼らは気になどしてないのだ。国内に白髪がいて屈辱など、誰も感じてなどいない。 感じているのは、この子は虐めてもいいのだという意識だけ。 誰かとすれ違うたびに肩をぶつけられ、水を浴びせられもした。凌辱という行為へ手が伸びなかったのは、恐らくアヴィアージュという性のお陰だ。アヴィアージュ家は代々外務大臣を務める名門である。見捨てられた身ではあるが、その性には力があった。私自身が力を持つ可能性は皆無だが、それにより虐待行為はほとんど暴力や過度なノルマであったのが救いだ。 運が良かったと言えよう。 義母がたまに顔を見せに来ていたのも大きい。彼女からは特に、負の感情を感じなかった。好意的な意思があったわけでもないが。それでも、面会に来た日は私への攻撃が止んだのを覚えている。また一定の期間を置いて会いに来たため、その付近になると怪我の目立つ顔面への暴力も控えめになった。 もし私が、本
Terakhir Diperbarui: 2026-10-11
Chapter: episode48 邂逅
  君に過酷な宿命を背負わせてしまったことを謝罪しよう。 目の前の男はそう言った。 何の話かと口にしたが、何の反応も見せないところを見るに、あちらは私の言葉が分からないらしい。 肩鎧に手甲。 長い前髪を持つ、豊かな白純の髪。 その装いや武装の雰囲気は、どこか自分に似ている。 北方の武人だろうか。少なくとも、こうして無意識の中に現れる存在だ。どこかで私と関与している可能性がある者なのだろう。 やけに自我がしっかりとした夢だ。 ただ、その一言を口にしたのち、男の声は聞こえなくなってしまった。訴えるかのように唇は何度も開閉を連続させるが、何も分からない。 何かを伝えたいということだけが伝わってくる。 私に課した過酷な運命とはなんだろう。 この白髪という宿命か、いいや違う。 彼自身が白髪なのだ。 ならば、あぁ、そうか。 声がまた聞こえる。 心から。 これからの幸せを願おう。 だからどうか。 どうか、待って。 貴方は何者なのですか。 手を伸ばす。 彼を、その声を、希うように。 私は、一体誰なのですか。 するとそれまでしかめっ面とも泣きっ面とも言えない、微妙な表情だった男の顔が、わずかに緩む。 また聞こえなくなる。 唇から紡がれる、その言葉。 待って、ください。 その言の葉を口外に投げる、その前に。 目の前は真っ白に包まれた。
Terakhir Diperbarui: 2026-10-09
Chapter: episode47 「殺した人のことなんていちいち覚えていないかしら」
フリストレールの白い亡霊。 先日、風使いが私を指すために使った言葉。亡霊はこの国では蔑称だが、外から来た者がそう呼ぶ場合は別の意味になるだろう。白髪を蔑む必要がないからだ。 私のことを別国で知る機会など一つしかない。 兵士であったことだ。 風使いは分かる。かつて戦闘要員として駆り出されていた過去があったからだ。 だが歌うたいはどうだろう。痩せすぎとまでは言えないが、抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な女性の肉体。兵士とは思えない。魔法使いである可能性のほうが高いが、見覚えがない。「何故、エステル様がその呼称を」 その問いに、彼女は軽い微笑を左の頬だけに浮かべた。「たまたまよ。いつも歌っている街から帰る途中で、亡霊が戦争を終わらせたって言っていたわ」 言葉にはわざと遠回りしているように感じた。 何故この呼称を知っているのか、なんて私にはどうだっていい。私が聞いたのは、どうして歌うたいが私をそう呼んだかである。「そう呼ばれているのね」なんて意味を持って言われた言葉ではないように思う。 そんなことをひけらかすためだけに、わざわざ早朝にこうして私を呼んだわけではないはずだ。まるで歌という光に虫を誘い出すように。仮にそうだった場合、世間話をするために呼んだということになってしまう。しかし彼女は、口数が少ないわけではないが、今のところ決して無駄話が好きという人物ではないように感じる。 あまり村の中で頻繁に見かけないというのもあるだろう。まだ全ての村人に会ったわけではないが、彼女に関しては特に謎めいた気配がある。「……エステル様。いま村は警戒態勢です、こうして安易に身を晒すのは」 よくないのでは。 そう言う前に、気配を感じた。 何かが高速で接近する音。恐らく人ではない。歌うたい目掛けて、それは一直線に飛んでくる。無防備な姿を晒した私たちへの、代償めいた一撃。 既に、攻撃されていたのだ。 果たして、どこから発射されたのか。方角を考えれば、まだ私が見て廻れていない方だ。しかし、攻撃される方向が分かってしまえば対処は
