連れ添ってきた相手に裏切られ、人生に疲れて自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる…… ピアノが得意で大企業の御曹司 山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる 神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の 望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心がゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達とのやり取りにも大きく気持ちが揺れ動き…… 慌ただしく動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているのだろうか?
もっと見る白いシーツがこすれる音。
半開きになった口元から漏れ出す、吐息と喘ぐ声。
それは、この無機質な部屋の壁に吸い込まれ……そして、消える。
唇と体を重ね、幾度も押し寄せてくる気持ちの良い波を当たり前のように受け入れ、最後はいつもと同じように……2人で果てる。
毎回決まりきった彼との淫らな行為――
私は、もはやそのことに対してあまり罪悪感も持てなくなっていた。
「もう、帰らなくちゃ」
「今日は朝までずっと結菜(ゆいな)と一緒にいたい。帰したくない」
彼は、着替えを始めた私を後ろから抱きしめ、耳元で囁いた。
まだ何もつけてない胸が大きなてのひらで覆われ、彼の好きにされる。
「ちょ、ちょっと止めて。着替えさせてよ」
「嫌だ」
「今したばっかりじゃない」
あまり、ここに長居はしたくなかった。
30歳――
確かに、日々の生活にやりがいを見いだせない既婚者の私にも、これがイケナイことだと少しはわかっている。だけれど、キッパリ断ち切れずに今日までダラダラと過ごしてしまった。
彼とはこうやって時々体を交えるだけで、決してそれ以上の関係にはならない。
それでも、独身の彼は、嫌がる私の気持ちを無視して、もっとずっと下の方に手を伸ばし、私を求めた。
下着の中にするりと滑り込む指。
「ちょっ、ダメだよ。夕飯作らないといけないし、もう帰らなきゃ」
彼は、抱きしめた体をいつまでも離そうとしない。
「だからもういい加減にして!」
私はイライラしながら、しぶとくまとわりつく彼をかなりの力で振りほどいた。
「……だったら、次、いつ会える?」
「し、しばらくは忙しくなりそうなの。だからわからない」
「わからないって、何だよ?」
「同居人が1週間後に引っ越してくるから」
いちいちうるさいと思いながらも、しぶしぶ答えた。
「結菜ちゃん、あのさ……ちょっと話があるんだけど」「えっ?」「俺達3人でいろいろ考えたんだ」「う、うん」いったい何を言われるのだろう。祥太君の言葉にドキドキする。「川崎さんのことがあって、健太さんが出ていって、智華ちゃんもいなくなって。結菜ちゃん、すごく参ってると思うんだ。本当にいろんなことがあり過ぎて……」「……確かにそうだね。短い間にいろいろあり過ぎたよね」祥太君が言ったことだけではなく、目の前にいる3人からの告白も、私にとってはあまりにも大きな出来事だった。冷静な態度をとってはいるけれど、内心ドキドキで、テレが顔に出てしまうときもある。「結姉、いっぱい悩んだよな」「……うん。でもみんながいてくれたから乗り越えられたんだよ。同居人として、みんなが来てくれたから、私は川崎君とのことも、旦那のことも乗り越えられた。それは、本当に感謝してる。ありがとうね」「それはお互いさま。みんな結菜ちゃんに助けられてるから」「そうです。本当に助けられてます」「みんな……。ありがとう。でも、智華ちゃんには申し訳ないことをしてしまった……」せっかく同居人として一緒に暮らしていたのに。「彼女のことは結菜ちゃんには関係ない。健太さんと智華ちゃんの問題だから。結菜ちゃんは何も悪くないんだから気にすることはないよ」「祥太君の言う通りです。結菜さんは悪くありません。