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偽りの愛

偽りの愛

作家:  朝月(あさつき)完了
言語: Japanese
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概要

高嶺の花

切ない恋

家族もの

スカッと

妻を取り戻す修羅場

柏木和也(かしわぎ かずや)と婚姻届を出すその日、彼の初恋の相手が帰国した。彼女を優先した彼は、私を役所に置き去りにした。「夜道は危ないから」と、彼はその女性を私たちの新居へと連れ帰ったのだ。家を追い出された私は、あろうことか本当に暴漢に遭遇してしまう。その後、涙ながらに見捨てないでくれとすがりついてきた彼。だけど、誰がこんな身持ちの悪い男を拾うというのだろう。

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第1話

第001話

柏木和也(かしわぎ かずや)と入籍するはずだった日。彼の初恋の人が帰国した。

彼がそっちを優先したせいで、私は市役所に一人置き去りにされた。

「夜道は危ないから」と言い訳をして、彼はあろうことか私たちの新居に彼女を連れ込んだ。

行き場を失って夜の街を彷徨うことになった私は、そこで暴漢に襲われてしまう。

九死に一生を得て、ようやく彼から離れる覚悟を決めた。

すると今度は、彼の方が「行かないでくれ」と泣いてすがってきた。

私は鼻で笑い捨てた。

「まさか、そんな他人の手垢がついた汚い男を、私がいつまでも受け入れるとでも思ったの?」

……

白川美咲(しらかわ みさき)が帰国した日は、奇しくも私と和也の入籍日だった。

どれほど最悪なタイミングかと言えば――ふたりでサインを済ませ、まさに婚姻届を窓口の職員に手渡した、その瞬間である。

和也のスマホが鳴った。

いつも冷静沈着な彼には珍しく、その顔には明らかな焦りが広がっている。ペンを握りしめた手は小刻みに震えていた。

電話に出た彼の声は、ひどく興奮しながらも、呆れるほどに甘く優しかった。

隣で呆然と立ち尽くす私は、その横顔に、初めて恋を知った少年だった頃の彼を幻視していた。

「泣かなくていい。まだ間に合うから……

空港から動かないで。俺が今から迎えに行く」

通話を切るなり、和也は職員へと乱暴に手を伸ばした。

「その書類、返してください。今のなしだ」

最初から最後まで、彼はただの一度も私へ視線を向けることはなかった。

周囲の人間が怪訝な顔でこちらを見すえる中、私は思わず彼の手を掴んだ。

「和也、とにかく手続きだけは済ませちゃおう、ね?」

そこで初めて私の存在に気づいたかのように、彼はビクッと背筋を強張らせた。

私の切羽詰まったような哀願の目が気になったのか、彼は口を開けたまましばらく言葉を発さなかった。

私はなんとか笑顔の形を取り繕い、窓口の職員に続きをお願いしようとした。

だが、彼は突然立ち上がると、窓口に出したばかりの書類一式をひったくり、振り返りもせずに足早に歩き出してしまった。

市役所のロビーがざわめく中、私は衝動のままに彼を追いかけ、外に停めてあった車に乗り込もうとする背中を引き止めた。

「彼女が、帰ってきた」

私の中で湧き上がっていた抗議の言葉は、その一言で見事に喉の奥へと押し込まれた。

なんでもないことのように軽い口調だったが、私にとっては深い絶望の底へ突き落とされるような言葉だった。

「……白川さん?」

彼は無言のまま目を伏せたが、その表情はあからさまに穏やかで、慈しみにすら満ちていた。

私は自嘲気味に笑うしかなかった。

「あなたを捨てた女のために、今度は私を捨てる気?

まだ未練があるのに、どうして結婚しようなんて言ったの?

私がどれだけあなたを待ったか分かってるの!?五年よ!氷山だって溶けるだけの時間じゃない!」

最後の方は自分でも制御できないほどヒステリックになっていた。だが、彼が私に向けたのは隠そうともしない嫌悪の眼差しだけだった。

胸の中でたぎっていた熱いものが、音を立てて冷え切っていくのが分かる。

それでも諦めきれず、私はうつむいたまま、すがるような声で言った。

「もし彼女のところに行くなら、私たち、これで終わりにするから」

それを聞いた和也はかえって冷静さを取り戻したように、かがみ込んで私の顎をぐっと持ち上げた。

唇の端は笑っているのに、その目には恐ろしいほどの冷酷さが宿っている。

彼は車のドアにすがりついていた私の手を、乱暴に振り払った。

「終わりにする?一体どの立場でそんなこと言ってんだ。

柚子、俺は一度だって、お前を彼女だなんて認めたことはないぞ。お前が勝手にまとわりついてただけだろうが」

ベントレーが吐き出した排気ガスが、気合いを入れて選んだ赤いワンピースの裾を容赦なく捲り上げる。車の影が完全に視界から消え去って、ようやく私は我に返った。

忘れていた。脅しというものは、自分を大切に思ってくれている相手にしか通じないのだ。

和也の心の中に、私という居場所は最初から欠片もなかった。

照りつける太陽を見上げると、頬が涙で濡れていることに気がついた。

真夏の陽射しはどうして、こんなにも冷たいのだろう。

今朝の彼の優しい振る舞いが、まだまぶたの裏に焼き付いている。

私が目を覚ますと、すでに朝食のテーブルは整っていて、私の大好きな目玉焼きまで焼いてくれていた。

メイクをしているときも、彼はまるで甘えん坊の大型犬のように背中からべったりと抱きついてきて、私を離そうとはしなかった。

「長かったけど、やっとお前を俺の奥さんにできるんだな……」

婚姻届をはじめとした必要書類だって、彼は三回も指差し確認をしてから、大事そうにジャケットのポケットへとしまっていたのに。

だからこそ、市役所に一人置き去りにされた現実を、私はどうしても受け入れることができなかったのだ。

今なら思い知る。深い愛情でさえ、人はいくらでも完璧に演じきれてしまうのだと。

和也のそばにいたこの五年間。私は、本気で私を心配してくれる家族や友人の反対を押し切り、自分の趣味やライフスタイルをすべて丸め込み、彼の気まぐれで身勝手な機嫌の良し悪しにひたすら付き合ってきた。

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