Share

第4話

Author: ジュウイチ
ライアンの呼びかけに、リアンドの顔色がわずかに和らぎ、周囲のざわめきも少し収まった。

ライアンはそっと大きなケーキを見つめながら言った。

「ボス、これは僕の誕生日のためのパーティーなの?一緒にケーキ、切ってくれる?」

彼はずっとこの日を心待ちにしていた。父親と呼べなくても、リアンドと一緒に過ごせるなら、それで十分だった。

だがその時、真紅のドレスに身を包んだ妖艶な女がリアンドの隣に立ち、彼の腕に絡みつきながら言い放った。

「ダメよ。

ダーリン、今日は私たちの婚約パーティーでしょ?部外者の立ち入りはご遠慮願いたいわ」

彼女はライアンの存在など最初からなかったかのように、リアンドにだけ視線を向けていた。

私はすべてを悟った。この場に私たちを誘ったのはデイナだったのだ。メッセージを送り、この婚約式という舞台で、私たちを公衆の面前で辱め、リアンドに「部外者」として否定させるために。

会場の視線が一気に集まり始めた。私は一歩前に出てライアンの前に立ち、リアンドを見据えて低く問うた。

「そうなの、リアンド?私たち――私とライアンは部外者なの?」

その場の騒ぎはさらに大きくなり、ボーモント家の老夫人や、フォウラー家の現カポまで様子を見に現れた。

リアンドの顔が青ざめた。老夫人の重たい咳が後ろから聞こえると、彼はうつむき、搾り出すように言った。

「……そうだ。彼らは部外者だ」

デイナは私を見上げ、勝ち誇った笑みを浮かべた。顎を高く上げ、胸を張ったその姿は、完全に勝者のものだった。

周囲からは非難の声が上がった。「空気を読め」「式を台無しにした」などと、誰かが私の名を口にした――「ジェニー・ベリン」、リアンドに再び取り入ろうとする女、と。

ライアンは怯え切っていた。小さな肩を震わせ、何もできずに立ち尽くしていた。

怒りが、私の胸の奥で爆ぜた。私は迷わず足を踏み出し、シャンパンタワーのもとへと向かい、最下段のグラスを一つ手に取った。

――カシャン。

タワーが揺れ、ガラスが砕け散り、黄金色の液体が飛び散ってデイナの髪を濡らした。悲鳴があがり、場が凍りついた。

私は手に持ったシャンパンをリアンドの前で高く掲げて言った。

「おめでとう、素敵な日だもの。末永くお幸せに」

そして、そのグラスを飲み干し、指先からすっと落とした。

カシャン――

私はライアンの手を握り、踵を返して会場を去ろうとした。

ライアンの目は潤みながらも、私を見つめて輝いていた。

「ママ、かっこよかった!」

私は笑いながら彼を抱き上げ、リアンドにも聞こえるように言った。

「これからライアンは、私の息子。ただの『私の』息子よ。もう『父親』なんていない」

――その瞬間、二人の屈強な用心棒が私たちの前に立ちはだかった。

忘れていた。この場はマフィア、しかもボーモントとフォウラーという二大ファミリーの婚約の場。私が踏みにじったのは彼らの「誇り」だった。

「ジェニー、それがベリン家の礼儀なの?謝りなさい!」

デイナの甲高い声が響いた。

私はライアンを背にかばいながら、デイナをまっすぐに睨んだ。目を逸らす気はなかった。

彼らの言う「礼儀」など知ったことか。ベリン家の人間は、誰にも頭を下げない。

「謝らないなら、ここからは出られないわよ。フォウラー家は、ベリン家に宣戦布告するわ!」

私は遠くのリアンドを見た。彼は困惑した表情を浮かべながらも、何も言わなかった。

苦笑いが漏れた。思い出した――かつて舞踏会で赤くなりながら踊った少年。青い宝石を手にプロポーズしてきた彼。「ボスになって、唯一の妻にする」と言ってくれた彼。

そんな面影は、もうどこにもなかった。

これまでずっと、私たちベリン家は東海岸で最強のマフィア一族だった。ただ控えめに振る舞っていただけ。それに、私がリアンドの婚約者だったからこそ、父は西海岸のファミリーに手を出していなかった。

