Masuk足の底から鉄槌で打ち上げてくるような硬い響きが、車両を包みこんだ。途端、列車は景色を搔き消すような勢いで轟々と走り出す。私を見送る者はおらず、昨夜同胞達に首都を離れるという話をしたがあまり興味がないという風だった。どうでもよいのだろう。窓から望める風景が、まるで一枚絵のように忙しなく変わっていく。風を切りながら全快速で走っているそれは、煤を溶かしたようなどす黒い空気を吐きながら隣町へと向かっている。丸一日掛けて、首都から四つの町を巡らんとしているその昼汽車。人数はまばらで、これから増えたり減ったりするのだろう。閑散とした車内で、走行する鼓動を感じながら、私は終着駅へと向かうためこの列車に乗っていた。向かい合わせになった席で一人、窓際に。空いている席はいくつかあるため、家族や仲間などでなければわざわざ対面に座ろうなどと思う者はいないだろう。座られても上手い受け答えは持ち合わせていないため困るのだが、大剣を隣に座る私を見てそれでも座ってくる者がいるのなら、それはよほどの変わり者に違いない。
列車に乗った経験がないわけではない。しかしその全てが戦場へ向かうための乗車で、窓の外を見るのは大まかな地形を把握するもので、決して風景を感じるためではなかった。なので、景色を楽しむという感覚がどういったものなのか、よく分からない。万が一に備え、見えた地形がどんなものだったのか記憶しなければならないのではないか、そんな風に思えてくる。その土地に戦意は感じられないにも関わらず、鎧すら身に着けていないのに。 白いブラウスに、緑のロングスカート。騎士という身分で行くからにはそれ相応の華美な装いで、という私には理解出来ない言い様で着させられた服である。普段鋼鉄と肌着しか身に着けない私にはとても不釣り合いで、むずがゆい。短刀すら貫通する、布地の衣服。不安が喉元を締め付けてきて、苦しい。防具のない移動というのは、こんなに私を翳らせるのかと。マントのフードを深く被り直すくらいでは拭いきれないくらいの影が、雨雲めいて広がる。なので、別のことを考えて紛らわせることにしよう。そう考えて、列車に揺られながらゆっくりと思考を巡らせる。 私がそれまで暮らしていたフリストレール国、その首都ルユ。大した記憶はないが、それでも二十年過ごした場所だ。去ることに何も思わないかと言えば、それは嘘になる。別に愛国者というわけではなく、戦えと命令されたから守っていた、というだけ。土地に愛着もない、と思う。ただ、この国に私は拾われた。赤子のときに孤児として拾われ、そして五歳から兵士として生きることを運命づけた、私の故郷だ。生まれを誹られようが、髪の色を蔑まれようとも。私が帰る郷里はここしかない。この街しか、私は知らない。その点で、ルユは私の中ではある種の特別な町である。そんな場所を離れろと言われたのだから、それは魂を引き剝がされる気持ちにもなるだろう。まさか少しでも、後ろ髪を引かれる気持ちが私にあるなんて。 兵士としては汎用だった。為すべきときに為す。やれと言われたことをやるだけの存在。大して振り返る意味はない、戦っていただけの記憶。しかし、それしか能がない。それしか知らない。 気を紛らわすために私を振り返ったが、薄っぺらい人生だと改めて確認しただけだった。思い起こす事も然程多くはない。ただ人を殺していた。やれと言われたから。 窓の外に見える景色のほうがよっぽど色味がある。赤か、黒か。私のこれまでに彩を付けるなら、きっとその二つのどちらかだろう。血潮に塗れた手で暗闇を彷徨う。これまでも、そしてこれからも。 これまでを顧みることをやめた、途端。木々や草原、山々のシルエットが切り絵のようにゆき過ぎる。いま、いくつ駅を越えただろうか。気が付けば閑散としていた車内には人が幾人もいて、少なくとも最低一つは駅を通り過ぎたのは間違いない。私が記憶に浸ることをやめたのも、声が思考を遮ったからだ。「失礼」
という、私のすぐそばで発せられた声が。
