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おバカで甘い私が覚醒して闇堕ちした

おバカで甘い私が覚醒して闇堕ちした

By:  ショウモク・ユウCompleted
Language: Japanese
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典型的なおバカで甘い私は、愛する婚約者と援助していた貧しい女友達に裏切られた。彼は「僕を深く愛している」と言いながら、その女と同じベッドを共にし、さらには彼女が重病だからと私に腎臓を提供するようそそのかす。そのため、私たちの大切な赤ちゃんがまだ形になりかけたところで命を失ってしまうことに。さらに、彼らは手を組んで私の家財を騙し取り、家族に莫大な借金を背負わせた。絶望の中、私と母は追い詰められ、ビルの屋上から身を投げるしかなかった。血の海と骨身に染みるような痛みを感じながら死んでいく、あの瞬間が今でも頭から離れない。しかし、次に目を覚ますと、私はあの貧しい女を援助する10分前の時間に戻っていた……

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Chapter 1

第1話

朝釣りをしていたおじさんに発見された青山一葉(あおやま かずは)。おじさんの投げた釣り針が彼女の体に引っかかり、どれだけ引いても動かない。近づいてみると、水に浮かぶ彼女の姿に気付き、釣竿も放り出して、震える足で警察に駆け込んだ。

警察が引き上げた時には、一葉の息はかすかに残るだけだった。

救命センターの医師たちは、もう助からないと判断を下した。

家族も見放したのか、誰一人病院に彼女の姿を見に来なかった。

でも、どういうわけか一葉は生き延びた。医学的奇跡と呼ばれるほどに。

落下した時の一瞬の痛みより、目覚めてからの全身の傷の方が地獄のような苦しみだった。

人間の骨は全部で206本。その半分以上、108本もの骨が彼女の体内で折れていた。いくつかは粉々になり、大小様々な傷が全身を覆い、生きていることが苦痛だった。

動くことも、誰かに触れられることも一葉には恐怖でしかなかった。

看護師が点滴をする時、手の甲を軽く押さえて血管を探るだけで、一葉の額に冷や汗が吹き出るほどの痛みが走った。

やっと六本の点滴が終わり、少し眠ろうとした時のことだった。

深水言吾(ふかみ げんご)の秘書が部屋に入ってきた。

「奥様、社長が優花(ゆうか)さんへの謝罪に奥様のご同行をお願いしたいとのことで、お迎えに参りました」

ベッドから動くこともできない一葉は、呆然と秘書を見つめた。怪我した頭では、その意味を理解するのに時間がかかった。

「奥様、早めに身支度をお願いできますでしょうか。また社長のお怒りを買うことは避けたいのですが......今回は優花さんまで誘拐事件に巻き込んでしまい、社長は相当お怒りです。

優花さんは社長の大切な方ですから、ご存知の通り......」

秘書の声は丁寧だったが、その口調には明らかな焦りと軽蔑が滲んでいた。

一葉は状況を理解すると、思わず苦笑いが漏れた。

なんて素晴らしい夫に巡り会えたことか。

誘拐犯に崖の上で「どちらか一人だけ助けてやる」と言われた時、彼は躊躇う様子もなく初恋の人を選んで、こっちを死地に追いやった。

そして今、自分が九死に一生を得て、まだ指一本動かすことすらままならない状態なのに、彼の大切な人に謝罪しろというのか。

一葉は震える唇を必死に動かし、かすれた声で言った。「言吾さんにお伝えください。謝罪は結構です。私からの詫び代わりに、あの方を優花さんにお譲りします。末永くお幸せに。お子様にも恵まれますように」

言い終えると、一葉は目を閉じた。もう一言も話す気力が残っていなかった。

痛い。とても痛い。全身の傷が無数の牙で彼女を食い千切るように痛んだ。もう耐えられない。早く眠りたい。

眠れば、この痛みからも解放される。

点滴には鎮静剤が混ぜられていたのだろう。すぐに一葉の意識が遠のいていった。

どれくらい眠っていたのだろう。

一葉が目を開けた時。

深水言吾の怒りに染まった瞳と目が合った。

普段から高慢で気位の高い男だが、怒りを帯びた姿はより一層冷たく、恐ろしかった。

思わず一葉の体が震えた。

「なぜ優花に謝罪に行かなかった?お前のせいで誘拐されて風邪まで引いたんだぞ。分かっているのか?

