車の窓がゆっくりと閉まっていき、蓮の視界には、ただ一筋の白いヴェールが揺れるだけだった。 「さっき、誰と話してた?」 蓮は、隣で呆然としている琴音に問いかけた。 琴音はハッと我に返り、ぼんやりと蓮を見たあと、手元のブーケに目を落とす。 ――苑。 その名が喉元まで出かかったけれど、どうしても言えなかった。 蓮がそれを知れば、きっと次の瞬間には車を飛び出し、向かいの花嫁車へ走り寄ってしまう。 そんな予感がして、琴音は怖くなった。 蓮が苑を愛していることくらい、琴音にはわかっていた。 それなのに、どうして自分と結婚しようとするのか。 たぶん、それは芹沢家の後ろ盾が欲しいからだろう。 琴音と結婚すれば、芹沢家の支援を得て、もっと高い場所へ進める――そんな理由に違いなかった。 「蓮、見て、向こうの花嫁さんからもらったブーケだよ。きれいでしょ?」 琴音は無理に笑って、話題をそらした。 蓮の視線はまだ向かいのウエディングカーに向けられていた。 けれど、閉じた窓ガラスの向こうに、もう何も見えない。 それでもなぜか、目を逸らすことができなかった。 琴音が差し出したブーケが視界に入り、蓮はふと目を落とす。 花を見た瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる。 耳の奥で、苑があの縁結びの石の前で語った言葉がよみがえった。 「今日、私たちは約束したからね。だから私は、生まれ変わっても、あなたがこのガーベラを手に迎えに来てくれるのを待ってる」 あのとき、蓮はたずねた。 ――みんなバラを選ぶのに、どうしてガーベラなんだ?と。 苑は笑いながら答えた。 ――ガーベラには「夫婦が寄り添い支え合う」って意味があるから、って。 蓮はその言葉を心に刻んだ。 わざわざガーベラの写真を調べ、数日前には特別に手配していたのに。 「この花、誰にもらったんだ?向かいの花嫁さんか?」 蓮の声には、明らかに動揺がにじんでいた。 琴音の胸も乱れていた。 ずっと蓮の顔を見ていたからわかる。 自分の手にあるこのブーケが、蓮にとって特別な意味を持っていることに。 不安と恐怖で喉が詰まるのを無理に飲み込んで、琴音はかすかに口を開いた。 「……うん」 たった一言を絞り出したあと、すぐに慌てて続けた。 「
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