雪が降っていた。目の前の世界が、ただ白く、遠ざかっていくようだった。その中に、馬車の車輪がきしむ音だけが、現実を引きずっていた。「これで終わりだ。番なんて幻想、今さら引きずってどうするんだよ」淡々とした声だった。その声を出した男──レオンは、もうこちらを見てもいなかった。ただ背を向け、黒い外套の裾を翻して、雪の中に消えかけている。リリウスは唇を噛んだ。けれど、血の味さえもうわからなかった。手の甲に、淡い蒼の刻印が光っている。番の契約。それは「誰かに選ばれた」という証だったはずだった。「……君は……番だろう……?」言葉を吐きかけたその瞬間だった。馬車の陰から現れた影が、リリウスの首筋に触れた。「これだから、あの国の人間は嫌いなんですよ……」それは魔術師だった。魔術師は基本的にクラウディアの魔塔に所属している。そうでない魔術師は魔術師と認められない。しかし、リリウスがその顔を見たことはなかった。彼は淡々と呪文を紡ぎ、掌に輝く印をリリウスの身体に刻んだ。そしてその瞬間、世界からすべての音が消えた。魔力が沈黙する。声が届かない。神への祈りも、家族への叫びも、何一つ反応しない空白の中。雪が、ただ落ちてくる。それだけが、世界の答えだった。彼は捨てられたのだ。番としてではなく、Ωとしてでもなく、ただ“リリウス”という存在そのものが、価値を剥奪されて――世界はその事実に、静かに、知らぬふりをした。
Terakhir Diperbarui : 2025-05-12 Baca selengkapnya