結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて のすべてのチャプター: チャプター 511 - チャプター 520

523 チャプター

第511話

誠健は思わず「好きになるわけないだろ、あんな短気な女」と軽口を叩こうとした。けれど、口に出す直前で言葉が止まった。知里とこれだけ長く一緒にいて、そんなこと一度も考えたことがなかった。ただ気が合えば一緒にいる、合わなければ離れる。それだけだった。自分の気持ちを、本気で向き合って考えたことなんて、一度もなかった。そんな誠健の脳裏に、初めて「答えの出ない問い」が浮かんだ。向かいの智哉がふっと笑った。「今のお前、三年前の俺にそっくりだな。あのときの俺も、佳奈とは相性が良くて居心地いいから付き合ってるって思ってた。でも、将来のことなんて一度も真剣に考えたことなかった。それが原因で、大きなすれ違いを生んで……結局、取り返すのに地獄を見たよ。お前も、俺と同じ道を歩みたいのか?」当時、智哉がどれだけボロボロになっていたかを思い出して、誠健は即座に返した。「バカ言うなよ、俺はお前みたいにアホじゃない。佳奈はお前のことが大好きだったのに、お前は疑ってたじゃん。俺と知里の関係は、そういうのとは違うんだよ。変なこと言うなって」智哉は「このバカ」と言いかけて、飲み込んだ。「……まぁ、なんでもないってことにしとくよ。でもさ、お前、知里との間に誤解がないって、どうして言い切れる?もしかしたら、もっと深いすれ違いがあるかもよ。一生埋まらないくらいのな」と淡々と答えた。「縁起でもねぇこと言うな!俺はただ、あいつとどういう関係にすべきかまだ決めかねてるだけだ。もし本当に結婚なんてしたら、あの短気に俺が耐えられるかどうか、考えてんだよ!」「だったらやめとけ。そうしてる間に、別の男に取られるだけだ。聞いた話だと、知里のお母さんが見合い話を進めてるらしいよ。俺、資料見せてもらったけど、結構いい男たちだったぞ。少なくともお前よりは真面目そうだった。ちゃんと家庭を大事にしそうな、ね」自分の目の前で親友に他の男を褒められて、誠健はカッとなった。「お前、誰と一緒に育ったと思ってんだ!?なんでそんなに外野目線なんだよ!」智哉はクスッと笑った。「知里は俺の息子の義理のお母さんだからな。俺としても、ちゃんとした義理の父さんを見つけてあげたいのさ。少なくとも、自分が何をしたいのかもわかってないような、チャラついた男じゃなくてな」誠健は怒りで胸が苦し
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第512話

佳奈の声は、春の小雨のように優しく穏やかだった。彼女は知っている。知里は生まれつき負けず嫌いで、少しだけ素直じゃないところがある。だからこそ、彼女にはわかる。第三者の視点から見れば、知里は誠健のことを想っているに違いない。でなきゃ、あんなふうに何度も身体を許すはずがない。知里は、そんな軽い女じゃない。でも、どうして彼女は自分の気持ちに素直になれないのだろう。佳奈のそんな思いに対して、知里は唇の端を少しだけ上げた。「もういいってば。私のことなんて心配しないで。今は、自分の義理の息子をしっかり育てなきゃ。あと二ヶ月で生まれるんでしょ?出産準備バッグ、一緒に整えようよ」智哉は、安全のために家政婦を雇っていなかった。清司は男だから細かいところまで気が回らないし、知里は来るたびにいろんなベビーグッズを持ってきてくれる。今日もふたりはリビングで、スマホを片手にチェックリストを読み上げながら、出産準備バッグに一つずつ詰めていく。息ぴったりだった。そこに、智哉が外から帰ってきた。リビングのその光景を目にした瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられるような感情が湧いた。もし高橋家が次々と問題を起こさなければ、佳奈にこんな苦労をさせることはなかったのに。本来なら、専任の人がやるべきことだ。長い脚を一歩一歩リビングに踏み入れながら、智哉の顔に陰りが差す。佳奈は彼の姿を見るなり、ぱっと花が咲いたように笑った。手にしていた物を置いて駆け寄る。「どうしたの?帰ってきたの?」智哉は彼女を抱き寄せ、長い指先で佳奈の鼻先に浮かんだ汗をそっと拭った。「心配で。ちょっと様子を見にね」佳奈は彼の胸に顔をすり寄せて、小さく顔を上げた。「晴臣さんが助けてくれるようになったら、あなたももっと一緒にいられるの?」「うん。これからは、できるだけ毎日お昼は帰ってくるよ。一緒にご飯食べような?」「嬉しい……そしたら、万が一赤ちゃんに何かあっても、あなたがいてくれるから安心できる」そう言われて、智哉は彼女の頭を優しく撫でた。妊娠しているだけでも大変なのに、赤ちゃんのことまで常に気にかけているなんて。自分がいない間、彼女はずっと不安だったんじゃないかと思うと、胸が締めつけられる。家には清司とボディガードしかいない。女性
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第513話

