ログイン幼い頃、森で過ごし、自然との深い結びつきを感じていたリノア。しかし成長と共に、その感覚が薄れていった。ある日、最愛の兄、シオンが不慮の事故で亡くなり、リノアの世界が一変する。遺されたのは一本の木彫りの笛と星空に隠された秘密を読み解く「星詠みの力」だった。リノアはシオンの恋人エレナと共に彼の遺志を継ぐ決意をする。 星空の下、水鏡に映る真実を求め、龍の涙の謎を追う。その過程で自然の多様性に気づくリノアとエレナ。 希望と危険が交錯する中、彼女たちは霧の中で何を見つけ、何を失うのか? 星が導く運命の冒険が今、動き出す。
もっと見る一方、その喧騒から遠く離れた場所── 東の空が白み始め、夜の帳がゆっくりと上がろうとしていた。 朝陽が空を黄金色に染め上げ、漂う霧を晴らしていく。その光の中に、二つの影があった。 リノアとエレナだ。 彼女たちはすでに新たな旅路へと足を踏み出していた。 だが、リノアはふと足を止め、何度も後ろを振り返った。遠く霞むアークセリアの方角を、不安げな瞳で見つめる。「……エレナ、さっきの」 リノアが口ごもる。脳裏に焼き付いているのは、森ですれ違ったあの奇妙な白仮面の集団だ。彼らが向かった先は、間違いなくアークセリアだった。「あの白仮面の人たち……すごく嫌な感じがした。ただの旅人には見えなかった」 星詠みとしての直感が、ざわざわと胸を騒がせている。 しかし、エレナは困ったように眉を下げ、首を横に振った。「気にはなるけど、彼らが何者かも分からないわ。それに──」 エレナは、二人が来た道を振り返る。そこはもう、容易には戻れない険しい道のりであり、引き返す手段は失われていた。「今から戻る手段はない。私たちにできることは、もう前に進むことだけよ」「……うん、そうだね」 リノアは唇を噛み締め、頷いた。 正体も目的も分からない集団のために、シオンの遺志を放棄して立ち止まるわけにはいかない。あの胸騒ぎが杞憂であることを祈るしかなかった。 リノアは胸元のペンダントをぎゅっと握りしめる。掌に伝わる冷たいヴェールライトの感触だけが、今の彼女を支える確かな指針だった。『進め、リノア』 シオンの声が聞こえた気がした。その声はもう、悲しみの残響ではない。未来を指し示す道標だ。「リノア、行くわよ」 前を歩くエレナが振り返り、朝陽の中で微笑んだ。その頼もしい姿に、リノアは強く頷き返す。「うん、行こう」 戻れないのなら、行くしかない。この道の先に、全ての答えがあると信じて。 リノアは一度だけ振り返り、遠く霞む故郷の方角を見つめた。 シオンが守りたかったもの。そして、父と母の生存── この広い世界のどこかで、二人が待っているかもしれない。その可能性が、リノアの足に新たな力を宿らせていく。 リノアは顔を上げ、前を向いた。「待っていて。必ず、見つけ出すから」 その瞳には、不安を振り払うような強い光が宿っていた。リノアの誓いが風に溶け、高く澄んだ空へと吸い込ま
「他に敵はいないようだな」 そう言って、カリスは剣へと歩み寄った。 広場の騒然とした空気の中で、カリスだけが異質な静けさを纏っている。 カリスが広場に姿を現すと、ヴィクターは彼女を見るなり肩の力を抜いて、安堵の息を漏らした。──女性剣士、カリス。 カリスはグリモア村の村長であるグレタに付き添って旅を続けている。ミリアとテオの仲間でもあり、ヴィクターとは過去に行動を共にした仲だ。 アリシアとセラは突然現れた彼女の鮮やかな剣技に感嘆しつつも、警戒を怠らなかった。敵である術者を倒してくれたとは言え、アリシアとセラにとっては、カリスは見知らぬ人物だ。 剣を投げて敵を倒したカリスの背後で、セラとアリシアは互いに視線を交わし、周囲の状況を慎重に探った。 カリスは壁に突き刺さった剣を抜き取ると、今度は地面に倒れ込んだ術者たちに視線を移した。 瓦礫の隙間に倒れた術者二人は、すでに動く気配もなく、顔色は青白くなり、微かな息も感じられない。その身体は力なく横たわり、指先すら動かさず、すでに命の灯が消えてしまったことは明らかだった。 騒然とした空気が落ち着きを見せる中、ようやく肩の力を抜くことができたテオが、カリスのもとへ歩み寄る。「来てくれて助かったよ」 テオが素直に礼を述べた。