All Chapters of 優しい愛に包まれて~イケメン君との同居生活はドキドキの連続です~: Chapter 51 - Chapter 60

71 Chapters

4 絵の中の私

「結姉……好きだよ」颯君は私をぎゅっと抱きしめた。とろけそうになるそのセリフが、何度も頭の中を駆け巡る。それ以上何かするわけでもなく、ただずっとお互いの温度を感じている時間。ただ、時計の秒針が動く音と、2人の吐く息の音だけがかすかに響いていた。私は思った。今の私にとって、颯君のこのピュアで真っ直ぐな気持ちはすごく新鮮で、大人のドロドロした醜くて汚い部分を綺麗に洗い流してくれる。このまま、ずっとこうしていたい。颯君の腕に包まれていたい――と。だけれど……そんなことが許されるわけもなく……「あっ、ご、ごめんね、颯君。あの、うん。私は……これでも一応、人妻なの。いろいろなことがあって、まだ頭の中が整理できないの。今日のことは……少し考えさせて」上手く言えない、だけれど、今の私にはそれしか言えなかった。颯君は、下を向いたままうなづいた。「結姉、困らせてごめん。でも、結姉を苦しめたくて言ってるんじゃないんだ」「もちろん、わかってるよ。ありがとう。じゃ、じゃあ、降りるね。完成させてもらえたら嬉しいし、また絵の続き描いてね」「……うん。絵は……必ず完成させる」***私の絵が完成したのは、それから数日後のことだった。「ありがとう、結姉。最後まで付き合ってくれて本当に……ありがとう。おかげで良い絵が描けた」颯君が見せてくれた「私の絵」。あまりにも素敵で体が震える。「……素敵……」完成前から最終工程は見ないようにしていた。私の心が感動に包まれた瞬間だった。「これが私?信じられない……」「綺麗でしょ?」「……私じゃないみたい」「結姉だよ、そっくり」「……だけど、こんなに綺麗で透明感があって……やっぱり私とは違うような……」「結姉を見たまま描いた。何も違わない。あなたはこういう風に見られてる。とっても綺麗で、素敵な女性。もちろん、気持ちも込めた。結姉のみんなを包む優しさ、みんなを元気づけようとする明るさ、そして……時々見せる寂しさも。全部、ここに込めたから」「颯君……」あまりにも優しいセリフに涙が頬をつたった。「結姉を描くことができて、本当に幸せだった。ありがとう」そう言って、颯君は私の涙を指で拭った。「こんなに素敵に描いてもらえるなんて、私こそ幸せだよ。でも、この絵はどうするの?」「この部屋に飾っておく。イーゼルに
last updateLast Updated : 2025-07-20
Read more

1 悲しい思い

暑い暑い日が続く毎日。ひなこちゃんが、ふいに話しかけてきた。とても深刻そうな顔をしている。「大家さん。私の部屋に来てもらえますか?」「あ、う、うん」ひなこちゃんが私を部屋に誘うなんて初めてだ。何だかドキドキする。いったい何を言われるのだろう。「大家さん。颯君のこと、どうするんですか?」ひなこちゃんのピンクでコーディネートされた部屋に入ると、すぐに質問が飛んできた。「え?どうするって……どういう意味かな?」突然で驚いた。颯君のことを聞かれて動揺が隠せない。「大家さんの絵が完成したから、次は私を描いてもらいたくて、颯君にお願いしたんです」「そ、そうなんだ」「なのに……私のことは描けないって言われました」「えっ」「私、ずっとずっと楽しみに待ってたんですよ。大家さんが描けたら、次は私がモデルだって。どんな風に描いてもらえるのかって、いろいろ妄想して。なのに、大家さんは描けて、私は描けないって、ひどくないですか?」「……う、うん」「それで、颯君を問い詰めたら……。大家さんのことが好きだからって」「……」ひなこちゃんの切ない顔を見て、ドキドキが止まらない。颯君は、ひなこちゃんに私のことを話したんだ。「ひどいですよね、ひどすぎますよ」ひなこちゃんはいきなり泣き出した。「……あのね、えっと……」何をどう言えばいいのかわからない。「私よりずっと年上の大家さんが好きって、おかしくないですか?誰が見ても私の方が若くて可愛いのに。大家さんはもう……。だから私、わかったんです。大家さんが颯君のこと誘惑したんですよね?」「ひなこちゃん、何言ってるの?それは違うよ。颯君は大切な同居人だよ。誘惑なんてするはずないじゃない」「同居人だとか言って、モデルをしてる時、2人で部屋にこもってましたよね?2人きりで何してたんだか。大人っていやらしい。大家さんは結婚してるんでしょ?それなのに若い男の子を誘惑するなんて最低です」「待って。私、ひなこちゃんが思うようなことはしてないから。本当よ」そう言った瞬間、颯君に抱きしめられた感触が身体を駆け巡った。「私、颯君が好きです!ここで会ってからずっと。ずっと好きなんです。颯君が素敵過ぎて、話してるうちにどんどん好きになりました。なのに大家さんが誘惑するから……颯君、私のこと全然見てくれない」ひなこちゃん
last updateLast Updated : 2025-07-21
Read more