何度言えば分かる?俺と彼女の間には何もない。なぜそんな言葉で彼女を侮辱する?

いい加減、お前の妄想は止めろ。すべてがお前の考えた通りだと思うな」

一葉は彼を呆然と見つめた。まるで見知らぬ人を見ているようだった。

かつては自分の手に小さな傷一つできただけで、目を赤くして心配してくれた人なのに。

今や自分は全身包帯でミイラのよう。指一本動かすこともままならないのに、彼の目には映っていない。ただ優花が風邪を引いたことばかり気にかけている。

「言吾さん......」一葉は震える声で言った。「私、重傷なの。手すら動かせないほど......」

この言葉を聞けば、せめて一度はこっちを見てくれるかと思った。妻である自分を死に追いやり、このような重傷を負わせたことに、少しは後ろめたさを感じてくれるかと。

でも......

言吾は冷笑を浮かべ、嘲るような声で言った。「本当に怪我をしているとは思えないが、仮に本当だとしても、すべてお前の自業自得だろう?」

一葉は言葉を失い、彼をただ見つめたまま、思わず苦笑いを浮かべた。

七年の愛情が、こんな形で終わるなんて。

自嘲的な笑みを浮かべた一葉の表情を見てか、一瞬だけ彼の眼差しが柔らかくなった。だが、すぐにまた苛立ちと嘲りの色が戻る。「一葉、お前の演技力も随分と上達したようだな」

「包帯の巻き方も、まるで本物みたいじゃないか」そう言いながら、彼は一葉の体を覆う包帯を乱暴に引っ張った。

かすかな接触さえ死ぬほどの痛みを伴うのに、この乱暴な扱いに、一葉は息すら満足に出来なくなった。

一葉が苦しむ間も与えず、彼は彼女の腕を強く押さえつけた。「これは何だ?血か?色合いもリアルだな。本物の血でも買ったのか?医療資源の無駄遣いもいい加減にしろよ」

やっと接合したばかりの骨を、彼は容赦なく押さえつける。

その瞬間、心臓が止まるような激痛が一葉の体を走った。

一瞬のうちに、冷や汗で全身が水に浸かったかのように濡れそぼった。

顔から血の気が失せ、死人のように青ざめていく。

必死で口を開き、止めてくれと懇願しようとしたが、痛みで一葉は声すら出せなかった。

深水言吾が顔を下げ、一葉の蒼白な顔を見た時、やっと何かがおかしいと気付いたようだった。「お前......」

だが、その言葉は途中で携帯の着信音に遮られた。

特別な着信音に、彼は一葉から目を離し、すぐさま電話に出た。

「心配するな、今すぐ行く!」

慌ただしく部屋を出ていく彼は、振り返りもしなかった。

急いでいたせいか、一葉の体に繋がれた点滴のチューブの一本が外れてしまった。

途端に、一葉は呼吸が出来なくなった。

必死で彼を呼び止めようとした。医者を呼んで欲しいと懇願したかった。

でも、どんなに努力しても、かすかな声すら出せない。

息苦しさは増すばかり。まるで誰かに喉を強く握られているような感覚が一葉を襲った。。

意識が闇に沈みゆく中で、一葉は思った。これで本当に死ぬのかもしれないと。

誘拐犯の手にかかることもなく、崖から転落して岩場に打ち付けられた時も死ねなかった自分が、最後は最愛の人の手によって命を落とすなんて、誰が想像しただろう。

自分の全てを捧げて愛した人なのに。

その瞬間、一葉の胸に走った痛みは、これまでの全ての苦痛を凌駕していた。

もう二度と、愛なんてしたくない。そう思えるほどの痛みだった。

......