この話を聞いた瞬間、智哉の眉間には深い皺が刻まれた。祖父母の遺品を探し出して、DNA鑑定で本物の玲子を見極めようとしていた矢先―― ようやく見えてきた突破口が、今の一言で一気に振り出しに戻った。智哉は眉を押さえながら、低い声で尋ねた。「……その話、確かなのか?」「確かだよ。お前の外祖母、当時死産だったんだ。でも、それを外祖父に知られたら家を追い出されると思って、隣人が孤児院から赤ん坊を抱いてきた……それが玲子なんだよ。このこと、外祖父は死ぬまで知らなかったらしい」智哉は静かに「……そうか」とだけ返し、短く息を吐いた。「他の方法を考えるよ」電話越しに、征爾がため息をつく。「もし本当に玲子が二人いるならさ……どれだけ似てるんだよ。俺でさえ区別がつかないなんて」「これは、長い時間をかけて仕組まれたものだよ。見た目も声も、仕草も筆跡までも、すべて完璧に模倣されてる。そうでもなきゃ、あの人をあなたの前に送り込むなんてこと、できるはずがない」すでに智哉の中では、奈津子こそが本物だという確信があった。だが、法の前では――真実よりも証拠がすべて。明確な証拠を掴まなければ、偽物の玲子を断罪することはできない。電話を切った智哉はすぐに晴臣に連絡し、事情を伝えた。しばらく沈黙が続いた後、晴臣は静かに口を開いた。「……もしかすると、真相を知ってる人がもう一人いるかもしれない」「誰?」智哉は身を乗り出すように尋ねた。「美智子だ」その名前を聞いた瞬間、智哉の瞳が細く鋭くなった。「美智子の死因……もしかして、偽の玲子の正体に気づいたからか?」「その可能性は否定できない。高橋家の倉庫火災、警察ですら玲子の関与を掴めなかったのに、美智子はなぜか知ってた。そこに俺は引っかかってる。本物の玲子とは、何か特別な秘密を共有していたんじゃないか?偽物はそれを知らなかった。それで違和感を覚えた美智子が、真実に気づいた……。それに、彼女は死ぬ直前まであのネックレスを握っていた。きっと、何か伝えようとしていたんだと思う」智哉の胸に、重くのしかかる痛み。――それは、自分でもずっと引っかかっていたことだった。あの事故の中で、自分と子供の命がかかっていたのに、美智子はなぜネックレスを放さなかったのか。だが、ネ
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第514話