家の権力を盾に私を脅そうとするダイナを見て、私はふっと唇を吊り上げた。──滑稽だわ。

「没落寸前のフォウラー家を生き残すために、あんたはボーモント家の二代のボスのベッドに潜り込んだ。側枝のゾルダートの娘が、本気でうちの家と敵になるつもり?」

言い終えた私の言葉に、デイナの顔が怒りで歪んだ。

「なんて無礼な女……!フォウラー家を貶めるとはいい度胸ね。誰か、この女をつまみ出して!」

傭兵たちが私たちに迫る中、ライアンが突然前に飛び出して私の前に立ち、リアンドを見上げて言った。

「パパ……いや、ボス。どうか、ママを傷つけないでください」

「全員、やめろ!」

リアンドがようやく声を上げた。ライアンを見つめるその目には、驚きと、少しの哀しみがあった。彼は言葉を探していた。でもライアンは一歩下がり、礼儀正しく、けれどどこか距離のある声で言った。

「ここは僕たちを歓迎してくれないみたいだから、ママと一緒に帰るよ。今日はご招待、ありがとうございました」

そう言って、彼は私の手を取り、背を向けた。私はその手を強く握り返した。今、世界において、私の全てはこの子だけだ。

その日、リアンドはついに帰ってこなかった。唯一届いたのは一通の短いメッセージ。

【怒らないで。数日したら会いに行くから】

彼が何をしているか、私は知っている。婚約、そしてボスとしての地位固め――私と子どもに費やす時間は、もう残っていない。

最終日、私は家の荷物をすべてまとめ、私とライアンの物だけを庭に運び出し――火をつけた。

灰となる我が家を背に、私はライアンの手を引いて空港へ向かった。

飛行機に乗り込む直前、私はリアンドに、最後のメッセージを送った。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 婚約者がマフィアのボスになった後、子どもを連れて別れた   第8話

    リアンドの驚いた目を見ながら、私は続けた。「リアンド、あんたのこと……本当に気持ち悪いわ」リアンドは恥と怒りに顔を歪め、私に向かって詰め寄ってきたが、兄がすかさず彼を突き飛ばした。リアンドはよろけながら数歩後退し、怒鳴った。「俺はちゃんと謝っただろ!それでも足りないっていうのか?前は……前はあんなに……」言葉は途中で詰まったが、彼の言いたいことは分かっていた。私はゆっくりと彼に歩み寄った。リアンドは私が近づいたことで、安堵の笑みを浮かべた――が、その顔に私は迷いなく平手打ちをかました。彼が信じられないというように目を見開くのを見て、私は冷たく笑った。「まさか、本気で思ってたの?謝れば私が許して、あんたの元に戻るとでも?かつては、確かに愛していたわ。あんたのために故郷を離れ、子どもを産み、あんたの家族からの侮辱にも耐えて、あんたがデイナの部屋に通うのも黙っていた。でもねリアンド、愛はね、壊れるの。あんたが何度も私を傷つけた分だけ、愛もすり減っていったのよ」私の言葉に追い詰められ、リアンドはじりじりと後ずさり――やがて力が抜けたように、その場に崩れ落ちた。彼は私の瞳を見つめた。だが、その中にかつて自分のために輝いていた愛の光は、もうどこにもなかった。焦った彼は私の前に膝をつき、泣きながら何度も謝り始めた。「デイナも、フォウラー家も海に沈める。だから……戻ってきてくれ……結婚しよう……」その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが、私は心の奥で何も感じなかった。「もう謝らないで。あんたはボーモント家のボスでしょ?そんな惨めな姿、見せないで。そんなの、軽蔑したくなるから」そう言い切り、私は冷たく背を向けた。リアンドは再び私の手を取ろうとしたが、ベリン家の傭兵たちに阻まれ、門の外へ押し出された。夜になってライアンが帰宅し、リアンドが来ていたと聞かされたとき、私は少し不安になった。――あれでも彼は、ライアンの父親だから。だが、ライアンは静かに言った。「彼はボスであって、パパじゃないよ」その言葉に、家族みんなが一瞬驚き、そして頷いた。とくに父は、珍しくライアンを褒めた。それ以来、父は家業の会議や視察にもライアンを同行させるようになった。「彼には次代のボスの器がある」――それが父の評価だった。