神は一葉を愛しているのか、それとも嘲笑っているのか。

また一度、死のすぐ傍まで行きながら、一葉は生き延びた。

「奇跡的ですね」と医師に褒められた命の強さ。

看護師長が帰宅前に一度見回りをしようと思い立ったのが幸いだったと医師は言う。もし彼女が異変に気付かず、救急処置室に運ばれるのが数分遅れていたら、一葉の命は消えていたという。

「これほどの生命力は初めて見ました」と医師が言った。

一葉は言葉も見つからず、ただ微かに笑みを返すことしかできなかった。

今回目覚めてから、何か大切なものを失くしたような不思議な虚しさが彼女の心の中に残っている。幼い頃から今までの記憶を辿っても、何一つ欠けているようには思えないのに。

ただ、点滴のチューブがどうして外れたのかだけは、どうしても思い出せない。

医師は「これだけの重傷を負えば、一時的な記憶の欠落は珍しくありません。今は焦らず、治療に専念しましょう」と諭してくれた。

その通りだと一葉は思った。

それ以上、深く考えることはやめにした。

二度目の傷害で症状は更に悪化し、二ヶ月以上もベッドから動けない日々が続いた。

やっと体を動かせるようになっても、一葉の手足の動きは鈍く不自由なままだった。

喉が渇いて堪らないのに、テーブルの水差しに手が届かない。やっとの思いで冷や汗を流しながら掴んだものの、震える手が裏切り、グラスは床に落ちた。

床一面に広がる水を見つめながら、一葉はより一層の渇きを覚えた。

もう一杯注ごうとした瞬間、長身の男が突然部屋に飛び込んできた。

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第1話
目の前にいる坂本笙子は、今も記憶の中の高慢な姿そのままだった。彼女の服は色褪せていたが、よく手入れされて清潔だった。強情な表情は、まるで一輪の高嶺の花のように見えた。その時、彼女は小さな顔をそっぽに向けていた。紹介人はその様子に気づき、緊張して汗を拭いながら、こっそりと彼女の袖を引っ張った。すると、彼女はやっとゆっくりと顔を戻し、真剣な表情で言った。「たとえあなたが私を援助することを決めたとしても、私があなたにへつらう義務はないわ」彼女の正論ぶりに、私は思わず笑い出しそうになった。しかし、紹介人が求めていたのは、彼女が私に一礼して感謝の意を示すことだけだった。それが彼女にとってそんなに屈辱的なことなのか?なら、前世で私が経験したあれこれの出来事は、一体何だったのかしら?私はゆっくりと彼女に歩み寄り、彼女の顎を軽く持ち上げて静かに言った。「そんなに誇り高いなら、私の援助なんて受けなければいいじゃない」彼女はその言葉を聞くと、目を見開き、小さな顔は真っ赤になった。まだ何も言い返す前に、聞き覚えのある男性の声が割り込んできた。「柚木、そんな口調はやめてくれ!」私は急いで駆け寄ってきた林拓也を見上げ、怒りと憎しみが同時に湧き上がってきた。今の林拓也は、まだ私に頭を下げ、私の恩恵を受けるただの学生だった。だから、彼は空気を読んで私の機嫌を伺う。彼は私の顔色が悪いのを見て、媚びるように私を抱きしめた。「柚木、そんなに機嫌を悪くしないでくれよ。笙子はもともとそういう性格なんだ。前にも話しただろう?」彼の気味悪さに吐き気がして、私は彼を突き飛ばし、そのまま彼の頬を平手打ちした。彼は叩かれて顔を横に向け、驚いた表情を浮かべた。彼の目に一瞬陰りが走ったが、すぐに感情を抑え、平然とした様子を装った。「柚木、また嫉妬しているのか?誤解しないでくれよ。笙子はただの友達なんだ」いつもなら、彼がこうして適当に言い訳をするだけで、私はまたすぐに信じてしまい、彼のために何でもしてしまっていた。どうしようもなく、私は典型的な恋愛に盲目な馬鹿だったのだ。でも今はどうだろう?彼はまだ私を騙せると思っているのかしら。私は眉を上げ、すぐに坂本笙子の手首を掴んだ。その細い手首には、高級ブランドの華やか
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第2話