2 悲しい思い

「結構仕上がってきたよ。あと少しかな。それでさ……」「うん」「結菜ちゃんに、コンサート見にきてほしいなって」「えっ、いいの? うん、絶対見にいきたい。でも、今からじゃチケット取れないよね……」祥太君のコンサート、本当はすごく行きたかった。だけれど、正直、戸惑う自分もいた。コンサートで輝いてる祥太君を見たら、私の気持ちがどうなるか……少し不安だったから。「チケット。はい、これ」「嘘、チケット取ってくれてたの?」「うん。でも……結菜ちゃんの分だけしかないから、だから、みんなには内緒だよ」内緒……その言葉にドキッとした。「嬉しいけど、本当に私がもらってもいいの?」「もちろんだよ。来週の日曜日の昼だから。俺、今回のコンサートのためにめちゃくちゃ頑張ったから。だから結菜ちゃんに聞いてもらいたいんだ」その真っ直ぐな瞳を見て、素直に嬉しいと感じた。不安だなんて、変なことは考えないで、自然に音楽を感じればいいんだ。きっと……素敵な時間になる。祥太君、一生懸命ピアノ頑張ってたから。「ありがとうね。必ず行くから」「うん、待ってる。それから、コンサートが終わったら、そのまま一緒に食事に行かないかな?」食事まで誘ってくれると思わず、リアクションに困ったけれど、文都君ともランチしたし、祥太君の誘いも断れない。「うん、いいよ。頑張ったご褒美に美味しいもの食べようよ」「良かった。じゃあ、楽しみにしてる」祥太君はそう言って笑顔で部屋に戻った。「ちょっと、ビール取って」祥太君と入れ違いに、旦那がキッチンに入ってきた。爽やかな気持ちが、一気に落ちた。私は、言われた通り、冷蔵庫からビールを出して渡した。早くこの場を去りたいと思った時、旦那か話しかけてきた。「祥太君のピアノのコンサート行くのか?」「聞いてたの?」「ビール取りにきたら聞こえたんだ。食事にも誘われてたよな」旦那に聞かれてたなんて、本当に嫌だ。「お前さ……」その切り出し方。先の言葉が浮かぶようで、心臓が痛くなった。「もう若くないんだからさ。祥太君に誘われて浮ついた気持ちになって恥ずかしくないのか?」やっぱりだ。「浮ついてなんてない。翔太君、ピアノを一生懸命頑張ってたから、応援したいだけ」「参観日かっ」ふんと笑う、旦那の顔に嫌気がさす。「食事だって、頑張ったご褒美に
last updateLast Updated : 2025-07-22
Read more