とはいえ、それが私に向けて言った言葉だとはそのときは思わなかった。さきほど考えた通り、わざわざ私の前に座る必要はないだろうと。そのため、反射的にその声の主を確認しただけのつもりだった。棘のように降りかかってくる、彼女の眼。もちろん彼女とは初対面で、恨みを買うような行いもしていない。そう感じたのはきっと、彼女の銀色の髪が私自身を連想させたからだろう。白銀はフリストレールの国民が持つ髪色ではない。この国にその色は私しかいない。なので一瞬私が見つめているのかと思って、思考が真っ暗になりかけたが、さっと気持ちを引き締める。私がもう一人いるなんて、あるわけない。彼女の顔は照り輝いているように綺麗で、まぶしささえ感じさせる。その点だけで、同じ系統の髪色だというのに私と彼女は大きく違っていた。「向かいの席は空いているかしら」
そう言われて、車両の中をぐるりと見渡す。どうやら満員というほどではないが、どのボックスシートにも人が座っているようで、なるほどこの向かい席にやって来るのにも道理である。
「はい、空いていますが」
「座っても?」断る理由もないため、首肯する。しかし申し訳ないことに、この席の荷物棚には既に私の大荷物が鎮座している。従ってその手に持ったアタッシュケースは隣に置いてもらう他ないわけだが。その旨を伝えたところ、彼女は納得したように分かったと答えた。
改めて、目の前に座った彼女の貌を窺う。ちらりと電光のように、あくまで盗み見るように。男の兵に囲まれて生きてきたため、美に対する選定眼などなく所感ではあるが。彼女は美しい女性だと思う。涼しく刺すような切れ長の目と背中まで伸びた銀髪が、得も言われぬ存在感を放つ。ドレスを模したしっかりとした造りの水色のワンピースは、家柄なのか品の良さを感じさせる。 なによりその髪色を何の負い目もなく晒す、光に満ちたその表情が、私には甚だ分からなかった。どこか遠くからの観光客だろうか。私を貶めるものの一つである白銀という髪色、それが彼女にとっては気にも留めない存在なのだと。 分からない。知れず、私はいつの間にか彼女のことを瞬きもしないで眺め入っていた。見つめるという意識すらしておらず、凝視していると気づいたのは直接彼女から問われたときだった。「何か顔に付いているかしら」
さーっと頭の中に稲妻が走る。まさか指摘されるまで、自分の行いに気付かないなんて。相手に不信感を与えたことも相まって、兵士として浅はかにもほどがある。もし上官の前であったら、即座に体罰が発生するほどの失態だ。
「いえ、そのようなことは」
言いながら、どう躱すべきなのか分からず視線を逸らした。軍であれば顔面に一撃を貰えばそれで終わりなのだが、流石にそんなことを行う外見には見えない。
「あなたが見ていたのは、これでしょう?」
そう後ろ髪を掻き上げる。私には決して出来ない所作。その姿はどこか花弁が散っているようで、儚さすら感じさせた。どうして、その髪色を以て堂々と振舞えるのか。羨ましい、妬ましいという感情ではなく、ただ単純に分からない。
「珍しいかしら」
「はい、フリストレールは茶色の髪色が多いです」 「ああ、それで先ほどから視線を感じるのね」奇異の目などどこ吹く風、という態度。ならさきほどから聞こえる吐息のような私語(ささやき)も、気にしてはいないのだろう。
「確かにわたしの国でも少し珍しいけど、関係ないわ。これがわたしなのだから、侮辱できる権利なんて誰にもありはしないのよ」
分からない。まるで異世界の言語のようで、私は返せる言葉すらなかった。分からないなら暴力で解決してしまえばいいという元上官からの教えは、この場では通用しない。
そしてもしかしたら自分の髪へ興味が出るのではないかという恐れから、私は押し黙った。フードをしているため、不自然さが彼女に生まれてもおかしくない。だから、意図的に沈黙する。いったん言葉が途切れると、まるで会話なんてなかったかのように沈黙がボックスシートに重く腰を据えた。 彼女とはこれっきりの相対だ、蟠りが残ることなど考慮する必要はない。分からないことは考えても分からないのだから、仕方がないだろう。 しかし沈黙が生まれたことにより、囁き声が蘆の葉に渡る風のようにどこからともなく起こる。奇異の目、彼女の銀髪を誹る声。私には最早慣れたもので空気のようなものなのだが、彼女はどうだろう。さきほどの口ぶりからして、あまり気にしてはいないだろうが。 木の葉がざわつくような背景音楽。絶えず起きるざわめきに、飽きないないのかと呆れながら、車窓の外を眺める。飛び去る景色は何もかもが速く、詳しい地形は把握出来ない。草原が、木々が、畦道が、そしてその先に見える水平線が来ては飛び去る。そうして風景を眺め続けてどれほど経ったか、再び真横で声が聞こえた。「おかしいな、幽霊がボックスシートを占領してる」