私は隣にいた藤田浩介を引き寄せ、その場であの裏切り者たちの目の前で支援契約書にサインし、さらに連絡先も交換した。坂本笙子が悔しそうに歯ぎしりしているのを無視して、私はバッグを手に取り、くるりと振り返ってその場を去った。ところが、数歩歩いたところで林拓也に立ち塞がれた。なんと、彼は涙を浮かべて私を見つめ、その口から出た言葉がこうだった。「柚木、君はそんな風に僕を思っていたのか……大丈夫だよ、僕はここでずっと君を愛し続ける。君が振り返ってくれさえすれば……」私は大事な指を林拓也の胸に何度も突き刺し、彼の言葉を遮った。「そういえば、さっきは笙子のことばかり叱って、あなたのことは忘れてたわね?」「感傷的な男を演じるのはやめて。あなたも、あなたが送ってきた百均のゴミと同じくらい安っぽいわ」「私は生まれてからずっと、身に着けるものも食べるものも全て最高のものだけだったの。時々、新鮮さに惹かれて安物を使うのも仕方ないわ」「でもね、あなたがずっと演じ続けていると、本気で自分が価値ある人間だと勘違いしちゃうかもね」私は、私の言葉に合わせてどんどん後退していく林拓也を見つめ、笑いながら彼の頬を軽く叩いた。「さよなら、安物の男。私に借りている4000万円は1ヶ月以内に返してよね。返さないと、弁護士から通知書が届くわよ」そう言い残し、呆然とする彼らを後にして、私は私のスーパーカーに乗り込み、そのまま一気に走り去った。家に帰ると、母がヨガをしているのが見えた。私は涙を浮かべながら彼女を抱きしめた。母は驚いて、何か起こったのかと心配していた。余計なことは何も言わず、ただ私は香川家の企業の業務を引き受ける意思があることを伝えた。二度目の人生、この機会を絶対に無駄にはしない。私は私の大切な人々を守り、彼らに二度とつけ込ませはしないと心に誓った。広々とした、誰もいない家を一瞥し、私は父である香川正治がどこにいるのかを尋ねた。出張中だと知ると、私は眉をひそめ、前世の出来事の細かい点を整理し始めた。しかし、証拠が少なすぎて、全てをすぐに理解するのは難しかった。そんな時、画面にポップアップが表示され、私の思考は中断された。それは、藤田浩介からのメッセージだった。藤田浩介は、私の名義のマンションの一つに住むことになっ
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第3話
「香川さん、このスカーフ、どうですか?決ちゃんが買ってくれたんですよ」坂本笙子は、得意げに袋を開けて、ほとんど私の目の前に突きつけるようにして見せびらかしてきた。私は淡々と答えた。「うん、あなたのそのぶりっこな雰囲気にぴったりね」「どうしてそのスカーフを選んだのかしら……ああ、そうよね、あなたって、いつも私がいらないものを拾うのが好きだもの。うちのそのスカーフ、もう掃除のおばさんにあげたわ」坂本笙子の顔がこわばった。黙っていた林拓也が見かねて、彼女をかばいに出た。「お前、まるで自分がプリンセスみたいに思ってるんだな。誰もが、何もかもお前にへつらわなきゃならないとでも?」「俺たちはお前に何の借りもない、香川柚木、どうしてお前がそんなに偉そうにしてるんだ?」坂本笙子も再び勢いづいてきた。「このスカーフは決さんが初めて稼いだお金で私に買ってくれたものよ。嫉妬しないで、負け惜しみを言うんじゃないわよ」「それに、香川家は最近結構な赤字を出してるんじゃない?香川家のお嬢様も自分の家の心配でもしたら?」私は眉をひそめた。香川家の内部事情を、坂本笙子がどうして知っているのか?彼女の顔中に幸せがあふれているのを見ながら、ますます興味が湧いてきた。真相が明らかになった時、彼女はどんな顔をするのだろうか。私は皮肉を込めて笑い、もう一台のスマホを取り出して支払い画面を坂本笙子の目の前に突きつけた。「へえ、彼が初めて稼いだお金って、私が設定したQRコード決済の『代行払い』で払ったのね?」「最近、彼の食事も服も全部、私のカードから自動で引き落とされてるのよ。それでも『借りてない』って言えるの?」先ほどまで威勢のよかった坂本笙子は、一気に黙り込み、信じられない様子で何度も画面を確認した。林拓也の動揺した表情を目にすると、すべてを理解した。坂本笙子の顔は青くなったり、白くなったりしていた。最終的には、怒りを抑えきれずに、スカーフの入った袋を林拓也の顔に投げつけた。林拓也は慌ててスカーフを袋に戻しながらも、私に向かって険しい目を向けるのを忘れなかった。彼が追いかけようと一歩を踏み出したその時、私は彼を呼び止めた。私は、部屋の隅で黙々と計算をしていた。林拓也が先に沈黙を破った。もしかしたら暗闇が
