LOGINリアンド・ボーモントと婚約して七年目、彼は亡き兄のすべてを継承した。 兄の妻――デイナ・フォウラーも含めて。 リアンドがデイナと夜を共にするたび、私を抱きしめてこう言った。 「ジェニー、もう少しだけ待ってて。デイナが妊娠したら、すぐに結婚式を挙げよう」 それが、西海岸最大のマフィア一族・ボーモント家が、リアンドを次期「ボス」に据えるための、唯一の条件だった。 帰国して半年、彼はデイナの部屋に五十九回足を運んだ。 最初は月に一度だったのが、今ではほぼ毎日―― そして六十回目。私の婚約者がデイナの部屋から戻ってきたその日、ついに朗報が届いた。デイナが妊娠したというのだ。 同時に届いたのは、リアンドとデイナの結婚発表。 「ママ、うちで誰か結婚するの?」 華やかに飾りつけられた部屋を見回しながら、幼い息子が無邪気に聞いてきた。 私は何の感情も浮かばないまま、彼を抱き上げて答えた。 「そうよ。あなたのパパが、好きな人と結婚するの。だから私たちは、もうここを出ていくの」 リアンドはまだ知らない。私の実家、ベリン家が、今やボーモント家に匹敵する新たなマフィア一族となったことを。 そして私は――ベリン家で最も愛されて育った末娘、ジェニー・ベリン。誰にも、ましてや結婚なんかに、縛られるつもりはない。
View Moreリアンドの驚いた目を見ながら、私は続けた。「リアンド、あんたのこと……本当に気持ち悪いわ」リアンドは恥と怒りに顔を歪め、私に向かって詰め寄ってきたが、兄がすかさず彼を突き飛ばした。リアンドはよろけながら数歩後退し、怒鳴った。「俺はちゃんと謝っただろ!それでも足りないっていうのか?前は……前はあんなに……」言葉は途中で詰まったが、彼の言いたいことは分かっていた。私はゆっくりと彼に歩み寄った。リアンドは私が近づいたことで、安堵の笑みを浮かべた――が、その顔に私は迷いなく平手打ちをかました。彼が信じられないというように目を見開くのを見て、私は冷たく笑った。「まさか、本気で思ってたの?謝れば私が許して、あんたの元に戻るとでも?かつては、確かに愛していたわ。あんたのために故郷を離れ、子どもを産み、あんたの家族からの侮辱にも耐えて、あんたがデイナの部屋に通うのも黙っていた。でもねリアンド、愛はね、壊れるの。あんたが何度も私を傷つけた分だけ、愛もすり減っていったのよ」私の言葉に追い詰められ、リアンドはじりじりと後ずさり――やがて力が抜けたように、その場に崩れ落ちた。彼は私の瞳を見つめた。だが、その中にかつて自分のために輝いていた愛の光は、もうどこにもなかった。焦った彼は私の前に膝をつき、泣きながら何度も謝り始めた。「デイナも、フォウラー家も海に沈める。だから……戻ってきてくれ……結婚しよう……」その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが、私は心の奥で何も感じなかった。「もう謝らないで。あんたはボーモント家のボスでしょ?そんな惨めな姿、見せないで。そんなの、軽蔑したくなるから」そう言い切り、私は冷たく背を向けた。リアンドは再び私の手を取ろうとしたが、ベリン家の傭兵たちに阻まれ、門の外へ押し出された。夜になってライアンが帰宅し、リアンドが来ていたと聞かされたとき、私は少し不安になった。――あれでも彼は、ライアンの父親だから。だが、ライアンは静かに言った。「彼はボスであって、パパじゃないよ」その言葉に、家族みんなが一瞬驚き、そして頷いた。とくに父は、珍しくライアンを褒めた。それ以来、父は家業の会議や視察にもライアンを同行させるようになった。「彼には次代のボスの器がある」――それが父の評価だった。
見慣れた景色に、私もライアンも自然と心が落ち着いた。道中、私たちを知っている人たちがにこやかに挨拶してくれた。彼らにとって私は、ベリン家で一番可愛がられている末娘であって、リアンドの婚約者ではなかった。兄の車はすでに外で待っていて、「直接本邸に戻ろう」と言ってくれた。家では、家族のための夕食が用意されているらしい。「家族の夕食」と聞いて、ライアンは少し緊張したように私にしがみついた。私はそっと彼の背中を撫でて安心させた。彼が何を怖がっているのか、私にはよくわかっていた。かつてボーモント家での家族の食事は、私たちにとって苦痛でしかなかった。ライアンが少しでもミスをすれば、たとえばステーキを切る時にナイフが皿に当たって音を立てただけで、叱られたものだ。私は使用人の横に立ち、家族が食事を終えるまで給仕し、最後に台所でやっと食事にありつけた。そんな日々を、7年も耐え抜いた自分を思い出し、苦笑した。我ながらよくやってきたと思った。家に着くと、父が車のドアを開けてくれ、母が私をしっかりと抱きしめた。「家族の夕食」は、堅苦しいものではなく、皆で和やかに食卓を囲む温かい時間だった。私もライアンも、こんな「家庭」の温もりを、ずっと忘れていた。「ママ、ここ……すごくいいね」ライアンが手を握りながら微笑んだ。私は彼の笑顔を見て、自然と笑みを浮かべた。「じゃあ、ここにずっといようね……」わずか二日で、ライアンはすっかりこの場所に馴染み、新しい友達もできた。私自身も、かつての自分を取り戻していた。兄とライアンのバカンスについて話していた時、警備の傭兵が報告に来た。「外で騒ぎがありまして、自分がジェニー・ベリンの夫だと、叫んでいる男がいます」私は一瞬呆然とし、足を進めて外に出た。やはりそこに立っていたのは、リアンドだった。彼の能力を考えれば、私の居場所を特定するのは時間の問題だった。でも、たった二日でこうも憔悴するとは思っていなかった。私の姿を見るなり、リアンドは笑顔を見せた。私は無表情で彼を見つめ、冷たく訂正した。「私の夫だなんて言わないで。私たちは婚約しただけで、あなたの妻はデイナでしょ?」その場にいた見物人がヒソヒソと話した。「これがジェニーの婚約者?全然釣り合ってないわね」そんな声に、リアンドの