Terakhir Diperbarui: 2026-10-09
Chapter: episode46 「あなたを呼んでいたのよ」
 あれからしばらくロラのお喋りが続いた。 その最中で長鎗の彼女は眠ってしまったが、私としては未だ頭の芯まで覚めきっていて、眠りの気配は欠片もない。少しするとロラ自身も眠ってしまい、仕方なく私も少しだけ眠りにつくことにした。 少しして起きると、二人が起きるまで出来るだけ時間を稼ぐように毛布に包まりぼんやりと過ごす。窓から差し込む光から察するに、まだ旭が昇ってすぐという頃。 監視する対象である私を差し置いて、長鎗の彼女はまだ眠っている。 嘘はついていない。 少なくとも、彼女は本当にそう思ったということだ。でなければ、こう無防備に眠りはしないだろう。そしてそう至ったのは、あの不思議な瞳の力によるものと暫定せざるを得ない。 嘘か真かを見極める魔法。 そう仮定する。 なら何故初めから行使しなかったのだろう。考えられる理由としては発動できる条件があるか、或いはその力を秘密にしているかといったところか。後者の場合、少なくともロラがいる場で聞く話ではないだろう。 まだ二人とも起きそうにない。 何をすることも出来ず、首元のフリルを撫でたり毛布を握り締めたりして時間を潰す。そうしていると、どこからかそよ風めいて歌が聞こえてきた。 こんな早朝に? 唐突すぎて事が呑み込めない。はっきりと村全体に響き渡るような声は間違えなく、歌うたいのそれだ。 ただ単調に「るるる」という言葉を律動的に繰り返している。それなのに、ただそれだけで一つの芸術として昇華している。しかし今は昼時ではない。歌うたいは正午になるとヤグラで歌う役目を担っているが、いまは早朝だ。 それに警戒態勢である。日中畑仕事に行く村人に自警団が付いていく様子から、警戒態勢と知らされていないとは言い難い。 だが彼女はいま歌っている。 それになんの意味があるのだろう。 あんな、狙撃してくれと言わんばかりの高台で。 夜盗に狙撃手がいるかは分からないが、それなら投擲武器を使えばいい。その危険性を度外視してでも、彼女は歌っている。 分からない。 分からないが、どうしてだろう。 私はあの場所に行
Terakhir Diperbarui: 2026-10-07
Chapter: episode45 「私の世界に貴女を虐げる人はいません」
 ロラはまだ少し作業が残っているということらしく、長鎗の彼女、私という順で入浴した。その際、声の聞こえる位置に待機し、声を掛けられれば反応するという体制にした。私とロラを一対一にしないための対応である。 ロラと二人になったからと言って特に何をするという気はないのだが、まあ念のためだ。 そうして、長鎗の彼女と私はロラが二階に上がって来るまでの間、二人して毛布に包まって待つことになった。どのみち監視されているのだ、眠る時間はあまりないだろうと予想出来る。眠れないのには慣れている、平気だ。 それよりも、入浴した後に着ろとばかりに置いてあった寝間着の方が私には慣れない。白い、首元にフリルの付いた洒落た寝間着。ワンピースであることも気になる。いざというときに動きづらいからだ。 武装は下の階に全て置いてきている。この夜、私は完全に無防備だ。仮に今夜に夜盗が攻めてきた場合、戦力にとして参加するのは難しいだろう。 ずっと、霧深い森の中にいるようだった。今まで防具なしに戦闘したことなどいくらでもあったはずなのに、今夜はやけに心細い。じっと、私を見据えるような長鎗の彼女の眼がそれを助長させている。「眠れませんか」 ふいに、長鎗の彼女が話しかける。 心の内を覗かれたように。「はい。手元に装備もなく眠ることが心もとないのです」「それは不安、ということでしょうか」「分かりません。ただ、それだけが私を護ってくれたものですから」 なるほど。そう呟いて、長鎗の彼女は黙ってしまった。ただ視線を宙に泳がしているその眼は、何か考えているように見える。どうだっていいのだ、私のことなど。ただ、今は監視しているのだから装備は返せない。そう返答してくれれば。それで、私は納得するのだから。 しかし彼女はしばらく中空を眺めたあと、やがておもむろに口を開いた。「ずっと独りだったのですね、きっと」 やめてほしい。「知っていますよ、白髪の歴史。だから目に見えて護ってくれる装備が恋しいのですか」 答えない。 ただ私は、私を理解したようなその言葉をやめてほしい。そういう言葉は