させるものか。 そう思う前に体は動いていた。 理由づけをしている余裕はない。走るのに邪魔な剣をその場に放り出して、巨躯の彼のもとに突っ込む。大槌は頭上から降って来るため、ただ盾になるだけでは彼を護ることは出来ない。 なら無理矢理にでも退いてもらうしかない。 負傷している身に対しては酷だが、いまはそんなことを言っている場合ではないのだ。殴りつける勢いで突進すると、巨躯の彼はそうして大槌の範囲外へとよろける。肩鎧がなければ、私の体格では彼を押し出すことは出来なかっただろう。 低い獣めいた呻き声がひとつ。 負傷したうえに体当たりを食らった巨躯の彼の声だ。だがいまそれに気を向けている余裕はない。「騎士様!?」 その呼びかけにも。 振り下ろされる大槌に対し、腕をバツの形を模して突き出す。あの大きさの大槌に対してでは、気休めにもならないだろうが。しかし何所でその攻撃を受けるかと問われれば、やはり装着した手甲だろう。 私が生存する可能性は、そこで受け止める以外他にない。 そうして、私はその瀑布のような一撃を受け入れた。 だがしかし、やってくるはずの死にも至る重撃は、いつになってもやってこなかった。「なんだ、どうなってやがる!?」 代わりに聞こえてきたのは、焦燥感を孕んだ乱れた音声である。 無理もない。 それは私が一番知りたいことなのだから。 手甲は砕け、私の手は完全に露出してしまっている。大槌の一撃により足元は円形に窪み、その破壊力は明らかだ。土煙が舞い上がり、あたか も煙幕でも張ったかのようである。 それなのに。「なんで無事なんだてめぇ! ぶっ潰れてるはずだろうが、普通ならよぉ!」 私に振るわれた大槌。 だがその一撃は私を粉砕するには至らず、それどころか何故か手首が痺れる程度の影響しかない。代わりに手甲が砕けてしまったわけだが、それほど頑丈に作られていたのだろうか。 それほどに頑強な手甲を身代わりにしてしまったのなら、申し訳ない。針で突くような痛みを鋭く良心の一隅に感じら
戦場に戻る途中、敗走する何人かの野盗に遭遇した。 一人だからと襲ってくる者もいれば、そのまま私の横を通り抜けて行こうとする者もいる。素通りする者からは戦意を感じられず、手を下すこともない。 だが襲い掛かってこられると対処せざるを得ない。特に二人以上で固まって逃げている野盗は、敗走してきたとは思えないくらい強気だ。しかも、戦利品である魔弾の発射装置を見せたところで、あまり意味を為さない。 仕方ないため、そういった輩は切って捨てていく。 そうして来た道を戻ると、果たして戦況は一変していた。 あれほど人で溢れていた村の入り口は十数人ほどとなり、野盗に至ってはほとんど見当たらない。一人の男を中心に何人かの野盗がいるだけである。 恐らく頭領、或いは野盗の中でも上位の者。肩には大槌を担ぎ、黒いマントをなびかせている。白茶の髪は縮れてとりとめがない。軍馬のように逞しい身体つきで、その背丈は巨躯の彼に引けを取らないほどである。 対して、自警団もかなり数を減らし、今は十人いるかどうかというところだ。ただ、転がる亡骸たちを見るに自警団の姿はほとんどない。恐らく負傷して村内に退いたのだろう。 そうであってほしい。「騎士様」 私の帰還に気がついた双剣の彼女が、荒い呼吸のまま私を呼んだ。同時に戦士たちの目が一斉に注がれる。「やったんだよな」 射手の彼の問いに、私は戦利品を掲げることで答えとした。それと同時に残った自警団の顔には、おりから吹き出した風のように、静かに、安堵の表情が溢れ出る。 改めて、戦地を見渡す。射手の目はあれからずっと私に向いていたため、初めの二人以外射殺された者はいないとは思うが、それでも戦闘を続行出来る者はそう多くない。いち小隊と思えた野盗の集は、最早目の前にいる大柄な男とそれを取り巻く何人かだけとなった。 あれから、かなり奮闘したと言える。 とても強い村だ。 そう思う。 私という騎士が必要ないほどに。 だが、「やるじゃねぇか、助かった」 自警団の誰かがそう、明確に私に宛てた言葉ではなく独り言