リアンドは椅子の背にもたれながら、スマホの画面を見つめた。そこに並ぶのは、ここ半年ほどの彼と私のメッセージの履歴――「おはよう」「おやすみ」「無理しないでね」そんな言葉を、私は毎日欠かさず彼に送っていた。だが、返ってくるのはたいてい「うん」だけ。しかも、リアンドが頻繁にデイナの部屋へ出入りするようになってからは、私たちの会話はほとんど途絶えた。そしてついには、私からも「おはよう」と送ることさえ、やめた。画面をスクロールしていると、リアンドの眉がぴくりと動き、身体を起こした。それは、数日前のメッセージだった。私が、ライアンの誕生日に帰ってきてほしいと、何度も頼んだ言葉だった。その日、彼はデイナとの婚約式の準備に忙しくて、息子の誕生日のことなどすっかり忘れていた。突然私たちが現れたのは彼に恥をかかせるためだと、そう思っていた。だが、あの時「ボス」と涙を流しながら跪いたライアンの姿が、今も彼の瞼に焼きついている。リアンドは胸を押さえ、鋭い痛みに顔をしかめた。そして、最後のメッセージが目に飛び込んできた。【それがあなたの選択なら、私は受け入れる。ライアンと一緒に去るわ。……幸せになって】「っ……!」リアンドは突然椅子を蹴り飛ばし、怒声を上げた。「ジェニー……絶対に逃がさない……!絶対お前を見つけ出して、この手で縛りつけてやる……!」再び電話をかけるが、応答はなかった。忙しない呼び出し音だけが耳を刺した。「……家だ。戻るぞ」冷たく命じると、護衛はすぐに車を方向転換させた。この半年、私が一番長く過ごしていた場所は、あの家だった。毎日、毎晩、リアンドの帰りを待っていた。リアンドは思った。もしかしたら、自分が帰れば、彼女はまだ家で待っていてくれるかもしれない。すべては彼女の拗ねた冗談だけかもしれない、と。車はゆっくりと別荘へと近づき、温かみのある灯りがぼんやりと漏れていた。その光景に、リアンドの肩の力がふっと抜けた。彼は車が完全に止まるのを待たず、扉を開けて飛び降りた。ドアの前で一度スーツの裾を整え、いつもの無表情な顔を作ってから、扉を開けた。「もしこれがジェニーの冗談なら……何と言っても彼女を厳しく叱って、二度とそんなことはするなと警告してやる。そして最後には、抱きしめてなだめてやろう」そう考えな
【それがあなたの選択なら、私は受け入れる。ライアンと一緒に去るわ。……幸せになって】そのメッセージが届いた瞬間、タキシード姿でファーストルックのために待機していたリアンドの携帯が震えた。彼の心臓が、一瞬、不可解に震えた。画面の文字を確認した途端、手にしていたデイナへのブーケをその場に投げ捨て、彼は走り出した。幕が開き、デイナが高級仕立てのウェディングドレスをまとい、ゆっくりと姿を現した。彼女はリアンドの視線を、驚嘆を、そして愛を期待していた。だが、そこにあったのは空虚なステージ。リアンドはすでにその場を離れていた。彼はあるスポーツカーに飛び乗り、空港へと向けて走り出した。アクセルを踏み込み、前の車を次々と追い越していった。携帯で私の番号を繰り返し呼び出しながら、焦燥に駆られてクラクションを鳴らし続けた。「なんでこんなに人が多いんだ!」五度目の急ブレーキで歩行者をかすめた時、リアンドはついにハンドルを叩き、怒鳴った。助手席の護衛が冷や汗を流しながら小さく言った。「ボス、本日は……クリスマスです。各地でイベントが……」「……クリスマス?」リアンドの顔に、微かな動揺が走った。そうだ、今日は私との婚約記念日でもあった。でも、彼はそれすら忘れていた。本当は、式が終わったあとで会いに行くつもりだった。どうせ私たちは、いつものように家で待っているだろうと――そう思っていたのだ。たくさんのプレゼントを買って、機嫌を取るつもりだったのだろう。けれど――私とライアンは、もう彼を待ってはいなかった。彼に残されたのは、空っぽの部屋と、繋がらない電話の呼び出し音だけだった。十二月の冷たい風が車内に吹き込み、彼の思考を冷やした。街中の人々は家族と共にクリスマスを祝っており、その顔には幸せそうな笑みが浮かんでいる。そんな光景をぼんやりと眺めながら、彼は私たちが婚約したばかりの、あの二年間を思い出していた。あの頃の私たちも――同じように七面鳥を焼き、ツリーを飾り、互いを抱きしめながら聖夜を過ごしていたのだ。けれど、今はもう何も残っていない。何かのイベントの影響か、二十分も車列が全く動かない。リアンドは突如としてドアを開け、護衛に言った。「車はお前たちが運転しろ。俺は走って行く」華やぐ通り、人混みの中を走る一人の男。