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第4話
香川家には確かに深刻な問題が発生していた。新規プロジェクトの機密文書が、どこからか流出し、競合他社の手に渡っていたのだ。会社全体がこの危機に立ち向かい、何とかその影響を最小限に抑えようと尽力していた。しばらく前から、藤田浩介は母の信頼を得ており、今では会社の一員として私と一緒に残業をしてくれていた。1週間にわたる努力の末、ついに危機は解消された。私はほっと息をつき、安堵したとたんに深い眠りに落ちた。しかし、どうやら神様は私がうまくいくことを許してくれないようだ。藤田浩介に起こされた時、私はまだ頭がぼんやりしていた。彼の表情はこれまで見たことのないほど真剣で、その端正な顔は緊張でこわばり、目は暗く沈んでいた。私は、彼が差し出したスマホの画面に目を向けた。すると、一瞬で眠気が吹き飛んだ。学校の掲示板のトップに、非常に注目を集めているスレッドがあった。タイトルは「名門・香川家の令嬢、同級生へのいじめ発覚か?母親には略奪婚疑惑も浮上」怒りを抑えつつ、そのスレッドをしっかりと読んだ。投稿者は自称「正義感に駆られた第三者」としていた。スレッドの内容は、私が坂本笙子に対して行ったとされるすべての悪行についてだった。例えば、彼女を孤立させ、金で屈辱を与え、跪かせ、彼女の彼氏を奪ったといったことが書かれていた。さらに、投稿者は私の母が父と結婚する前に、父には「忘れられない初恋の人」がいたが、母はその女性を押しのけて父を略奪したとまで暗示していた。そして、投稿者は坂本笙子の高潔な人柄を称賛し、同級生に対して友好的で、迷子の動物を保護するような心優しい女神だと書いていた。私は目を閉じ、また開いて、添付されている写真を1枚ずつ確認していった。その写真の多くは、あの日レストランで誰かに隠し撮りされたもので、残りの写真は見覚えのない場所や人々ばかりだった。どうやら坂本笙子は、事前に準備をしていたようだ。藤田浩介は私の表情をずっと見守っていたが、しばらくして口を開いた。「僕が解決しようか?」私は軽く口元を歪め、笑って答えた。「いや、いいわ。私はただ、相手が自分から出てくるのを待っているだけよ」そのスレッドは、次第に大きな注目を集め、コメント欄も賑わいを見せていた。「香川柚木もどうかしてるわ、家
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第5話
ここ数日、意図的に誘導された結果、関連するタグの投稿は瞬く間に大きな話題となった。クリック数と閲覧数は急激に増加し、コメントや「いいね」も倍々に増えていく。その時、私のスマホが激しく鳴り響いた。画面を見ると、見覚えのある番号だった。通話ボタンを押すと、すぐに録音モードを開始した。すると、電話の向こうから怒りに満ちた林拓也の叫び声が聞こえてきた。「香川柚木、お前は正気か?笙ちゃんを潰す気か!」「ダブルスタンダードも大概にしろよ!彼女が投稿してネットいじめを誘導するのは許されて、俺が事実を説明するのはダメなのか?」「ただの投稿だろ?お前、実際には何もされてないじゃないか!今すぐこの投稿を削除しろ!」「やっぱり投稿者は本人だったんだね」そう言って電話を切ると、その録音と以前に調べたIPアドレスを一緒に投稿に添付して公開した。すると、コメント欄は再び活発になった。「この坂本笙子マジで笑えるな。自分で無関係なふりして投稿して同情を誘おうとするなんて何の作戦?」「それに、香川柚木は何も彼女に対してひどいことしてないじゃん。プライド高すぎて、援助を断られたら逆ギレしてるだけじゃん」「そうそう、姜柚木が彼氏を奪ったって?当時付き合ってたのはどう見ても姜柚木と林拓也だったじゃん」「この林拓也って、他人の金で生活して、愛人にまで金使ってるって、マジで最低だよな」「彼女から金を巻き上げて浮気相手に使うなんて、マジで泣けるわ」藤田浩介が私の手に触れて、現実に引き戻された。「三つ目の資料、今出す?」