それと同時に、頭に一撃があったのが分かる。 魔弾で撃たれたのだ。 一撃。また一撃。 重石をつり下げたかのような頭部への鈍痛。だが三発の弾丸を頭に受けたわりに、思ったよりは痛くはない。悪運、というやつだろうか。私へ放たれる魔弾だけ、偶然にも悉く粗悪品らしい。 そして、不具合が生じたということは。「はっ!? 何で平気なんだてめぇは!?」 魔弾の射手は、私への不意打ちに失敗したということだ。それと同時に、隠れ潜んでいた位置も曝け出される。 私が通過しようとした木の、その上。 男性にしては長い、背中までありそうな黄土の髪。白いシャツに黒い上着と、およそ森に潜む射手とは思えない洒落た格好のその男。手には大体人の腕ほどの長さだろうか、黒い筒状の装置の手元にボウガンのような引き金が取り付けられている。 これまで戦場で飽きるほど見てきた、魔弾の発射装置。ただ一つ兵士と違うのは、目には眼鏡のようなものを装着しているということだ。恐らく、それが遠くからの攻撃を可能にする補助装置となっているのだろう。 そのため目がどのような状態なのかは窺えないが、その口は私を仕留め切れなかった驚きからか、半開きになっていた。「魔弾を三発ぶち込んだんだぞ!? 三発だぞ? 死ぬだろうが、普通はよ!」 それは劣化品を引いてしまった自分を恨むしかない。不運だとは思うが。 まだ信じられないのか、彼は枝の上から動く気配はない。分からなくもない。先刻のものも含めて四発、見事に命中しているのだから。ただそれで、完全に動きを止めてしまっている点は、切り替えが遅いと言わざるを得ない。私が幹を駆け上がり、到達しようとしているにも関わらずだ。「待て、待て待て待て!」 手を伸ばし何かをしようとして、その実何もしていないその男。片手を意味もなくさまよわせている。「なんでてめぇがこんなところにいるのかは知らねぇが、おれの顔に見覚えあるだろ。見逃せよ」 苦し紛れだろうか、そんなことを口にした。「記憶にありません」 もう一度、顔をじっくりと観察する。記憶の中をさっと
突如飛来した魔弾は中空を奔り、そのまま自警団の一人に直撃した。「なんだぁ?」 恐らく見たことがないであろう兵器の襲撃に、巨躯の彼が思わずそう漏らす。いち村人が、本来は首都の兵士だけが持つ武器と相対する機会などないだろう。 その驚愕はすぐさま他の自警団も感じ取った。 今まで野盗と剣戟を交わしていた仲間が、硝煙を上げながら倒れたのだから。白目を向いて地に横たわったその様を見るに、もう事切れている可能性が高い。 突然飛来し、仲間の命を奪う謎の物体。これまで村を自衛してきたといっても、見た限り自警団は三十人程度だ。その事実は波紋が広がるように瞬く間に伝播した。 なんだ今のは。 自警団の一人が叫ぶ。 何人かは事が呑み込めず動きを停止してしまっている。「おい騎士様! ありゃなんだ!?」 焦燥感を含む声で、巨躯の彼が私に問う。「あれは魔弾と呼ばれる武器です。筒状の装置から弾を込めて発射するという構造です」「なるほどな! だがどういうことだ、発射する奴がいねぇぞ!」 焦りからか、叱る様な大きい声を出す。「使用したことがないので詳しくは分からないのですが、どうやら長距離を攻撃出来るようです」「じゃあ、そいつを見つけないとだね」 会話していたはずの巨躯の彼の代わりに答える別の声。それはいつの間にか私たちに接近していた、双剣の彼女だった。「セシルか、無事だったんだな」「このくらいは、ね!」 言いながら、野盗の背中を的確に貫く。 だがその間に弾丸はもう一つ飛来して、名も知らぬ自警団の頭部に炸裂した。 やはり記憶のとおり、きちんと頭部に命中すれば命を奪うことの出来る武器だ。私のときはたまたま、弾が劣化していたに違いない。「おう、そりゃ同意だが……」「私が行ってまいります」 方向も記憶している。その場に留まり同じ場所にいるわけはないが、方角は同じはずだ。「騎士様が? 行けるの?」「どのみち、あれは脅威
