木々の隙間を縫うように差し込む光が、記憶の断片にそっと触れるように揺れていた。そのやわらかな光の中で、エレナがゆるやかに森を見上げる。 隣に立つリノアは、言葉にならない想いを胸の底へ沈めるように、ただ静かにその風景に身を預けていた。そのとき── 森の奥で、ひときわ大きな音がした。 音は空気の表面を裂くように吹き抜け、ひと筋の流れとなって二人の間を吹き抜ける。 リノアとエレナの髪がその風に揺らされ、後ろへなびいた。 はっとしたリノアが顔を上げて、その視線を森の奥へと向けた。 気配を探るように、息をひそめ、耳を澄ます。──今のは風の音ではない。 空気そのものが意志を帯び、まるで誰かがそこにいると告げているかのような確かなものだった。 羽ばたきの音だろうか。けれど、ただの鳥のそれとは違う。 空気を斜めに裂くような音だった。「今の音、何だろう?」 リノアの囁くような声が宙にほどけた瞬間、森の空気がほんのわずかに緊張の色を帯びた。 リノアは身を寄せるように身体を傾け、エレナの肩越しに森の奥を見つめる。「何かいる……」 枝先がかすかに揺れ、落ち葉の上に音もなく何かが降り立った。 その存在は囁きと呼ぶにはあまりに濃く、空気を震わせるには十分な重さをまとっている。 目には見えない。けれど、確実に何かがこちらを見ている──そんな感覚が肌の上を這った。 リノアの胸の奥で鼓動がゆるやかに高鳴っていく。 その時、森の奥で再び空気が揺らいだ。まるでリノアの内に芽吹いたざわめきに呼応するかのように──「リノア、下がって」 エレナが静かに告げた。 その声が届くよりも早く、気配の異変を感じ取ったリノアは、すっと後方へ身を引いた。 戦闘――それはエレナの領域だ。 エレナの視線が森の奥を射抜く。 その視線の先、樹影の間で何かがゆっくりとずれた。本来、何もないはずの空間に、じわりと何かが満ちてゆく。 それは音も形も持たず、それでいて確かな存在感だけを連れて、そこに現れようとしていた。 エレナが弓に手をかけ、気配ひとつ立てずに一歩踏み出す。 張りつめた空気の中、エレナの呼吸が整えられていく。リノアは視線を逸らさぬまま、袋に入った鉱石に手を伸ばした。 音が消えていく── まるで森そのものが息を殺して、何かの接近を知らせようとしているかのよう
Last Updated : 2025-06-27 Read more