知里は苦笑いを浮かべた。「私たちがどうって……別にどうもなってないわよ。少なくとも、私の人生であの男と一緒になることは絶対にないから」「でもさ、もし誠健が本気だったら?少しは考えてみたりしない?」「あなた、あいつのどこを見て本気なんて言ってんの?あのチャラい態度、毎日が適当人生、あんなのと一緒になったら、人生詰むに決まってるじゃん」知里は料理をテーブルに並べながら手を払った。「もう、その話はやめ。あいつの名前出されるだけで食欲失せる。せっかく叔父さんが頑張って作ってくれた料理がもったいないでしょ」ちょうどそのとき、清司がキッチンからスープを持って出てきた。「恋愛ってのは、自然の流れに任せるものさ。無理にどうこうしようとしなくていい。さ、まずはご飯だ」食事を終えた後、智哉は佳奈を連れて二階へ。午後の昼寝をさせた。彼女が眠りについたのを見届けると、そっとネックレスを持って家を出た。向かった先は、玲子が収監されている監獄。玲子は、智哉が現れた瞬間も、まったく驚いた様子を見せなかった。その顔には、皮肉げな笑みが浮かんでいる。「何よ。奈津子の正体を突き止められなくて、また私のとこに泣きつきに来たの?智哉、教えてあげる。あんたは一生、真実なんて知れないわよ」智哉はゆっくりと目を上げ、冷静な口調で言った。「父さんと恋人だったのは奈津子。つまり彼女こそが本物の玲子だ。そしてお前は、後から高橋家にすり替わってきた――俺の言ってること、合ってるよな?」玲子は余裕の笑みを浮かべながら、肩をすくめた。「で?それを証明する証拠でもあるの?もし本当にあるなら、今ここで私と話してるわけないでしょ?」智哉はポケットからネックレスを取り出し、玲子の目の前でひらりと揺らした。「このネックレス、覚えてるよな?」「もちろんよ。あれは美智子のお腹の子のために私がデザインしたものよ。あんたにプレゼントした大事な品。でも、あのクソ女のせいで、美桜は今の有様よ……!」玲子の目には怒りが宿る。智哉は紙とペンを差し出し、落ち着いた声で言った。「じゃあ、あなたがデザインしたなら、その設計図も描けるはずだ。今ここで、描いてみてくれ。それができたら、あなたを本物として認めてもいい」玲子は鼻で笑った。「二十年以上も前のデザイン
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第515話

その可能性に思い至ったとき、智哉の高鳴っていた心臓は、ようやく静かさを取り戻した。彼は玲子を冷ややかに見つめながら、表情を崩さず問いかける。「その設計図、今どこにある?」玲子は平然と微笑んだ。「私の心の中によ」「まさか、処分したのか?」「さあ、どうかしら?ご想像にお任せするわ」その言葉に、智哉の目は細く鋭くなった。――やはり、すべては計画のうち。証拠が残らないよう、彼らは徹底的に準備していたのだ。監獄を出た智哉は、その足で奈津子のもとを訪れた。そして彼女にも、ネックレスを渡し、同じように設計図を描いてもらった。結果は――玲子とまったく同じ図面。さらに驚いたことに、線の引き方、描く手順、細かい癖までもが一致していた。二つの設計図を前に、智哉は完全に混乱していた。何かを見落としている。必ず鍵となる何かがある――そう確信しながらも、その糸口がどうしても見えなかった。そのとき、智哉のスマホが鳴った。画面に表示された発信者名を確認した瞬間、彼は迷わず通話ボタンを押した。電話越しから、高木の切迫した声が飛び込んできた。「高橋社長!大変です!新型スマホM60で、充電中の爆発事故が三件発生しました!死傷者12名、すでにネットで大炎上しています。株価も一気にストップ安です!メディアも会社の前に殺到していて……!」その報告を聞いた瞬間、智哉の表情から笑みが消え、視線は一気に冷たくなった。M60は満を持して開発した新製品。品質もバッテリー性能も従来機種より格段に向上していた。爆発事故など、本来起こるはずがない。もしこれが本当なら――会社の信用と未来、すべてを揺るがす一大事だ。「負傷者の状況は?」「死亡三名、重傷六名、それ以外もすでに病院に搬送済みです。SNS上ではM60全機種回収を求める声が殺到しています。このままでは、数百億の損失は避けられません!」智哉はすぐにスマホでネットの状況を確認しながら、低く指示を出した。「金のことは気にするな。まずは被害者対応を最優先しろ。これ以上被害を拡大させるな。関係省庁にも調査を依頼してくれ」「広報部はすでに動いていますが……社長、どうもこれは偶然じゃない気がします。今日って、ちょうどABブランドの5Gスマホ新機種の発表日なんです。狙いすましたようなタイ
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第516話