私は彼に目を向け、少しだけ目を細めて言った。「まだ待ってて」10分後、林拓也がコメント欄に現れた。誰かのアドバイスを受けたのか、彼は急いで否定や言い訳をせず、むしろ情熱的で誠実な謝罪と坂本笙子への擁護を投稿してきた。彼が伝えたいのは一つのことだけ。「過去のことは謝罪するけど、俺たちは良い人間なんだ。1回責めたら、もう2回目は責めるなよ?」それに共感し、彼を許す人も少なからず出てきて、彼らを擁護するコメントも増え始めた。私は一言も言わず、藤田浩介を見つめた。彼はすぐに私の意図を察した。三つ目の資料を公開した時、それはまるで水底に沈んだ爆弾が炸裂したかのように、彼らを擁護していた人々の共感を吹き飛ばした
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第6話
彼女は普段から浪費癖があり、林拓也の援助を受けても、生活は常にギリギリの状態だった。それでも自尊心が高く、プライドのためにバイトをすることも拒んでいた。その奨学金は彼女にとって唯一の生活費で、今回の出来事で私は林拓也のヒモ生活ぶりを暴露した。面子を何よりも大事にする林拓也にとって、それは死ぬよりも辛いことだっただろう。日が経つにつれ、林拓也が借りていたお金は一向に返済されない。香川家の弁護士チームに動いてもらおうかと考えていた前日、突然銀行口座に入金の通知が届いた。林拓也が、ついにお金を返済したのだ。私は少し惜しいと思ったが、すぐにこの出来事に不審感を抱いた。彼は今まで私からのお小遣いで生活していた身だ。いくら頑張って稼いでも、こんな短期間でこの額を集めるのは不可能だ。一体、誰が彼を裏で助けたのか?警戒心が高まり、私はすぐに大学の友人たちに連絡を取り、林拓也と坂本笙子の近況を調べさせた。すると、驚くべき情報が返ってきた。坂本笙子と林拓也は大学を休学していた。二人は急いで去って行き、寮の荷物すら持ち出さずに消えたという。林拓也はあちこちで「月収2000万円の仕事を見つけた」と吹聴し、もうすぐ贅沢な生活が始まると言っているらしい。私は平然と応じたが、その後すぐに探偵に連絡を取った。調査には時間がかかる。その間、私は次々と手元にある情報を整理し、過去の人間関係を思い返していた。しかし、どうしても辻褄の合わない部分があり、全てが腑に落ちるわけではなかった。それでも、探偵は私を長く待たせなかった。探偵から電話がかかってきたのは、私がゆっくりと戦利品を手にして店を出た時だった。ハイヒールの音がタイルの上で響く。私は探偵の報告を聞きながら、目の端で黒い影がこちらに近づくのに気づいた。いつものようにさっと右に避けたが、その影は私の前で立ち止まった。視線を上げると、そこにいたのは坂本笙子だった。電話の向こうでは探偵が報告を続けていた。「香川さん、あなたが調べた人物は最近、香川家グループの子会社を頻繁に出入りしているようです」私は軽く返事をし、スマホを下ろして坂本笙子をじっくりと観察した。彼女は少しふっくらしていて、少しゆったりとしたドレスを着ていた。体には高級ブラン
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第7話
私はいくつか商品を選んで、店員に向かって言った。「先ほどの品に加えて、他のものも全部包んでください」それから、坂本笙子を見つめて微笑んだ。「坂本さんはこんなにお金持ちなんですから、これくらい大したことないでしょう?」笙子は、まさか私がこんなにも図々しいとは思わなかったようで、顔色を悪くしながら私を睨んでいた。しかし、見栄を張るため、怒りを抑えてレジに向かい、顔を少し落ち着けてからパスワードを入力した。しかし次の瞬間、店員は申し訳なさそうに言った。「申し訳ございません、このカードは現在、凍結されております」笙子は一瞬驚き、そして顔を真っ赤にしながら言った。「そんなはずないわ、もう一度試して!」店員は何度もカードを通したが、顔色はどんどん悪くなり、冷たい目で笙子を見るようになった。その目は、彼女の顔に何度も平手打ちをしているかのように見えた。その時、笙子の携帯電話が鳴り響いた。彼女はまるで助け舟が現れたかのように慌てて電話に出たが、誤ってスピーカーモードにしてしまったため、林拓也の声が店内に響き渡った。