辺りを見回して誰もいないことを確認してから、遥はドアをノックした。中から拓也の声が聞こえる。「どうぞ」ドアを開けると、中には拓也だけでなく、他の学科の先生もいた。「神崎教授、こんにちは」遥は慌てて挨拶をした。遥の姿を見たその先生は、拓也の方を向いて言った。「学生さんが来られたようなので、私はこれで失礼しますね。この件は、先生のおっしゃる通りにやらせていただきます」そう言うと、先生は出て行った。研究室には、また彼女と拓也の二人だけになった。「座って」拓也は席を立ち、彼女に向かいの席に座るように促した。「申請書を取りに来ただけですよ」遥はもごもごと言った。「そんなに焦ることはない。ここ数日、顔を合わせていなかったから」遥は、拓也がお茶を入れる場所へ歩いて行き、前回と同じようにインスタントのミルクティーを開けるのを見ていた。彼がそう言ったので、遥は黙って座るしかなかった。すぐに部屋の中はミルクティーの甘い香りで満たされた。拓也はカップを彼女に差し出した。「熱いから気をつけて」「ありがとうございます」遥は手を伸ばして受け取った。甘いものは、嫌なことを全て治してくれるような気がした。一口飲んだところで、拓也がずっと自分を見ているのに気づいた。遥はとたんに気まずくなり、どんな表情をすればいいのかわからず、ぎこちなくなってしまった。彼とラインで話している時はこんな風にならないのに。携帯越しだと自由に振る舞えるのに、実際に彼の前に立つと、先生という立場に圧倒されて、無意識に体が緊張してしまう。拓也は彼女のぎこちない様子に気づき、口を開いた。「最近はどう?」遥はミルクティーを両手で持ち、こくり頷いた。「そっちは?」拓也の視線は彼女のお腹に注がれた。遥は顔が少し熱くなった。「大丈夫です」それは本当だった。検査結果がなければ、妊娠していることすら気づかなかっただろう。体も以前と比べて、脂っこいものが食べられない以外に特に変化はなく、母親になるという実感が湧かないのだ。「ならよかった」拓也はそう言って引き出しを開け、中からA4の紙を取り出した。「早めに申請書を提出して、家に引っ越しておいで。俺も君の様子を見やすいし」遥は、申請書にはすでに個人情報や申請理由など、必要な情報が記入されていて、自分はサイ
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