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第7話

Author: さかなちゃん
都子がハイヒールを鳴らしながら入ってきた。華やかな装いと、全身を包帯で覆われて目だけを覗かせる奈月との対比は、あまりに残酷で眩しかった。

「ふん、しぶといわね。これでまだ死なないなんて」

ベッドの周りを半周し、嘲りを口にする。「医者はね、下半身はもうダメだって言ってたわ。一生立ち上がれないそうよ。

ねえ、この姿を元治が見たら、ますます私の方を大事にすると思わない?」

奈月は目を閉じたまま、何も言わなかった。

「まだ知らないでしょ?」

都子は耳元に顔を寄せ、香水と悪意の匂いをまとわせて囁いた。「あなたが昏睡していた間、元治は毎日、片時も離れず私のそばにいたの。

あなたの息子たちは、毎日交代で私にお話を聞かせてくれたり、ご飯を食べさせてくれたり。本当の母親より、よっぽど優しいのよ」

彼女はくすりと笑い、奈月の包帯に覆われた腕を指で突いた。

「そうそう、フロストって名前の馬、もう二度と見られないわよ。

元治は私が馬肉を食べたことがないって聞いて、その場で馬を殺したんだ。煮込んだ肉が美味しい、残念ね、あなたは味わえないけど」

「ブンッ」奈月の目が弾けるように開いた。

沈黙していた瞳に嵐が巻き起こり、どこから湧いたのか分からぬ力で、彼女は都子を突き飛ばした。

「きゃっ!」

不意を突かれた都子はよろめき、腰を椅子にぶつけて顔を歪める。

「この役立たずが手を出すなんて!」

腰を押さえながら立ち上がり、奈月へ飛びかかる。ハイヒールの先を鋭く彼女の脚へと振り上げた。

「今日こそ殺してやる」

「やめなさい」

駆けつけた看護師は、都子が脚を上げて蹴り込もうとする瞬間を目撃し、鋭く叱責した。「ここは病院です」

都子の足が空中で止まり、次の瞬間には腕を抱えて目に涙を浮かべ、いかにも傷ついたふうに言う。

「わ、私はただ水を飲ませようとしただけなのに、奈月さんが誤解して、私を突き飛ばしたの」

看護師は疑わしげに奈月を見たが、彼女は唇を固く閉ざし、包帯の下の胸が激しく上下するだけだった。

結局、看護師はそれ以上問わず、「病院内では静かにしてください」と注意して、医者を呼びに出て行った。

都子は奈月を一瞥し、スカートを整えて悔しそうに部屋を後にした。

その後、医者が検査に来て、深いため息をついた。「小泉さん、腰椎の損傷は想像以上に深刻です。これから先、立ち上がるのは難しいでしょう」

奈月は天井を見つめ、静かに答えた。「分かりました」

誰も気づかなかった。布団の下で、彼女の手はボディーガードが夜明けに届けてくれたメモを強く握りしめている。

それは彼女がボディーガードに命じて夜を徹して探させた手がかりだ。数年前に引退した名医・野原京介(のはら きょうすけ)の居場所。

前の人生で古い雑誌の記事でその存在を知った。京介は西洋医学でも匙を投げる難病を治すと伝えられる人物だ。

その後の半月、元治は二度だけ姿を見せた。

一度目は、わずかな罪悪感を宿した瞳で保温ポットを手にして来た。「大田(おおだ)さんに頼んで特別にスープを作ってもらった」

奈月が顔を背けると、彼は黙ってスープを置き、数分の沈黙の後に出て行った。

ドアの向こうでボディーガードに言う声が聞こえた。「奥さんをしっかり見張れ。都子を二度と近づけるな」

二度目は、健康食品を山ほど持ってきた時だった。

だが彼が帰るや否や、奈月は冷たくボディーガードに命じた。「捨てて」

彼に捧げてきた想いもろとも、ゴミ箱に投げ捨てた。

退院の日はちょうど、離婚届を出す約束の日だ。

奈月は元治に電話をかけた。「十時、役所で。離婚届を出すわ」

受話器の向こうで三秒の沈黙があり、その後、嘲るような笑いが響いた。「は……安心しろよ。この芝居をしたいなら、最後まで付き合ってやる」

言い終えるか終えないかのうちに、電話は切られた。