  • 婚約者がマフィアのボスになった後、子どもを連れて別れた   第7話

    見慣れた景色に、私もライアンも自然と心が落ち着いた。道中、私たちを知っている人たちがにこやかに挨拶してくれた。彼らにとって私は、ベリン家で一番可愛がられている末娘であって、リアンドの婚約者ではなかった。兄の車はすでに外で待っていて、「直接本邸に戻ろう」と言ってくれた。家では、家族のための夕食が用意されているらしい。「家族の夕食」と聞いて、ライアンは少し緊張したように私にしがみついた。私はそっと彼の背中を撫でて安心させた。彼が何を怖がっているのか、私にはよくわかっていた。かつてボーモント家での家族の食事は、私たちにとって苦痛でしかなかった。ライアンが少しでもミスをすれば、たとえばステーキを切る時にナイフが皿に当たって音を立てただけで、叱られたものだ。私は使用人の横に立ち、家族が食事を終えるまで給仕し、最後に台所でやっと食事にありつけた。そんな日々を、7年も耐え抜いた自分を思い出し、苦笑した。我ながらよくやってきたと思った。家に着くと、父が車のドアを開けてくれ、母が私をしっかりと抱きしめた。「家族の夕食」は、堅苦しいものではなく、皆で和やかに食卓を囲む温かい時間だった。私もライアンも、こんな「家庭」の温もりを、ずっと忘れていた。「ママ、ここ……すごくいいね」ライアンが手を握りながら微笑んだ。私は彼の笑顔を見て、自然と笑みを浮かべた。「じゃあ、ここにずっといようね……」わずか二日で、ライアンはすっかりこの場所に馴染み、新しい友達もできた。私自身も、かつての自分を取り戻していた。兄とライアンのバカンスについて話していた時、警備の傭兵が報告に来た。「外で騒ぎがありまして、自分がジェニー・ベリンの夫だと、叫んでいる男がいます」私は一瞬呆然とし、足を進めて外に出た。やはりそこに立っていたのは、リアンドだった。彼の能力を考えれば、私の居場所を特定するのは時間の問題だった。でも、たった二日でこうも憔悴するとは思っていなかった。私の姿を見るなり、リアンドは笑顔を見せた。私は無表情で彼を見つめ、冷たく訂正した。「私の夫だなんて言わないで。私たちは婚約しただけで、あなたの妻はデイナでしょ?」その場にいた見物人がヒソヒソと話した。「これがジェニーの婚約者?全然釣り合ってないわね」そんな声に、リアンドの

  • 婚約者がマフィアのボスになった後、子どもを連れて別れた   第6話

    リアンドは椅子の背にもたれながら、スマホの画面を見つめた。そこに並ぶのは、ここ半年ほどの彼と私のメッセージの履歴――「おはよう」「おやすみ」「無理しないでね」そんな言葉を、私は毎日欠かさず彼に送っていた。だが、返ってくるのはたいてい「うん」だけ。しかも、リアンドが頻繁にデイナの部屋へ出入りするようになってからは、私たちの会話はほとんど途絶えた。そしてついには、私からも「おはよう」と送ることさえ、やめた。画面をスクロールしていると、リアンドの眉がぴくりと動き、身体を起こした。それは、数日前のメッセージだった。私が、ライアンの誕生日に帰ってきてほしいと、何度も頼んだ言葉だった。その日、彼はデイナとの婚約式の準備に忙しくて、息子の誕生日のことなどすっかり忘れていた。突然私たちが現れたのは彼に恥をかかせるためだと、そう思っていた。だが、あの時「ボス」と涙を流しながら跪いたライアンの姿が、今も彼の瞼に焼きついている。リアンドは胸を押さえ、鋭い痛みに顔をしかめた。そして、最後のメッセージが目に飛び込んできた。【それがあなたの選択なら、私は受け入れる。ライアンと一緒に去るわ。……幸せになって】「っ……!」リアンドは突然椅子を蹴り飛ばし、怒声を上げた。「ジェニー……絶対に逃がさない……!絶対お前を見つけ出して、この手で縛りつけてやる……!」再び電話をかけるが、応答はなかった。忙しない呼び出し音だけが耳を刺した。「……家だ。戻るぞ」冷たく命じると、護衛はすぐに車を方向転換させた。この半年、私が一番長く過ごしていた場所は、あの家だった。毎日、毎晩、リアンドの帰りを待っていた。リアンドは思った。もしかしたら、自分が帰れば、彼女はまだ家で待っていてくれるかもしれない。すべては彼女の拗ねた冗談だけかもしれない、と。車はゆっくりと別荘へと近づき、温かみのある灯りがぼんやりと漏れていた。その光景に、リアンドの肩の力がふっと抜けた。彼は車が完全に止まるのを待たず、扉を開けて飛び降りた。ドアの前で一度スーツの裾を整え、いつもの無表情な顔を作ってから、扉を開けた。「もしこれがジェニーの冗談なら……何と言っても彼女を厳しく叱って、二度とそんなことはするなと警告してやる。そして最後には、抱きしめてなだめてやろう」そう考えな

