Partager

第007話

Auteur: 朝月(あさつき)
彼は私の手を握ろうと伸ばしかけ、傷だらけの腕を見てハッと手を引っ込めた。

昨夜彼と美咲が交わした会話を思い出すと、猛烈な苛立ちがこみ上げてきた。

「白々しいこと言わないで。白川さんをホテルに泊まらせるのは心配でたまらないのに、私が一人で夜道に出るのは単なるわがままだって言ったじゃない。

私を追い出す時、口を開けば彼女のことばかりだったでしょ。あれが強がりだったのか本音だったのかなんて、お互いよく分かってるはずよ」

和也の顔色がサッと青ざめる。彼は私のベッド脇にしゃがみ込み、パイプ椅子の背もたれにすがりついた。

「許してくれ、頼む……! 俺はただ、美咲に対して昔の未練が捨てきれなかっただけで、それ以上の感情はないんだ」

耳元でぶつぶつと言い訳を並べ立てる彼の声に、ただでさえ重い頭がさらにガンガンと痛み出す。

私は限界に達し、サイドテーブルの上の水の入ったコップを掴んで、彼めがけて力一杯投げつけた。

和也は避けようともしなかった。水と一緒に投げつけられたコップが額に命中し、みるみるうちに赤く腫れ上がる。

顔じゅうを濡らしたまま、それでも彼は私を見つめていた。

その目を見
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Dernier chapitre

  • 偽りの愛   第012話

    「付き合って四年……俺にはもう、お前がいる日常が当たり前だったんだ。誓って言う、お前と別れようなんて、一度も考えたことはなかった……」私は彼の手を避け、そのひどく自己中心的な弁明を冷たく遮った。「他に用事がないなら、もう飛行機に乗るわ」すれ違いざま、和也は私のコートの袖口をきつく握りしめた。「あの日……もし俺がお前を置いて美咲のところへ行かなかったら、全部違ってたのかな……?」泣き出しそうな声で、どうしてもその答えを聞きたがる和也に、私は小さく息を吐いた。「和也。私たちの間に立ち塞がっていたのは、美咲じゃないわ。いつだって、あなた自身の『揺らぐ心』よ」私がそう告げると、和也の肩がビクッと跳ねた。私は構わず続けた。「彼女があの入籍の日にピンポイントで帰国できたのって、あなたが教えたからでしょ? あなたが手続きに行くのを午後までダラダラと先延ばしにしていたのも、彼女が来るのを待っていたからじゃない。大体……四年前の大晦日、あなたが突然私に告白してきたのだって、彼女への当てつけでしかなかったくせに」彼が必死に纏っていた「一途な被害者」の皮を一枚ずつ剥ぎ取っていく。和也の顔からみるみる血の気が引き、土気色に変わっていくのを見つめながら、私は氷のように冷たい声で言い放った。「全部、あなたが自分で蒔いた種よ。あなたという人間は、恋愛において本当に卑怯で、みっともないわ」彼は私の袖口を握りしめたまま、口をパクパクさせて言葉を探し、やがてうわ言のように繰り返した。「違う……俺は、お前を愛してたんだ……自分の気持ちに気付けなくて、あんなこと……」「触らないで」私はその手を嫌悪感もあらわに振り払った。「あなたは誰かに見捨てられることを何よりも恐れて、自分を捨てた人間を憎悪してる。でも心の底では、他ならぬ彼らから愛されることを一番渇望しているのよ。だから、美咲がすり寄ってきたときに、なんの躊躇いもなく私を捨てた。そして今度は私が離れていこうとすると、必死に引き留めようとする」和也は雷に打たれたように立ち尽くし、ただ私の顔を呆然と見据えていた。「結局のところ、あなたは誰のことも愛してなんかいないし、自分のことしか見えていないのよ。和也……あなた、本当に頭がおかしいわ。まともに生きたいなら、一刻も早く精神科で診てもらうこ