「笙ちゃん、資金繰りが尽きた! 早く今まで買った高級品を売って、緊急の資金を作ってくれ! 」「君、今デパートにいるだろ? すぐそっちに行くから待ってて!」笙子は叫び声をあげ、困惑した様子で電話を切り、「違うの……」と弁解し始めた。店員の表情は一層険しくなり、硬い笑みを浮かべながら言った。「では、これらの商品はどうされますか?」私は肩をすくめ、いくつか気に入った品を選びながら、ゆっくりとした口調で言った。「お金がないなら、見栄を張らないことね。これを包んでください、このカードで」店員は嬉しそうに笑みを浮かべ、私に包装された商品を渡した。私は先に店を出た。後から出てきた坂本笙子の姿は、まるで追い詰められた野良犬のように、しっぽを巻いて惨めな様子だった。しばらく彼女の後を追っていると、急いで駆けつけた林拓也の姿が見えた。冬だというのに、彼は汗びっしょりだった。彼は怯えた顔で笙子の手を取り、近くの階段脇へ連れて行った。「笙ちゃん、どうにかしてくれ! 今、どうすればいいんだ?」「お前、自分がどれだけすごいと思ってるんだ? 今のお前のせいで、香川柚木に俺は完全に恥をかかされたん
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第8話
私はこめかみを揉みながら、ページをめくり続けた。この会社の責任者が藤田浩介であることを見た瞬間、冷たい感覚が足元から這い上がってきた。震える手で熱いお茶を注ぎ、続きを読もうとした時、ドアのノック音が響いた。ドアの覗き穴から外を見ると、そこには藤田浩介が立っていた。彼が部屋に入ると、手にしていた大量の買い物袋を一つ一つ開け、キッチンで忙しく動き始めた。私はドアにもたれて、静かに彼の姿を見ていた。たった数ヶ月しか経っていないのに、藤田浩介の雰囲気は完全に変わっていた。学生時代の未熟さを脱ぎ捨て、すでに成熟した男性の魅力を身にまとっていた。ぴったりとしたスーツが彼の背筋を一層際立たせ、全身から気品と余裕が漂っていた。彼なのだろうか?私はダイニングテーブルに向かって歩きながら、頭の中でその可能性を考えていた。実際、感情的にも客観的にも、藤田浩介が私を裏切ることはないと確信していた。それは、根拠のない、しかし不思議なくらい確かな直感だった。私たちが食事を終えた頃、藤田浩介は一枚の書類を私に差し出した。「今、君にこれが必要だと思うよ」彼の声は淡々としていたが、どこか自慢げな響きも感じられた。私はその書類を注意深く読み、表情は平静を保っていたものの、心の中では嵐が巻き起こっていた。林拓也が言っていた「月収2000万円」の仕事は、なんと香川家の企業機密を競合に売り渡すことだった。さらに驚いたのは、彼が最近、私の父・香川正治と頻繁に連絡を取り合っていたことだ。写真に写っているのは、毎回違う場所で密かに会っている様子。撮影された時間は、父が「出張だ」と言っていた期間と一致していた。私は背筋が凍りつき、藤田浩介に向けて途方に暮れたような視線を送った。藤田浩介は、いつからこの異変に気づき、林拓也を職務を利用して調査していたのだろうか?藤田浩介が去った後、私は頭の中で関係図を整理していた。そして、父と坂本笙子の名前が並んだ時、突拍子もない仮説が浮かんできた。私は慌ててバッグを掴み、家に帰ろうとした。だが、車に乗り込んだ瞬間、一本の電話が計画を狂わせた。「香川柚木、真実を知りたいなら、30分後に北区A3倉庫に来い。全てを教えてやる。だが、必ず一人で来るんだ。おかしな真似をすれば、香川
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第9話