こんな時でも、あの男はまだ彼女の離婚を単なる芝居だと思っている。

電話が切れた瞬間、病室の外にざわめきが聞こえた。

「ねえ、ママ、今日本当に離婚届出しに行くのかな?パパが確かめに来いって言ったんでしょ?一緒に行かせるって、本当に朔乃を連れて行くの?」

朔真は困った顔をして、手には都子からもらった最新ゲーム機を弄んでいた。

「絶対に朔乃じゃないわ。女の子だし、体も弱いし、僕たちほど賢くないから」

朔矢の口調は相変わらず老成していた。

「じゃあ、きっと私たちのうちの一人を選ぶんだね」

朔斗が続け、顔には不満が漂う。「都子おばさんが言うには、ママと一緒に行くとディズニーに行けなくなるんだって」

三人は悲しい顔でベッドの前に歩み寄る。

「ママ、退院するのを迎えに来たよ。パパが離婚届を出す場所で待ってるって。僕たちも一緒に行くんだって」

奈月が沈黙していると、朔矢が焦って言った。「ママ、パパに見抜かれたんじゃないの?本当は離婚したいわけじゃないんでしょ?」

「そうだよ」朔真もすぐに口を挟む。「パパ、全然ママのこと好きじゃないと思う。だから離れた方がいいよ」

「どっちを選んでも、僕たちが守るから」

奈月は三人の焦った顔を見て、思わず笑みがこぼれた。

何を根拠に、彼女が都子に洗脳されたこの三人の中から一人を選ぶと思っているのか。

「安心しなさい」奈月の口調は異様に固い。「離婚すると決めたら、絶対に後悔しない」

言わなかったのは、この三人の中から、一人も選ばないということだ。

三人は互いに目を合わせ、肩の力を抜いた。

奈月は先に彼らを役所に送らせ、自分は病室で小泉家の人間を待つ。

しばらくすると、病室の扉が押し開かれ、数十人の黒服のボディーガードが整列して入って、揃って頭を下げる。「お嬢様、奥様が迎えに来いと仰せです」

奈月はボディーガードに支えられ、なんと車椅子からしっかりと立ち上がった。

「行こう」

役所へ向かう途中、奈月は母からのメッセージを受け取った。

【奈月、安心して。朔乃はもう迎えに行ったから。役所の前で待ってるわ。空港まで連れて行くから】

奈月は目を閉じ、再び開いた時、瞳の奥に沈んでいた静寂は消え、鋭い光だけが残った。

役所には、元治が高級スーツに身を包み、白いドレスの都子を親しげに抱き寄せて立っていた。

知らない者が見たら、婚姻届を出しに来た新郎新婦だと思うだろう。

「元治、今日、婚姻届を出すの、本当に大丈夫?」

元治は彼女の額に優しく口づけし、柔らかい声で言った。

「父さんが脅していなければ、奈月と結婚しなかった。長い間待たせたね、そろそろ正式に籍を入れるべき時だ。

早く君と結婚したくてたまらなかった」

都子は彼の腕の中で恥じらうように笑ったが、目の端でしっかりと入り口を睨んでいた。

「どうやら、来たのはちょうど良いタイミングだったようね」

奈月の声が響くと、役所の中は一瞬で静まり返った。

彼女は鮮やかな赤いドレスに身を包み、長い髪をまとめ、優雅な首を見せている。

退院したばかりだというのに、もっと美しくなった。

都子の顔色はみるみる変わり、思わず叫ぶ。「どうして、立てるの?」

元治の視線が奈月に落ち、一瞬目を奪われた。

「元治、離婚届を出すのよ」都子は慌てて彼の袖を引っ張った。

判子が押され、二人の八年に及ぶ結婚生活は終わった。

都子はほっとした表情で、三人の息子を奈月の前に押し出した。「さあ、今度こそ正直に言えるでしょ。どの子を連れて行くの?」

その時、奈月の母が朔乃の手を引き、堂々と入ってきた。

女の子はピンクのプリンセスドレスを着て、奈月を見ると小走りで飛び込んできた。「ママ!」

奈月は膝を曲げて娘を抱きしめた。そして立ち上がり、朔乃の小さな手を握り、口元に微笑を浮かべた。

「最初から最後まで、私が選ぶのは朔乃だけ」
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