3 悲しい思い

どうしてあなたはそこまでひどいことが言えるの?思わずそう言いたくなる。だけれど、みんながいるこの家でなるべくケンカはしたくない。私は言葉をぐっと飲み込んだ。「あなたはどうなの?私より年上なのに、智華ちゃんみたいな若い女の子と仲良くして」怒りにならないように、なるべく冷静に言った。「は?俺が誰と仲良くしようと関係ないだろ。それに、男は年齢を重ねた方がどんどん磨きを増していく。でも、女は若いうちが花だろ?お前は若くないし、可愛くない。見た目も性格もな」ナイフのように突き刺さる言葉……心臓をえぐられるような苦痛。だけれど……私に反論の余地はない。顔も性格もたいしたことない……確かにその通りだ。でも、そうしたのは誰?顔は仕方なくても、私の性格をゆがめたのはあなたでしょ?私だって、最初は、あなたを本気で愛していた。なのに、あなたは私を平気で裏切って、他の人ばかり見てた。それがどんなに苦しかったか。そんな気持ちを知ろうともしないで、あなたは私が年齢を重ねるごとに冷たくなっていった。気づけば30歳。でも、私だって……私だって女だよ。いつまで経っても女でいたいのに……あなたをずっと愛していたかったのに……そうさせてくれなかったのはあなたじゃない。秘めていた言葉達が心に溢れ出す。「くれぐれも恥ずかしいことはするなよ。お前みたいなのが若い男に手を出したなんて、恥さらしだからな。からかわれてることを認めて大人しくしてろ」私は、結局、旦那の辛辣な言葉に対して何も言えなかった。ただ黙って唇を噛み締めることしかできなくて。悔しいけれど、私も間違ったことをしてきた。それに、今は、みんなの言葉や態度に一喜一憂してしまい、自分の気持ちが全く定まっていなかった。旦那は、智華ちゃんとどうなっているのか?ひなこちゃんの颯君への想いと、颯君からの告白。祥太君の誘いや、文都君の優しさ――全てが私の中でぐちゃぐちゃになったまま、全く整理できずにいる。「結姉。何か手伝おうか?」その時、颯君がキッチンに降りてきた。「俺はもう上がる」「……わかった」「すみません。何か話してる途中でしたか?」颯君が気まずそうに言った。「いや、別に何も」旦那は言いたいことだけ言って、さっさと部屋に戻っていった。「ごめんね、颯君。愛想がなくて」「いや……結姉
last updateLast Updated : 2025-07-24
Read more

1 もうひとつの告白

祥太君のコンサートの日がやってきた。あいにくの雨。今日は私、お気に入りのワンピースを着ようと思う。ずっと着たかったけれど、着る機会がなかった白いワンピースを。支度を整え、赤い傘をさして、バス停へ。会場までは家から1時間程で到着した。大きくて立派なホールには、すでにかなりの数のお客さんが来場していた。圧倒的に女性が多く、みんな素敵に着飾り、オシャレをしている。きっと、今日のコンサートをずっと心待ちにしていたのだろう。もちろん、私もそうだった。「ねえ、山崎祥太君。このパンフレットの写真、どれも本当に素敵よね」私の隣の席に座った若い女性が言った。私も購入したパンフレットには、楽団員の写真が載っているけれど、祥太君は群を抜いて「イケメン」だった。いや、そんな言葉ではもの足りない、とにかくとてつもなく美しく、地味めなパンフレットを素敵に彩っていた。「本当、祥太様、ああ、もうすごくカッコいい」もう一人の女性も言った。「祥太君のピアノ、最高だよね」「うん。私、昨日祥太様のピアノが聴けると思うだけでドキドキして、興奮して全然眠れなかったんだから」「わかる~。私も恋人に会えるみたいな気分でワクワクしてる」「恋人だなんて厚かましくない?祥太様は誰のものでもないわよ」「夢みるくらいいいでしょ?妄想よ、妄想の中では私達は恋人同士。祥太君は、私だけのためにピアノを弾いてくれるの」「ダメダメ、祥太様はみんなのものよ」「厳しいわね~。でも……実際、祥太君には誰か特別な女性がいるのかしら?だとしたら嫉妬しちゃう」「そんなこと……考えたくない。祥太様はきっと独身。きっと恋人もいない……って信じたいわ」2人の会話を聞いて、少しドキドキする。確かに祥太君は独身、恋人もいない。誰か特別な女性がいるのだろうか?「今日は祥太君のピアノ、楽しもうよ」「そうね、今日のために私、ダイエットしたんだし、祥太様と目が合うといいな」「私も!ああ、本当にドキドキしてる」そう話す素敵な女性達は、かなりの祥太君ファンだ。さっきから会話の中で何度も祥太君の名前を連呼している。ものすごく熱烈な応援をしてもらえて、祥太君も嬉しいだろう。それにしても……「祥太様」だなんて、まるで王子様扱い。気持ちはわかるけれど。この会場には、他にも祥太君のピアノを楽しみにしてる人がたくさ
last updateLast Updated : 2025-07-24
Read more