  • 偽りの愛   第011話

    「言ったはずよ、一生許さないって。人のまごころを弄んだ人間には、全身を千本の矢で射抜かれるような報いが待っている……和也、あなたにその日が来るのを、心から楽しみにしてるわ」その後、彼は手切れ金のつもりか、自身の会社の株式の五パーセントと、あの破壊された家、さらに私の今のマンションのすぐ近くにある高級タワーマンションの一室を私名義に変更してきた。私は迷わずそれらすべてを金に換え、株式に至っては和也の父親の隠し子——つまり彼にとって最大の目の上のたんこぶである異母兄弟に売り飛ばしてやった。この一連の騒動の間、美咲は一度も表に出てきて私に直接何かを言ったり、正面から衝突したりすることはなかった。弱いふりをするタイミングと、強気に出るタイミングを完璧に計算し尽くしている。その恐ろしいまでの狡猾さには、不覚にも感心させられる。彼女のSNSは、すっかり「幸せなマタニティライフ」の記録へと様変わりしていた。妊婦健診の報告からベビー部屋の準備まで、和也がいかに「良いパパ」であるかをアピールする投稿がひっきりなしに続いた。――そして、二人の婚約発表の前夜。泥酔した和也から、狂ったように何度も着信があった。「柚子……お前、俺の前からいなくなるのか? どうしたらいいか分からない……今、すごく苦しいんだ」「頼むから、俺を捨てないでくれよ……俺は最初、本当にお前と一生を生きていくつもりだったんだ……っ」私は一瞥もくれず、その番号を着信拒否に設定し、連絡先ごと完全に削除した。「おい、あの資料と株、いつになったら出していいんだよ?」私の新しいボスであり、和也の異母弟でもある柏木沐飛(かしわぎ もくひ)は、不機嫌そうな顔で私を睨みつけた。私はわざとらしく目を丸くしてみせた。「全部あなたに売ったんですから、いつ使おうとあなたの自由でしょう。そもそも、私たちの取引に『アフターサービス』なんて含まれていませんよ」沐飛は「ちっ」と舌打ちをして、慌ててスマホを取り出し誰かに連絡を取り始めた。「……機は熟した。これで和也の野郎は、柏木グループの後継者争いから完全に脱落だな」電話を切った沐飛の顔は喜びに満ちており、私に向ける視線からも、以前のような険が取れていた。私はふと好奇心に駆られて尋ねた。「ねえ、どうしてそんなに和也が憎いの? グ

  • 偽りの愛   第010話

    【私の愛しい人は、もう別の人のものになってしまった。こんな悲しい場所には、二度と戻りたくない】私は隣で自分のスマホをいじりながら、全く気づいていないふりをした。警察署の前に到着すると、和也は私の免許証や手続きの書類を林さんに渡し、私を少し離れた場所へ引き寄せた。「会社で深刻なミスが見つかって、どうしても俺が行って対応しなきゃならなくなった。先に入っててくれ、後ですぐ迎えに来るから」私は笑みを完全に消し、底なし沼のような昏い瞳で彼を見据えた。和也の額には、じっとりと冷や汗が滲んでいた。私は無言で彼の手を冷たく振り払い、林さんのもとへズカズカと歩み寄った。「行きましょう。また置いてきぼりにされちゃった。でも、私はすごく嬉しいの」林さん夫婦は何も言わず、ただ私の背後にいる和也を鋭く睨みつけ、私と他愛のない会話をしながら署内へ入っていった。私は一度も後ろを振り返らなかった。だから、和也が私が想像していたほど呆気なく立ち去ったわけではなく、署内へ消えていく私の背中をいつまでも見つめ、その場を長いこと彷徨った末にようやくこの場を離れたことなど、知る由もなかった。けれど、仮に知っていたとして。今さらそんな未練がましい姿を、一体誰に見せようというのだろうか。和也は美咲を追ってそのままE国へ飛び立った。案の定、私にはメッセージの一つも、電話の一本も寄こさなかった。翌朝、遅く起きてからSNSを開くと、美咲の新しい投稿が目に入った。【自分があなたの心の中でこんなに大きな存在だったなんて。もう、自信をなくしたりしない】添えられていたのは、上半身裸の男の胸に彼女が寄りかかっている写真だった。その男が誰なのか、推理するまでもない。私は迷わずその投稿に「いいね」を押し、スクリーンショットを撮って和也に送りつけた。【何度も私を放り出して彼女のところへ行くの、そんなにスリルがあって楽しい?】その日の午後、私は解体業者の男たちを数人手配し、半年以上の時間と情熱を注ぎ込んだこの部屋の真ん中に立って、冷徹に言い放った。「全部、ぶっ壊してください」取り外してまだ使える家電類は、すべて下の階で入居準備をしていた新婚夫婦に破格の値段で譲り渡した。持ち出せなかった家具や建具、果ては床のタイルに至るまで、残ったものはどれもこれも、作

