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第317話

Author: 小春日和
冬城は向かいに腰を下ろしていた。工場の薄暗い照明がちらちらと点滅し、不穏で異様な空気を漂わせている。

「んっ!うっ!」

貴史は声を上げようとしたが、口に貼られたテープのせいでうまく話せなかった。

冬城は黙って中井に目配せをし、それを受けて中井が前に出て、貴史の口元のテープを勢いよく剥がした。

「助けて!誰か助けてくれ!」

貴史は喉を張り上げて叫んだが、周囲から返ってくる声は一切なかった。

そんな貴史に向かって、中井が冷たく言い放つ。「ここは郊外で、今は真夜中だ。誰も来やしないし、その声なんて誰にも届かない」

「何が目的だよ!冬城、俺はお前に協力してやったんだぞ!それなのに裏切るなんて、ひどすぎるだろ!」

だが、冬城はそんな青臭い若造の叫びに構うつもりもなく、視線すら投げなかった。代わりに中井が無言で貴史のポケットに手を突っ込み、スマホを取り出すと顔認証でロックを解除し、それを司に渡した。

冬城は無言でスマホのアルバムを開き、数枚の写真を見つめた。その目はどんどん冷えきっていき、やがて無言のまま脇にあるシュレッダーのスイッチを入れ、スマホをその中に投げ込んだ。

シュレッダーはゴロゴロと不気味な音を立てながら動き出し、中には真っ黒なディーゼル油がたっぷり溜まっていた。その光景だけで背筋が凍るような恐怖を呼び起こす。

冬城はもはや言葉を交わす気もなく、冷ややかに命じた。「やつを投げ込め」

「かしこまりました」

冬城の言葉を聞いた瀬川貴史は、恐怖で顔を青ざめさせた。「冬城!正気なのか!これは殺人だぞ!冬城グループの総裁が、殺人罪を犯すなんて!」

冬城の眼差しは人を殺せそうなほど冷たかった。

彼が直接手を下すのは、もうずいぶんと久しぶりのことだった。

この海城では、裏も表も争いが渦巻いている。その泥沼を、貴史のような青二才が知るはずもない。

中井は無駄のない動きで貴史を高く吊り上げ、そのまま冬城を振り返って尋ねた。「総裁、今やりますか?」

「今だ」

肯定的な答えを得ると、中井はすぐにロープを下ろす準備をした。

次の瞬間、拍手の音が響いた。

冬城が振り返ると、黒澤が堂々と歩いてきた。その背後には、かつての古参の部下たちがぞろぞろと続いており、風を切るような足取りからは、明らかに鍛え抜かれた動きがうかがえた。

まさか、黒澤がこんなにも早
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