「他の術者たちはグレタ様が処理したはずだ。もう心配しなくていい」 カリスは安堵の表情を浮かべるテオに、そう告げた。 広場に漂っていた緊張が少しずつほどけていく。しばらく余韻に浸っていたテオは、ふとミリアの方へ視線を向けると、少し興奮した面持ちで声をかけた。「さっきの戦いだけどさ。空中に紋様を描いて、バリアを張るって……。あんなこともできたのか、知らなかったよ」 テオの驚きに、ミリアは目を伏せて微笑む。「実は、さっき術師たちが広場に描いた紋様を観察していたら、ある法則があることが分かって……。自分が知っていた砂紋占術の知識と組み合わせてみたの。こう描けばバリアができるはずだって」 そう言って、ミリアはゆっくりと右手を持ち上げると、空気中に見えない絵筆で線を描くように腕を滑らかに動かしてみせた。「砂の上に紋様を描く時と同じ要領で良いみたい」 描き終えると、両手をそっと合わせ、描いた紋様を包み込むように掌を重ねる。その瞬間、空間に淡い光がふわりと集まり、紋様がかすかに浮かび
ミリアは仲間たちに視線を送り、小さな声で「よかった……」と呟くと、ほんの一瞬だけ涙ぐみながらも、嬉しさに頬を染めた。 広場の地面に刻まれた紋様が淡く揺れている。消え入りそうで儚い揺らぎだ。ミリアが仕掛けた細工は確かに広場の紋様を変質させたのだ。 動きを止める術者たち──宙に浮かんだまま、アリシアたちを凝視している。 その瞳に宿るのは、冷たい怒り── 辺りには歓喜の余韻が広がっている。しかし、その安堵のひと時は一息で掻き消された。──場の雰囲気が一変する。 術者の一人が荒々しく呪具を振りかざすと、新たな呪文を紡ぎ始めた。 風が止み、光が沈み、その場の空間が一瞬で重くなる。「……来るぞ!」 テオが叫んだ。 空間が震え、空気が押し潰されるような感覚が走る。「何してんだ! ミリア、下がれ!」 テオが叫ぶ。 しかし、ミリアは動かない。 仲間たちが反射的に建物の影へ身を潜める中、ミリアだけが一人、広場に佇んでいる。 ミリアは術者たちを見据えたまま、一歩、また一歩、前へと踏み出していった。 そのうち、術者の呪文が完成すると、重く淀んだ空間が張り詰めた糸が切れるように、びしりと音を立てて震えた。 宙に浮かぶ術者の掌から、淡い青白い光が渦を巻いて溢れ出す。 その光はみるみるうちに膨張し、閃光と共に激しい衝撃波が広場全体を駆け抜けた。 地面が激しく波打ち、砂埃が爆風に巻き上げられて空へと舞う。建物の窓ガラスが一斉に砕け散り、鋭い破片が光を反射しながら宙を舞った。広場のあちこちで鈍い衝突音が響く。 圧倒的な空気の奔流── 耳をつんざく轟音が広場一帯を揺るがす中、ミリアは両手を前に掲げ、素早く紋様を空中に描いていた。 指先が走るたび、ミリアの周囲に淡い光が浮かび上がる。光はやがて膜のように広がり、見えない壁となって衝撃波を遮った。 ミリアの髪とマントが風に巻き込まれて激しく翻る。ミリアは身体が一瞬浮かぶような感覚に襲われた。 顔に当たる風が頬を刺し、砂埃が目元をかすめていく。息を吸い込もうとするたび、喉の奥がひりついた。──呼吸ができない。 心臓が胸の内で乱打し、鼓動が早鐘のように胸の奥で響き渡る。 それでも、ミリアは動じなかった。 術者たちの姿を光の向こうに捉えたまま、目を逸らさない。 そのとき——広場とは異なる場所、闇に包まれ
ヴィクターが合図を送ると、仲間たちはすぐに広場の端へ散り、すぐに身を低くした。 導火線に火がつき、焦げた煙の匂いが辺り一帯を満たす。 じりじりとした導火線の音が響き、空気が張り詰めるような緊張の中、アリシアたちは息を潜めてその瞬間を待った。 やがて鈍い爆音が轟き、木の根元が激しく揺れた。土と焦げた木の匂いが一気に押し寄せ、毒の流れが一瞬だけ止まる。 爆煙が立ちこめる中、白仮面の術者たちが一様に動きを止めた。煙の向こうで、彼らの姿がぼんやりと揺らぎ、一瞬だけ戸惑う姿を見せる。「くそ……、あれだけの爆薬でも倒しきれないなんて……」 ヴィクターは唇を強く噛みしめ、眉間に深い皺を寄せた。肩はわずかに震え、拳を握った手をぶるぶると膝の上で押し潰している。 ヴィクターの瞳が爆煙の向こうの大樹をじっと睨みつけて離さない。 