智哉の声はかすれていた。「……わかった。被害を最小限に抑えてくれ。遠山家と橘家まで巻き込むわけにはいかない」晴臣はじっと彼を見つめながら、静かに言った。「もう巻き込まれてるよ。遠山グループも橘グループも、今朝の開場から株価はストップ安だ。お前と佳奈の関係もネットで徹底的に掘り返されてる。橘家と遠山家は佳奈の実家として叩かれてる」「それに、結翔と湊が真っ先に高橋グループを擁護したこともあって、彼らまで標的にされてる。他の取引先も一斉に契約を打ち切った。二社の損失は、すでに百億を超えてる」智哉はこめかみを押さえ、苦々しく唇を噛んだ。「……どうすれば、彼らを守れる?」晴臣の切れ長の目が、一瞬陰を宿す。「ターゲットは明確だよ。お前と佳奈の夫婦関係が狙われてる。奴らはそれを切り口に世論を煽ってる。要は、お前たちを引き裂くことが最終目的なんだ。蛇の急所を突くようにな――お前の一番の弱点は佳奈。だからこそ、何度もそこを狙ってくる。お前の心を折って、高橋グループを乗っ取る。それがやつらの狙いだ」その言葉に、智哉の唇がわずかに吊り上がった。目には冷ややかな怒気と、底知れぬ決意が滲む。「佳奈と別れさせる?ふざけるなよ。この俺が、生涯を懸けて守るって決めた人間を手放すわけがない」「俺が必ず、高橋家も、遠山家も、橘家も――全部守ってみせる」そう言い残すと、智哉は携帯を手にして席を立った。家に帰り着いたのは、深夜十一時。普通なら、佳奈はとっくに眠っている時間。だが、寝室のドアをそっと開けた瞬間、彼の目に映ったのは、パソコンの画面を真剣に見つめる佳奈の姿だった。彼が入ってきたと気づくと、佳奈はすぐにパソコンを閉じた。一瞬だけ張り詰めた表情がほころび、にこっと笑顔がこぼれる。その声は、春風のように柔らかく優しかった。「やっと私と赤ちゃんのこと、思い出してくれたんだね?てっきり忘れられたかと思ったよ」彼女はベッドを降りると、迷わず彼の胸に飛び込んできた。その柔らかな体温、懐かしい香り、何もかもが智哉の胸に沁みた。彼はその頭をそっと撫で、額に唇を落とした。「……ごめん、心配かけた」佳奈は首を振りながら笑った。「信じてるよ。あなたなら、ちゃんと乗り越えられるって。叔父さんもお兄ちゃんも、今日電話くれ
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第517話

佳奈が目を開けたとき、ちょうど智哉がベッドの端に座り、じっと彼女を見つめていた。その深く澄んだ瞳には、計り知れない愛情が宿っていた。目の周りにはくっきりとした青ぐま、眼球には赤い血の筋が浮かんでいる。佳奈はそっと手を伸ばし、智哉の頬に触れた。まだ眠気の残る声で囁く。「寝てないんでしょ……?」智哉は彼女の手の甲に軽く口づけし、笑みを浮かべた。「何日も会ってなかったからね。君の顔を見るだけで、眠れなかったんだ」佳奈は元々弁護士出身。どんな些細な変化も見逃さない。たった数日会えなかっただけで眠れなくなるほど、彼は弱くない。ベッドから身を起こした佳奈は、智哉の胸元をぎゅっと掴んだ。潤んだ瞳で彼を見上げながら言った。「智哉……何度言わせるの?何があっても、私たちは離れないって決めたでしょ。まさか……気持ちが変わったの?」「佳奈」智哉は彼女を抱きしめ、額に優しくキスを落とした。「そんなことない。ただ……顔を見ていたかっただけだ。だから、変なふうに考えないで」「ほんとに?」疑うような目で見つめる佳奈に、彼は微笑んだ。「嘘なんてつかないよ。だって、赤ちゃんが生まれるのを待ってるし、次は君と女の子を育てたい。君と離れるなんて、絶対にできない」そう言いながら、智哉は佳奈の髪を撫でた。昨夜、彼は一晩中眠れずに考え込んでいた。佳奈と出会ってからの出来事を、一つ一つ心の中で反芻していた。そして気づいた。彼が佳奈に与えたものは、幸せではなく――ほとんどが傷と犠牲だった。自分なら守れると信じて疑わなかった。だがその実、彼女の人生を閉じ込めてしまっていた。かつて法律界で名を馳せた彼女は、今や愛する人のためだけに生きる存在に変わってしまった。自由を奪われ、外出も買い物も制限され、あらゆる楽しみから遠ざけられた生活。そのすべてが『守る』という名のもとに。この愛は、果たして正しいのだろうか。だが、それでも――彼は彼女を手放せなかった。あの笑顔を、あのぬくもりを、他の誰かに渡すなんて、考えたくもない。智哉は何度も佳奈の唇に口づけを落とした。そのたびに、胸が締めつけられるように痛んだ。それでも、彼は佳奈を――どうしても諦められなかった。「もうやめて、智哉……赤ちゃん、蹴ってる……」
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第518話