Terakhir Diperbarui: 2026-10-05
琥珀色とフランメ

琥珀色とフランメ

バンドのドラマーとして活動する火原沙綺は、姉が死んでからモノクロのような日々を送っていた。機械のように会社に行き、息をするが如くドラムを叩く。そんな生活。しかし、ある日突然姉に似た何かが目の前に現れてから、生活に彩りが加えられていく。
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Chapter: 第12話
 暮れかかった空が、墨が滲みゆくように夕闇を去来させていく。やがて宵闇は翼を広げるように浸食していき、一切を黒へと変えていくのだろう。 久々に帰った実家はとても広く思えた。家は一軒家で大豪邸というほど大きい造りでないはずなのだが、この部屋に両親二人で住んでいるのだと考えると、私と姉が暮らしていた部屋がとても大きな穴のように感じられる。 これから会う母が燈を見てどんな反応をするかなんてわかりきっていた。きっと私と同じように姉の面影を見るのだろう。そう思いながら、がちゃりという重低音と共に玄関の扉を開けた。「ただいま」 そう言うと少ししてから母が居間から生首だけを覗かせる。「あぁ、お帰り。病院には」 行ったか。そう軽口を叩こうとしたのだろうが、その視線が私の後ろにいる燈を捉えたことで発せられることはなかった。驚きのあまり声が出ないようだ。母がそう思うほどに、燈の相貌は姉とそっくりなのだと改めて知覚する。「……夕」 ようやく出た言葉は、私が一言一句そうだろうと予想した通りの言葉で思わず笑いそうになってしまう。髪の色など問題ではない。その顔が、纏う空気そのものが私は火原夕の娘なのだと主張しているのだから。「白幡燈と言います」 燈がそう名乗っても、まだ夢から帰ることが出来ないようだった。母が空返事することから脱したのは、それから五分も後のことだ。埒が明かないので奥にいるであろう父を呼ぶと、そこからさらに十分もの時間を重ねることなり、燈が自分の事情を話し始める頃には既に薄暮時など塗り潰されてしまってからだった。 単刀直入に言えば、燈は私の家に住まうことになった。 両親は是非家に来てほしいという主張だったのだが、通う高校が私のマンションからのほうが近いということと、何より燈自身がそれを望んでいたこと。これからは隣にいてくれるんですよね、とは私への殺し文句。後々考えてみれば、燈からしてみれば告白のように感じてもおかしくない言葉だったと思う。 きっとこれからは燈と生きていくことになるのだろう。姉と同じ顔をもつ女性と。も
Terakhir Diperbarui: 2026-08-03
Chapter: 第11話
 面倒なことを何も考えずに叩いた昨日のドラムに、初めて朝を清々しいと感じた。まるで清涼剤でも飲んだかのように胸のつかえを透かしている。だからこそ、先ほどから何度もバイブしているスマホを手に取りたくなかった。宮原さんから二日連続で朝早く電話が来る可能性は低いので、恐らく明峯さんがライブイベントの話の旨を読んだのだろう。起きたらいきなり明日の昼歌えと連絡が入っているなんて、不機嫌に決まっている。 宮原さんは電話に出なかったのだろうな、なんて思いながら私はスマホを手に取った。「沙綺」 声色が内包する、明らかな不機嫌さ。いつもなら私以外明らかにまだ眠っている時間に電話を掛けてきたことを鑑みるに、ふと目が覚めてしまってスマホを手に取った際気づいたのだろう。何より睡眠時間を優先する明峯さんがこうして早朝に電話してくるなど、まさに晴天の霹靂だ。「何故貴女がいながら勝手にライブイベントに出る事が決まっているの」「すいません」 明峯さんの喉のコンディションのことを主張しつつ、特に抵抗らしい抵抗をしなかったため素直に謝罪する。さらに言うならセットリストを作成したのはほとんど私のため、助長した可能性があることを否定出来ない。厄介なことになりそうなので私が作製したということは言わないが。「まぁいいわ、どうせ由良が勝手に何も考えずに引き受けたんでしょ」「オーナーに出てくれないかと頼まれたと言っていましたが」「オーナーに? あぁ、それは確かに無下には出来ないわね」 その意見だけは四人とも同意見だった。「喉のほうは大丈夫でしょうか」「いつも通り。いけなくはない」「そうですか」「もう何時間も寝られないわ、どうしてくれるの」 まったく、という言葉を残して電話は切られた。普段冷静な明峯さんだが、睡眠に関してだけは少ないと途端に不機嫌になるのは昔からだ。普段四時間程度の私としては昨日丸一日眠ったのだからもう充分だろうなんて思うのだが、明峯さん曰く休日であれば最低十二時間は必要らしい。そんな明峯さんだが、ライブの日やバンド練習だけは五分前には待っているのだから不思
