強烈な寒気の影響で日本海側では大雪となった二〇二五年の二月八日。 涼香が帰郷した名古屋市も、深夜から朝方にかけて降った雪がうっすらと積もっていた。「涼香、大丈夫?」 見慣れた風景の色をわずかに淡くする、寒さに凍えた車窓をじっと眺めていた涼香は母親の声で我に返った。「うん。大丈夫だよ。覚悟はできてたし。キャバリアで十六歳まで生きてくれたんだもん。頑張ってくれたよ、アルシオーネは、ホントにさ」 後部座席の涼香が気丈に答える様子に触れた母親は「そうよね」とだけ短く返すと、助手席で捻っていた身体を直して視線を前方に戻した。 アルシオーネの葬儀は、ペット葬儀会社の火葬車が小さな身体を焼くのを見届けるだけのものだった。 呆気ない葬儀の短い時間でも冷え切った手足と一緒に、自分の一部が消失していくように涼香は感じた。 父親の運転する自動車が、愛犬の遺骨と共に実家へ帰ったのは昼前だった。「お昼はいらないや。おなか空いてないし。久し振りだし、部屋の片付けでもしとくよ」 母親に声を掛けた涼香は玄関から一直線に自室へと移動した。 上京する前の状態からほとんど変わっていない自室で独りになった涼香は、途端に溢れてくる涙を止めることができなかった。 泣き出してしまうことに驚きは無かった。家族の前でも気丈に振る舞うことしかできない自分を滑稽だとも思った。 ベッドにつっぷした涼香は、いつも添い寝してくれたアルシオーネの柔らかい匂いが微かに残っている気のするマットレスの上で身体を丸め、いつしか泣き疲れるまま眠りに落ちた―― ◇ ◇ ◇ ◇ ◇「……すず……か……、すずか……」 聞いた覚えはないのに何故か懐かしい感じのする声が、自分の名前を呼んでいることに気付いて、涼香はゆっくりとまぶたを開いた。 明るかった。見たことのない白い天井。 日が差し込む白を基調とした部屋の、純白のベッドで涼香は横になっていた。「良かった。目が覚めたみたいね」 涼香は自分を呼んでいた声がする方に視線を向けた。 そこにはキャバリアの頭部に人の身体という、獣頭人身の姿をした獣人が立っていた。「スズカ。あたちよ、分かるわよね?」 涼香は獣頭人身の獣人という異形の存在を前にして、まったく恐怖を感じなかった。 獣人のとろんとやさしい瞳は、涼香にとって見間違えようのない存在の瞳と同じだっ
Last Updated : 2025-05-06 Read more