智哉はすかさず佳奈を背後にかばい、一歩踏み込むと、美桜の車椅子を勢いよく蹴り飛ばした。車椅子はそのまま横倒しになり、美桜の体は床に叩きつけられ、数回転がってから止まった。彼女はうめき声を漏らしながら、苦しそうに地面にうずくまる。智哉はすぐに佳奈の方へ振り返り、緊張した面持ちで問いかけた。「佳奈、どこか痛くないか?」「ううん、大丈夫。ただびっくりしちゃった……赤ちゃんも少し驚いたみたい」「念のため、もう一度先生に診てもらおう」「平気よ、これくらいの刺激なら耐えられるはず。……それより美桜の方を見てあげて」その頃には、ボディガードたちが美桜を再び車椅子に戻していた。だがその姿は、まるで獣のように荒れ狂い、車椅子の上でも暴れ回っていた。智哉はゆっくりと近づき、腰を屈めて目線を合わせる。その目には一片の情もなく、声は氷のように冷たかった。「美桜、俺がなんで金を出してお前の治療をしたか、わかるか?お前はまだ自分の罪を償ってない。だから生かした。だが、もう十分だ。体が動くようになったんだから、今度は母親に会いに行け。……刑務所でな」この言葉を聞いた瞬間、美桜の顔色が変わった。激しく首を振りながら、かすれた声で必死に言葉を紡ぐ。「いや……智哉兄さん……お願い、私、自立できないの。そんなとこ行けない……」智哉は冷笑した。「行けないって、じゃあどこに行くんだ?両親は二人とも刑務所にいるんだ。ちょうどいいだろ、家族三人仲良く再会できるじゃないか」立ち上がった智哉は、振り返って秘書に命じた。「彼女を刑務所に送れ。そして雅浩に訴訟を起こすよう伝えろ。俺はこの女を一生塀の中に閉じ込めたい」高木はすぐに頭を下げた。「かしこまりました。すぐに手配します」そのまま、美桜は二人のボディガードに両脇を抱えられ、まるで死んだ動物のように引きずられていった。彼女の絶叫が病院中に響き渡り、たくさんの人々がその様子を目を丸くして見つめた。佳奈はその光景を見つめながら、小さくため息をついた。「……もし今日、あんなことしなかったら、あなたは彼女を見逃してた?」智哉は佳奈の頭をそっと撫でた。「いや。君にしたことは、俺は絶対に忘れない。ただ、ちゃんと治療を受けさせたのは、刑務所に入ってから病気を理由に逃げ出さな
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第519話