それに、智華さんも、健太さんと深く関わらずに済んで良かったです」「……うん、そうだね。あの人と関わった女性は、きっとみんな苦しむことになるから……」「あ、ごめんなさい。健太さんのこと、あんまり悪く言わない方がいいですよね……すみません」「文都君、気を使わなくて大丈夫よ。かつては旦那だった人だけど、やっぱり……傷つけられたことに間違いはないから。智華ちゃんは、本当にあの人と深く関わらずにいられて良かったんだよ。あんなに素敵な智華ちゃんなら、何百倍も素敵な男性が見つかるって信じてる。あの人にはもったいないくらいの美人さんだから」「そうですね。同じ同居人としては、みんな幸せになってもらいたいと思います」「俺もそう思う。そして、もちろん、結菜ちゃんにもね」「そうだよ。1番幸せになってほしいのは結姉だから」「そんな……」「それでね。俺達3人から結菜ちゃんに提案があるんだ」「提案?」祥太君がうな
10月にもなると、朝晩がかなり冷え込む。秋も深まり、紅葉が美しいこの季節。夜も更けて、お義母さんとひなこちゃんは先に休んだようだった。暖かめのパジャマにカーディガンを羽織り、私はホットココアを入れた。旦那と別れてしばらくしても、私はまだ自分の置かれている状況に慣れないでいた。今、私はシングルなんだ――夫婦という肩書きは……もう、無い。あの人と、そんなに長く連れ添ったわけではないけれど、一応夫婦となって一緒に暮らしていたのに、一瞬にして紙切れ1枚でバラバラになるなんて……何だか呆気ない。まるで何も無かったかのように、新しい生活が始まっていた。そんな毎日の中でふと思う。あの7年間は無駄だったのだろうかと――でもきっと、7年間という時間の中で、私はたくさんのことを学んで、そして、少しは強くなれた。だからこそ、これからは毎日を真剣に生きていきたい。そう思えるようになれたことが私の成長だ。正直まだ手探りな日々だけど、今度はちゃんと真っ直ぐに進みたい、そう心に誓った。「さあ、ココア、どうぞ」「結姉のココアは美味しいんだよな。ありがとう、いただきます」「誰がいれても同じだよ。お湯を注ぐだけなんだから」「いや、颯君の言う通りです。結菜さんのココアを飲むと頭が働くような気がします」「まさか、気のせいだよ。文都君はものすごく集中力があるから」「いえ、結菜さんのココアのおかげです」「そう?じゃあ素直に喜ぶことにするわね」思わず苦笑いしながら言った。男子3人がダイニングに集まっているこの光景には、まだまだ慣れない。いいかげん慣れてもいい頃なのに、3人が3人ともに個性があって、まるでここがモデル事務所のような錯覚に陥る。もちろん、彼らの良いところは見た目だけじゃない。私が離婚して落ち込んでいるだろうと、あれからずっと気遣ってくれている。優しい言葉がけはもちろんのこと、いろいろ家事を手伝ってくれたり、庭仕事を一緒にしてくれたり、高いところの掃除は全部してくれて……何かサポートしようと頑張ってくれる3人には、感謝しかない。だけれど、そんな素敵過ぎる彼らに対しての答えは、いつまで経っても出せないまま。まさか、こんなイケメン男子達に告白されたなんて、やはり夢でも見ているのだろうかと不思議な気持ちになる。もし、これが夢だとしたら、とても長過
「智華ちゃん。今夜、健太さんが帰ってきたら離婚について話してみるね。だから、少し待ってて。話がまとまったら……また、報告するね」胸が苦しい。わかっていても、離婚することは簡単じゃないんだ。結婚して、不倫して、旦那をとられて……本当に何をやってるんだろ、私は。「ご馳走さま……」私は、食事にはほとんど手をつけることなくその場から立ち去った。みんなの前にいるのがとても苦しかったから。そして、その夜……私は全てを旦那に話した。「智華ちゃん。みんなの前で言ったのか?」「そうだけど?」「はぁ……別にみんなにわざわざ報告しなくても」「その言い方、ずいぶんひどくない?智華ちゃんは、あなたのことが本当に好きで、どうしようもなくてみんなの前で言葉にしちゃったんだよ。あなたにはわからないの?彼女の純粋な気持ちが」旦那は、私の言葉に対して、めんどくさそうに頭を搔いた。「ちょっと若くて美人だから相手にしたら、すぐ彼女気取りだな。