聡は頷き、手元にある最後の一枚の書類に目を通し、サインを終えてからようやく立ち上がった。手を洗い、スイートルームの応接間へ向かうと、アシスタントがまだ残っており、しかもテーブルの上の料理をうっとりと眺めていることに気づいた。「どうした、お前も食べたいのか?」聡は眉を上げて尋ねた。「いえいえ、とんでもない。ただ、如月さんの料理の腕前に感服しておりました。一汁三菜、どれもこれも精巧で、食欲をそそる香りがします」アシスタントは振り返り、そう説明しながら絶賛した。聡は応接間に入った瞬間からその香りに気づいていた。二、三歩近づいてみると、透子が準備してくれた食事が、実に豪華であることに気づいた。手羽先に、ステーキ、エビ料理、それにスープまである。「簡単なものでいい」と言ったはずだが……本当に、律儀な子だ。アシスタントが退室し、聡はソファの端に腰を下ろした。味覚が刺激され、食欲が湧き、空腹を覚える。彼はこれまで、食に執着したことなどなかった。食事とは、彼にとって生命維持のための行為か、あるいは取引先を接待して契約を取るための手段に過ぎなかった。しかし今、彼は食べ物というものに対して、全く新しい認識を抱いている。いや、正確に言えば、あの夜、初めて透子の手料理を食べた時から、彼はすでに「胃袋を掴まれて」いたのだ。だからこそ、今日までずっと忘れられずにいた。しかし、ご飯が二人前あるのを見て、彼はふと固まった。まさか、彼女はアシスタントの分まで準備してくれたのだろうか?そう思い、彼はスマホを取り出してメッセージを送った。返事を待つ間、ステーキを一切れ挟んで口に運んだ。その味が口の中に広がった瞬間、聡が感じるのはただ一つ。――この人生に、もはや悔いはない。透子の料理の腕は素晴らしい。だからこそ、彼女が作るものなら何でも好きだと言ったのだ。たとえ、ただの野菜炒めであったとしても、格別の味わいになるだろう。これほど豪華な食事を、記念に残さない手はない。そう思い、彼はスマホを取り出して写真を一枚撮った。堂々たる柚木グループ社長である彼が、普段SNSに投稿するのは仕事関連のことばかりで、私生活をシェアすることはほとんどない。しかし今回は、気分が良かったせいか、無意識のうちに投稿してしまった。スマホをテーブルの脇に
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