  • 婚約者がマフィアのボスになった後、子どもを連れて別れた   第5話

    【それがあなたの選択なら、私は受け入れる。ライアンと一緒に去るわ。……幸せになって】そのメッセージが届いた瞬間、タキシード姿でファーストルックのために待機していたリアンドの携帯が震えた。彼の心臓が、一瞬、不可解に震えた。画面の文字を確認した途端、手にしていたデイナへのブーケをその場に投げ捨て、彼は走り出した。幕が開き、デイナが高級仕立てのウェディングドレスをまとい、ゆっくりと姿を現した。彼女はリアンドの視線を、驚嘆を、そして愛を期待していた。だが、そこにあったのは空虚なステージ。リアンドはすでにその場を離れていた。彼はあるスポーツカーに飛び乗り、空港へと向けて走り出した。アクセルを踏み込み、前の車を次々と追い越していった。携帯で私の番号を繰り返し呼び出しながら、焦燥に駆られてクラクションを鳴らし続けた。「なんでこんなに人が多いんだ!」五度目の急ブレーキで歩行者をかすめた時、リアンドはついにハンドルを叩き、怒鳴った。助手席の護衛が冷や汗を流しながら小さく言った。「ボス、本日は……クリスマスです。各地でイベントが……」「……クリスマス?」リアンドの顔に、微かな動揺が走った。そうだ、今日は私との婚約記念日でもあった。でも、彼はそれすら忘れていた。本当は、式が終わったあとで会いに行くつもりだった。どうせ私たちは、いつものように家で待っているだろうと――そう思っていたのだ。たくさんのプレゼントを買って、機嫌を取るつもりだったのだろう。けれど――私とライアンは、もう彼を待ってはいなかった。彼に残されたのは、空っぽの部屋と、繋がらない電話の呼び出し音だけだった。十二月の冷たい風が車内に吹き込み、彼の思考を冷やした。街中の人々は家族と共にクリスマスを祝っており、その顔には幸せそうな笑みが浮かんでいる。そんな光景をぼんやりと眺めながら、彼は私たちが婚約したばかりの、あの二年間を思い出していた。あの頃の私たちも――同じように七面鳥を焼き、ツリーを飾り、互いを抱きしめながら聖夜を過ごしていたのだ。けれど、今はもう何も残っていない。何かのイベントの影響か、二十分も車列が全く動かない。リアンドは突如としてドアを開け、護衛に言った。「車はお前たちが運転しろ。俺は走って行く」華やぐ通り、人混みの中を走る一人の男。

