桃はひと言だけ謝ると、女性の衣服を脱がせ、自分のパジャマを着せた。着替えを終えると、さらにマスクをかぶせ、用意してあったウィッグをのせる。ひと目見ただけでは、もう誰だか分からないほどだった。そこでようやく、桃はゆっくりと外へ出た。心音がちらりと確認したが、特に不自然な点はない。そのまま桃を連れ出した。「体調が悪いんです。風邪みたいで……雅彦様にうつしたら大変ですから、病院へ連れて行きますね」心音は用意していた口実どおりに話し、桃を無事に別荘の外へ出した。外では、美穂が手配した車がすでに待機していた。桃はすぐに心音に顔を向ける。「外に出られたわ。お母さんはどうなったの?」「ご安心ください。お母様はあなたより先に空港に到着されるはずです。すでに手は打ってありますから」その答えに、桃はようやく胸をなでおろし、大人しく車に乗り込んだ。車が動き出すと、遠ざかる建物を見つめながら、桃はなぜか現実味を感じられなかった。あれほど鉄壁の警備が敷かれていた場所から、こんなにもあっけなく逃げ出せるなんて――だが、その思いも束の間、考えはすぐ次の段階へと移っていた。母をどう守っていくべきか。見知らぬ国に移るのだから、まずは滞在先を確保し、すべてを整えてからでなければ、二人の子どもを取り戻すことなど考えられない。窓の景色が後ろへ流れていく中、桃は思考に没頭していた。運転席の男の瞳に一瞬、険しい光が走ったことには気づかない。……車は猛スピードで進み、三十分ほど経った頃、桃はようやく異変に気づいた。別荘は郊外にあるが、街の中心までこんなに時間はかからないはずだ。ところが進むにつれて景色は荒れ、人影もまばらになっていく。たとえこの道をどう進めばいいのか分からなくても、女性の勘が、何かおかしいと告げていた。桃は緊張を押し殺し、慎重に口を開いた。「空港までは、あとどれくらいですか?」運転手は一瞬ためらったが、すぐに答える。「……だいたい、あと一時間ほどです」「じゃあ、お母さんはもう着いていますよね?電話で確認していただけますか?」運転手は一瞬固まった。母?彼が受けたのは奥様の命令だけだった。人気のない場所にこの女を連れ出し、処分すること。計画では、事故の多い崖道で車ごと転落させるはずだった。表向きは――桃が逃げ出そうと
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