Terakhir Diperbarui: 2026-08-01
Chapter: 第10話
 魂まで一緒に吐き出す勢いで、静かに吐息を肺量の底を傾けて吐き出す。「あの」 燈が口を開く。 話し合いをしている間、気まずそうにベッドの上へ移動させてしまったので申し訳ないと思っていた。「悪いわね、騒がしくして」「そんな」と何か言いづらそうに目を伏せる。次の一言を言い出そうか迷っているようで、ここではあちらから口を開くのを待つのが正しい様な気がして、私は口をつぐむ。厳かに何秒か過ぎ、その間燈は瞬きすらしようとしない。「出ていきますから、ちゃんと」 力なく貼りつけられた笑みには、強がりの気持ちがこれでもかというほど含まれていた。「……居ていいのよ、別に」 後ろめたさが波状のように湧き上がってくる。 違う。 そんなことを言わせたかったわけじゃない。「でも、困ってたんですよね? 皆さんに相談するくらいに」 小鳥のようなか細さで。 発言した燈は居心地が悪そうに俯いてしまう。それは宮原さんの言葉からだろう。困っていた、宮原さんが何の悪げなく言った言葉に燈は彼女達がいた一、二時間程度の間息の詰まる思いをしていたのだろうか。いいや、悪いのは私だ。 訝しむのは仕方ないじゃないか、いきなり姪ですと言われすぐに信じられるほうが難しい。だが彼女が姉の娘なのだと受け入れた時点で、私は全てしくじっていた。 彼女は姉ではないのに。 いきなり押しかけてきて、明らかに申し訳なさそうにしているのに。彼女の境遇のほうが、目に見えて苦しいというのに。私の迷惑にならないように耐え忍んでいたというのに。 それでも私は、姉の面影を重ねて意識して遠ざけるようにしていた。「それは……」 言葉に詰まる。 間違っていないからだ。 そもそもバンドメンバーに相談なんて、ほとんどすることがなかった。呑み込んでいるつもりだったが、誤魔化せず吐露してしまったくらいに重荷になっていたのだ。 
Terakhir Diperbarui: 2026-07-30
Chapter: 第9話
 時間の存在を忘れてしまうくらいドラムを叩いていると、起動していたメトロノームのアプリが一瞬止まり、何度かバイブした。この部屋にいると時間がどれほど経過したか分からなくなることが多い。私がドラムで呼吸することも類似して、水中を走ることで呼吸をする回遊魚みたいだなんて自嘲する。 通知の元は宮原さんからのメッセージアプリだった。曰く、もう家に着く頃だという。きっと明峯さんはいないのだろうな、なんて思いながら洋室を出る。燈は部屋にいなかった。先ほどの反応から見れば当然だろう。ダイニングは朝食を食べたときと比べて変わりなく、唯一違うとすればレモンのような香りが漂っている。 ゆっくりと呼び出し用のベルが鳴った。宮原さんと深谷さんがやってきたのだろう、草のような息をひとつ吐いたあと、低い音を伴ってドアノブをゆっくりと回す。「いらっしゃい、宮原さんに深谷さん」 扉を開けると、幾人かのシルエットが視界に入り込む。長い茶髪を束ねた宮原さんを先頭に、風船のように膨らんだビニール袋を両手に持った深谷さんの姿がそこにはあった。しかし、やはり明峯さんの姿はない。「よっ。悪いな、急に」「本当に」 ちくりと刺したつもりの言葉は、しかし「はは」という適当な笑いで流される。「それと……」 そう言って視線を後ろへ向けると、私を鳥のように覗き込む燈が現れる。どうしてここに燈の姿があるのだろう。もしかすると外出したところを彼女達に捕まって、ここまで連れて来られたのだろうか。たしかに二人は私の実家にあるアルバムを見たことがあるため、姉の容姿を知っている。そのため可能性としてはあり得ることだ。「コンビニに寄るところで会ってさ、思わず捕まえた」「思わず、じゃないです」 アルバムで一度見た面影だけで声を掛けて連れてくる宮原さんもそうだが、そんな妙な声掛けに着いていく彼女も彼女だ。私の名前を出されて警戒心が緩くなったのだろうが、もう少し危機感を持ったほうがいいと思う。「いやぁ、コンビニでこんなに散財したの初めてだわ」「はぁ、とりあえず中へどうぞ」
Terakhir Diperbarui: 2026-07-28
Chapter: 第8話