  • 婚約者がマフィアのボスになった後、子どもを連れて別れた   第4話

    ライアンの呼びかけに、リアンドの顔色がわずかに和らぎ、周囲のざわめきも少し収まった。ライアンはそっと大きなケーキを見つめながら言った。「ボス、これは僕の誕生日のためのパーティーなの?一緒にケーキ、切ってくれる?」彼はずっとこの日を心待ちにしていた。父親と呼べなくても、リアンドと一緒に過ごせるなら、それで十分だった。だがその時、真紅のドレスに身を包んだ妖艶な女がリアンドの隣に立ち、彼の腕に絡みつきながら言い放った。「ダメよ。ダーリン、今日は私たちの婚約パーティーでしょ?部外者の立ち入りはご遠慮願いたいわ」彼女はライアンの存在など最初からなかったかのように、リアンドにだけ視線を向けていた。私はすべてを悟った。この場に私たちを誘ったのはデイナだったのだ。メッセージを送り、この婚約式という舞台で、私たちを公衆の面前で辱め、リアンドに「部外者」として否定させるために。会場の視線が一気に集まり始めた。私は一歩前に出てライアンの前に立ち、リアンドを見据えて低く問うた。「そうなの、リアンド?私たち――私とライアンは部外者なの?」その場の騒ぎはさらに大きくなり、ボーモント家の老夫人や、フォウラー家の現カポまで様子を見に現れた。リアンドの顔が青ざめた。老夫人の重たい咳が後ろから聞こえると、彼はうつむき、搾り出すように言った。「……そうだ。彼らは部外者だ」デイナは私を見上げ、勝ち誇った笑みを浮かべた。顎を高く上げ、胸を張ったその姿は、完全に勝者のものだった。周囲からは非難の声が上がった。「空気を読め」「式を台無しにした」などと、誰かが私の名を口にした――「ジェニー・ベリン」、リアンドに再び取り入ろうとする女、と。ライアンは怯え切っていた。小さな肩を震わせ、何もできずに立ち尽くしていた。怒りが、私の胸の奥で爆ぜた。私は迷わず足を踏み出し、シャンパンタワーのもとへと向かい、最下段のグラスを一つ手に取った。――カシャン。タワーが揺れ、ガラスが砕け散り、黄金色の液体が飛び散ってデイナの髪を濡らした。悲鳴があがり、場が凍りついた。私は手に持ったシャンパンをリアンドの前で高く掲げて言った。「おめでとう、素敵な日だもの。末永くお幸せに」そして、そのグラスを飲み干し、指先からすっと落とした。カシャン――私はラ

  • 婚約者がマフィアのボスになった後、子どもを連れて別れた   第3話

    宴会場を出た私は、ライアンを連れて商店街を歩き、アイスクリームを買ってあげた。アイスを食べながら、ライアンはもう泣き止んでいた。私は彼の頭を優しく撫でた。リアンドと同じ、栗色の髪。「ねぇ、ママと一緒に外国へ行こうか?」ライアンは顔を上げ、私を見て小さな声で言った。「じゃあ……パパは?」やっぱり子どもね、こんなにも早く忘れてしまうなんて。私は彼の口元についたクリームをそっと拭きながら、優しく告げた。「パパはこの街に残って、ボスとしての役目を果たすの。だから、これからはボスって呼ばなきゃダメよ。……もう父親じゃないの」ライアンはうつむき、再び目に涙を浮かべた。その表情に、彼の寂しさが滲んでいた。そうよね、自分の父親に捨てられたなんて、誰だって受け入れられるわけがない。私も一瞬、リアンドにライアンを引き留めてくれるよう頼みに行こうかと迷った。……でもその時、ライアンが私の手をしっかりと握りしめ、まっすぐな目で言った。「ママ、僕、ママと一緒に行く。でも――もう一度だけ、パパと誕生日を過ごしたい。……いい?」その願いを、私はどうしても断れなかった。ライアンをぎゅっと抱きしめて、私は頷いた。「いいわ」12月23日、それがライアンの誕生日だった。私はリアンドに、2日前から念を押しておいた。何か特別な準備はしなくていい、ただ――ライアンのそばにいてあげてほしいと。夫婦としての感情はもう終わった。でも、せめてライアンには笑っていてほしかった。誕生日当日、ライアンは朝早くから起きて、小さなフォーマルスーツに身を包み、窓辺から門の方をじっと見つめていた。「ママ……パパ、ちゃんと来てくれるよね?」少し不安げに、ライアンが聞いた。「きっと来てくれるわよ」私はライアンの襟を整えてあげながら、胸の奥に押し寄せる不安を押し殺していた。リアンドに送った催促のメッセージは5通。どれも、返事はなかった。テーブルの上のアイスケーキは、すでに少し溶けはじめていた。ライアンは下を向き、ろうそくの包装を外して、ケーキに一本ずつ立てていった。六本。「……パパ、来ないんだね」しばらく黙っていたライアンは、何かに気づいたようにぽつりとつぶやいた。私の顔がどこか申し訳なさそうに曇っているのを見て、今度は彼が私を慰めようとした

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status