  • 偽りの愛   第009話

    「なんか……お前、変わったよな」ちょうど安奈から送られてきた留学先での裏情報——とあるゴシップをスマホで眺めていた私は、すこぶる機嫌が良かった。「どこが?」「分かんないけど。……もう俺のこと、好きじゃないみたいだ」私は少し口をつぐんだまま、何も答えなかった。すると和也は、何かを証明しようと焦るように、私の首筋へと執拗に唇を這わせてきた。――その瞬間、あの夜、路地裏で私を襲った男の口から放たれた悍ましい悪臭がフラッシュバックした。私は反射的に和也を全力で突き飛ばし、ゴミ箱を抱え込んで胃の底から激しく嘔吐した。酔いから覚めた和也は、コップの水を持って私の背中をさすっていたが、その顔色はひどく強張っていた。もう、この薄ら寒い茶番をぶち壊してやりたかった。私は彼が差し出したコップを払い落とし、指を突きつけて怒鳴りつけた。「どうして白川のところへ行かないのよ?今度は彼女をどこのマンションに囲ってるの? 和也、今のあんたを見てるだけでひどく吐き気がする!」和也は途端に狼狽えだした。「ち、違う、あの日以来、あいつとは一度も会ってない!」私は冷たく鼻で笑った。「やったことの責任も取れないのね! 忘れられない初恋の女がいることなんて一言も言わず、この四年、私に尽くしてくれたあの優しさも……結局は全部ただの偽善じゃない!」そうして、私たちはこの五年間で最大の口論に発展した。彼は美咲との関係を頑なに否定し続け、私は決して信じようとはしなかった。実際のところ、この期間、彼が美咲に会うような真似ができないことは分かっていた。でも、私は和也という人間を誰より熟知している。どこをどう抉れば彼が一番苦しむか、手に取るように分かっていたのだ。あの夜の激しい口論を境に、私と和也はまるであの入籍の日の前――何事もなかった穏やかな生活に戻ったかのようだった。深夜、SNSのタイムラインに流れてきた美咲の「やけ酒」を匂わせる投稿を見て、私は彼女がいよいよ焦り始めていることを悟った。私はわざと和也にべったりと甘えるようになった。家では彼に抱きついて愛の言葉を囁き、彼が外にいる時はひっきりなしに連絡を入れて束縛した。最初はそんな私の変化を喜んでいた彼だが、次第にその態度は生返事ばかりの雑なものになっていった。和也がまた