スマホに宮原さんの名が映し出されたとき、時計はまだ七時にもなっていなかった。休日のこんな朝早くに電話してくる知り合いなど勤め先の者か宮原さんくらいなので、何事かと身構えてしまう。宮原さんが電話をしてくる時間は朝か深夜で、明峯さんと深谷さんは大体寝ているため私に掛かってくる場合が多い。特に明峯さんは仕事と音楽に関わる時間帯以外はほとんど電話に出ないため、少なくとも私から電話を掛けた記憶がない。 二回ほどバイブしたところで、充電ケーブルに差してあったスマホを手に取って電話に出る。「おはようございます」 耳にスマホを押し当てると、機械の中で少し音を変えてはいるが木の葉の戦ぐ音が潮騒のように聞こえた。恐らく樹の下にいるのだろう。宮原さんは朝にランニングをしていると聞いた覚えがあるので、そのコースの道中だろうか。「おはよう、やっぱり沙綺しか電話出ないな」 その口ぶりからすると、既に二人には電話をした後のようだ。社会人の休日なんてそんなものだろう、土日は一日中の大半眠っている明峰さんは例外として。好き好んで六時前から起きている物好きなど、私を除くと知り合いでは宮原さんくらいだ。「どうかしたんですか?」 ただ話したいからという理由で電話をしてくる相手でもないので、単刀直入に聞く。「いや実はさ。いつもお世話になってるライブハウスのオーナーが、イベントに出てくれないかって」「いつですか」「明日」 唐突過ぎて迷路にでも吸い込まれた気分だった。「それこそ二人に連絡を取らないと。深谷さんはともかく、明峯さんは今日中に連絡が取れるかどうか」 それに明日は私自身予定があるため、時間によっては断らなければならない。通常ライブハウスのイベントは夜に行われることが多いが、明日は日曜日なので昼に開催される場合もある。母は夕方頃に来ると言っていたため、即座に断るにはまだ早い。「真央にはぶっつけ本番で歌ってもらうしかない」「いえそれは……」 難しいだろう。通常はライブに向けて喉の調子を整えてくものだが、今回に限っては前日、もしすると明峯さんであれば当日にそれを知ることになるかもしれない。 だが確かに今回の依頼者であるライブハウスのオーナーには、私が高校生の時代から贔屓にしてもらっているため、無下には出来ないことも確かである。「とにかく昼頃、有香を連れて沙綺の家に行
Terakhir Diperbarui: 2026-07-26
Chapter: 第8話
 スマホに宮原さんの名が映し出されたとき、時計はまだ七時にもなっていなかった。休日のこんな朝早くに電話してくる知り合いなど勤め先の者か宮原さんくらいなので、何事かと身構えてしまう。宮原さんが電話をしてくる時間は朝か深夜で、明峯さんと深谷さんは大体寝ているため私に掛かってくる場合が多い。特に明峯さんは仕事と音楽に関わる時間帯以外はほとんど電話に出ないため、少なくとも私から電話を掛けた記憶がない。 二回ほどバイブしたところで、充電ケーブルに差してあったスマホを手に取って電話に出る。「おはようございます」 耳にスマホを押し当てると、機械の中で少し音を変えてはいるが木の葉の戦ぐ音が潮騒のように聞こえた。恐らく樹の下にいるのだろう。宮原さんは朝にランニングをしていると聞いた覚えがあるので、そのコースの道中だろうか。「おはよう、やっぱり沙綺しか電話出ないな」 その口ぶりからすると、既に二人には電話をした後のようだ。社会人の休日なんてそんなものだろう、土日は一日中の大半眠っている明峰さんは例外として。好き好んで六時前から起きている物好きなど、私を除くと知り合いでは宮原さんくらいだ。「どうかしたんですか?」 ただ話したいからという理由で電話をしてくる相手でもないので、単刀直入に聞く。「いや実はさ。いつもお世話になってるライブハウスのオーナーが、イベントに出てくれないかって」「いつですか」「明日」 唐突過ぎて迷路にでも吸い込まれた気分だった。「それこそ二人に連絡を取らないと。深谷さんはともかく、明峯さんは今日中に連絡が取れるかどうか」 それに明日は私自身予定があるため、時間によっては断らなければならない。通常ライブハウスのイベントは夜に行われることが多いが、明日は日曜日なので昼に開催される場合もある。母は夕方頃に来ると言っていたため、即座に断るにはまだ早い。「真央にはぶっつけ本番で歌ってもらうしかない」「いえそれは……」  難しいだろう。通常はライブに向けて喉の調子を整えてくものだが、今回に限っては
Terakhir Diperbarui: 2026-07-26
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