2 もうひとつの告白

祥太君、あなたは本当に素晴らしい才能を持っている。この素敵な音色を、このままずっと聴いていたい。これから先も、ずっとずっと弾き続けてもらいたい。心からそう思った。気づけばコンサートの終了時間。本当にあっという間だった。涙をぬぐいながら席を立つ人がたくさん見受けられ、それぞれの余韻を楽しんでいた。私の隣の女性達も、祥太君に魅了されたことを口にしていた。「祥太様、最高だった」「本当に……。もう、素敵過ぎて涙が止まらないわ」「次はいつ会えるのかしら……。しばらく会えないなんて、何だか切ない」まるで恋人のような女性達のセリフを聞いていると、翔太君にいつでも会えることに感謝しなければ……と思った。私も感動で胸がいっぱいになったけれど、なんとか平静を取り戻し会場を出た。コンサート後の片付けや、そのほかにもいろいろやることがあるだろうから、しばらくは外に出てこられないだろう。私は、先に、待ち合わせ場所に指定されたレストランに向かうことにした。到着して席に着いた途端、祥太君からメールがきた。「レストランで少し待ってて」と。そして、その数分後、それほど待たずに祥太君が入ってきた。「えっ、こんなに早くきてくれたの?楽団は大丈夫?片付けとか、いろいろあるんじゃない?」驚いて訊ねたら、祥太君は少し息を切らしながら答えた。「大丈夫。みんなには大事な約束があるって話してるから。待たせてごめんね」「大事な約束」と「待たせてごめん」のフレーズにキュンとなる。ほとんど待っていないのに、しかも、かなり急いでくれたのがわかるから、すごく嬉しい。優しく微笑む祥太君の顔が素敵すぎて……私の心臓は高鳴り、ドキドキせずにはいられなかった。あの演奏を聴いた後だから、余計にそう思うのだろうか?祥太君も席につき、メニューに目を通し、2人それぞれ違うものを注文した。美味しそうな洋食がたくさんあって迷ってしまった。「今日は素晴らしい演奏、本当にありがとう。コンサート、最高に良かったよ。ピアノも素敵だった。すごく感動したよ」「本当?だったら良かった、どうだったか気になってたから。とにかく来てくれて嬉しい。忙しいのにごめんね。本当にありがとう」「とんでもない。こちらこそ、招待してもらえて幸せだった。ありがとう」ありがとうが飛び交う会話、何だか素敵だと思った。「舞
last updateLast Updated : 2025-07-25
Read more

3 もうひとつの告白

「そっか……ありがたいね。お客様には感謝だよ。でもね……」「……ん?」「さっき言ったでしょ?今日は特別だって。俺、今日のコンサートのピアノは、結菜ちゃんのためだけに弾いたよ。想いを込めて……」「えっ……」その瞬間、胸の奥の深いところが揺さぶられたような気がした。あの素晴らしいピアノの演奏を、私だけのために弾いてくれたというの?そんなこと、信じられない。「お待たせ致しました」その時、注文した料理が運ばれてきた。祥太君の前にはオムライス。卵がとろとろで、たっぷりデミグラスソースがかかっていて、かなり美味しそうだ。私はミートドリア。ひき肉がふんだんに使われていて、上にはミートソースとチーズがのっている。ドリアは昔から大好きな洋食だ。こんなに美味しそうな料理を前にしても、まだ動揺は続いたままで、簡単には治まりそうになかった。「お腹空いたね。まずは食べよう」「あっ、うん。そうだね」私は、自分の気持ちを隠しながら言った。「オムライス、すごく美味しい。結菜ちゃんも食べて」「あ、うん」確かに美味しい……だけど……せっかくの食事が緊張のせいでよく味がわからない。とりあえず、私達は短時間で食事を終え、店を出た。「美味しかった。結菜ちゃん満足できた?」「えっ、ああ、うん、もちろん。大満足だよ。ごめんね、ご馳走してもらって」しっかり味わえなかったなんて言えない。「また行こうよ。あの店、雰囲気も良いしね」「うん、そうだね。みんなでも行きたいね。ひなこちゃんとかも洋食好きみたいだし」「……あの店も特別だよ。他の人には教えたくない」そんなことをサラッと言うのは本当に反則だ。さらにドキドキが増してしまう……「そっか、うん。また行こうね」「良かった」傘をさして駅までの道のりをゆっくりと歩く。人通りはまばらで、数人と静かにすれ違う。傘で顔が隠れているせいで、こんな超絶イケメンがいることに誰も気づかない。「ねえ……結菜ちゃん」急に名前を呼ばれてドキッとした。小雨だったおかげで、小さな声でもはっきり聞こえた。「あっ、はい」「ごめんね。改まって言うの恥ずかしいけど……。俺、決めてたんだ」「ん?」「今日のコンサートが終わった後、必ず言おうって」立ち止まって私を見つめる祥太君。「……」「結菜ちゃん……」その真剣な眼差しが
last updateLast Updated : 2025-07-26
Read more

