柏木和也(かしわぎ かずや)と入籍するはずだった日。彼の初恋の人が帰国した。彼がそっちを優先したせいで、私は市役所に一人置き去りにされた。「夜道は危ないから」と言い訳をして、彼はあろうことか私たちの新居に彼女を連れ込んだ。行き場を失って夜の街を彷徨うことになった私は、そこで暴漢に襲われてしまう。九死に一生を得て、ようやく彼から離れる覚悟を決めた。すると今度は、彼の方が「行かないでくれ」と泣いてすがってきた。私は鼻で笑い捨てた。「まさか、そんな他人の手垢がついた汚い男を、私がいつまでも受け入れるとでも思ったの?」……白川美咲(しらかわ みさき)が帰国した日は、奇しくも私と和也の入籍日だった。どれほど最悪なタイミングかと言えば――ふたりでサインを済ませ、まさに婚姻届を窓口の職員に手渡した、その瞬間である。和也のスマホが鳴った。いつも冷静沈着な彼には珍しく、その顔には明らかな焦りが広がっている。ペンを握りしめた手は小刻みに震えていた。電話に出た彼の声は、ひどく興奮しながらも、呆れるほどに甘く優しかった。隣で呆然と立ち尽くす私は、その横顔に、初めて恋を知った少年だった頃の彼を幻視していた。「泣かなくていい。まだ間に合うから……空港から動かないで。俺が今から迎えに行く」通話を切るなり、和也は職員へと乱暴に手を伸ばした。「その書類、返してください。今のなしだ」最初から最後まで、彼はただの一度も私へ視線を向けることはなかった。周囲の人間が怪訝な顔でこちらを見すえる中、私は思わず彼の手を掴んだ。「和也、とにかく手続きだけは済ませちゃおう、ね?」そこで初めて私の存在に気づいたかのように、彼はビクッと背筋を強張らせた。私の切羽詰まったような哀願の目が気になったのか、彼は口を開けたまましばらく言葉を発さなかった。私はなんとか笑顔の形を取り繕い、窓口の職員に続きをお願いしようとした。だが、彼は突然立ち上がると、窓口に出したばかりの書類一式をひったくり、振り返りもせずに足早に歩き出してしまった。市役所のロビーがざわめく中、私は衝動のままに彼を追いかけ、外に停めてあった車に乗り込もうとする背中を引き止めた。「彼女が、帰ってきた」私の中で湧き上がっていた抗議の言葉は、その一言で見事に喉
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