アルヴァレスの空は、王都よりも少しだけ低く、色濃く感じられた。長い旅路を越えて辿り着いたその門の前に、リリウスはふと足を止めた。風が頬を撫でる。懐かしいような、けれどどこか遠ざかっていた記憶の匂いを運んでくる。そして、門が開いた。「――おかえりなさい、リリウス」迎えに立っていたのは、カイルの母、リーネ・ヴァルドだった。鎧こそ纏っていないが、背筋の通った立ち姿は、かつて戦場に立った女のそれだ。長い髪をひとまとめに結い上げ、淡い色の上着の下には、簡素な装具が覗いている。けれどその視線は、どこまでも柔らかく、リリウスに向けられていた。「あなたがこうして戻ってきてくれたこと、それだけで充分よ」その言葉の温かさに、リリウスは胸の奥で何かがゆっくりほどけていくのを感じた。「……ただいま戻りました。お心遣い、ありがとうございます」「礼などいらないわ。……でも、まずは訊かせて。体調は本当に、大丈夫なの?」その言葉は、ごく自然な問いだった。だが、その瞬間、リリウスの笑みがごくわずかに揺らいだ。「……ええ、大丈夫です。心配には及びません」柔らかな声で返しながらも、胸の奥にひとつ小さな波が立った。(また、これだ)優しさだとわかっている。思いやりだと理解している。けれど、自分が「何かに気をつけなければならない存在」として扱われていることが、どこか遠い違和感として、じわじわと滲んでくる。――あの日のように。流産した直後、誰もが「休め」と言った。「無理をしないで」と。けれど自分は、ただでさえ奪われた命のことを、何ひとつ守れなかった己の存在の空虚さを、胸の中に抱えていたのに――さらに「弱いもの」として包まれていく感覚が、皮膚の下に冷たく染みこんでくる。(僕は……まだ、壊れて見えるんだろうか)だからこそ、リリウスはまた微笑んだ。誰にも見せぬように、やわらかく。人を傷つけぬように、自分の輪郭をなぞるように。「ご心配、痛み入ります。……ですが、もう本当に、何ともありません」その声に、リーネは少しだけ視線を鋭くしたが、それ以上は何も言わずに頷いた。「……なら、よかったわ」彼女の後ろから、使用人たちが控えめに現れ、次々と頭を下げる。「殿下、何かお入り用のものは?」「すぐにお部屋をご用意いたします。お茶もお淹れしましょうか?」「お身体
Last Updated : 2025-10-04 Read more