4 もうひとつの告白

私が、別荘に住み始めてから立ち上げたブログ。花々に囲まれた庭や、大好きな場所の大好きな風景を思うままにアップしていた。「気持ち悪いよね、勝手に見られてたら」「あっ、ううん」「たまたま同居人募集って見つけて……結菜ちゃんの別荘のブログがあることに気がついて。最初はただの興味でブログを開いたんだ。別荘の紹介や庭に植えた花のこと、いろいろ美味しそうな料理が紹介されてた」本当に……ちゃんと見てくれてたんだ。「花や料理……うん、それが私の楽しみだったから」料理に関しては、旦那のために作るというよりは、ブログに載せるために作っていた……という方が正しい表現だと思う。いろいろなことが嫌になってからは、あまり料理にも力を入れなくなっていたけれど……今は、みんなのおかげで料理をすることが楽しくて仕方がない。「うん。そこに……たまに楽しそうな結菜ちゃんが写ってた。笑顔が可愛くて……」「は、恥ずかしいよ」「恥ずかしくなんかないよ。結菜ちゃんを見ていたら、この人は別荘のことを本当に大切にしてるんだって思った。見ているうちに、だんだん俺もここに住みたいって思うようになったんだ。同居人に決まったって連絡があった時は、本当にすごく嬉しかった」「そんなふうに言ってもらえて、こちらこそ嬉しい……。ありがとう」祥太君の言葉を聞いていると、パパが大事にしていた別荘を引き継ぐ決断をした時の、ワクワクと同時に感じた不安まで、祥太君にわかってもらえていた気がした。「自分がいろいろ悩んでいたから、結菜ちゃんの笑顔と前向きな姿に元気と勇気をもらってた。だから、自然に……結菜ちゃんに惹かれていった。気づいたら、会ったこともない結菜ちゃんを好きになってたんだ」「そんな……」「さっき、結菜ちゃん、私なんてって、自分のことを否定的に言ったよね。だけど、絶対にそんな風に思う必要ないよ」「……」「自信を持って。本当に、あなたは誰よりも素敵だから」私は、首を何度も横に振った。「素敵なんかじゃないよ。私は……祥太君が思ってるような女じゃないから」「……俺、毎日悩んでつらかった時、結菜ちゃんの笑顔に消えそうな心の隙間を埋めてもらってた。そして、別荘にきて一緒に住むうちに、心が平穏になっていった。結菜ちゃんに言われて、ピアノへの情熱がさらに燃え上がったんだ。だから、本当に……あなたは素敵
last updateLast Updated : 2025-07-27
Read more

