遥は、彼が眼鏡をかけているのを初めて見た。銀縁の眼鏡が高く通った鼻梁にかけられ、照明の光が温かみのある輪郭を描き出し、彼に知的な雰囲気を添えていた。彼女はしばし見惚れていたが、拓也がふと顔を上げた瞬間、二人の視線が不意にぶつかった。底知れぬ深い墨色の瞳は、まるで人を吸い込むようだった。遥は瞳を少し縮めてから、平静を装って口を開いた。「お水を、飲もうかなと思っています」拓也はカーペットから立ち上がり、テーブルの上にあった水差しを手に取った。「俺がやる」遥が慌てて水差しを取りに行くと、指先が彼の手に触れてしまった。温かい感触に、まるで火傷をしたかのように手を引っ込めた。その隙に、拓也は既にコップに水を注ぎ、彼女に差し出していた。「ありがとうございます」遥は慌ててそれを受け取ると、緊張で乾いた唇を潤すように水を一口飲んだ。拓也は時計を見て、彼女に尋ねた。「何時頃寝るつもりだ?」以前の遥は、いつも1時か2時頃に寝ていた。ひだまりカフェでのバイトから帰ってきてからも、勉強しなければならなかったからだ。今日は一日中勉強していた。「もうすぐです」遥は答えた。「寝る前にホットミルクを入れてあげよう」拓也は、彼女が寝る前にホットミルクを飲むことにこだわっているようだった。遥は、拒否しても無駄だと分かっていたので、素直に頷いた。彼の読んでいる本に視線を向け、遥は、大学の教授がこんなにも真剣に読んでいるのはどんな本なのかと興味を持った。もし解剖学に関するものなら、最新の学習資料を手に入れたことになるのだろうか、と。遥は思わず尋ねた。「どんな本を読んでいますか?」拓也はかがんで本を取り上げ、表紙を彼女に見せた。『出産までの完全マニュアル』「……」神崎教授がこんなに真剣に読んでいたのは、こんな本だったとは。「妊娠の経過や変化についてはよく分かっている。ただ、食事の調整や妊婦の心身の健康について調べているんだ」「……」遥は、とっさに話題を探して言った。「どこまで読みましたか?」「ちょうど7章を読み終えたところで、次の章は……」そう言いながら、拓也は挟んでいた栞のところを開いたが、そこで言葉を止めた。遥は興味深く覗き込むと、章のタイトルが目に入った。『感情と性行為のコントロールについての注意』「…
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