  • 偽りの愛   第008話

    和也は息を呑み、何かを言い訳しようと口を動かしたが、声にはならなかった。これ以上、彼の言葉を待つ義理はない。私は静かにドアを閉め、その哀れな姿を視界から完全に締め出した。病室のソファに腰を下ろすなり、安奈は怒りを爆発させた。「信じらんない!あのクズ、私の前じゃ一途で苦労人のいい彼氏ぶってたのに、その愛情は全部あの女への当てつけだったってわけ!?」安奈の執拗な追及に抗いきれず、私はあの日起きたことのすべてを淡々と語った。婚約を反故にされ見捨てられたこと、暗い路地で暴漢に襲われたこと、絶望のなかで電話越しに嘲笑われたこと、そして——私をかばって、団子が凄惨な死を遂げたこと。すべてを聞き終えた安奈は、ソファに座り込んだまましばらく身動きすらしなかった。てっきり「今からあいつら二人を半殺しにしてくる!」とでも暴れ出すだろうと思っていたのに。ふと見ると、彼女の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちていた。「あの日……運転手さんが偶然通りかからなかったら、私、もう二度とあんたに会えなかったってことじゃない……」震える両手で顔を覆い、安奈は声を上げて泣き崩れた。出会ってから今日まで、こんなに気が強く、弱音一つ吐かない彼女の涙を見たのは初めてだった。その無防備な泣き声を聞いた瞬間、凍りついて死んだようになっていた私の胸の奥が、ギリギリと軋むように痛んだ。「……ごめん、ごめんね安奈」私は包帯の巻かれた腕で不器用に安奈の肩を引き寄せ、その震える温かい身体に顔をうずめた。ずっと無理やり抑え込んでいた恐怖や絶望が、親友の体温を通して堰を切ったように溢れ出し、私はようやく、子どものように声を出してしゃくりあげた。「やっぱり腹の虫が治まらない! あんたがこんな理不尽な目に遭って、このまま泣き寝入りなんて絶対に許さない。あんたには私がついてるんだからね、この安奈様がどんな女か、あいつらに思い知らせてやる!」彼女は昔から猪突猛進なところがあるが、特に私のこととなると、火のついた爆竹のように後先考えずに突っ走ってしまう。私は慌てて彼女の腕を引き、宥めるように言った。「分かってる、分かってるから。でも……この件は、私自身の手で決着をつけさせてくれないかな?」そうして迎えた、退院前夜の深夜のこと。暗い病室に忍び込んできた和

  • 偽りの愛   第007話

    彼は私の手を握ろうと伸ばしかけ、傷だらけの腕を見てハッと手を引っ込めた。昨夜彼と美咲が交わした会話を思い出すと、猛烈な苛立ちがこみ上げてきた。「白々しいこと言わないで。白川さんをホテルに泊まらせるのは心配でたまらないのに、私が一人で夜道に出るのは単なるわがままだって言ったじゃない。私を追い出す時、口を開けば彼女のことばかりだったでしょ。あれが強がりだったのか本音だったのかなんて、お互いよく分かってるはずよ」和也の顔色がサッと青ざめる。彼は私のベッド脇にしゃがみ込み、パイプ椅子の背もたれにすがりついた。「許してくれ、頼む……! 俺はただ、美咲に対して昔の未練が捨てきれなかっただけで、それ以上の感情はないんだ」耳元でぶつぶつと言い訳を並べ立てる彼の声に、ただでさえ重い頭がさらにガンガンと痛み出す。私は限界に達し、サイドテーブルの上の水の入ったコップを掴んで、彼めがけて力一杯投げつけた。和也は避けようともしなかった。水と一緒に投げつけられたコップが額に命中し、みるみるうちに赤く腫れ上がる。顔じゅうを濡らしたまま、それでも彼は私を見つめていた。その目を見た瞬間、私の中で張り詰めていた糸がプツリと切れた。心の奥底に押し込めていた苦痛が、とうとう限界に達してあふれ出したのだ。私はボロボロと涙をこぼし、泣き叫んだ。「団子が死んだわ! 団子は……私を守ろうとして、地面に叩きつけられて、死んだのよ……!」「和也、あの時あなたは何をしてた!? 私が勝手に出て行ってくれて、二人きりになれてラッキーだって喜んでたんでしょ! それとも、腕の中で泣きじゃくる白川さんを慰めるのに夢中だった!?」私が泣き喚きながら暴れるのを、林さんが必死に取り押さえようと抱きしめてくれた。和也はようやく事の重大さに気づき、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、その場に崩れ落ちるように土下座した。「柚子、落ち着いてくれ……! 頼むよ、俺が悪かった。お前を置いて美咲のところに行ったのも、あいつを新居に連れ込んだのも、全部俺が間違ってた。どんな罰でも受けるから……だから、これ以上自分を痛めつけないでくれ。本当にごめん……!」駆けつけた医師に鎮静剤を打たれる間、私はベッドのシーツを指が白くなるほど強く握りしめ、和也を恨み骨髄に徹するような目で睨みつけな

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status