5 もうひとつの告白

「うん。祥太君のピアノ、とってもエネルギーに溢れてた。みんなの心をぐっと掴んで離さない……その力強さがあった。もちろん、愛おしくなるくらいの優しさも感じて……上手く言えないけど、自然に涙が出たよ。本当に素晴らしかったから。だから、いつかお父様にもピアノの演奏、聴いてもらえたらいいね」今の祥太君の笑顔、とっても穏やかで素敵だ。この顔を間近で見れる私は、本当に幸せ者なのかも知れない。「ありがとう。そうできるように頑張るよ」「うん、応援してる。きっと大丈夫」「あのさ、俺……」「ん?」「もちろん、結菜ちゃんには健太さんがいるって……わかってる。だから、片思いでも仕方ないって……。でも、それでも、結菜ちゃんへの想いを、俺の気持ちを……ちゃんと伝えたかったんだ。ほんと、勝手でごめんね」「……ううん。……ありがとう」何とも言えない感情が湧き上がってくる。胸が……少し苦しい。「でもさ、いつかは……っていう期待は捨ててないよ。あきらめたくないんだ、結菜ちゃんのこと」祥太君は、ニコッと笑いながら、私の髪にそっと触れた。「あっ……」「本当に……ずるくてごめんね」祥太君がポツリと言った時、雨はもう、すっかり止んでいた。そしてまた、私達は2人で前を向いて歩きだした。次の日、祥太君はお父さんと向き合って、勇気を出して気持ちを伝えたと電話をくれた。お父さんの答えはまだまだ厳しいものだったけれど、祥太君の気持ち――ピアノへの情熱は否定しなかったようだ。前はピアノを止めろと言われていたらしいから、かなりの進歩だと思う。これからも誠実に話をしていけば、いつかきっとわかってくれるって……祥太君はすごく嬉しそうだった。電話の向こうの声が弾んでいて、私まで幸せな気分になった。うん、絶対に……お父様は認めてくれる。あんな素敵なピアノを弾ける人は、他にはいない。祥太君は、唯一無二の存在なんだから。祥太君がいなくても、会社の跡を継ぐ人が見つかって、全てが上手くいくことを心から願うばかりだ。あなたが幸せなら、私は、それだけで嬉しい。こんな私を好きだと言ってくれて、本当に……ありがとう。
last updateLast Updated : 2025-07-27
Read more

1 秋の訪れとあの人の影

あっという間に暑い夏が過ぎ去り、吹く風も少しは涼しく感じられるようになってきた。秋の訪れ――私の大好きな季節。少し物悲しさも感じるけれど、清々しく澄み切った空気が私の心を落ち着かせてくれた。同居人の5人は、もはや家族のような大切な存在になっていた。告白されたことに関しては、今はまだ胸の奥にしまっている。なるべく普通に接することを心がけながら……祥太君は、あれから時々お父さんに会いにいって、良い関係が続いているようだ。仕事の話を聞いたり、音楽のことを話したり、祥太君なりにお父さんとの距離を縮めている。とても素敵なことだと思って、私はそっと見守っている。もちろん、楽団の練習にも余念が無い。家でも毎日ピアノは欠かさず弾いている。その音色をたまに聴かせてもらい、私も感動をもらっている。そして、文都君は、相変わらず勉強漬けの毎日。時々息抜きしてほしくて、一緒におしゃべりしながらお茶を飲んだりしている。それでも、やはり息は詰まるだろう。どうすればリラックスしてもらえるのか、私なりに考えてはいるけれど、勉強の邪魔になってもいけないし……バランスがとても難しい。たまに、文都君からの要望で、英会話を教えてもらえることもあって、何だか得した気分になる。意外と英会話は息抜きになるらしく、それならと……甘えている。私には無い感覚だから、天才はやはり違うなと、発見も多い。颯君はというと、現在、新しい絵画を制作中のようだ。モデルはいなくて、風景画を描いてるみたい。大学の合間にバイトも頑張っているし、時間があれが料理も手伝ってくれている。一緒に料理の勉強もしながら、美味しいものを作ることが、今では2人の楽しみになっている。智華ちゃんは……いよいよ私にあまり口をきかなくなっていた。最低限の会話だけで、とても寂しい。あまり目も合わせてもらえず、ふと目が合った時には、その鋭い目力にうろたえてしまいそうになる。そんな自分が情けなく思えるけれど、私にはどうすることもできなかった。そんな智華ちゃんも、相変わらず旦那とはいろいろ話をしている。いったいどんな話をしているのだろうか。旦那はきっとこりずに智華ちゃんを口説いてるのだろう。私への配慮や申し訳無さなどは微塵もなく、平気で目の前でいちゃついている。ここまでくると、もう呆れる。ひなこちゃんも、残念ながら私にはまだ心
last updateLast Updated : 2025-07-27
Read more
PREV
1
...
345678
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status