本当、重いんだよ、そういうの」「……本気で言ってる?」「は?」「あなたは、若い女の子の気持ちを弄んで、虜にさせておきながらバカにする……それでも人間なの?」「それ以上言うな。お前に説教なんかされたくない」「智華ちゃんは……ここを選んでくれた大切な同居人なのに……あなたは、あなたは……」胸が詰まって苦しい。「男と女の関係に、同居人だからとか関係ないだろ。惹かれ合えばくっつく。まあ、魅力が無いお前にはわからないか?」旦那の最低な言い方に、私は間髪入れずに平手打ちをした。「痛っ!何すんだ!」手も痛くて、息が上がる。「お願いだから私の前から消えて!顔も見たくないから。智華ちゃんにはあなたからキチンと話して。彼女が絶対に傷つかないように、デリカシーを持って話してあげて。いいわね?そして、私達は……完全に終わり。二度とあなたには会いたくない。すぐにここから出ていって!」旦那は黙っていた。こんな私を見るのは初めてだったのかも知れない。私だって、ちゃんと言えるんだから、自分の気持ちくらい。後日、私は旦那から離婚届を受け取った。あらかじめ渡していた用紙にサインして。ジュエリーボックスにしまい込んでいた結婚指輪も、時計も、やっと捨てた。そう、私は、ようやく旦那への全ての思いを断ち切れたんだ。少ししかない良い思い出も……
「私、嘘ついてませんよ。健太さんは私を」「だからやめろって」「颯君、いいの。智華ちゃん……あなたが旦那を好きなことは充分わかった。だけどね、あの人を自分だけに繋ぎ止めておくことはとても難しいことだよ。それをあなたはちゃんとわかってる?」一瞬、智華ちゃんはたじろいだ。「……け、健太さんは私だけを愛してくれてます。私にはわかります。健太さんは優しい人だから」「智華ちゃん……」あの人を信じているいたいけな智華ちゃんを見ていたら、昔の自分とつい重ねてしまった。7年前、あの人が私に笑いかけてくれた笑顔。今でもそれだけは忘れられない。『この時計お似合いですよ。あなたにぴったりだ』そう優しく言ってくれたから、私はその時計を買った。何度も捨てようかと迷いながらも、結局捨てられないでいる。ひどい仕打ちをされたとわかっていても、ゼロに近いわずかな望みに賭けていた。情けない、ゼロではなく、マイナスだったのに。さっさと捨ててしまえば良かったのに……智華ちゃんを見て、あの人を全力で好きだった自分を思い出してしまったら、悲しい涙が頬をつたった。でも……私達は、これで本当に終わりだ。分かりきっていることだけれど、あなたは、もう、私を愛してはいないから――「結菜さん、泣かないでください」文都君が切ない表情で私を見た。「……ごめんなさい。今さら泣くことじゃないよね。大丈夫。私は大丈夫よ」「結菜さん……」「結姉、健太さんと……どうしたいの?」「もう、結菜ちゃんが苦しむの、これ以上見ていたくない」「……そうだよね。旦那の気持ちはもうずっと前から私には無い。だったら、いいかげん、離れた方がいいよね。あの人も、それを望んでると思うから」「そ、そんな、健太と離婚するなんて。そんなこと」ずっと黙っていたお義母さんが、たまらず口を挟んだ。「お義母さん、すみません。私達の間には子どももいません。それは、私達には愛が無かったからです。健太さんが智華ちゃんを選んだ以上、私は身を引きます。でも、お義母さんは、良かったらずっとここにいて下さい。あなたは、私の「お母さん」でもありますから」「結菜さん……ごめんなさい。私、ここにいてもいいの?」お義母さんには他に行くあてはないだろう。旦那と私のことで、無理やり追い出すことはしたくない。「もちろんです。私には本当の母