彼女はそう言い終えると、すぐに美桜を抱きしめた。 その頬には、すでに大粒の涙が伝い落ちていた。 「美桜……なんでこんな姿に……全部ママが悪いのよ、ママが巻き込んじゃった……」 だが、美桜はいまだに玲子を母親と認めようとしない。 彼女は玲子を突き飛ばし、かすれた声で叫んだ。 「触んな!あんたなんか母親じゃない!」 「美桜……たとえあなたが認めなくても、私はあなたの母親よ。安心して。これからは私が面倒を見る。絶対に……絶対にあなたを見捨てない」 数日後。 智哉のもとに刑務所から連絡が入った。玲子が、話があると言っている。 彼は目を細め、低く呟いた。 「……やっぱりな。効いたか」 美桜――それが玲子の最大の弱点。 その一点を突いたことで、ずっと口を閉ざしていた玲子が、ようやく真実を語る気になったのだ。 智哉は雅浩とともに刑務所へ向かった。 面会室に現れた玲子は、智哉の顔を見るなり、堰を切ったように泣き出した。 「智哉……聞きたいこと、なんでも話す……だからお願い、美桜と一緒の部屋にして。あの子、自分じゃ何もできないの。トイレもできなくて、粗相するたびに他の囚人に殴られて……もう、見てられないの。お願い、助けて……あの子はあなたの妹なのよ……」 その言葉に、智哉の顔が一瞬で険しくなった。 「妹だと知ってて、俺に結婚させようとしたのか?……何を考えてた」 玲子は首を振り、涙を拭った。 「私の意思じゃない……あの人が言ったのよ。『美桜と結婚させろ』って。そうすれば私を高橋家に残せて、遠山家と橘家にも圧をかけられるって……あの人は悪魔なの……自分の目的のためなら、兄妹なんて気にしない」 「そいつは誰だ?」 玲子はまた首を振る。 「毎回、車椅子に乗って現れて、黒いマントに顔を隠す帽子……半分も見えない。でも、確信してる。あの人の狙いは高橋家全体……そして、あなたの命よ」 智哉は拳をぎゅっと握り、低く問うた。 「お前と奈津子、どっちが本物の玲子なんだ」 玲子は黙っていたが、しばらくして目を伏せ、震える声で語り始めた。 「征爾と付き合ってたのは奈津子。私はただの金州のクラブで酒を売ってた女よ。ある日、変な客に気に入られて……それが地
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第520話

玲子の告白は偽りで、智哉を私生児に仕立てるのが目的だった。高橋家には規定があり、正室の子供だけが家主の座に就く資格を持つ。もし玲子の言っていることが証明されれば、彼、高橋グループの社長の座は絶対に守れなくなる。さらに、最近、グループはスマホの問題で株主たちから不満を買っており、皆がその流れに乗って、彼を追い落とそうと画策している。智哉は携帯の画面に映る投稿の反響を見ながら、その目つきに憎しみが増していくのを感じていた。玲子のせいで、彼は佳奈を失いかけ、今度は高橋家を失うことになりそうだ。一人の女性が彼に与える影響は、まさに一生ものだ。智哉は歯を食いしばり、強く唇を噛んだ。その時、征爾からの電話がかかってきた。「智哉、すぐに来てくれ。取締役会が騒ぎ出した。お前が辞任しないと言ったら、株主たちは手持ちの株を全部売ると言っている。そうなると、高橋グループの株はお前が持つものより外部のものが多くなり、簡単に高橋家が他人に操られることになる」智哉は指を握りしめ、低い声で言った。「すぐに行く」彼はすぐに車を発進させ、急いで会社に向かって走り出した……一方、佳奈は智哉の書斎で、偶然にも玲子と奈津子が描いた二枚の設計図を見つけた。その二枚の図面には、特に違いはないように見える。でも、どうしても何かがおかしいと感じる。佳奈は図面を実物と照らし合わせても、どこが違うのか分からなかった。彼女はバルコニーのチェアに座り、ネックレスを太陽に向けた。ネックレスのダイヤモンドが眩しい光を反射し、その光が向かいの壁に映し出された。まるで雨上がりの虹のように、色とりどりで美しかった。佳奈はその光に見入っていたが、突然、壁に映る一筋の光が他の光と少し違うことに気づいた。彼女はすぐに身体を起こし、じっとその光を見つめた。すべてのダイヤモンドから反射された光は、真ん中が青く、周囲が淡いピンク色だった。ただ一つだけ、中央のダイヤモンドからは赤い光が反射し、その周囲は淡い青色だった。よく見なければ、違いは分からない。同じダイヤモンドなのに、どうして反射される光が違うのだろう。佳奈はネックレスを持ち、再び図面と照らし合わせてみた。その時、彼女はついに、玲子と奈津子の設計図に違いがあることに気づいた。そ
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