坂本笙子は、林拓也の姿を見ると、すぐに大声で叫び始めた。「拓也くん、助けて!」そう言いながらも、必死に身をよじり、羽織っていた上着がずり落ちて、だぶだぶの病衣から白い肌がちらついた。私にはっきりと見えた。彼女を掴んでいた金髪の男が唾を飲み込み、手を彼女の服の中に忍び込ませようとしている様子を。坂本笙子は驚きの声を上げ、涙を浮かべながらその男に哀願の視線を向けた。その様子を見た林拓也は、すぐさま田中の前にひざまずいて懇願し始めた。「田中さん、どうか彼女を放してやってください!隣にいる女は香川家の令嬢ですよ!彼女なら、この借金を返す力があります!もし無理なら、彼女を人質にして香川家の母親に金を出させましょう。いくらでもお金が出てきますよ!」私は体が冷え切り、林拓也が借金を抱えて高利貸しに追い詰められていることを悟った。彼自身が返せないどころか、私まで巻き込もうとするなんて、なんて卑劣な男なのだ。田中は満足げに頷き、金髪の男に向かって坂本笙子を解放するよう手を振った。坂本笙子はすぐに林拓也の胸に飛び込み、泣きながらしがみついた。私はこっそりポケットに手を伸ばしたが、空っぽだった。その瞬間、後ろにいた男が私の手を掴み、動けなくした。「探しても無駄だ。お前の携帯はもう捨てた。連絡を取ろうなんて大胆なことを考えたな」その手は私の手首をしっかり押さえつけ、不快な指先が手の甲をなぞり回った。その気味悪さに、鳥肌が立った。「何か証拠を香川さんに見せてやるか、何がいいと思う?」田中は軍用ナイフを持ち、ゆっくりと私に近づいてきた。光の反射で刃が恐ろしいほど白く光っていた。その時、坂本笙子が声を上げた。「田中さん、急がなくても大丈夫ですよ。この女、結構見た目も悪くないし、気に入ったなら楽しんでみたらどうですか?」私はその言葉に激怒し、坂本笙子を睨みつけた。今すぐにでも彼女を引き裂いてやりたいほどの怒りがこみ上げてきた。田中は一瞬驚いた様子だったが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。「そうだな、でも俺は兄弟たちを裏切らない。佐藤、お前が欲しいものは何でも取れ」その言葉を聞くと、金髪の男は興奮して林拓也を蹴り飛ばし、坂本笙子の服を引き裂こうとした。彼女は悲鳴を上げ、必死に助けを求めたが、誰も彼女
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第10話
坂本笙子が投げかけてきた憎しみを帯びた視線を受け止めながら、私は一種の高揚感に満たされた。隣では、藤田浩介が黙ったまま、私の体にある傷を確認していた。私は彼の口元を指で軽く突きながら聞いた。「どうしたの? 驚いた?」しかし、彼は何も言わずに、ただ私をしっかりと抱きしめた。その力強さはまるで私を骨の中にまで閉じ込めてしまうかのようだった。首元に感じる温かく湿った感触に、私は一瞬体が固まった。そして、彼を子供をあやすように、優しく背中を軽く叩きながら言った。「次は、こんな危険なこと一人でやらないって約束して。あの男に捕まった君を見た時、僕の心臓は止まりそうだったんだよ」彼の声はまるで大きな悲しみに打ちひしがれたかのように震えていた。「ちゃんと対策はしておいたでしょ」私は改造したネックレスを彼の目の前で軽く振って見せた。このネックレスには小型のGPSが内蔵されていて、携帯がなくても藤田浩介が私の居場所を正確に把握できるようにしていた。彼はそのネックレスをゆっくりと自分のポケットにしまい、少し拗ねたように言った。「次からは、それを持たなくていい。代わりに僕を連れて行け」その言葉に笑いがこみ上げ、彼の真剣な顔を見てすぐに頷いた。警察の事情聴取に協力した後、私は自分のマンションに戻った。しかし、藤田浩介は私を一人にはしてくれず、シャワーを浴びる時もバスルームの外で見張っているほどだった。準備が整った私は、藤田浩介に事前に準備してもらっていた資料を手にし、香川家の旧邸宅へと向かった。家の中で母を探し回っていると、メイドさんが言った。「奥様は少し前に外出されましたよ」私は仕方なく階段を下りようとしたが、書斎の前を通りかかった時に中から物音が聞こえた。メイドは少し焦った様子で続けた。「お嬢様、旦那様はもうお戻りです。ただ、今お客様と話をしているので、少し待たれたほうがいいかと……」そのメイドの落ち着かない態度を見て、私の予感が確信へと変わった。私は迷わず書斎の扉を開け放ち、藤田浩介には外で待機してもらった。その「お客様」とは、坂本笙子と、彼女に似たもう一人の女性だった。その瞬間、これまで頭の中で繋がらなかったピースが全てはまり込んだ。坂本笙子が私を嫌う理由、そして父香川正治が林
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