文都君の告白から1週間後、川崎君から着信があった。たまたま3人がいた時に電話がかかってきたこともあって、私は恐る恐る電話に出た。「……今、電話いい?」川崎君の声は少し穏やかになっていて、張り詰めていた緊張の糸が切れた。「……あ、うん、大丈夫」心配そうに見つめる3人に、私は「大丈夫」との意味を込めてうなづいた。『……あのさ、俺、九州に転勤になった』「えっ?」『こんなタイミングで異動なんてな。自分でもびっくりした』「そっか、九州は遠いね……」『ああ、遠いよな。知り合いも誰もいないし、正直、最初は悩んだよ』「うん……」『それでさ、結菜に言いたいことがあって』「言いたいこと?」『俺……ほんと、この間はどうかしてた。自分があんな風になると思わなかったし、結菜に怖い思いさせてしまった』「……う、うん」『本当に……悪かった。俺、この機会に人生を本気でやり直したいと思ってるんだ。だから、もう2度と結菜には迷惑かけない。俺のことは……全て忘れてほしい』「えっ……」確かに、あの時の川崎君とは違う。これは、川崎君の本心なの?『結菜は結菜の人生を生きてくれ。俺も、新しい場所で頑張るから』「川崎君……。人生をやり直したいと思う気持ちは、私も同じだよ。川崎君が頑張ってると思ったら、私も……もっと頑張れる。いろいろ、本当にごめんなさい」勝手なことばかり言ってしまったと、心から反省している。川崎君、許して――私の1番苦しい時を救ってくれたのに、感謝できなくて……本当にごめんなさい。『結菜、幸せになれよ。じゃあな』電話はそこで切れた。自然に涙が溢れ、今度こそ川崎君の幸せな未来を祈らずにはいられなかった。祥太君、文都君、颯君も、話の内容を聞いてとても安心してくれた。「ありがとう、みんな。守ってくれてありがとう」「良かったです、本当に良かったです。結菜さんが無事で……」「うん、結姉、ほんと良かった」「結菜ちゃんも、これからまた新しい1歩を歩めるね」「そうだね。みんなに感謝して、私も川崎君みたいに前を向いて歩いていきたい」「うん、結姉のこと応援してる」「僕もです」久しぶりに、清々しい気持ちが湧き上がった。「ありがとう。本当に感謝してる。あっ、もうこんな時間、そろそろ夕食の準備しないと」「手伝うよ」「ありがとう、颯君、助かる」
「僕は……ずっとずっと勉強ばっかりで、息抜きも上手くできなくて。いつだって気が張って、リラックスできないまま毎日疲れきっていました。周りの人はみんな青春を楽しんでて、少しうらやましく思えたりもしました。でも、医者になりたいって選んだのは自分です。その気持ちに負けてしまうのも……嫌でした。僕は、誰にも相談できずに、ずっと……葛藤してたんです」「文都君……。つらかったね」「……でも、もし、そんな状況から抜け出すことができたら……って思って……」「うん」「いろいろ考えて、まずは住む場所を変えてみようと思いました。だからといって、家事をする時間は無いですし、一人暮らしは絶対に無理だったので、ネットで良い方法がないか探しました」「そうだったんだ……」「はい。そしたら、ここが見つかって。不思議ですけど、絶対にここが良いって直感で思いました。その直感は大正解でしたよ。おかげで結菜さんに出会えたんですから。それからは毎日結菜さんに励ましてもらったり、美味しい食事を作ってもらったりして、それがすごく嬉しかったんです」「当たり前のことだよ、そんなことは。みんなが喜んでくれることが、私こそ嬉しかったんだよ。本当に、文都君がここを選んでくれて良かった」「全然当たり前じゃないですよ。励ましたり、美味しい食事が作れたりって……本当に当たり前じゃないと思います。結菜さんのそういう姿が、いつだって疲れきっていた僕の心に元気を与えてくれました」文都君の笑顔を見たら、嘘のない言葉をもらえた気がして嬉しくなった。「文都君はとっても頑張ってる。想像もできない世界だけど、誰かを助けたいと思ってお医者さんを目指してるその志を、私はいつだって尊敬してるよ」「……ありがとうございます。結菜さんの元気で温かい言葉で、僕は前向きになれました。結菜さんが僕をリラックスさせてくれて、変えてくれたんです。いつしか、あんなに悩んでいた勉強も嫌じゃなくなりました。逆に頑張りたいって思えるようになったんです」「そんな……。でもね、私は不倫をするような最低な女だよ。そんな私のことを好きだなんて、やっぱり……」「最低なんかじゃないです。僕も、健太さんが悪いと思います。結菜さんを泣かすようなことしたんですから。男として最低です。ただ……結菜さんがあの人に出会う前に、僕は結菜さんに出会いたかったです」「……
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