「納得させてくれ、ですか……」「あぁ。俺もラヴァーグも、騎士殿が戦う姿を見てねぇからな。それにこの村を守護してくれるってことで来たんだろ、だからその剣で見せてくれ。そりゃあ、やり合うことにならねぇのが一番だがよ」 なるほど、という言葉の代わりに頷く。 今日投げかけられた言葉の中で、一番分かりやすい。要は戦って守る様を見せろということだ。初日の決闘では成し得なかったことだが、実際守護する姿を見せれば多少なりとも説得力が上がるというもの。 回避出来るならそれに越したことはないというのも同意だ。 いつもは武器を背中に背負って出陣するため、手に持ったままというのは違和感がある。固定ベルトがないので仕方がないのだが、握りしめつつ戦地へ赴くとなると、開戦した場合、鞘は放り投げねばなるまい。 その鞘も見事な装飾だが、邪魔になる以上仕方ない。せめて分かりやすい場所に投げて置くことにしよう。「騎士殿」 出陣しようと扉へ向かうが、しかして呼び止められる。「頼んだ」 見ると、何時もの仏頂面な村長の顔ではない。私はその時彼から託される意思のようなものを咄嗟に感じ、「了解しました」 と言って、村長の家を出た。 村の入口に向かう途中、鐘が鳴りだした。叫ぶように中空に上がる姦しい音は、警告であることを嫌でも知らせてくる。すぐに家に閉じこもるように促す警鐘なのだと。 つまり、野盗が侵攻してきているのだ。 本来ならもう対面していなければならない。昨夜番を変わっているため責任はないはずだが、どうしてか心臓が早鐘を撞くように乱れ撃ち始める。 恐らくは戦地にいたからだろう。それに防衛戦では、警鐘の役割を長時間押し付けられ鳴らすのは常に自分だった。なので、こうして鐘が鳴っているにも関わらず向かっているというこの状況が、怠慢だと。未だ決別出来ない内なる上官が私を糾弾するのだ。 早鐘を鳴らす心臓の響きに追いかけられるように駆ける。そうして辿り着いた先。 果たして、そこは既に戦場だった。 トレードマークの茶色い外套
着替える時間すら与えられず、武器を持つことを許されず、長鎗の彼女と共に村長の家へと向かうことになった。ずっと白髪を晒している状態であることに、心内が暗いもやもやとした不安の霧で満たされる。どこから来るとも分からない嘲笑が、私の身体を浪のように不安感が揺らす。 移動中、朝とはいえ村がやけに静かなのが気になった。 村長の家へ着くと、果たして副村長だけが椅子に鎮座していた。「おはようございます」 そう切り口上の挨拶をする。 すると副村長は「ん」とだけ返事をして立ち上がった。「随分と悠長な朝だったじゃないか」 顔にうっすらと柔らかな皺を刻みながら、ろくろを回す。ほくそ笑んでいるようだ。「申し訳ありません」 心苦しく思う。 即座に鉄拳が飛んでこないことに若干の違和感を覚えながら。わざと虚偽の時間を教えられ、集合してみれば既にその時は過ぎていた、ということがよくあったのを思い出した。「珍しいな、リーデもロラも。お前らいつも朝早ぇだろ」 想像は出来る。「その件なのですが、お父様。ラヴァーグさん。報告したいことが」 戦争に行く軍人のように表情を引き締めて、言う。対して、二人して頭に「はてな」が浮いて見えそうなほど、疑惑の眉を寄せた。それはそうだ。朝寝坊だと突いたら、報告があると言われたのだから。「なんだ、ただの朝寝坊じゃねぇのか」 目には軽い疑いが垣間見える。「えぇお父様。騎士様は一人魔法によって外へ連れ出され、そこで攻撃を受けました。私たちはその介抱をしていたのです」 それに、二人は心当たりのない場所から矢が飛んできたという顔をした。「攻撃を受けた、だって?」 副村長は怪訝な顔色をし、「本当なのかリーデ」 村長が驚きに打たれる。 衝撃はその場にひたりと雫のように落ちて、時がほんの一瞬停止した。ただ一人、長鎗の彼女を除いて。「そうですよね、騎士様」 長鎗の彼女が不意打ちのように話題を投げ渡してきたため