爆風と煙が広場全体に広がる中、しばしの静寂が訪れた。 術者たちの視線が広場の中心へと向けられている。術者たちは状況を把握しようと周囲を見渡した後、広場の隅に目を遣った。そこには、たった今、ヴィクターが爆破した大樹がある。 噴出する毒の量が減ったとは言え、まだ毒は出続けていた。これだけの大樹を破壊するには、火薬が足りなかったのだろう。完全には破壊し尽くすことはできなかったようだ。 すぐに気を取り直した術者たちは、互いに合図を送るように身振りを交わした後、呪文の詠唱を再び始めた。爆煙が広がる中、煙を押し返そうと詠唱を強めていく。 彼らは複雑な印を次々と結びながら、再び紋様の効果を得ようと集中し続けた。 その光景をミリアは指先を震わせながら、じっと見つめていた。 広場に施した細工が本当に上手くいくのだろうか。もし術者たちが描いた紋様の効果が半減しなかったら……。そう思うと、不安で仕方がなかった。 仮に解読が誤っているなら、きっと、あの大樹は紋様の効果で再び復活してしまうだろう。 それでは意味がなくなってしまう。 だが、術者たちの様子が徐々に変わっていくのがはっきりと分かった。彼らは紋様に向かって呪文を唱え続けるものの、思うような効果が得られず、次第に苛立ちを見せ始めた。 術者たちはアリシアの温かみを帯びた上昇気流に抗うことができなかったのだ。 次第に術者たちの動きに焦りが混じり始める。 仮面越しにも伝わる苛立ち。表情こそ窺え
クラウディアはイオからの手紙を懐に入れると、エルディア家からの封書を、その場で封を切った。 村人たちがその様子を見守る。 手紙には、グリモア村のグレタとゾディア・ノヴァの動向に関することが記述されてあった。──グレタは各国の名家の元を訪ね歩いていたのか。「ゾディア・ノヴァが再び動き出している。各地の国々に密かに使者を送り込み、協力を仰いでいるらしい」 グレタの言葉は簡潔だったが、そこには強い警告が込められていた。 その使者は、協力の見返りとして領土の分配を約束したという。 ゾディア・ノヴァとしては魅力的な条件を提示したつもりなのだろう。浅はかな考えだ。 クラウディアは手紙を
エレナは矢筒に手を戻しながら、目を細めた。──倒した。 氷が軋む。 だが、執行者の身体はそのまま凍結され、動く気配はない。 確かに動きは止まった── リノアとリュカは無事だろうか。 そう思い、エレナが振り向く。 焚火の光に照らされたリノアはまだ眠りの中にあり、胸がわずかに上下している。その安らかな寝顔にエレナは少しだけ頬を緩ませた。──あれっ、リュカは…… リュカの姿がどこにも見当たらない。 しかし、気配は感じる。 今、この沈黙の中にいるのは、夢の中のリノアと、氷に囚われた執行者──そして、気配だけを残すリュカ。 風が止み、森が息を潜める。 リュカは、つい先ほどま
リノアの視線が焚き火の跡から外れ、周りの地面に向けられた。「エレナ、これ……なんだろう」 リノアの声に反応したエレナが地面を凝視する。 不自然な線が土に残されている。誰かが重いものを引きずったような跡だ。——だが、シオンは決してこのような乱暴な動きをする人ではなかった。「シオンのやり方にしては……」 リノアはそう呟きながら、胸の鼓動が速まるのを感じた。誰かがここに来たのかもしれない。 シオンの研究所からそう遠くないこの場所で、シオンが焚き火を灯し、夜を過ごした理由。それは単に動植物を観察するためだったのだろうか? シオンの心は常に自然と共にあり、森の一部かのように振る舞っていた
リノアは眠りの中でも風の音を聴き続けていた。夢の中、木々がざわざわと囁き合い、遠くで誰かが呼んでいる。それがシオンの声なのか、母の声なのか、それともまったく別の何かなのか。はっきりしないまま、彼女は目を覚ました。 朝の光が木枠の窓から射し込み、部屋を淡く照らしている。けれど、その優しい光でさえも、昨夜の村人たちの声を振り払うことはできなかった。 エレナの曖昧な警告、クラウディアの謎めいた言葉、レオとカイルの軽率な態度……。それら全てがシオンの死や森の異変に繋がっているように思えてならない。 リノアはベッドから起き上がり、籠を手に取った。 今日はいつもの薬草採取の仕事より、シオンの足